家族になろうよ⑥
「長い一日だった……」
新居のダイニングで、親父が勢いで新調したソファに身を委ねる。
体中が怠い。
あの後、病院の救急で治療して貰った右手も痛い。
埃と汗で体はベタつくし、正直眠りたい。
「兄ちゃん。蕎麦食べるでしょ?」
「頼むー。腹減って死にそう」
対面式キッチンの奥で、翔平が冷蔵庫に俺の買った食材を詰めている。
「お風呂に入って服を着替えておいでよ。臭いとお姉ちゃんや赤ちゃん達に嫌われるよ」
「もう少し落ち着かせてくれよ」
「駄目。早く」
小言が多いんだからもう。
年々、母さんに似てくるなあいつ。
まだ小六だってのに。
「おう。ついでに風呂沸かしておいてくれ」
テレビの配線を弄っている親父が、振り向かずに呼びかけた。
「りょーかい」
ダイニングを出る。
俺の部屋は二階の奥。
荷物は少ないから、一番最初に荷解きが終わった部屋だ。
コの字型の階段を登り、廊下を歩いて突き当たる。
「………ふう」
一回、深呼吸した。
扉を三回、静かにノックする。
「入るぞ」
「あ、大丈夫ですよ」
返事が聞こえてきたから、扉を開ける。
「……どうだ?」
俺の部屋のベッドに、アオイとチビ二人が横になっていた。
アオイの着ている服は俺の寝間着。
サイズがでかすぎて袖とか余りまくっている。
「グッスリです。見てください。時々手とか動かすんですよ。夢を見てるのかも」
穏やかな顔で、お姉ちゃんの頭を撫でた。
なんか、良い。
親父の部屋は物で溢れているし、翔の部屋のベッドに三人は辛い。
物が少なくてベッドがデカい。そんな条件の部屋は今んところ俺の部屋だけだ。
俺はダイニングで寝る予定になっている。
チビ達には、翔平のシャツを着させてある。
成長期だからすぐに小さくなって着なくなった服を、無いよりはマシだと思って再利用した。
良く寝ている。
近づいて覗きこむと、お姉ちゃんの口元がフニャリと緩んだ。
笑ってんのかな。
「でも、やっぱり良かったんですか?」
「何が?」
「あの、このお家にお邪魔しちゃって」
まだ聞くのか。
「親父が良いって言ったんだし、翔も賛成してる。俺もその方が良いかなとは思ってるんだ。覚えとけ、この家では多数決は絶対だ」
授乳を終えた後、親父と相談して決めた事だ。
赤ん坊二人を抱えて、毎回あの大岩の上に飛ぶのはなんか怖いし、どうせ日に一回は俺も授乳に立ち会わなければならない。
それにドギー巡査も賛成していた。
この町に龍がいるのがバレてしまったから、ダンジョンを登るヤツが増える可能性があるそうだ。
あのガサライオ達みたいな誘拐犯が、突然襲いかかってくるかもしれない。
アオイはともかく、チビ達は無力だ。
守れる人間は多い方が良い。
ドギー巡査や井上巡査も、気にかけてくれるらしい。
時々見回りに来てくれるそうだ。
大岩の頂上だと、何かあってもすぐには駆けつけられない。
ていうか、何かあっても分からない。
なら、元々の巣に近く、手頃な大きさで雨風しのげて、なおかつ理解のある我が家が適任だ。と、親父は言っていた。
「さっきも言ったろ。遠慮すんなって」
「……はい」
アオイは嬉しそうにハニかんだ。
……美少女だよなぁ。
「明日の朝、巣に一回帰って荷物取って来ますね。服とかしか無いんですけど」
「手伝える事があるなら、俺も手伝うよ」
右手は使えないんだけどな。全治一ヶ月だそうです。
「なあ」
「はい?」
気になる、って言うか、気にしてる事があるんだ。 こう言うのは早い方が良いと思う。
