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俺とお前の為のアッパーカット⑦

 

 もうボクシングスタイルなんて気にしていない。

 全力で振りかぶった右腕をただまっすぐに突き出すのみ。

 野球のボールを投げるかの様な前傾姿勢。

 2ラウンド開始の合図と共に放たれた俺のテレフォンパンチに、面食らった王子がその真っ白な翼で防御姿勢を取った。


 ガード?

 構うもんか! それごと吹き飛ばしてやらぁ!


「グッ!!」


 助走の勢いも加味された俺の拳は王子の翼に深くめり込む。


「っしゃあ!!」


 それと同時に気合の雄叫びを出しながら、拳に体重を乗せて一気に振り抜く。

 若干浮き上がる王子の体は、ガードの体制からすぐには攻撃に転ずる事ができそうにない。


「畳み掛けろ!」

「薫平さん!」

「薫平くん!」


 親父の激とアオイと三隈の声援に応えるかの様に、左拳を固く握る。

 右腕を振りかぶった姿勢のまま、今度は天を目掛けて打ち貫く気概で左腕を振り上げる。

 効果的な攻撃? ボクシングのセオリー?

 知るかよ! 俺にできることは、ただコイツを力一杯ぶん殴る事だけだ!

 あんまり難しい事させたらパンクしちゃうだろうが! 俺の脳みそが!


「殿下!」

「うわお! 風待くん強烈ぅ!」


 左拳がインパクトする直前、カヨーネの心配そうな声と、ウタイのようわからんどデカイ声が耳に入ってくる。

 いやぁ、残念ですけど。

 全然効いてないのは俺が一番良く知ってんだよねぇ!


 クロスアームブロックならぬ、クロスウイングブロック。

 その折り重なった翼ごと、俺の拳が王子を吹き飛ばした。

 若干リングをあとずさったアトル王子だが、おそらくダメージは微々たるモノ。

 だが。


「んぬらぁ!」


 そんなの最初から承知の上だ。

 とりあえず何も考えず、ただ無心に、全身全霊の力と今までの鬱憤を込めて殴りまくる。

 こいつめ! こいつめ!


「3ラウンド目までもつれ込んだら負けだと思え! 仕留めるつもりで行け!」


 合点承知だ! 言われなくてもこっちはそのつもりだぜ親父!

 左の全力、右の超全力!

 1ラウンド目に温存してたーーーーーーというよりは使わせて貰いすらしなかった分の体力を使い潰す勢いで、俺は王子を殴りまくる。

 振り下ろした右腕をそのまま戻す勢いで、固いガードを形成する翼を振り払う。

 一枚分薄くなった防御の上から、渾身の力を込めた左ストレートをお見舞いしてやった。


「グッ!」


 王子の胴体が少しだけ折れ曲がる。

 この勢いに乗るんだ。足を、腕を、波を止めるな!

 顔面めがけてまっすぐに!

 ボディめがけて鋭角に!

 思わず使いそうになっちまう蹴りをグッと堪えて、乱打乱打乱打乱打ぁ!


「フンッ! フンッ!  フゥンンンン!」


 歯を食いしばってガムシャラに攻め立てているから、俺の鼻息はずっと荒い。

 腹の底に煮えたぎったストレスを、やる気と覇気にエクスチェンジするがの如く、無理やりペースを作っている。


「ぐっ! ぬぅっ!」


 俺の猛攻をひたすら受け耐えるアトル王子が、一撃一撃ごとに喉の奥から辛そうな声を絞リ出す。

 見た目だけで言えば、完全に1ラウンドの状況とは反転している。

 圧倒的なのは俺、不利なのは王子。

 ハタから見たら、誰もがそう言うはずだ。


 しかし。


「らぁっ! だぁっ!」


 違う。絶対に違う。

 分かってきた。

 俺が今まで感じていた違和感の正体が、はっきりとした輪郭を浮かび上がらせて、もうそのシルエットがハッキリと分かるほどに見えてしまっている。


 2ラウンド目が始まってそろそろ3分。

 俺はその3分間を優位に立っている。

 いや、立たされている。


 この野郎!


