はなれてもずっとおともだち⑥
「きゅう?」
「だぅ?」
「だぁ!」
「やーんなにこれなにこれなにこれー! 可愛すぎ! 反則だってばこんなの!」
コテージのリビングで佐伯がちっさい体をくねくねさせて身悶えている。
広げた薄いマットレスにお尻をペタンと付けて座る三人の赤ん坊の姿がたまらなく愛らしいからだ。
「ん。幸せ」
いつもの仏頂面を少しだけ紅潮させながら、ルージュが体育座りで子供達を眺めている。
「いい。やっぱり子供は遊んで笑ってる時と寝てる時が一番可愛い」
それはすなわち、起きてても寝てても可愛いって事だろ?
完全同意である。異論は無い。
強いていうならば、泣いてる時も不機嫌な時も可愛い。でもやっぱり笑顔と寝顔が一番可愛い。
つまり全部可愛い。
「後で風呂入れよっか。佐伯、手伝ってくれよ?」
少し離れた場所から壁にもたれて見ていた俺が佐伯に告げる。
「任しとけ!」
「いいなぁ……」
俺の言葉に元気良く返事を返す佐伯を、指を咥えながら羨ましそうに見るルージュ。
しょうがないだろ。お前が風呂の水に触っちゃうとお湯になっちゃうんだから。
「きゃうー!」
「だぁ!」
子熊ちゃんの楽しそうな鳴き声にジャジャが応えた。
何を話しているのかはさっぱりわかんないけれど、仲が良いのは良い事だ。
この子熊ちゃん、ジャジャが大好きな子供番組の着ぐるみ、『ポン五郎くん』にどこか似ているからかも知れない。
うっすら茶色のふわふわの黒い体毛と、ずんぐりムックリとしたその体型。ヨタヨタと二足で歩くその姿。いつもテレビで会う『ポン五郎くん』が目の前にいる事がよっぽど嬉しいのか、ジャジャはずっとハイテンションだ。
さっき判明した事だけれど、この子熊ちゃんは女の子だった。
女の子に対して男の子キャラである『ポン五郎くん』そっくりってのは、失礼かな。
ジャジャとナナ、そして迷子の子熊の獣人。
三人仲良くおもちゃで遊んでいる。その姿は見る者全てを魅了する無敵の愛らしさを備えていて、いつまで経っても見飽きそうに無い。
佐伯がくねくねするのも当然だろう。
コテージのある川や森の周囲はどっぷりとした闇に包まれて、時刻はもう夜である。
あれから子熊ちゃんのご両親が訪ねて来ないかと待ってはみたものの、来る気配は微塵もなく、仕方がないので今日1日は俺達が子熊ちゃんを保護する事となった。
アオイと三隈、翔平とユリーさんは夕食の支度中だ。
親父と井上巡査と浩二はウッドデッキで夕涼みをしている。
「ドギー巡査、何か進展ありました?」
「さっきもう一回ここの所轄署と連絡を取ってみたんだけれど、保護区画の部族からは何も連絡が無いみたいなの。あそこに居住地を構えている部族は剛大熊族っていう獣人なのは間違いないから、この子熊ちゃんはそこからの迷子なのは確かなんだけれど」
Tシャツにショートパンツ姿のドギー巡査が、キッチンの椅子に座りながらビールを煽る。
ううむ。困った。
頻繁に交流するような種族でないなら、余計にここからこの子熊ちゃんを動かす訳にもいかないだろう。
現在進行系で捜索されているならば、すれ違いってのは避けたいからな。
「一応、剛大熊族との連絡役の人にお願いしてなんとか保護してる事を伝えて欲しいってお願いはしといたわ」
「連絡役の人?」
そういや不思議だったんだけれど、人間社会と接点の無いそんな部族とどうやって連絡とか取り合ってんだろう。
「いくらなんでも全く交流が無いってわけじゃ無いのよ? 遠いとは言え山を二つ三つ超えたら街があるもの。だから市役所とかに部族とコミュニケーションを取れる部署を設置して、定期的に訪問したりして相談を受けたりしてるみたいなの。ただ困った事にねぇ……」
キッチンテーブルで頰杖をついて、ドギー巡査が顔をしかめた。
