俺とお前の為のアッパーカット③
大皿に盛り付けられたサラダを木製のサラダトングで挟み、皿に盛っていく。
「三隈、こんなもんでいいか?」
「うん。ありがとう薫平くん」
「どういたしまして。雛ちゃんはサラダ要る?」
「あ、あの、あの! すすす、少しだけで!」
そんな慌てなくても良いのに。
おかっぱ気味の黒髪姫カットの女の子。日下雛ちゃんは顔を真っ赤にしながら紙皿を俺に差し出す。
「今日のサラダとフライドチキンは、私が作ったんですよ! 翔平さんにも褒められた自信作です!」
「ん。跳ねる油に大騒ぎしながら作ってた。見てて面白かった」
ナナを抱いて胸を張るアオイに、隣に立つルージュが余計な一言を口走った。
やめてやれって。本人思いっきりドヤってるんだから。
「ル、ルゥ姉様! それは言わなくても!」
「でも本当にアオイ姉ちゃん、お料理上手くなったよね。最初は本当に焼くだけ煮るだけって感じだったのに」
「ほ、ほら! 翔平さんもっと言ってください!」
カウンターキッチンで人数分のジュースを用意している翔平がアオイのフォローに入る。
ほんと、頑張ったよなアオイも。
包丁の使い方すら知らなかった奴が、たった数ヶ月でフライドチキンを家で作れるようになるなんて素直に驚きである。
先生である翔平が優れているのもあるが、これもひとえにアオイのたゆまぬ努力の結果だろう。
「牧雄はサラダ、要るだろ?」
ダイニングのソファに座り、ジャジャを膝に乗せて遊んでいる牧雄に問いかける。
「うん、ありがとうね」
「だぁ!」
見慣れない牧雄に物怖じせずに、ジャジャは脇をくすぐられて嬉しそうに笑っている。
本当に人懐っこいなジャジャは。
ナナなんて未だに家族かユリーさんにしか抱けないのに、双子の姉の方は反則級の愛らしさを振りまいて色んな人に甘えている。
牧雄の分の紙皿にサラダを盛り付け、テーブルの端に置く。
サラダトングも一緒に置いて、リビングの窓へと向かった。
「親父、浩二。そろそろ始めるぞ」
窓越しに庭で作業をしている親父と、興味深そうにそれを見ている浩二を呼んだ。
「おう。こっちも準備できたぞ。バーベキューセットとか触るの久しぶりだから、少し手間どっちまった」
「にゃあ」
親父が朝から頑張って設置していたバーベキューセットは、昨日の夜の内に納戸から出してきて俺が洗った奴だ。だいぶ前から使ってなかったから、錆びかけてたり埃被ってたりで大変だった。
最後に使ったのは母さんが居た時だった気がする。
グリル式のセットの網の下では、ルージュが火をつけてくれた炭が真っ赤になって熱を発していた。
「なぁ、メンツのほとんどが女子なのに、バーベキューまでやって本当に食えるのかよ」
意図した訳ではないが、今この家の女子率は7割越えである。
男なんて俺と翔平と親父、浩二と牧雄ぐらいしか居ない。
「歓迎の宴でケチケチすんなよみっともない。心配すんな。どうせルージュちゃんが食べてくれるって」
「まぁ、ルージュならイケそうだけどさ」
ケチってる訳じゃないんだがな。
あのむっつりドラゴン。あんな細い身体してるくせに結構な大食いであった。
一体どこに入ってんだろうか。
「にー」
佐伯の弟。浩二が俺の服の裾を引っ張ってテーブルを指差す。
「ん? ああ、ケーキか? 飯終わってからな」
指の先にはさっき浩二と翔平、雛ちゃんを連れて購入してきたホールのショートケーキがあった。
食べ盛りのちびっこ達が一番楽しみだろうと思い、選ばせる為だ。
女の子ならではの甘味情報に詳しい雛ちゃんのオススメの店で、時間をかけて散々悩んだ挙句に意見が割れたので、確実に美味いであろうイチゴたっぷりショートケーキに落ち着いたのだ。
今日の主役であるルージュや、意外な事にアオイもケーキを食べた事が無いって言ってたからな。
ならオーソドックスから入門させるのが一番だろう。
ショートケーキはケーキの王様だもんな。
「こうちゃん、幾ら何でもケーキは早いって」
「にぇえ」
カウンターキッチン越しに翔平に怒られた浩二は、尻尾と耳を垂らして肩を落とす。
「にへへ、怒られてるでやんのバカ浩二」
「そう言ういちかちゃんもゴロゴロしてないで自分のお皿取りに来てよ」
ダイニングの双子達の遊び場で寝転ぶ佐伯に、テーブルから三隈が声をかける。
「お前だって怒られてんじゃねぇか」
「にしし」
俺のツッコミに浩二が笑った。
「笑うなこーじ!」
