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はなれてもずっとおともだち⑦


「ジャジャと子熊ちゃんは、仲良しだね」

「だぁ!」

「きゅう?」


 ナナを膝に座らせたアオイの声に、ジャジャは元気良く、子熊ちゃんは不思議そうに応える。


「ん。もうお友達だから。ね?」


 二人の背中を支えているルージュが何故か自慢気な顔をした。

 女子達は揃って夕食を終えた後、リビングの床で子供達を囲んでのんびりしている。

 俺はといえば、夕食に使用した食器を洗い終えて、タオルで水気を拭いているところだ。

 料理を作ってくれた人への感謝の気持ちは労働力で示す。それが俺流である。

 ぼんやりと女子達を離れて眺めながら、慣れた手つきで皿を重ねる。翔平の家事スキルには到底及ばないものの、こう見えて俺もそこそこの家事マスターなのだよ。


 ドギー巡査やユリーさん、それと井上巡査達大人組は親父に引っ張られてウッドデッキで酒盛りだ。

 遊び疲れて先に眠った浩二と翔平の小学生組以外の全員がここにいる。


「モコモコしてるね。可愛いなぁ」

「きゃうー!」


 三隈にくすぐられた子熊ちゃんがくすぐったそうに、でも楽しそうに声を上げる。

 人懐っこい子だなぁ。まだ出会って半日ほどなのに、この場のメンバーの全員に素直に甘えられる子だった。


「ほーらジャジャもだぁ! うりうり、いやついやつ!」

「きゃっきゃっ!」


 両手を使ってダイナミックにお腹を撫でる佐伯の腕の動きに合わせて、ジャジャも嬉しそうに笑う。

 子熊ちゃんもそうだけど、ジャジャもあんまり物怖じしない子だ。

 相手が初対面だろうがなんだろうがお得意のにっこりスマイルで味方につける我が娘は魔性の女なのかも知れない。

 妹のナナは本来のアオイに似て人見知りする性格だから、初めて顔を合わせる人に簡単に心を開かない。外に出ると大体アオイにべったりと抱きついて離れなくなる。

 アオイが居なければ俺。俺が居ない時はルージュか翔平かユリーさん、または親父。

 三隈や佐伯やドギー巡査はもう知ってる顔だから多少マシだが、井上巡査や浩二には決して近づこうとしないし、近寄ってきたら露骨に嫌そうな顔をする。

 ただ好奇心はあるようで、時間をかけてゆっくりと距離を縮めてくるから、それはそれで気になって仕方のない女の子である。

 ああ、なんだ。やっぱり魔性の女だったか。


「きゃう!」

「うだぁ!」


 パチパチと手を叩いて遊び始めたジャジャと子熊ちゃんを、ナナはアオイの膝の上でじっと見ている。

 右手の親指を咥えながら、背中をアオイに預けて目をパチクリパチクリと瞬かせている。


「ナナもほら、お友達と一緒」

「う?」


 アオイの言葉に首を傾げて、ナナはぐいっと首をあげた。


「子熊ちゃんと遊ぼう?」


 ナナの両脇に手を差し込んで、ゆっくりとリビングの床に下ろした。


「だぁ! うだぁ!」

「きゅう! きゅう!」


 なんだか不思議なリズムで体を揺らしながら手を叩いて遊ぶジャジャと子熊ちゃん。

 ナナはそれをしばらく眺め、ゆっくりと体を倒して腹ばいになった。


「うぁ、う」


 短い尻尾で床を蹴り、手をヨロヨロと不器用に使いながら、ジリジリとジャジャ達に近づいていくナナ。

 もうすぐハイハイも覚えそうだ。そうなると家中どこでも行ってしまうから、柵とか作った方がいいのかな。

 まぁ、双子達は短時間ながらも空が飛べるから今更なんだが。


「お? ナナちゃんも飛び込み参加かな?」

「ん。おいでナナ」


 佐伯とルージュの言葉を無視して、ナナはジャジャと子熊ちゃんの間に割って入った。

 ぐいっと体を起こすとお尻を床にペタンとつけ、フラフラと揺れる体を頑張って安定させる。


「あれ? ナナ?」

「あれ? ナナちゃん?」


 アオイと三隈の疑問が混じった声が聞こえてきた。

 なんだなんだ?  

