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家族になろうよ⑤

 

「な、なあ。俺まだ全然納得してないんだけど」


「そりゃそうだね。君はまだ龍を知らないもの。知らないのなら、知っている僕の言う事を聞いてくれないかい?」


 だからと言って、この状況になる流れをどう噛み砕いて処理したら良いんだ。


「……分かったけどさ。なんで俺は脱がされてんの?」


 俺の乳は吸わないって言ったじゃないですかー!


「あ、あの、薫平さん。失礼しますね?」


 背後からアオイノウンの声がする。


「お、おう」


 冷たい感触が背中に走る。

 だけどそれはすぐに暖かくなり、すべすべとして、なおかつ弾力と張りのある、いやまあ、アオイノウンの素の肌の感触なわけなんですけど。


「な、なんで裸で背中を合わせる必要がある訳?」


「ほら、少しだけ黙っててくれないかい?初めての授乳ぐらい、静かに感動させてやってくれよ」


 お、俺は何やらされてんだよ!

 もうさ、心臓の鼓動がおかしいんだよ。

 ちょっと、この歳の男の子にさせて良い事じゃない。

 さっきから心臓が爆音を鳴らして跳ねている。このまま心不全でも起こしかねないぞ俺は。


「えっと、こう、かな?」


 な、何?何しようとしてんの?


「んっ、んんっ。うわあ。すごい勢いで飲んでる……本当に出るんだ……」


 こ、声が出ないっ!出しにくいっ!

 何してるかピンと来たけどっ、聞く事ができないっ!


「あっ、妹ちゃんも……ほらっ、んっ、ひゃっ!うぅ、くすぐったい……あっ、もう少し横、かな?ほらっ、ここだよ?」


 ああー!もおぉおお!何が横なんだってばさー!


「す、凄い。私、子供におっぱいあげてるんだ……ふふっ、可愛いなあ」


 やばい、ヤバいヤバいヤバいヤバい!

 何がヤバいのか上手く説明できないけど、背中の感触と、この甘ったるくて優しげなアオイノウンの声は、俺の大事な何かをガリガリと削っている!


「うん。授乳も問題なさそうだね。元気な子達だ」


 ネズ公の声が癪に触る。

 この野郎、今俺を完全に忘れてやがるな!


「な、なあ。そろそろ良いだろ?説明してくれよ」


「もう、うるさいなぁ。分かったよ。何から聞きたい?」


 おまっ、本当ぶん殴るぞ!

 しかし緊張で強張った俺の体はピクリとも動かせない。


「え、えと、まずは、なんで俺がチビ達の父親なのかって」


 最初に言い出したのはアオイノウンだ。

 なんだってそんな恐ろしい事を言い出したのさ。


「だって、薫平さんが卵を孵しましたし」


「いや、父親なら卵に受精させたヤツがいる筈だろ?」


 オスドラゴン呼んでこいよ!


「何も知らない君に最初に教えるのはね」


 トコトコとタイルの床を歩くアルバ・ジェルマン。

 杖を上下に振りながら、得意げに鼻を鳴らせた。ムカつく事この上ない。


「龍種に、オスはいないって事かな」


「は?」


 え?いや、授乳してるってことは、少なくとも哺乳類っぽい生態をしてる訳で、雌しべと雄しべ的なアレがないと、ほら魚だって卵の上から受精させるし。

 俺、大混乱です。


「古来より龍にはメスしか存在しないんだ。僕は始祖の龍から全ての龍を見て来たし、全ての龍を愛しているけど、オスの龍なんて見た事無いよ。居たとしてもそれは龍では無い」


 あ、そう言えば、アオイノウンは卵から孵る前に、お姉ちゃんって言ってた気がする。そういう事か。お兄ちゃんはあり得なかったのか。


「龍にとっての産卵はね?体内に累積した濃度の濃いエネルギーを、体外に排出する意味合いが強いんだ。だから滅多に命が宿る事は無い。長命種だから、繁殖の必要性もあまり無いんだよね」


 あ、だから数が少ないって。


「しかも、龍にとって子を増やすには、いくつもの条件を揃える必要があるのさ」


「条件?」


「そう。全ての条件を整えない限り、卵に命は宿らない。一つでも不備があれば、排出したエネルギーはすぐさま大気に混ざり、卵もただの石になる」


 あ、さっきドギー巡査達が説明してくれた龍血石。あれの話に繋がる訳だ。


「その条件って何だ?」


「まずは母体の健康状況。完全な龍でなければならない。そして産卵期である事。龍によってまちまちだけど、大体は二百年周期で訪れるんだ」


 つまり、子を産むチャンスは二百年に一回で、その時に病気とかしてたらダメって事か?