「んにゃっ!」
尻尾を逆立てて佐伯は立ち上がり、浩二の頭を軽くグーで殴った。
バツが悪くなったからってすぐ手を出すんじゃないよ。
この姉弟は暴力的でいかんな。
「薫平さん、こっちは用意できましたよ」
「僕もオッケーだよ」
ウチのメインシェフの翔平とサブチーフのアオイからGOサインが出た。
ようし、んじゃ始めますかね。
「牧雄、ジャジャは俺が預かるわ。ほら」
「だぁ!」
「うわ、凄い反応。やっぱりパパが一番なんだね」
牧雄の膝の上に座るジャジャに手を広げると、ジャジャはとびきりの笑顔を浮かべてその腕を広げ返した。
両脇の下に手を差し入れて抱き上げると、羽をパタパタと動かして喜びを表現してくれる。
短い尻尾の先が俺の腕に巻きつこうと動くも、如何せん長さが足りないから届いていない。
「牧雄兄ちゃんが遊んでくれて良かったな?」
「あぅ、ぶあ!」
そうかそうか、そんなに楽しかったか。可愛いなこいつめ。
「子守りは雛で慣れてるしね。何しても喜んでくれるからジャジャちゃんは遊び甲斐があるよ。雛なんて泣いてばっかりだったし」
「お、お兄ちゃん! どれだけ昔の話してるの!? 恥ずかしい事言わないでよ!」
テーブルの向こう側から雛ちゃんが牧雄に非難の声を飛ばして来た。
良いね。
なんだかパーティーしてる感が出て来たんじゃ無いかこの盛り上がりは。
そう、やってきました今日は土曜日。
親父が主催した、ルージュの歓迎パーティー当日である。
我が家のリビングダイニングには、普段とは違い大勢のゲストで大賑わいだ。
三隈に佐伯姉弟、雛ちゃんに牧雄。
ユリーさんとドギー巡査までが一堂に会し、乾杯の準備で盛り上がっている。
親父は庭でバーベキューの準備。
俺と翔平はパーティーのホストとし、て料理や飲み物を用意していた。
「風待さん、私達もご一緒で本当に良かったのかしら」
「そうね。なんだか年齢層もだいぶ若いみたいだし。ママや私、浮いてません?」
ローテーブルを囲んでいるユリーさんとドギー巡査が、困った顔で苦笑いをしている。
「何言ってんですか。良いに決まってますよ。ユリーさんもドギーさんもほとんど身内みたいなものなんですから。遠慮せずにくつろいで下さいよ」
親父は満面の笑みで答える。
そういや、ユリーさん達も一緒にパーティーするんだって当たり前みたいに思ってたな。
ジャジャやナナはユリーさんをお祖母ちゃんの様に懐いているし、ドギー巡査だって生まれたての頃からの数少ない顔馴染みだ。
チビ達のユリーさんへの遠慮の無さは、最早家族のそれに近い。
「だぁ」
「ナナ、これは僕たちのコップだからダメだよ」
「はいはい、ナナはいつものりんごジュースですよー」
翔平が持つトレーには人数分のコーラは入ったコップが並んでいる。
テーブルの上に現れた謎の黒い液体を美味しい物だと直感したのか、ナナはアオイの胸の中で一生懸命に手を伸ばしてコップを掴もうとしていた。
「兄ちゃん。キッチンに置いてあるちっさい哺乳瓶、ジャジャとナナのりんごジュースだからね?」
「おう、親父はビールでいいんだろ? ユリーさんとドギー巡査はどうします?」
ジャジャを抱きながらキッチンへと向かい、ついでに冷蔵庫の中から缶ビールを取り出す。
「あ、私もビール貰っていいかしら」
「飲みすぎちゃダメよドク。薫平くん、私はコーラでいいわ」
「わかりました。ほら、親父」
冷蔵庫からもう一本ビールを取り出し、腰で扉を押して閉める。
「おう」
嬉しそうに二本のビールを受け取った親父は、ドギー巡査のもとに届けに行った。
「ユリーさん、はいコーラ」
「ありがとうね翔平くん」
翔平からコップを受け取ったユリーさんが座りながらダイニングテーブルへと体を向けた。
「アオイ、ナナの分」
「はい、ほらナナ。パパにありがとうして?」
キッチンに並んで置いてあったミニ哺乳瓶をアオイへと渡す。
受け取ったアオイはプラスチック製の取手付きの哺乳瓶をナナの小さな手に握らせた。
「うなぁ」
なんだそのありがとうは。超可愛いんだけど。
嬉しそうにミニ哺乳瓶を両手で握りしめたナナは一言声を発すると、凄い勢いでりんごジュースを飲み始めた。
「ほら、こっちはジャジャのだ」
「ばあ!」
同じようにジャジャにもミニ哺乳瓶を握らせる。
おーおー。
わっかりやすく喜んじゃってまあ。
「これで全員グラス持ったな? よし、んじゃ」