 俺のいるキッチンからは、ルージュの背中に隠れてチビ達の姿が見え辛いから、今何をやっているのか分からない。


「んぅー! んにぃー!」

「きゅう?」

「だぅ?」

「わっ、ナナってば。危ないよ」

「ん。ナナ、なんでそんなことする?」


 何やってんだ?

 アオイとルージュがナナを咎めてるみたいだな。ちょっと見てくるか。

 ある程度皿を拭き終えて、畳んだ布巾をキッチンテーブルに置いてリビングへと向かう。

 

「んー! やぁー!」

「きゅー! きゅう!」

「んにぇ、うだぁ!」


 なんだこれ。

 ナナがジャジャと子熊ちゃんの間で大きく両腕を広げ、二人をグイグイと押している。

 押されている二人は嫌がってそれを押し返す。ルージュが背中を支えてなかったら倒れていただろう。

 ここの床、カーペットも何も敷いてないからな。倒れて頭でも打ったら大変だ。

 ルージュ、グッジョブ。


「いじわるしちゃダメだよナナ。お姉ちゃん達と仲良く遊ぼう?」


 見かねたアオイがナナを抱き上げた。


「やぁ! んにぃ!」


 アオイの手を振りほどこうとナナがもがく。

 ママっ子のナナがアオイの抱っこを嫌がるなんて初めてだ。


「どうしたナナ」

「あ、薫平さん」

「んにぇ。ふぇ、ふぁあああああああ!」


 おっと、ついに泣き出しちまった。

 お腹の周りを抑えているアオイの手を剥がそうとバタバタと足をばたつかせて、必死に手をジャジャに向けている。


「ナナ、本当にどうしたの? もうおねむなの?」

「んぎぃいいいい! ふびぇえええええええ!」


 アオイはナナの体をぐるりと回して正面に抱え直す。

 背中をポンポンと優しく叩きながら体を上下に揺らして、落ち着いた口調で話しかけるが、それでもナナはアオイの胸をグイグイと押して離れようとする。


「えっと、おしめはーーーーーー大丈夫みたいだね。さっき授乳もしたし、お腹空いてるわけじゃないと思うけど」

「さっきまでは普通だったんだけどねナナちゃん。熱あるとか?」


 身につけている幼児用つなぎの上からナナのお尻を触っておしめが濡れてないかを確認した三隈が俺を見る。

 佐伯がナナの首元に手を入れて熱を確かめる。そういやこいつも浩二っていう歳の離れた弟がいるから、子供の世話は慣れてそうだな。


「いえ、熱は無いようです」


 アオイがナナの額に手を当てて確かめる。

 双子達はあんまり病気らしい病気に罹った事が無い。アルバが確か言ってたな。『人間の病気ぐらいなんて事ない』って。

 龍に罹る病気がどんなものかは分からないが、特に目立った症状は出ていないし、俺の勘だけど多分病気とかじゃない気がする。


 うーむ。一体どうしたんだろうか。

 アオイに甘えてこないって事は眠たい訳でもなさそうだし。困ったな。


「だぅ」

「きゅう?」


 ふと隣を見ると、ジャジャと子熊ちゃんは楽器のおもちゃを手に取り、もう別の遊びを始めていた。

 二人の背中を支えるルージュが心配そうにナナを見ている。


「あああああぁぁん! だぁああ!」


 全力で体を捻って、ジャジャと子熊ちゃんに向かって手を伸ばすナナ。

 あ、もしかして。

  

「ナナ、ヤキモチか?」


 ジャジャが別の子と遊んでるから、それが気に食わないんだな?