「そこまデ! 二人ともコーナーだヨ!」


 銅鑼どらの重い音が響き、ナナイロさんがラウンドの終わりを告げる。

 振り下ろしかけた腕を止めた俺は、汗でじっとりとした肌と同じぐらいの精神的不快感を隠しきれない。

 目の前のアトル王子をキツく睨む。

 体の前で固めた翼を広げて、殴られ続けて赤くなった腕を下ろしながら、王子はカヨーネとウタイが待つコーナーへとゆっくり帰っていく。

 ゼェゼェと息を吐く俺はと言えば、腕を下ろしてリングの中央でアトル王子の背中を見続けている。

 全身が、ワナワナと震え始めた。

 この数日溜まりに溜まったストレスは、今の3分間で真っ赤な怒りに代わり、そしてもう、耐えきれない。


「薫平! 良くやった! 戻って休め!」


 背後から聞こえてくる親父の声に反応する事なく、俺は両腕を上げて、ヘッドギアを掴んだ。


「おい、風待。インターバルだぞ?」


 リングの外で銅鑼を叩くためのバチを肩に担いだガサラが話かけてくる。

 その声にも反応を返さず、俺は強引にヘッドギアを脱ぐ。

 後頭部を紐で固く固定してあるヘッドギアは簡単には外れず、多少の痛みを伴ってゆっくりと頭から取り外される。


「く、薫平さん?」

「薫平くん? どうしたの?」


 リングサイドでそれを見守るアオイと三隈。

 やっぱり俺はその言葉に返事を返さず、ようやく頭から外されたヘッドギアに片腕を通し、そしてーーーーーー。



「っやってられるかあああああっ! こんのクソ野郎がああああああっ!」



 ーーーーーー勢い良くリングに叩きつけた。

 喉を痛めるほどの絶叫、溜まりに溜まったフラストレーションが、腹の底から勢い良く噴出した。


「はぁっ! はぁっ! っ! 何が決闘だっ! 何が『海龍の僕』だっ! 何が強者だっ! 馬鹿にすんのも大概にしろよ!」


 2ラウンドで費やした体力の分だけ不足した酸素を体が求めている。

 吐き出す空気と求める空気の需要と供給のバランスが崩れていた。

 登り始めた血で顔面に熱が集まり始める。

 あまりの怒りに切れかけている血管が、こめかみでピクピクと小刻みに震えるた。


「か、風待様?」

「お、おお? どうしたの風待くん」


 俺が睨む王子の背後、コーナーポストに立つカヨーネとウタイが驚きで目を見開いて俺を見る。

 王子はと言えば、我関せずと口からマウスピースを取り、ペットボトルから水を飲み始めている。


「お、おい。どうした薫平」

「どうしたもこうしたもあるかっ! くだらない茶番の片棒担がせやがって! いい加減にしろよアホ王子!」


 困惑した親父の声に怒声で答えた。

 右手のグローブの紐を口で解く。

 その解き辛さにまたイライラが募り、乱暴に紐を引っ張るとグローブ自体を噛んで腕を引き抜く。


「おかしいおかしいとは思ってたがな! ようやくハッキリしたぜ! テメェこの落とし前はどうつけるつもりだ! あぁ!?」


 怒りのままにグローブをリングに叩きつけ、今度は左手のグローブを外す。

 右手よりは幾分かスムーズに取り外せたそれを、思いっきりアトル王子にぶん投げた。


「……なんの話だ」


 飛んでくるグローブを軽く手で払い、俺と目すら合わせずにアトル王子は白を切る。

 ふざけるなよお前。

 なんの話なのかはお前が一番良く分かってるだろうが!


