文学少女と桃色引きこもりドラゴン①
ガヤガヤとした雑踏の中で、一際大きな汽笛の音がする。
体の芯を揺らすようなその音は、賑わいの熱を更に温めるかのように遠く、遠くへと響く。
だから俺がこんなに興奮してるのもしょうがないよね!
「ふぉおおお……凄え凄え!」
「に、兄ちゃん恥ずかしいからやめてよぅ」
馬っ鹿お前何言ってんだ翔平!
高速魔導鉄道なんか日本じゃまだ配備されてないんだぞ!?
「写真撮るだけなんだからちゃちゃっと撮っちまえって」
「肩車される意味がわかんないよぅ」
泣き言ばっかりなんだからこの子ったら!
しょうがないだろ?
この人混みだと俺の身長ですら線路が見えないんだから!
一枚、一枚で良いんすよ翔平くん!
スマホのやデジタルカメラしか持っていない俺達が、だ。
高速魔導鉄道がホームに入るために減速するその瞬間。
それだけが車両の『顔』をブレさせずに取るたった一つの好機なんだから!
俺達の前にいる列の人達も同じ事考えているみたいで、フェンスで区切られた線路の向こうをファインダーに捉えながら、その一瞬を今か今かと固唾を飲んでいる。
くそう、アイツらガチ勢だ。
所謂、撮り鉄って奴らだな。
俺達が居るのがフェンスから遠く離れた最後列。
最前列から10メートル程度離れている。
前列は三脚とかラフ板とか露光計とかを持った、プロっぽい人達。
酷い奴なんか脚立を持参して周りから文句を言われている。
それでも絶対に引き下がらない根性だけは認めてやるが、素直に迷惑だ。
見えねえんだよ馬鹿野郎。
その所為で、最後列に追いやられた俺達みたいな家族連れが、こうやって子供達を肩車して頑張ってんじゃねぇか。
あ、隣の鹿族のお父さん。
大変ですね。
えっ?
息子さんまだ五歳なの?
その大きさで?
嘘ぉ。
「ううぅ、みんな見てるよぅ」
「大丈夫だ。みんなお前より線路見てっから」
「そんな事ないよぅ。僕だけだよぅ。こんな大きくなって肩車されてる子。目立ってるよぅ」
気のせい気のせい。
「薫平、私も翔平を肩車したい」
タンクトップにジーンズと言う如何にも夏・全開! って出で立ちのルージュが、俺のTシャツの裾をくいくいと引っ張る。
「お? 変わるか?」
「いっ、嫌だ! 女の人に肩車されるのもっと嫌だ!」
俺の頭をゴンゴンと叩く事で抗議の意思を示す翔平。
ははは、恥ずかしがる事ないんだぜ翔平。
わかったわかった。
ルージュには渡さない。
渡さないからそろそろやめて。叩かないで。
兄ちゃんちょっと本気で痛い。
今俺達が居るのは、ダイラン王都の中心街の更にど真ん中にある高速魔導鉄道の駅だ。
観光客や通勤途中の会社員、ダイラン特有の法衣っぽい服装の人とか、とにかくいろんな人で賑わっている。
駅に入るのは普通の電車や鉄道、それにインテイラでも見た路面電車で、利用客の層や目的地は多種多様。
俺達の目的は、三隈が乗ってるはずの高速魔導鉄道。
この駅の正面にある、金色の海龍の像の前で待ち合わせをしている。
ちなみに双子とアオイはお留守番である。
双子がお昼寝してたからな。
高速魔導鉄道はここダイランから出発して、球大陸中央部にある大国フランシオンまで走っている。
まだ試験運用中らしく、まだこの一路線しか敷設されていない。
乗れる客も限られていて、まあ言っちゃえば富裕層限定。
チケット代は軽く目玉が飛び出るほど高価で、俺達一般ピープルじゃまず手が出せない。
三隈の親父さん、世界的にかなり有名な商社にお勤めらしく、チケットも会社の経費で落ちるんだとさ。
良いなぁ。
俺も乗りたいなぁ。
羨ましいなぁ。
「兄ちゃん来たよ」
「おっ! 翔平頼んだぞ!」
俺が嫉妬に駆られていたら、もうそんな時間か!
いやぁ、ワクワクするなぁ。
「はぁ、もう。ほんとこういうところ、子供なんだから」
俺の頭の上で呆れた息を吐いて、翔平はデジカメを構えた。
よーし、俺も––––––。
「うわっ!」
なんだなんだ!? 押される!?
「薫平、なんか後ろからもっと人が来た」
こっ、この柔らかい感触といい匂い! 背中に張り付いてんのはルージュか!?
お、お前そんな胸くっつけたら大変だろうが!
じゃなくて、まだ後ろに人いんの!?
「うおっ、おさっ、押さないで!」
「うわわわっ、兄ちゃん揺れないで!」
そ、そんな事言われたって俺だって押されてんだから!
「ん。苦しい。私なら薫平と翔平担いで跳べる。ジャンプして抜ける?」
駄目だ駄目だ!
今の混雑でそんな事したら、俺達が抜けた分だけ人が雪崩れ込んできて大変なことになるぞ!?
「兄ちゃん怖いってば!」
「しっかり掴まってろ!」
「ん。苦しい」
ぐえっ!
ルージュお前俺の腹思いっきり抱きついてるだろ!?
い、息が! できない!
「うわわっ!」
翔平! 兄ちゃんの顔隠すなって!
