バトル・オブ・プリンス⑤
夕暮れまでもう少し。
この学校が終わって家路を通る時間ってのも、なんだか最近好きな時間の一つだ。
家の最寄りのバス停で降り、すぐ目の前の田んぼ道の真ん中を突っ切る。
最近気づいた近道の一つ。
田舎ってのは都会みたいに道が全て整備されているわけじゃないから、こう言う思わぬショートカットが沢山ある。
一見ただの薮にしか見えないのに、潜って見れば見覚えのある場所だったり。
視点を変えないと道とは認識できない獣道とかがあって、なんだか冒険してるみたいで楽しい。
虫が多いのが難点だが、こちとら男の子。
多少の虫程度で悲鳴をあげるような軟弱さは持ち合わせていない。
遠くに聞こえる鳥の声。
近くに流れる用水路の水の音。
蝉の鳴き声も微かに聞こえ始めるこの初夏は気持ちいい。
もうじき堪らない暑さがやってくる。
ジャジャとナナを連れて、山とかどうかな。
水深の浅い川辺なんかで涼を取りつつ、お弁当とか面白そうだ。
アオイだって遊びに連れて行かなきゃ。
いつぞや計画していた遠出も、牙岩の一件でたち消えちゃったし、今ならルージュもいるから安全面はばっちしだ。
三隈や佐伯姉弟も誘って、うん楽しそうだな。
ガサラや牧雄、雛ちゃんとかも来てくれるだろうか。
あー、でもガサラを誘うとアオイが嫌な顔するんだよな。
アイツにしては珍しく、露骨に嫌ってるから。
それはしょうがない。アオイにとってはガサラ達は未だに双子の敵だからな。
一人考え事をしていると、いつのまにか田んぼ道が終わっていた。
小さな住宅街の路地へと入る。
古い建物が散見するここは我が家の近所。
ドギー巡査やユリーさんの住むマギー邸もすぐそこだ。
ここを抜けると、牙岩の森と小川の流れる道を左右に挟んだ車道に出る。
それが我が家の目の前の道。
一本道で建物も少なく、人の住む住宅よりトタンで作られた農業用倉庫の方が多い。
街灯も結構な間隔をあけて設置されているから、夜なんて真っ暗だ。
そんな道も目の前に来て、ふと珍しい物を見つけた。
「……リムジン」
映画やドラマでよく見る、黒塗りの高級車。
アホみたいに車体が長いタイプでは無い。
サイズ的には普通の乗用車と変わらない奴だ。
そりゃそうだ。
このど田舎であんな長い車高、通れない道がいっぱいあるからな。
そんな田舎に相応しく無い高級車が、曲がり角を塞ぐように停まっている。
嫌な予感がする。
まさかとは思うけど、追いかけて来たのか?
昼休みを終えてから、俺はとにかくアトル王子達から距離を取った。
説明責任を果たして無いから、決闘の申し出は無効!
と言う、ちょっとした政治家みたいな屁理屈で逃げ回る算段だったのだ。
アトル王子もカヨーネも、教室では一言も喋らない。
休憩時間ですら最後方の机に座り、腕を組んで偉そうにしている。
カヨーネはその前の席で静かに目を瞑って澄まし顔だ。
なのでその隙を突く様に、終業のチャイムと共に脇目も振らずに教室から逃げ出した。
SHRはサボったよ。すまん、先生。
これで少なくとも今日は平穏無事に家に帰れると、胸を撫で下ろしていたんだけどなぁ。
リムジンのパワーウインドウが、静かに降ろされる。
ああ、やっぱり。
最悪だ。
リムジンの窓から、今日覚えたばかりの顔が満面の笑みで俺を見ていた。
あ、やばい。
息を溜めてやがる!
「風待ぃ薫平くぅううううううん!!」
「わかったよ!!そっち行くから大声出すんじゃねぇ!」
浅黒い肌に真っ白な歯を浮かべてニシシと笑うのは、ウタイだ。
空気すら振動させるその大声で呼ばれたから、周りの木がグラグラと揺れている。
あれ、車の中だいぶ五月蝿かったんじゃ無いか?
あ、カヨーネの奴、耳栓なんかしてやがる。運転手もか。
でもアトル王子は耳を押さえて苦しんでるけど?
この道が分かるって事は、俺の家も調べがついてるって事か。
また面倒な奴らに絡まれちまった。
アオイとルージュに報せとかなきゃな。
翔平はもう帰ってるだろうから、メールを出しておこう。
人に呼ばれてるのに失礼だと分かってはいるが、俺はスマートフォンを取り出して画面を操作する。
翔平宛にメッセージを入力しながら、ちょっと機嫌が悪いからズンズンと音を立てながら歩く。
【めんどくさいのに絡まれてる。双子達とアオイとルージュ、念のために二階に居てもらうよう伝えてくれ】
簡単にだけ記載して、送信。
そしてリムジンに辿り着いた。
「あら、風待様。ご奇遇ですね」
「何が奇遇だよ白々しい。どういったご用向きで」
もう、せっかくもう少しで家に着くってのに。
ジャジャとナナが泣いてたらどう責任とる訳?
「フンっ!知れてるだろうが。己との決闘の件だ」
アトル王子が奥の席で腕を組んで威張り散らす。
お前ついさっきまで耳を押さえてのたうち回ってたじゃねぇか。
「断ったろうがそれ。それにまだなんでアンタと喧嘩しなきゃいけないのか聞いてねぇぞ」
あーもうめんどくさい。敬語なんか使ってやらねぇ。
「この国ではどうか知らんが、我が国では龍に選ばれた強者は力を競い合わなければならない」
「は?」
あれ?
今こいつなんて言った?
「風待様。我が国は水の魔術に秀でた国。そして海に面した国です」
ガチャリと扉を開け、カヨーネはリムジンから出て来て姿勢を正す。
「そ、それがなんだよ」
落ち着け、落ち着け薫平。
ボロを出すな。
絶対にだ。
「我が国は、遥か昔から海龍様に加護を与えられ、水属性の優れた恩恵を頂いている魔族なのです。場所は王陛下と一部の者しか存じ上げませんが、海龍様が十年ごとにお身体を休まれる地が、我が国にはございます」
「か、海龍?」
アオイが空龍。
ルージュが地龍。
まだ会った事の無い竜種族だ。
「へ、へー。龍なんて、本当に居るんだぁ」
「風待様、我々は知っております」
カヨーネがその薄い笑みを崩さず、まっすぐ俺を見る。
高鳴る心臓の音がうるさい。
変な汗も掻いて来た。
どうしようこれ。
「あなたのご自宅に龍が住まわれて居るのを、鼠の賢者様からお聞きしております」
またお前か!クソ鼠ぃ!!