「何かあったんですか?」
この顔はどうやらめんどくさい事情があるに違いない。
ドギー巡査はわかりやすい人だからな。裏表がない人って意味もあるけれど。
「剛大熊族は、定期的に居住地を移動させる種族らしいのよ。市の役人も会うのに毎回苦労してるらしくて、今はどこで生活してるか分からないそうよ。市役所に部署まで用意してるのはほとんどその居住地を探すための人員確保らしいんだけれど」
「あらぁ」
そりゃめんどくさいなぁ。
さっき見せてもらった保護区画、かなり広かったもんな。
世界衝突で新たに出現したエリアで、しかもかなりの山岳地帯だ。探すのはよっぽどの根気が必要になるだろう。
この国は世界衝突前と後で、総面積が3倍ぐらい違う。
これは世界的にもそうなんだけれど、専門家曰く『単純にこの星が2回り以上大きくなっている』そうなのだ。
なのでこの国にも未だ未開の地が結構残っていて、全体が把握できていない。
世界地図なんかは海側から実測して作られているが、内陸に至っては人や獣人の生活範囲までしか確認できないからな。
魔力と科学の結晶である気象観測用衛生での空撮も、星全体を覆う魔力のせいでボヤけて映るし。
この子熊ちゃん達の居住地である保護区画も、どうやらその『未確認地帯』に食い込んでいるらしい。
「獣人とはいえまだ赤ん坊の足だから、居住地もそう遠くは無いと思うけれど。どうしたものかしらねぇ」
「今頃心配してるだろうし、帰らせてやりたいですね」
どうにかなんないかな。
このまま俺達が明日まで保護して、その後はここの役場の人か警察に任せる事になる。
そうなると多分一月や二月は、この子は親に会えないだろう。
そんなの可哀想だ。
こんな小さい子供が両親と離れるのは辛すぎる。
「薫平、何を困っているの?」
「ん? ああ、その子をどうにか親元に帰せないかなってさ。どこに居るかわかんないみたいなんだ」
気がつけば俺の横にルージュが座っていた。
サイズの小さめなそのシャツは三隈のお下がりで、中学時代の物を貰い受けたもんだ。
体の大きさはあんまり変わって無いのにお下がりになってしまったのは、主に急成長した三隈のその胸の所為だって事はお見通しである。
アイツが今この服をつけると、多分へそとか丸見えになるだろうからな。
実際ルージュもチラチラと腹を見え隠れさせてるし。
「探せば、帰せる? 子供は親の隣にいるのが一番」
「帰せるなら帰した方がいいだろそりゃ」
問題はどこに帰せばいいのか分からないって事だ。
明日、近い所だけでも探して回ってみようかな。
「ん。分かった。任せて」
「へ?」
ルージュがおもむろに立ち上がり、リビングの窓を開けてウッドデッキへと向かう。
「ルージュ? どうしたんだよ」
俺も急いで立ち上がると、ルージュの後に続いてウッドデッキへと出た。
裸足のままウッドデッキを横切り、ルージュは駐車場に続く階段を降りていく。
「お、おい。どこいくんだお前。今から探しに行くつもりか?」
もう真っ暗だしお前裸足だろうが。
せめて靴を履きなさい靴を。
山奥だから道が整備されているのは車道だけだ。
駐車場は土と砂利でできた自然の空き地を利用しているから、釣られて付いてきた俺の足の裏に石が刺さって少し痛い。
「ていうかお前が迷子になるだろうが! 方向音痴を自覚してくんない!?」
近所の買い物で2時間迷った挙句に帰れなくなって少し泣きそうになってたの誰だっけ?
俺が走り回ってようやく見つけたんだからな!
「大丈夫。今日は伝えるだけ」
「へ?」
ルージュは駐車場の真ん中で立ち止まり、大きく手を広げる。
「何しようとしてるんだ?」
「少し静かにして。多分眠ってるから探すのに集中したい」
眠ってる? 誰が?
