バトル・オブ・プリンス②
あー食った食った。
今日も美味しいお弁当、ご馳走様でしたっと。
朝早く起きて弁当を作ってくれた翔平の顔を思いながら、食べ終わった弁当箱を片付け、包みにしまう。
「わ、もう食べ終わってる」
「ん?」
ベンチの後ろからキーの高い声が聞こえてきた。
振り返ると、牧雄の姿がある。
右手に購買のビニール袋を下げて、自販機で売っているパックのジュースを持っていた。
「昼飯買いに行くのにいつまでかかってんだよ。あんまり遅いもんだから先に食ったぞ」
「ごめんごめん。ついでに色々案内してたからさ」
ああ、なるほど。
牧雄はベンチに座り、袋の中からチョコ揚げパンを取り出す。
あ、あれ購買で人気の菓子パンじゃ無いか。砂糖がまぶされたチョコクリーム入りの揚げパンで、一回食べてみたいと思ってたんだ。
でも我慢我慢。買い食いするほどうちの家計に余裕は無い。
早くバイト見つけなきゃな。
「んで、その案内されたヤツは何処行ったんだ?」
周りを見渡して見ても、当人の姿が見当たらない。
「うん。教室に財布取りに行ってる。忘れてきちゃったんだって」
んとにもう。
アイツ、肝心な所が抜けてんのな。
「そういや雛ちゃんも、土曜日来てくれるんだろ?」
「もちろん!断る訳ないよ。アイツ風待兄弟のファンみたいなものなんだから」
おっと?
いつのまに俺と翔平はアイドルユニットとしてデビューしてたのかな?
「そりゃ良かった。小学校は明日かららしいな。雛ちゃん大丈夫か?」
大人しそうな印象の牧雄の妹、日下雛ちゃん。
あの子も『牙岩ダンジョン拡張事件』で怖い目にあってるからな。
避難所では普通だったけど、やっぱりどこか心配だったんだ。
「僕と一緒でオドオドする奴だけど、芯は僕よりしっかりしてるからね。大丈夫だよ」
「お互い、弟や妹が優秀だと立つ瀬無いよなぁ」
俺も翔平が万能すぎてたまに俺の方が弟なんじゃ無いかと錯覚する時があるぜ。
「そういえば、さっきリーナちゃんと何か喋ってたね」
「謝ってた」
「あ、ああ」
牧雄の幼馴染、我がクラスの委員長であらせられる短毛三毛猫族の女の子、リーナ・メイルにはひどい事したからな。
事件の時、彼女の静止を聞かずに乱暴な手段で突破してしまった。
大人しめの彼女にとってはとても恐怖だったろうに。
考えが足りない俺の無鉄砲の被害者である。
最悪土下座も覚悟してた。
「本当に許して貰えたかはわかんねーなぁ。ただ俺にビビってるだけかもしれないし」
「リーナちゃん、優しいから許してくれるよ」
「そうであるならいいんだけどさぁ」
難しいよなぁ。
ふと牧雄に視線を送る。
かつての金髪リーゼントの子供ヤンキーはもういない。
金に染めた髪を丸坊主に刈り上げ、学生服も少しブカブカだが普通の物だ。
根元まで染めちまったから、元の色に染めるよりこの方が早いんだと。
俺を兄貴と呼ぶ事をやめ、変に強がったり悪ぶったりする事もせず俺たち学年のマスコットキャラ、マキちゃんはここに戻って来た。
1ヶ月ぶりに登校した牧雄の姿を見て、女子連中の騒ぎようったらなかったぜ
ただ牧雄が元に戻ったからと言って、周囲の俺に対する態度が変化した訳じゃ無い。
むしろメイルとの一件を見たおかげで、『キレたら女の子にも手を上げる最低野郎』のレッテルが追加されただけだ。
ははっ!
大ダメージである。
そんな事無いよ!
俺、女の子を殴った事なんか一度もない!
メイルの時だって、確かに教室の扉は蹴ったけどメイルに当てるつもりなんて一切なかったんだから!
ヒィ!
俺の悪評がさらに増加して行く!
誰か助けて!
ヘルプ!