前が見えない!
「ぐああああっ!」
ルージュさんストップ! お願い力弱めて!
なんか肋骨が変な音出し始めたから!
た、助けてくれ!!
◆◆◆◆◆◆◆◆
「それで、薫平くんそんなげっそりしてるの?」
「ああ……」
あの大混乱の中を必死に掻い潜り、駅前にドンと佇む金の海龍像の前でなんとか三隈と合流できた。
「ふぃ〜。凄かったねぇ」
「ん。ちょっと人に酔った」
海龍像の周りにぐるりと敷かれた縁石の上にお尻を乗せ、体を休ませている翔平とルージュ。
お前らなぁ。
最後二人して俺の首絞めたろ。
翔平は太ももで、ルージュは腕で。死ぬかも思ったんだからな!!
「んぅ! ゴホン!」
三隈の後ろで、態とらしく咳払いをするスーツ姿の男性がいる。
「……夕乃。僕とお母さんはホテルに行く。一人で大丈夫かい?」
「うん。大丈夫だよお父さん」
ビシッと決まった出張スタイル。
ジャパニーズ・出来るビジネスマンスタイルのその人は三隈の親父さんだ。
同じスーツ姿なのに、ウチの親父と全然印象が違う。
なんつーか、親父は荒々しい感じ。
ていうか、歳は親父より上のはずなのに妙に若々しい。
30代って言われても信じちゃう。
三隈の親父さんは、こう……エリートって感じ。
「あ、お父さん。大丈夫です。夕乃さんは俺達が––––––」
「君にお義父さんなんて言われる筋合いはないんだがねぇ!?」
ひぃ!
凄い剣幕!
暴走族十五名のメンチを軽くいなせる俺が、たった一人にこうも気圧されるなんて!
「この間のキャンプ旅行ならまだしも、海外にまで君に会うとは……忌々しい」
うおぉ……。
嫌われてるなぁ俺。
「良いか! 僕の目の黒い内はウチの娘は絶対にやらんからな! 少しでも手を出してみろ! 縄でくくって富士山の頂上から蹴落としてやる!」
「はっ、はい!」
「聞こえないんだがぁ!?」
「きっ、肝に命じております!」
マジで怖い!
この恐怖はアオイの母、ユールのプレッシャーとタメを張っている!
また一つ俺のトラウマが増えちゃう!
「もう! お父さんいい加減にしてよ! ルージュさんやアオイちゃんだって居るんだから心配しないで!」
「だ、だけど夕乃! 異国の地で娘を二泊もさせるのはお父さんやっぱり心配なんだよ!? 何かあったらと思うともう気が気じゃなくて––––––」
う、うん。
その気持ちはわかる。
俺も知らない土地でジャジャとナナがどっか行ったらと思うと、心配でどうにかなりそう。
「お母さん! 笑ってないでお父さんをなんとかしてよ!」
三隈が助けを求めたのは、親父さんの後ろで楽しそうにケラケラと笑っている女性だ。
見た目はまんま三隈が正しい成長を遂げたって感じの、黒髪ロングのおっとり系美人。
その、お胸の成長率も含めての話で。
「うふふ、良いじゃない夕乃。お父さんのこんな姿滅多に見れないわよ?」
こちらも見た目がとても若くて、三隈と並んで立っても誰も親子とは思わないんじゃないだろうか。
まるで姉妹のようだ。
「えっと、風待くん?」
「は、はい!」
お母さんに急に名前を呼ばれて、慌てて姿勢を正す。
実は俺、親父さんよりこの人の方が苦手だったりする。
三隈のお母さんはこっそり俺に歩み寄り、耳元に近づいてボソリと零す。
「––––––ちゃんと避妊するなら、好きにしていいからね?」
ホワイ!?
ななな、何言ってんのこの人!?
「は、はいぃ!?」
あまりの言葉に逃げようとする俺の体を捕まえながら、三隈のお母さんは肩掛けのショルダーバッグから何かを取り出した。
「うふっ、これ使って。私たちのお下がりで悪いけれど」
そう言いながら俺のジーンズのケツポケットにグイグイその何かをねじ込む、三隈のお母さん。
な、なんだろう。
見えないように入れたってことは、親父さんに見られたらダメな物?
俺は親父さんに見つからないよう、ポケットからそれを取り出す。
なんだこれ。
手のひらにすっぽり収まるビニール触感。
ギザギザに縁取られたそれは、包み?
包みの中央にリング状の盛り上がりが……?
「…………ばっ!」
馬鹿野郎!
あんまり女の人の事悪く言いたくないけれど、アンタ正真正銘の馬鹿野郎だ!
ていうか今、自分達のお下がりって言った!?
「風待くん奥手っぽいから、持ってないんでしょう? ダメよ? エチケットなんだから」
いや、使う予定ないし!
と言うか俺にはアオイが! ジャジャが! ナナが!
三隈にはまだはっきりと返事を返してないし!
ああダメだ!
三隈の両親には俺とアオイは親戚だって説明してあるんだった!
「使う使わないに関わらず、持っておきなさいね?」
「なっ! はっ!? えっ!?」
「オバさんと約束。ねっ?」
「は、はいっ」
にっこり笑っているはずなのに、親父さんとはベクトルの違う謎の圧力をひしひしと感じる。
やっ、やっぱりこの人……苦手だ……。
物書きリハビリのついでにいくつか新作を書き始めました。
カイリも更新再開です。
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