「怪我をしててもダメだね。龍は本能が強い。産まれた子供を守れないと本能が理解したら、体が意思に逆らってでも命を作らないんだ」


「な、なんか凄いな」


「さらに、強く子供を欲する意思が無いとダメだ。軽い気持ちでは命が応えてくれない。欲しくて欲しくてたまらず、我慢が効かなくなるぐらいじゃなきゃ、龍の子は形を成さない」


 それはつまり……。


「アオイノウンは、子供が欲しかった……のか」


「なっ!」


 あっ、今こいつ狼狽えてんな?背中越しでもピンと来てしまった。

 なぜなら俺の神経は今、全て背中に集まっているからな!悲しい事に!


「あ、あのっ!おじさまの話は半分ぐらい初耳なんで強く否定できないんですがっ!こっ、子供が欲しかったと言うよりは!言うよりは……」


 なぜか言い淀むアオイノウン。

 別に、悪い事じゃないだろう。

 今日の様子を見る限り、こいつの母性は強い方だ。


「ひ、一人が、寂しかったんです……。だから、多分無意識に、一緒に居てくれる存在が欲しかったんじゃないかと……」


「一人って」


 そういや、母親と四十年近く会ってないって言ってたな。


「私達空龍(くうりゅう)、スカイドラゴンには二百歳ぐらいで独り立ちするしきたりが有るんです……私は、その、寂しくて、母さんにワガママ言って十年伸ばして貰いましたけど……。母さんは結構あっさりと旅立って行っちゃったし、他の種族とは色々違うから町に降りる勇気も無くて……必要最低限の買い物とか、狩りの時だけ巣から出て、あとはあの大岩の上でテレビみたり本を読んだりしてて……やだなぁって」


 それで、子供ならまた二百年一緒に居られると、思っちゃった訳だ。


「じ、自覚は無かったんですが。おじさまの話を聞いたら色々思い当たる事が多いんです……あ、あの、一人が辛くて、半年ぐらい前から結構、夜とか泣いちゃって……」


 半年前?


「結構最近なんだな。四十年は一人だったんだろ?」


「あ、あの、私、薫平さん達と会うの、二回目なんです。最初は、半年前に……」


 え?

 いや、全然記憶に無いぞ。

 アオイノウンの姿は、正直目立つ。


「こんな綺麗な青い髪の女の子、忘れる訳無いと思うんだけど」


 思わず口に出してしまった。

 そもそも青い髪って初めて見たし、たまにテレビで見るコスプレイヤーのどぎついカラーの髪と違ってアオイノウンの髪は凄く自然だ。幾ら俺が馬鹿でも、忘れないと思う。いや、思いたい。


「きっ、綺麗っ!?」


 うおっ、背中が熱いっ。


「あ、あのっ、お家、見に来られてましたよね?お父様と、翔平君と一緒に」


 あ、そうか。


「親父、聞こえるか?」


「おう何だ?」


 親父達は衝立ついたての反対側にいる。

 スーパーの店長さん達に挨拶とお礼を言っているようだ。


「家の内見ないけんの時、ご近所さんに美少女が居るって騒いでたよな」


「騒いだな。お前興味無さそうだったけど」


 俺どころか翔平も興味無かったんだけどな。テンション高かったのアンタだけだ。


「それってさ」


「そこに居るじゃないか」


 おい。言えよそう言う事は。


「あ、そうです。あの、ちょうど買い出しで巣から出てて、たまたま門の所でお父様にお会いして、家の奥の方で、薫平さんと翔平君が笑ってて……た、楽しそうでいいなぁって……羨ましくて……」