 んー、でも。公民館で避難生活をしてた時も、ユリーさんが面倒を見ていた避難者の別の子供達とは遊んでいた訳で。

 そん時はなんともなかったような。


「だぁ! だぁ!」

「きゅう! きゅう!」


 家から持ってきた動物さん楽器シリーズ。

 その中でも特にお気に入りのおさるさんタンバリンをデタラメに振って喜ぶジャジャ。

 気に入ったらしいうさぎさんトランペットを吹く訳でなく、振って遊ぶ子熊ちゃん。

 二人揃ってにっこにこしながら、声まで合わせて歌っている。


「……仲、良いなぁ」


 ちょっと良すぎない?

 子供はすぐ友達ができるもんらしいけど、出会って半日でここまで仲良くなるもんなの?


「ジャジャ、もしかして本当にこの子の事、ポン五郎だと思ってないか?」


 いつもテレビで見てるポン五郎。

 毎日何回も繰り返し繰り返し見てるから、もしかしたジャジャの中では『家族』と同レベルで顔見知りの友達になっているのかも知れない。

 ナナはそれに感づいて、嫉妬してる?


「んにぇええっ! やぁあああっ!」

「わわわっ! ナナ危ないよ! 落ちちゃう落ちちゃう!」



 腕の中でジタバタと暴れるナナをなだめるアオイ。

 この暴れっぷり。

 よっぽどお姉ちゃんを取られたくないんだな。

 ナナはジャジャが大好きだもんな。


「ほら、おいでナナ」


 両手を広げてナナへと差し出す。


「大丈夫大丈夫。ジャジャはずっとお前のお姉ちゃんだから。ほら」

「ふぇぇえっ! んぎゃあああっ!」


 俺の言葉なんて耳にも入れず、ナナは暴れるのをやめて泣く事に集中しだした。


「薫平さん。お願いします……」

「よしきた」


 困り顔のアオイがナナを両手に持ち替え、俺へと手渡す。

 俺はナナを受け取るとしっかりと抱き、勢いよく立ち上がった。


「ほらほら。あんまり泣いてるとジャジャ達に笑われちゃうぞ?」

「ふぇ、ふにぃいい」


 頭を右肩に優しく押し当て、背中をポンポンと叩く。

 俺に抱かれているとようやく認識したナナは服の肩部分をぎゅっと握り、顔をぐしぐしと擦り付けてくる。

 こういう仕草はジャジャそっくりだ。この仲良しさんめ。

 リズムよく体を上下させながらナナをあやしつける。

 大泣きして体温が上がったナナがとても心地良い。

 最近一段とクリクリし始めてきたその髪がさわさわと頬をくすぐり、ミルクとベビーパウダーが混じった赤ん坊特有の匂いが鼻孔をくすぐる。

 ああやべ。俺が眠くなってきてしまった。

 この匂い、寝る時に嗅ぎながら眠りに就くもんだから、安心感を覚えるようになってしまった。

 双子達は寝る時にベッドから落ちないように、俺とアオイで挟んでいる、

 ジャジャは俺、ナナはアオイが隣だ。

 うとうとしながら嗅ぐ双子の匂いはとても好きな匂いだ。

 だからなのか、こうやって密着してジャジャやナナの匂いを嗅いでしまうと、自然と眠気を覚える体になってしまっているのだ。

 習慣って怖いね。


「んだぁ?」

「お?」


 気づけば、俺の顔の横にジャジャが居た。

 背中の小さな羽をゆっくり羽ばたかせて、ふわふわと宙に浮いている。

 キラキラしたその瞳で不思議そうにナナを見つめていて、「なんで、ナナないてるの?」とでも言いたそうだ。


「きゅう?」

「ん?」


 右足に何かが寄りかかって来た。

 下を向くと、子熊ちゃんがフラつきながら俺の足にしがみついていて。そのつぶらな瞳をナナに向けている。


 ああ、君たち。ナナが心配なんだな?

