家族旅行に行こうよ!③
「薫平もうちょいそっち引っ張れ」
「おう。これでどうよ」
親父の指示通りに右手のロープを引っ張る。
たるんだロープが張り詰めないように気をつけながら、今度は左手のロープを微調整。
「んー、まぁこんなもんだろ。おーい小学生どもー。ハンモックできたぞー」
「ハンモックだってこうちゃん!」
「うにゃ?」
親父に呼ばれた翔平と浩二が駆け寄ってくる。
嬉しそうな翔平に対して、浩二は理解していないようだ。
知らないのかハンモックを! 外でキャンプするなら憧れだろハンモック! 子供心くすぐるだろこれ!
「ほらほら、未知の寝心地で大いに戯れるが良いちびっ子達よ!」
テンション高めの親父に促されて、翔平と浩二は目の前にぶら下がっている魅惑の寝具をペタペタと手で触って確かめる。
見た限りだと安定しなさそうだよなこれ。俺と親父で何回か確認しながら設置したから大丈夫だとは思うんだが。
一本の大きな木の枝と、地面に打ち込んだポールによって設置されたこのハンモックは、親父の同僚からの借り物らしい。
この旅行への期待感を隠そうともしない親父が方々に言いふらした結果だな。
子供みたいなおっさんだぜほんと。
恐る恐る身をハンモックに預け始める翔平。不安定な見た目より好奇心が勝ったようだ。
珍しくキラキラと子供らしい目の輝きで楽しそうにしている。
翔平のこんな姿が見れただけでも来てよかったと思う。毎日家事やら宿題やら学校やらで忙しそうだもんなこいつ。
それにしても意外と簡単に設置できんだな。ハンモックってもう少し複雑な物だと思ってたぜ。
「薫平さーん! お二階のお掃除も大体終わりましたよー!」
頭上から響く声に顔を上げると、二階のベランダからアオイが顔を出していた。
軽く右手を上げてそれに応える。
「おーう! 一階もほとんど終わってるぞー! 降りて来て飯にしようぜー!」
「はーい! 今降りまーす!」
手と尻尾をブンブン振ってアオイはベランダから姿を消した。
「これでようやく一息つけるな親父」
「大して汚れて無くて良かった良かった。布団とかも足りてるんだろ?」
「大丈夫だ」
ベッドマットに関しては期待してなかったからな。
一応人数分の掛け布団と、ホームセンターで買って来たエアーマットレスを用意していたんだ。安売りしてた奴だけど二泊程度だったら問題無いだろ。
早朝にこのコテージに到着した俺達一行は、迅速な行動で宿泊施設の大掃除を始めた。
我らが風待家はこの一年で大掃除を数回してるからな。
引っ越し前と引っ越し後、牙岩事件後とルージュの部屋の作成なんかで4回もだぜ?
良い加減作業の効率だって上がるよそりゃ。
ユリーさんも年の功というかなんというか掃除の手際が良い。
井上巡査やドギー巡査、三隈や佐伯姉弟にテキパキと指示を出して陣頭指揮を取ってくれて、予想より遥かに早く掃除を終わらせる事ができたのもありがたい。
「わっ! 良いじゃんこれ!」
「ハンモックですか? 雰囲気ありますね」
コテージの中から女子二人が出て来た。
顔の横の猫耳をピンと伸ばして反応する佐伯。その後ろから三隈が興味深そうに付いてくる。
「にぃ!」
「すごいよいちか姉ちゃんこれ。なんか不思議な浮遊感」
早くもハンモックの虜となった小学生組がユラユラと揺れる。
こいつらどっちも背が小さいから二人でも余裕でハンモックに入れんのか。
「浩二、アタシにもアタシにも!」
「にひひひ! んべぇー」
ねだる佐伯に嫌らしく舌を出して挑発する浩二。
お前、なんでわざわざ勝てない喧嘩を売るんだよ。
「おっと、珍しい環境で調子に乗ったか我が愚弟! 成敗してやる!」
「にっ! にぇええええっ!」
「わぁ! いちか姉ちゃん危ないって! 揺らさないで!」
「いちかちゃん、あんまり揺すると翔平くん達気持ち悪くなっちゃうよ?」
悪そうな笑みを浮かべながらハンモックをユサユサと揺らす佐伯。
翔平の悲鳴を聞いた三隈が苦笑いを浮かべながら止めに入る。
んー、満喫してますなぁみんな。
「風待さん。こんなもんでどうです?」
「おお、俊夫君。仕事が早いなぁ。いやぁ、俺も初めて使うから分からないんだよねウッドストーブって」