缶ビールのプルタブをプシュっと音を立てて開けて、親父は仁王立ちをする。
「えー皆様、本日はお集まりいただいて誠にありがとうございます! あんまり長ったらしいとウザがられるから、ここは手短に」
皆んなが親父を見る。
ジャジャもナナもミニ哺乳瓶を咥えたままで横目で見ていた。
「ようこそルージュちゃん! カンパーーーイ!」
『かんぱーい!』
全員で声を揃えて乾杯と叫び、各々がグラスを頭上に掲げた。
本日の主役であるルージュを見ると、珍しく困ったような表情でオロオロと皆んなの顔を見ている。
「ルゥ姉様、どうされました?」
「んくんく」
一心不乱にジュースを飲むナナと一緒にルージュの顔を覗き込むアオイ。
ルージュはアオイから少しだけ顔をそらして、手に持つグラスをぎゅっと握った。
「あ、あの。こういうの初めてで、嬉しくて、その、少し恥ずかしい」
モジモジと小声で返事を返すルージュ。
それを見た俺達のニヤニヤが止まらない。
「ほらほらルージュ。食べろ食べろ」
「ルー姉ちゃん。いっぱいあるからね?」
「ようし! んじゃ父さんは肉焼くぞ!」
「にぃ!」
「浩二! 見てるのは良いけどあんまオジさんの邪魔すんなよ!」
「ルージュさん、こっちに座ってください」
一気に話掛けられたルージュの顔が見る見る内に真っ赤に染まる。
「う、うん。ありがとう……」
三隈が引いた椅子に座り、顔を伏せながら礼を告げた。
「ルージュお姉ちゃん、サラダ食べますか?」
「うん。ありがとう雛」
雛ちゃんから皿を受け取り、ルージュは薄く笑った。
あれ?
そういやコイツの笑い顔見るの、初めてじゃないか?
ジャジャとナナの事になるとちょっと危ない表情を浮かべるが、それ以外はいつも無表情だからな。
「薫平さん」
「ん?」
アオイが俺にそっと耳打ちをする。
「ルゥ姉様は、昔からあまり誰かとお話したり、遊んだりする事ができなかったんです。この家に来てからは、本当に毎日楽しそうにしてます」
テーブルに座るルージュと、それをワイワイと取り囲む三隈、佐伯、翔平、雛ちゃん、牧雄。
そんな光景をアオイは慈しむように見ている。
「私もそうでした。龍種はもしかしたら、そういう風にしか生きれないのかもしれません。でも」
俺の方に頭を預けて、アオイは目を閉じる。
「薫平さんが、変えてくれました。私も、ルゥ姉様も。ジャジャもナナも。……薫平さんは本当に優しくて、不思議な人です」
周りの声に掻き消されそうなほどの小さな声は、色んな感情が篭っていて、俺の耳に優しく響く。
「えっと、俺は特に何もしてないんだけど」
今日なんて買い出しと掃除ぐらいしかしてないし。
「フフッ、やっぱりわかってませんね」
「何が?」
他になんかしたっけ。
「いいえ。わからないなら、わからなくても良いんです。多分それが薫平さん、ですから」
「なんだよそれ」
庭を見ると親父がビールを飲みながら肉を焼いている。
浩二がそれを隣で見ていて、窓際に座るユリーさんとドギー巡査が何かを話している。
ダイニングテーブルではルージュ達が料理を美味しい美味しいといいながら頬張っていて、ジャジャとナナはまだジュースに夢中だ。
「アオイ」
「はい?」
預けていた頭を起こして、アオイは俺を見た。
「いや、呼んだだけ」
「なんですかそれ」
本当に、ただなんとなく呼んで見たかっただけなんだ。
アオイは笑ってダイニングテーブルへと向かって行った。
そう、呼んでみただけ。
そしたら絶対に、アオイが応えてくれるから。
隣に居る人が、返事を返してくれる。そんな当たり前の事がとても嬉しいなんて、恥ずかしすぎて絶対に言えないから、そういう事にしといて欲しい。
「……あのバカ王子にも、分からせてやんないとな」
誰にも聞こえないくらいの一人毎を呟く。
明日、俺は王子と殴り合う。
側で支えてくれる人がいるだけで、人がどれだけ救われるのか。
アイツはそれに気づいていない。
だからカヨーネを遠ざけようとしている。
きっとアイツにとって、一番の理解者であるカヨーネを、だ。
ジャジャにナナ。
翔平に親父。
アオイと三隈にルージュ。
佐伯達や牧雄達。
ユリーさんにドギー巡査。
これだけ沢山の人に支えられて、俺は今ようやく一人の人間としてここに立っている。
俺が手に入れた幸せと、アイツが手放そうとしている物は、きっと同じかもしれない。
それを、明日確かめてみよう。