 ほんと、良い子達やでぇ。


「ほら、ナナ? ジャジャと子熊ちゃんが迎えに来たぞ」

「うぅぅ」


 グリグリと俺の肩に頭を擦り付け、顔を上げる事を嫌がるナナ。


「だぁ」

「ん? ジャジャ?」


 俺の肩に小さな手を置き、ジャジャがナナへと近寄って来た。

 そのままもう片方の手をナナの頭にポンと添えて、優しく撫でる。


「だぁい」

「んにぇ……」


 さわさわと頭を撫でれたナナがようやく顔を上げる。


「にへぇ」


 ジャジャの屈託のない、眩しい笑顔。

 お姉ちゃんは妹が泣いているのを見過ごせなかったようだ。

 泣き止ませようとして、普段俺やアオイなんかがしてる事を真似たのだろう。

 優しい子だ。


「……あー」


 目元の涙をくしくしと拭って、ナナがジャジャへと両手を伸ばす。


「あい」


 その手を取ったジャジャがゆっくりと下降を始めた。


「……良い子だ」


 見ていてとても誇らしい。

 気遣いのできる優しいジャジャと、素直に泣き止んだナナ。

 そしてそれを静かに見守っていた子熊ちゃん。

 チビ達のその姿に感動すら覚える。


 ジャジャの降りていくスピードに合わせて、俺もナナをゆっくりと下ろす。

 床にお尻をつけて座ったナナの正面にジャジャも座り、その隣に子熊ちゃんも腰を落とした。


「ほら、一緒に遊ぶんだぞ?」

「だぁ!」


 俺の言葉に元気よく返事を返すジャジャ。


「きゅう!」

「あぅ」


 子熊ちゃんは床に置いていた猫のぬいぐるみを一個手に取ると、ナナへと手渡した。

 差し出されたぬいぐるみをそっと掴んで、ナナがこくんと頭を揺らす。

 へぇ、これ。お礼を言ってるのか?

 そうじゃないとしても、ちゃんと仲直りできたみたいだ。


「か、可愛い……」


 その光景を見ていた佐伯が、頬を真っ赤に染めてうっとりしている。


「凄いねジャジャちゃん。子熊ちゃんも。偉い偉い」


 三隈もニコニコしながらジャジャと子熊ちゃんに頭を撫でた。


「ナナ? お友達と一緒に仲良く遊ぶんだよ?」


 アオイはナナの頭を撫でながら、優しく微笑む。


「ん。本当に良い子達」


 ルージュはなぜだか自慢げだ。


 ふう。どうやらチビ達はうまくやっていけそうだ。ちょっと安心した。

 明日、子熊ちゃんの親を見つけられれば良いんだがな。

 あんまり親を恋しがってないみたいだけど、やっぱりあんまり長い時間親と離れ離れなのは良い事じゃないからな。


「ほら、こっちも」


 気がかりなのが、ルージュだ。

 川で子熊ちゃんを見つけた時に少し感じたんだが、ちょっと子熊ちゃんに入れ込みすぎている気もする。

 それは全然悪い事じゃないんだけど、今も子熊ちゃんの背中を撫でながら、物凄い優しい表情で見守っている。それはもう、母親並みに。

 あいつ本当に子供好きだからな。

 家に来てからはやる事なす事ジャジャとナナ中心だったし、公民館での避難生活終盤では子供達が家に帰る度に寂しそうにその背中を見送っていた。

 同じ町内で会おうと思えばすぐ会えるのに、それでもあの落ち込みようだ。

 

 ……まさかだけど、子熊ちゃんの親が見つからなかったら引き取るとか言わないよね?

 もしくは、泣く……とか。


「ん。ぬいぐるみさん、一緒に遊ぼうって」


 ナナと一緒にぬいぐるみで遊ぶ子熊ちゃん。もう一つの犬のぬいぐるみでそれに参加しようとするルージュ。


 なんだか変な不安を抱きながら、俺は中断していた皿洗いをするためにキッチンへと戻る。


「ん。ナナに使わせてくれるの? 良い子だね」


 本当に、大丈夫だよな? ルージュ?

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