「テメェがこの決闘に! ハナっから勝つ気が無い事だ馬鹿野郎!」


 そう、王子は最初から決闘になんか興味なかったんだ。

 カヨーネとの関係、王子の幼少期、今の状況、そしてカヨーネとウタイが語る本当のアトル・ケツァ・コアトー・ダイランという男の性格。

 その全てが最初から答えを導き出していた。

 アンバランスな言動と、投げやりな態度。

 不遜な物言いと、それに反しておとなしい普段のコイツ。

 全部が全部何かがおかしかった。

 俺がモヤモヤしていたのは、コレだったんだ。


「ふざけやがって! お前の目的も大体分かっちまったよ! 悲しいことにな!」


 そう、多分俺だから理解できた事。

 周囲の評判と、拭えぬ劣等感。

 心の底で育つコンプレックスと、求めた理想。そして手に入れられなかった栄光。

 だから、俺と王子は似ていたんだ。

 お互いが嫌になる程、王子と俺は分かり合えてしまう。


『自分なんか』


 そんな事言い出す奴が絶対にたどり着く着地点って奴を、俺は知っているんだ。


「……くだらない。さっさとグローブを嵌めろ。叩きのめしてやる平民ーーーーーー」

「その下手な煽りをやめろってんだ! 接待で決闘やるほど落ちぶれちゃいないんだよ俺は!」


 俺の一括に怯んだ王子は、奥歯を噛み締めて俺を睨んだ。


「ど、どういう事? 王子は負けるつもりで決闘を申し込んだって事?」


 俺の剣幕にビビってしまったのか、三隈がオドオドと疑問を口のする。

 ああ、やっちまった。怖がらせるつもりは全然なかったのに。


「……ああ。俺達にとっては迷惑以外の何物でも無いけどな! なぁそうだよな殿下!?」


 嫌味と皮肉を込めてそう呼ぶと、アトル王子はわかりやすく舌打ちをした。

 んなろぉ……。この後に及んでその態度はどういうつもりだ。


「で、でもなんでです? ネズミのおじさまに交換条件まで出しておいて、なんで王子は勝つ気の無い決闘なんかを……」


 頭にクエスチョンマークを浮かべていそうなほど、アオイは困惑している。


「……詳しい経緯は知らないがな、まぁ十中八九、カヨーネが関係してんだろ?」

「……っ!」


 ほら図星。

 そんな露骨に態度に出しちゃダメだぜ王子。

 お前はポーカーに向いていない。


「わ、わたくしですか?」

「カヨさん?」


 名前を呼ばれた本人が困惑の表情を浮かべる。

 俺の憶測で良ければ、話し下手なりに解説してやろう。


「カヨーネは言ったな。昔の王子は今みたいにデカイ態度なんか取らなかったし、努力を怠らない実直な奴だって」

「は、はい。全てを投げやりになってしまったのは、父上である国王陛下がーーーーーー」

「カヨーネ! お前こいつに何を話した!」


 王子が珍しく声を張り上げてカヨーネの言葉を遮った。


「当ててやろうか、アトル王子。お前が何を企んで、俺や俺の娘達を巻き込んでこんな茶番をしようと思ったのかを。なぁ」

「ぐっ! う、うるさいぞお前! 決闘中にペラペラペラペラと! 黙って拳を構えろ!」


 狼狽えるなよ。思惑が透けちまうだろうが。

 お前がそんなんだから、俺は感づいちまったんだ。

 脆いよな。全てに無理して生きてる奴ってのは本当に脆い。


「卑屈だよな! お前は本当によぉ!」

「だ、黙れ! 何を知った風な口を! お前ごときにオレの何が分かるっていうんだ!」


 分かっちまうんだ。

 どうしようもなく、分かっちまうんだよ。


 俺はちらりと親父を見る。

 何がなんだか分かってない親父は、俺の視線に気づくと首を傾げた。


 親父みたいに、経験豊富でまっすぐな奴には絶対にわからない話だ。

 俺や王子みたいな、ガキみたいな奴がかかっちまう、一種の病気。その病気は、自分だけでなく周りを巻き込んでしまう恐ろしい物だ。


 かつて幼かった俺が、母さんにそうした様に。


「王子」

「なっ! なんだ!」


 目線を戻すと同時に、アトル王子の目をまっすぐに見る。

 その視線に動揺した王子は、たまらずに俺から目を逸らした。


「ダイランにとって、『海龍の僕』ってのは名誉なんだよな?」

「そ、それがどうした!」


 三年にも渡る過酷な儀式を乗り越えて、それを勝ち取ったのは、かつては国民から大きな期待を寄せられ、勝手に幻滅された『王家の出来損ない』だった。

 じゃあ、その名誉ってなんだ?


「そして『海龍の僕』ってのは、強者と正々堂々戦う事が義務なんだよな?」

「あ、ああ! ほまれ高い! ダイランの戦士の代表だからな!」


 間違っても、こんな非公式の場で、魔法も使えない種族的に劣っている人間なんかと、相手が不利になる様な一方的な戦いなんてしないんだよな?


「そんなお前が、なんで東京にいる兄貴や弟に黙って、コソコソと決闘なんてしてんだ?」

「そっ、それは!」


 ダイランの代表で名誉ある『海龍の僕』が、なぜその功績を隠そうとなんてしてんだ?


「もし、そんなコソコソとした決闘に無様な敗北を喫したとお前の兄貴が知ったら、お前はどうなるんだ?」

「ぐっ、ぐうう!」


 一歩づつ、俺は王子を追い詰める。

 背中のコーナーポストに阻まれて逃げ場を失った王子は、上半身を目一杯逸らして俺から少しでも離れようともがいていた。

 逃すか。ぜってぇ逃さない。


「これは完全に俺の推測だけどさ。100パーセント合ってる自信があるんだよ。アトル王子、お前の目的はーーーーーー」

「や、やめろ……言うなっ!」


 いや、駄目だ。

 お前は、俺と俺の娘を巻き込んだ。

 ジャジャとナナにとっては死活問題である球大陸への渡航って言うカードを奪って、それを馬鹿にしやがった。

 たとえお前がみっともなく許しを乞うて来たとしても、俺は『それ』を絶対に許したりしない。


 ジャジャとナナ。

 俺の大切な娘たちの命を賭けの対象にした罪は、俺の中の何よりも重いと知れ。


「ーーーーーー王族を辞めて、カヨーネを手放す事だな?」

「き、貴様あああ!」


 悲愴な声で叫ぶ王子の背後に立つカヨーネの目から、光が消えた。


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