さっきからずっと煙突型のストーブと格闘していた井上巡査が親父を呼んだ。
「親父はすぐに格好から入ろうとするからなぁ。こんなもん、ルージュに頼めば一発だろうに」
アークドラゴンにして火を自由自在に操るルージュなら朝飯前だろう。
こんなややこしい事しなくてもさ。なんで今時薪で火なんか起こしてんだか。
「馬鹿野郎。こういう時は雰囲気を全力で楽しむんだよ。見ろよこの森、そして大きな川を! この自然を目一杯楽しむには便利な器具に頼るだけじゃ駄目なんだよ! ガスコンロで済むんなら家の庭でやるね俺だったら!」
何もそんな力説しなくても。
分かるような分からんような事言いやがって。
「あはは。若い子にはちょっと理解できないかな? こういう時は非日常を楽しむのが正解なんだよ。普段とは違う事をする事でね」
「俊夫君、このお子ちゃまにはまだ大人のわびさびって奴が理解できないんだよ。あー嘆かわしい。これが現代っ子って奴か」
おーおー言ってくれるじゃねーか中年が。と普段なら俺もカッとなって反論するところだが、なぁに。俺もそこそこ大人の階段を登り始めてる男だ。
ここはグッと堪えておっさんに華を持たせてやるとするか。
「翔平くん、冷蔵庫だけだと食材全部は入らないみたいなの」
「風待さん達のクーラーボックス、使っても良いかしら」
一階キッチン側のウッドデッキからドギー巡査とユリーさん親娘が姿を現した。
彼女達には翔平と一緒にキッチンを担当してもらっていて、今は大量に持ち込んだ食材を整理してくれていた。
翔平はそわそわしていて遊んでこいと放出されたみたいだけどね?
「ああ、良いですよ。赤いボックスは空ですし、青の方に氷も入ってますから」
「わかったわ。お酒なんかは冷蔵庫よりクーラーボックスが良さそうね?」
「ママ、お酒は私が面倒みるわ」
真剣な表情になるドギー巡査。
ルージュの歓迎パーティーの時に思ったんだけど、あの人凄い飲むんだよな。
親父の4倍ぐらい飲んでたぞ。
「いや、やっぱり多いよなあの食材は」
「佐伯さんと三隈さんからも貰っちまったしなぁ。気を遣わせちまったかな?」
朝方、まだ日も昇らない時間に佐伯姉弟と三隈を迎えに行った時に、二人の親御さん達から大量の食材を無理やり持たされてしまった。
ユリーさんや井上巡査も持って来てしまったもんだから、下手したら十数人分ぐらいの食料がここにある。
「良いんですよお義父さん。普段からお世話になりっぱなしですし。これぐらいさせてください」
三隈が親父に微笑んだ。
その割には、俺はお前の父親からどえらい目つきで睨まれちゃったけどね?
ありゃ、あんまり良い印象持たれて無いなきっと……。
「夕乃のお父さん、物凄い娘大好きパパだよ風待。アンタがジャジャちゃんやナナちゃんにするのと同じぐらい」
「佐伯さん。俺の考え読むのやめてくれません?」
なんで俺の周りの女の子達は、こうも易々と俺の思考を見透かすのだろうか。
怖いんだけど。
「娘を持つ父親ってな、だいたいそうなっちまうんだろうなぁ」
「そうね。うちの人も生きて居た頃は大変だったわ。長女の結婚の時なんかもう凄かったのなんの」
「姉さんとお義兄さん、げっそりしてたわねぇ」
腕を組んでウンウン頷く親父の言葉に、ユリーさんとドギー巡査が同意した。
まぁ、気持ちは理解できる。
俺だってジャジャやナナが大きくなって、ある日突然ボーイフレンドなんか連れて来た日にゃ、ちょっと自分がどうなるか分からない。
最悪大暴れするかもしれん。
「おじさん、ウチの両親なら気にしなくても良いよ。浩二の事で翔平には物凄い感謝してるんだから。うちの家族は」
「僕?」
「にぃ?」
佐伯の話す内容に急に名前が出て来たから、ハンモックの中から顔を出す翔平と浩二。
ああ、そうか。
ガキ大将時代の浩二のまま成長してたら、きっと大変だっただろうなぁ。
それを今のイタズラ小僧レベルまで押さえ込んだのは、他でもない我が弟である。
なんとなくだが、佐伯家の翔平に対する気持ちも理解できそうな気もしないでもない。
だけど何をどうやってあんな暴れん坊をここまで大人しくさせたのだろう。
あとでこっそり聞いてみよう。
「みなさんお披露目ですよ!」
「だぁ」
「うぁ」
ん?
