戦う理由①
「それで、受けたんですか?決闘」
「んくんく」
ジャジャに哺乳瓶でミルクをあげているアオイが、ソファに座りながら聞いてきた。
隣ではそれを真似ながらルージュがナナにミルクをあげようと四苦八苦している。
「とりあえずは保留って事で、週末に返事する事になった」
「幾ら何でも急だよねぇ」
俺と翔平は二人で夕飯の準備だ。
もうじき親父も帰ってくるだろうし、急がなきゃな。
アトル王子達を丁重にお見送りした時、すでに18時を回っていた。
慌ててスーパーへと走り、安売りしていた牛バラ肉をゲット。
翔平が献立を決めて、今はシチューを煮込んでいる。
「そんな危ない事、すぐに断ればよかったんですよぅ」
アオイが不満そうに唇を突き出す。
「ん。決闘って危ない?」
「だぁ、んくんく」
隣のルージュがようやくナナに哺乳瓶を咥えさせる事に成功し、話に参加してくる。
「あのクソネズ公がお膳立てしてるから、俺達にとっては必要な事だと思うんだよ。だから断るってのは無いかなぁ。ただどうにも乗り気になれん。一応、カヨーネが治癒魔法を使えるとかで怪我については心配ないらしいが」
「ん。地龍もよく腕試しをして遊ぶけど、山とか削ったり湖が枯れたりする。みんな終わった頃にはボロボロになる」
遊びでホイホイ地形を変えるとかふざけんな。
「空龍はそんな事しませんよ?」
ルージュの話を聞いて苦笑いを浮かべるアオイ。
「決闘のルール、あのカヨーネってお姉ちゃんが言ってたよね」
翔平が圧力鍋をお玉でかき混ぜながら聞いてきた。
俺は調理器具を流しで洗いながら、思い出す。
「武器なし、援護なし。負けを認めるか気を失うかで決着。だったか」
つっても向こうは魔族で、魔法が使える。
俺の方はといえば完全にこの身一つしかないから、最初から不利だ。
開始と同時に終わってる可能性もある。
「どうしても勝たなきゃいけないんですか?適当に相手をして、すぐに負けを認めるとかできなんいんですか?」
「勝たなくても転移魔法は使わせてくれるらしいんだが、勝った時の副賞がなぁ」
ダイラン王家の転移魔法は片道切符だ。
王家の墓を帰点にする必要があるからな。
だからその転移魔法で球大陸に行ってしまえば、帰りはどうするって話になる。
そこでカヨーネが提案した副賞だ。
『ダイラン王家が民に褒美を与える際は、通例として『褒美を授けた王族の者の力の及ぶ範囲の願いを、3つ』という形式を取っています。つまりはアトル殿下の力で動かせる金銭や権力で可能な願いを、3つ。という事になりますね。風待様が殿下に勝利した際は、この条件も追加させて頂きます』
『えっと、それはつまり、どういう事?』
『一つ目の願いで、球大陸から日本への輸送を願えば良いのです。王家の保有する飛行機を使えば、パスポートや身分のチェック無しで日本へと帰国できます。残りの2つはご随意に。金銭でも宜しいですし、他の願いでも殿下にできる事ならなんでも可能ですよ?』
という事らしい。
つまり、転移魔法はどっちみち使わせるけど、決闘に負けた場合は自分達で帰る方法を探せ。勝ったら帰国まで面倒見てやる。って事だ。
ケチなのか太っ腹なのかよくわからない話である。
「なんか腑に落ちない話ですね。なんでそんな意地悪な事するんでしょうか」
「あー、あの馬鹿殿下が考えたらしい。俺に手を抜かれてもつまらないから、全力を出させる口実を作ったんだな」
そういう所だけ頭が回るのが、バトルジャンキーだ。
自分の目的のためなら自分に都合の良い手段を瞬時に導き出す、自分本位なヤツら。
俺は大嫌いだそういうの。
「球大陸、行ったことない。アオイならみんなを背に乗せて飛んで帰ってこれる?」
ルージュが首を傾げてアオイへと問いかける。
ああ、そういえば。
空龍であるアオイなら長距離飛行もお手の物だ。
現にアオイの母親のユールも、アメリカからここまで飛んできたらしいし。
「えっと、私一人なら何も問題無いと思うんですけど、薫平さんたちやジャジャとナナ、それにルー姉様を背に乗せてだと無理だと思います」
あら?そうなの?
「ん。私は空ではほとんど役立たず。地龍は飛べないし、空には地の精霊がいないから全力を出せない」
「陸のある場所なら高度を下げて、人目につかないように飛べば何も問題無いんですよ。だけど海の上だと海中から出てくるモンスターに襲われますし、それを避けて高度を上げれば空のモンスターに襲われちゃいます。モンスター自体は弱いから普通に倒せますけど、いっぱい出てこられたどうしても激しく動く必要が」
ああ、そりゃ無理だ。
振り回されて挙句には落ちる光景しか思い浮かばない。
「それに、球大陸から日本へ飛べるルート、覚えて無いんです。小さい頃に母さんに連れられた時はまだ世界が衝突する前でしたから。正解の道を探り探り飛ぶとなると、多分一週間じゃ到着できないんじゃ無いかなぁ」
「球大陸から日本へ飛ぶ飛行機の後を追うとか–––––やめといたほうがいいな。見つかったら大騒ぎになっちまう」
こりゃ、どうしたって勝たなきゃならんみたいだなぁ。
「でもすごいね。海外旅行なんて。一生できないと思ってたよ僕」
翔平はなんだか嬉しそうだ。
そりゃあなぁ。
現代の海外旅行なんて仕事で必要な人達か、金持ちにしか許されてないんだ。
こんなチャンスは滅多に無い。
俺はともかく、翔平やジャジャやナナには経験させてやりたい。
親父はどうすんだろうか。
何日かかるかわからないから、仕事も休めないだろう。
帰ってきたら聞いてみようか。
「お前、なんか行く気で喜んでるけど、そもそもが密入国だし犯罪って事忘れて無いか?」
「あっ」
おっと、久々に翔平に指摘できたぞお兄ちゃん。
そうだよ。
あの鼠が用意した手段だ。
ダーティなやり方に決まってる。
「で、でもジャジャやナナに必要な事なんでしょ?行くんでしょ?ねっ?」
あ、こいつ実は相当楽しみなんだな?
翔平は珍しく子供っぽい顔で俺へと懇願する。
「そこんとこ含めて、考えてみようか。週末まではまだ時間があるからな。三隈の意見とかも聞いておきたいし、何があるかわからん。希少鉱石を密輸するっていうリスクもあるしな」
頼れる我が家のブレインなら、何か良い案を出してくれるかもしれない。
「うん。そうだよね……」
しょんぼりと肩を落とす翔平。
ああ、普段あんまり見せない姿に、兄ちゃん不覚にもグッときたぞ。
うちの弟は可愛いなぁ。
「まずは、親父が帰ってきてからな?」
「うん……」
親父喜べ。
久々に翔平が末っ子してるぞ。
今からアンタの反応が楽しみだよ。