「名前、決めろよ」
「あっ」
いつまでもお姉ちゃん、妹ちゃんじゃ呼びづらいし可哀想だ。
大事な事だと思う。
「そ、そうでした。名前でした」
俺はベッドに静かに腰かけた。起こさないように慎重にだ。
アオイも、上体を起こす。
「実は、卵に命が宿ってるって分かった時に、決めてあるんです」
「へえ、どんなのだよ」
それなら話は早い。
こういうのは考え出すと時間がかかる。
「えっと、古の龍の伝説から取ったんですが」
龍の間でも、伝説とかあんのか。
「……薫平さんが気にいるかどうか」
そこを気にしてどうすんだよ。
「お前の子供なんだ。お前が決めるのが筋だろうに」
「でも、薫平さんだってパパですよぅ」
少しむくれて、アオイは唇を突き出した。
そういう仕草は俺がとても困るから、やめて欲しい。
「あのな。一ヶ月猶予があったお前と違って、俺は今日いきなりなんの前触れも無く父親って言われたんだぞ。まだ追いついてないんだよ」
「それは、そうですけど。なんか今の言い方、嫌です」
む、難しいな女って。
「でも名前はお前が決めろよ。龍の名前の付け方なんて俺は知らないんだから」
「そ、そうですよね。えっと、龍の子って、子供の時と大人の時で名前が違うんですよ。私も小さい頃は、アオイノウンじゃなくてアイって名前でした」
幼名ってヤツかな。
「独り立ちする時に名前を決めるんですけど、その時にもう一個、真名を貰うんです。私だと『蒼穹』。この国の空の呼び方の一つだそうです」
なんか、難しくなって来た。
「子供の時は、だいたい呼びやすい名前にするそうです。母さんから聞きました」
そう言って、アオイは双子の頭を両手で撫でた。
まだ幼さの残る顔で、でも立派な母親の顔で。
「お姉ちゃんは、ジャジャ。ジャジャ・ドラゴラインちゃん。龍の勇者の名前です。強くて勇敢で、笑顔の似合う女性だったそうです」
俺はお姉ちゃんを見る。撫でられて気持ちが良いのか、口元がまたフニャリと緩む。
「ジャジャ、か」
「はい。妹ちゃんは、ナナ。ナナ・ドラゴラインちゃん。龍の英雄。賢くて、可憐な、多くの龍を助けた女性らしいです」
妹ちゃんを見る。
口を開けて、よだれを垂らしていた。親指で拭ってみた。手はちゃんと洗ってある。
「ナナ。うん、二人とも良い名前なんじゃないか?」
「ほ、本当ですか?」
嘘ついてどうなるんだよ。
「本当だって。さて、名前も決まったし、俺は風呂に入るぞ」
「あ、お湯は残しておいて下さい。二人が起きたら入れてみたいんで。後で手伝って貰っても良いですか?」
親父に赤ん坊の風呂の入れ方を聞いておこう……。
「分かった。すぐに出てくるから、その後な。そういやお前も飯、食べるだろ?」
「あ、はい。頂きます」
「ん。翔に伝えとく」
衣装ケースを開けて、着替えを取る。
扉に手をかけて、一瞬考えた。
首だけ回して、三人を見る。
「なあ」
「はい?」
その光景は、なんだかとっても柔らかい。
「突然だったし、まだ全然実感湧いてないし、そもそもちゃんと理解してるかも怪しいんだけどさ」
自然と、俺の口元が緩んだ。
「できる限り、頑張るから。よろしくな。ジャジャ、ナナ、アオイ」
多分、俺は今、母さんがしてたような顔なんだと思う。
「……こちらこそ、色々ご迷惑をおかけします。でも」
アオイは、シャツの胸元をギュッと押さえて、首を少しだけ傾けた。
「薫平さんで、良かったって、思ってます」
その笑顔は、最高に可愛かった。