ウッドデッキにジャジャを抱いたアオイと、ナナを抱いたルージュが立っている。
双子達はバスタオルに包まれていて、なんだか落ち着かない様子でモゾモゾしていた。
「遅かったなアオイ。なんかあったのか?」
「ふふふっ、ルゥ姉様と一緒にジャジャとナナにこれを着せてました!」
なんだか不敵に笑うアオイ。
アイツもアイツでテンション高いんだよな。
楽しそうで良いんだけどさ。
「じゃーん」
対照的にあんまり感情の込もってない声のルージュが、ナナからバスタオルを剥がした。
「だぁ」
「かっ! かわっ、可愛い……っ!」
俺は思わず息を飲んだ。
白い花柄のワンピースタイプの水着を身に付けたナナがそこに居た。
短い尻尾と小さな羽も相まって天使の様な出で立ち。
もちもちの足とすべすべの腕がベリーソーキュート!
ナナの愛らしさが天井知らずだ。
「可愛い!」
「まぁ」
「へぇ」
親父が大げさにリアクションし、ユリーさんが手を合わせて驚く。
翔平だけが案外クールでちょっと残念だが、それぞれがそれぞれのリアクションを取った。
「うん、お店で試着した時も思ったけど、よく似合ってるね」
「ジャジャちゃんもほらほら」
あれ? 三隈と佐伯は知ってたの?
「はい、じゃーん!」
「きゃーい!」
「おおっ!」
剥ぎ取られたバスタオルの動きが面白かったのか、ジャジャが大げさに笑った。
ナナとお揃いの柄のピンクのワンピースタイプの水着。負けず劣らずの愛らしさ。
ああ、来てよかった!
「うん! 安い物だけど時間かけて選んだ甲斐があったな! どうよ風待!」
「この間アオイちゃんとルージュさんとこっそり近くの量販店で買って来たの。似合ってるよね?」
佐伯と三隈が俺を見てニヤニヤしている。
ああ、そういえば。
夕方だけアオイとルージュがジャジャナナを連れて散歩に出かけた事があったな。
付いていくって言ってもなんか凄い勢いで遠慮された日が。
なにげにショックだったんだけど、これの為か。
「ちなみに、アタシたちも水着持って来てるから、楽しみに待ってろよ?」
「え?」
佐伯さん、今なんて言いました?
「川で遊ぶのは明日だから、今日はお預けな?」
「おいちょっと待て佐伯」
聞き捨てならん事を言うだけ言って、佐伯はニヤニヤしながらコテージへと向かって言った。
え? 水着?
アタシ『たち』?
ふと隣に立つ三隈へと視線を移した。
「……う、うん。け、結構頑張ったから。あ、あの、気に入ってくれたら……嬉しいなぁ、なんて」
「あ、はい」
顔を徐々に真っ赤に染めながら、三隈も足早にコテージへと向かう。
「もちろん、私もですよ?」
「だぁ」
「うわぁ!」
いつのまにか近くにいたアオイとジャジャに驚く。
びっくりした! 全然気づかなかった!
「ん。ちなみに私も買ってもらった」
「あぅ?」
ナナを抱くルージュが静かに近づいてくる。
「る、ルージュも?」
ハッ!
と言う事は!
ある事に感づいた俺は急いで後ろを振り向く。
アオイやルージュは水着なんて持っていなかった。
つまり最近購入したって事になる。
俺はその資金をアオイに渡していない、つまり俺以外に資金提供者が居る事になる!
そんなの、一人に決まってる!
「プププ、想像通りの反応しちゃってまぁ」
「お、親父! 計ったな!」
知ってて、黙ってやがったな!
「お前、案外そう言うとこに本気でウブだからな。面白そうだってんでちょっと協力したんだよ。油断してたろ? 海じゃないから水着が来るとは思ってなかったろ?」
あ、ああ……。
最近、ようやくアオイの距離の近さや三隈のあざといアピールに耐えられるようになってたのに……。
それにルージュも加わって、おまけ程度の佐伯まで……。
「薫平さん」
「え?」
アオイに呼ばれて振り返る。
少しだけ頬を染めたアオイが、顔を近づけて俺の耳元で口を開いた。
「覚悟、してくださいね?」
艶のある小声で、俺の鼓膜を甘く揺らすアオイ。
その色気しか感じない空気の振動を受けた俺はーーーーーー。
「お、おてやわらか、に……」
腰を引いてそう告げるのが精一杯だった。