「ーーーーーーーーーーーー居た」
そう呟くと、ルージュは目を閉じて深く息を吸い込んだ。
どこまで吸い込むんだってぐらい長く、そして大きく。
体を限界まで仰け反らせると、口を閉じて目を開く。
そしてーーーーーー。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うぉおっ!?」
吠えた。
周囲の木々がその声でワッサワサと大きく揺れ、近くの川の水面がビリビリと波を打つ。
裸足の足の裏が大地の振動に揺られ、さらに不意に打たれたその雄叫びにびっくりして腰を抜かしてしまった。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーん、ちょっと待つ」
「へ? え? なんて?」
吠え終わったルージュがグルリと俺の方へと体を動かした。
「もう少ししたら返事くると思う」
「だから何がだよ」
びっくりした。
急になんて声を出すんだお前は。
最近知り合った魔族の女の子、通称『魔族型壊れたプロ仕様ウーハー兵器』と俺が勝手に呼んでいるウタイ・ケツァ・インテイラもびっくりの声量じゃないか。
いや、多分アイツが本気出したらこれと同じぐらい、むしろそれ以上を出しかねんが。
突然キャラに似つかわしくない事すんのほんとやめて?
今びっくりしすぎて心臓バックバクしてるから。
「なんだなんだ今のは」
「どうしましたー? ルゥ姉様ですよね今のー」
「兄ちゃん何やってんのさー。もう夜だよー?」
コテージからガヤガヤと皆んなの声が聞こえてきた。
ほら、あいつらもびっくりしてんじゃん。
「なぁ、何したか説明してくれよ」
「ん。この地の事は、この地の地龍に聞くのが一番」
は?
「地龍って……居るの? この森に? ていうか、今のは連絡だったのか?」
「そこに大地と森と山があるならば、それを守護する地龍族が必ず居る。この辺りの地だと六匹。すっごい遠くに四匹と、山の向こうのもう少し向こうに二匹居た」
六匹……多いのか少ないのか微妙な数だな。
「遠いとこってちなみにどれぐらい?」
「どれぐらいって言われても、えっと。すごくすっごく遠く」
この説明下手め。
「どこに居るとかわかるもんなのか?」
「わかる。同じ地龍族なら。ただあんまり遠いと声では届かない。地の精霊をお使いに出さないといけない」
へぇ。精霊パシらせんのか。
大変ですな精霊さんも。
「あ、返事くる」
「へ?」
『がああ………』
真っ暗な空の向こうから、耳を澄まさないと聞き取れないぐらいの小さな声が聞こえてきた。
「ん。明日の朝まで待って欲しいって。探してみるって。無理やり起こしてしまって申し訳ない。明日会う時に翔平の美味しいご飯を食べさせてあげて良い?」
「そ、そりゃあ別に良いけど。なんて伝えたんだ?」
ていうかあの短い声にそんな意味が含まれてたの?
「ん。ここら辺で熊の獣人探してるから、知ってたら教えて欲しいって。心当たりあるらしいから、今から知ってるところ探すって言ってた。多分私が地龍王の娘だから、眠たいのに頑張って探してくれると思う。本当はこんな事したくないけれど、あの子のため。せめて翔平の美味しいご飯ぐらい食べさせてあげたい」
あー。
そういやこいつも龍王の娘だったな。あの恐ろしい空龍王、ユールみたいなのがバックにいるってなったら、そりゃ頑張って探すだろうさ。
「さて、それまではあの子とジャジャとナナ。いっぱい遊ばせてあげたい。明日になったら送ってあげよう。ね?」
真っ赤な髪を揺らして、ルージュは俺に向かって首をかしげる。
おねだり上手でもあるんだなお前は。
そんな必死な顔されたら、ダメって言えないだろうに。
いつもなら真顔で眉一つ動かさないくせに、困り顔で上目つかいとか。ちょっとインパクトデカすぎるぞ?
断るつもりもさらさらないが、普段見たことのないそんな顔はある意味卑怯だ。
「ああ、分かったよ。その代わり、頼りにさせてもらうからな?」
「ん。ありがとう薫平」
俺の言葉に破顔したルージュは、ふんわり優しく微笑んだ。
そのまま俺を通り過ぎて、コテージへの階段を登っていく。
「あいつ、あんな顔もできるのな……」
俺はそんなルージュを、呆けたまま見送った。
なんて、綺麗な顔して笑うんだお前は。
今作、『帰宅途中で嫁と娘ができたんだけど、ドラゴンだった。 1』が11月25日に無事発売となりました。
皆様のおかげです。
これからもどうかよろしくお願いします。