 ……つまり、俺たちがアオイノウンの寂しさにトドメを刺してしまったわけだ。それと産卵期が、重なってしまったと。

 んー。何だろう。別に何も悪い事をした訳じゃないんだけど、なんか責任を感じてしまう。


「なるほど!」


 突然、アルバ・ジェルマンが声を挙げた。


「うん。これで最後の謎が解けたよ。いやー、僕としても不思議に思ってたんだ。幾ら何でも一月も卵が孵らないのはおかしいなってね。君、最高のタイミングで現れてくれた訳だ。やっぱり君が父親で間違いないね」


「な、なあ、アンタの言う事が時々難しくてついていけないんだよ。俺馬鹿だから、もう少し馬鹿向けに説明してくんないか?」


「しょうがないなぁ。馬鹿は大変だね」


 アルバ・ジェルマンは頭を軽く振って、鼻を鳴らした。

 コイツ、後で踏んづけてやろうか。


「いいかい?この子達の卵は、君が触れた事で孵化した。普通の龍の卵は、大体一週間程度で勝手に孵るのにだ。この子達は一月も出てこなかった。さっき言ったね?龍は本能が強いって」


「あ、ああ」


「この子達は、君を待ってたんだ。君に会いたくて、孵化しなかった。君が居ないと命が危ないと本能で感じ取り、卵が腐敗し始めてるのに、ジッと耐えてたんだよ」


 な、なんで、俺?


「アオイが、そう感じたからさ。君に会った時に、寂しさを抑えきれなくなったからさ!龍が地上に生まれ出て始めて!人間を欲したからに他ならない!いいかい?この子達は、『人間が混ざって』いるんだ。君の血に卵が触れて、それを感じて、足りないものが揃ったから!ようやくこの子達は出てこれた!素晴らしい!素晴らしいよアオイ!君と君の娘達は、長らく停滞していた龍の!進化の一歩を踏み出したんだ!!」


「お、おい、落ち着けって」


 アルバ・ジェルマンのテンションが、怖いくらいに上がっていく。


「落ち着いてるとも!そうだ、君が授乳を手伝う意味をまだ伝えて無かったね!そもそも龍の授乳って言うのは、腹を満たす事と母体から強い因子を摂取する事だ!人間の赤ん坊も一緒だよね!病に対する抵抗力を強める為に、母乳から補う!そこなんだよ!この子達は、アオイから龍の因子を、そして君から人間の因子を必要としていた!だから君との接触を求めて泣いていたんだ!」


 そういや、最初に妹ちゃんを抱いた時、お姉ちゃんも俺に手を伸ばして来てたな。


「あ、あのおじさま。少し落ち着いてください。この子達がびっくりしちゃいます」


 肩で息をするほど昂ぶっている鼠の賢者を、アオイノウンがなだめる。


「お、そうだね。僕とした事が。でもこれでこの背中あわせの行為も意味があると理解しただろ?龍は接触でも色々感じ取るからね。母体にできるだけ多い面積を触れさせて、その因子を母乳ごと摂取させている訳さ」


 つまり、これは。


「まあ。一日に最低でも一回は、二人で授乳してあげて欲しいな」


 そう、定期的にやらないと意味が無いと言う事になる。


「あ、あの。薫平さん」


 アオイノウンが、身をよじらせた。


「な、なんだ?」


「巻き込んでしまった上に、勝手なお願いなんですけど……どうか、この子達の為に、手伝って貰いたい……です……」


「……あー」


 俺は自分の硬い髪をグシャグシャとかき混ぜた。

 今のアルバ・ジェルマンの話を聞いて、断れる訳無いだろうに。


「……別に、申し訳ないとか思わなくても良いんだよ。母ちゃんなんだから、図々しいぐらいが丁度良いだろ」


「……え?」


「だから、まあ」

 

 お互い、素の肌すらさらけ出した仲だ。遠慮なんて、今更要らないだろうに。


「了解って事だ」


「……っふ!………ひっ、えっく……」


 アオイ(⚫︎ ⚫︎ ⚫︎)は、肩を震わせて、嗚咽の声を挙げた。

 合わせた背中に、お互いの熱で汗が溜まり始めている。

 でも、それは不快でもなんでも無くて、ただ、心地良くて。

 俺は目を閉じて、彼女の声にしばらく耳を傾けた。

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