と、まあ。
一応これでもかなり凹んでるんだ俺は。
救われたのが、昼前に教室に来た一年生の女の子二人組だ。
犬族の子と人間の子で、廊下に出た俺を見て怯えながら近づいて来た。
『あ、あの!ウチの弟達を助けて貰って、ありがとうございます!』
『ボ、ボクの妹も、助けて貰ったって、あの、その、お礼、言うの遅くてごめんなさい!』
どこかで見た事あるなぁって思ったら、避難所で見た顔だった。
雛ちゃんが保護してた子供達の保護者の中に確か居たのを覚えている。
家族は別の避難所に避難しているらしく、トレジャーハンター達が護衛についてすぐに公民館からいなくなったからすぐには分からなかった。
女の子達はそれだけ言うと、クッキーの入った袋を俺に押し付けて逃げるように去って行った。
ああ、人から感謝されるって、いいなぁ。
なぜか牧雄が俺より嬉しがってたのが少し気になったが、憂鬱だった気持ちが少し軽くなったのは確かだ。
そんなこんなで一ヶ月ぶりの学校は少し騒がしい。
みんな久しぶりに顔を合わせたって事もあるが、やっぱり話題は牙岩の事や西日本トレジャーハンター協会の事で持ちきりだ。
詳しいニュースは家に帰ってから知ったんだが、どうやらあの一件は協会長であるべモン・大門とか言う小太りのおっさんの指示が事の発端らしく、しかもその指示が明るみに出たのは内部告発のせいらしい。
あの組織も何だか大変だな。
事件の時は現場も相当混乱していたが、協会内部もそれ以上の混乱を見せていたらしく、その騒動は今でも収まっていない。
べモン協会長は会長職を当然ながら辞任したし、それだけじゃなく逮捕もされている。
この町の復興も全てを終えた訳じゃないし、拡大した牙岩内部のダンジョンの件もあるからな。
どうやらあのダンジョンは以前に比べてかなりの規模の面積となっていて、ダンジョンエリアは俺たちの家の裏手の森、家から300メートル程の場所まで来てしまっている。
一応、ダンジョンエリア外ではモンスターは活動できないから我が家は安心なのだが、間違って迷い込んだら大変だ。
トレジャーハンター達が慌ただしくダンジョンエリアの測定やらフェンスの設置やらをしてくれた。
本当にお疲れ様です。
「わり、待たせたな」
おっと、そんな事を考えていたら何とやら、トレジャーハンター様のお出ましだぞ。
「牧雄、立て替えて貰ってた分だ。ありがとな」
「あはは、別にいつでも良かったのに」
「そんなわけにもいかねぇよ。借りは返せるうちにがモットーでな」
ベンチに座る牧雄に、小銭を手渡す金色毛玉。
そう、獅子族のガサライオ・ライオットの登場である。
「ぶっ!」
「うおっ!汚ねぇ!」
その姿を見て不覚にも吹いてしまった。
あーダメだ。やっぱりツボだこの絵面。
朝一番で充分笑かして貰ったと思ったんだが、まだ笑い足りなかったか。
「ぶはははははははっ!だから何でそんなパッツンパッツン何だよ!」
「てっめえ!この悪人面ぁ!朝言ったじゃねぇか!急すぎてこのサイズしか用意できなかったって!」
「もっ、モコモコ!モコモコしてるぅー!ひぃいいっ!」
ダメだ。腹が痛い!笑いすぎて横腹が痛い!
「く、薫平くん。そんな笑っちゃ悪いよ」
牧雄が困った顔で俺の肩を揺らす。
「い、いや、悪いガサラ。ほんとに悪いと思ってんだがっ、ぶふっ!ぶふふぅー!」
「こ、この野郎」
こめかみをピクピクと痙攣させながら、ガサラは俺を睨む。
今日の朝。
全校集会が開かれて俺たちは体育館に集まった。
グラウンドはまだ一部に樹木が残っていて完全じゃないからな。
田舎町らしく小さな体育館だが、なんとか全生徒を詰め込む事ができる。
そんな人の大勢集まった賑やかな体育館で、俺と牧雄はガサライオを見つけて随分驚かされた。
なぜここにいるのか、何で制服を着ているのか。
確かにそれも驚いたが–––––。
「いやぁ、未だにお前が俺と同級生ってのが信じられねぇや」
この毛玉、身長は高いしガタイも良い。何よりそのライオン顔がアクが強すぎて年齢が読みづらい。
そんなに歳は離れてはいないと思ったが、まさか同い年とは思わなかった。
「うるせえなぁ!いつまで言ってんだよお前!」
ガサラは校舎の壁に積んであったコンクリブロックを右手で掴むと、ベンチの横に乱暴に置いた。
その上にドカンと腰を落とし、機嫌悪そうに購買で買ってきたカレーパンをむさぼり食っている。
「しかしまぁ、お前も災難だな。一年もこの町から離れられないとは」
「……しょうがねぇよ。セイジツ兄貴がここのダンジョンの調査と管理を任されちまったんだから。まぁ、俺たち『楽園兄妹』は元々あと3ヶ月はどこのダンジョンにも潜れねぇんだ。兄貴やナナイロ姉貴ほどの手練れを遊ばせるほど、協会も余裕が無いからな」
大変だもんな。
「それに依頼主であるダンジョン周辺管理課の高円寺課長は、セイジツ兄貴の師匠筋だ。その頼みを無下に断るわけにも行かねぇよ」
ブスっとした不機嫌な顔でガサラは説明する。
「その制服、前の学校のだよね。なんか新しそうなんだけど、そんな小さいのしか無かったの?」
「ん?ああ、これ入学の時に買った奴なんだよ。前の学校自体あんまり行って無かったからな。袖を通すのも随分久しぶりなんだ」
牧雄が俺を挟んでガサラに話かけた。
ガサラは表情を元に戻して景気よく答える。
おい毛玉、牧雄と俺じゃあ随分態度が違うじゃ無いか。
「学校行かなくて、よくここに編入出来たな」
まぁ、態度は違くて当たり前なんだけどな。
気にせず俺も問いかける。
俺なんか前の学校を無遅刻無欠席でもギリギリで、しかも編入試験まで受けたってのに。
「前のとこは獣人高でな。種族や部族で色々しきたりも違うから緩かったんだよ。それに授業料払ってて赤点さえ取らなきゃどんな奴でも進級できるってぐらいガバガバだったんだ。……ちなみに風待。なんかお前不思議そうにしてるけど、俺成績良いからな?」
「またまた、ご冗談を」
お前ほら、俺と同じ脳筋キャラじゃん。
めんどくせえ事はとりあえずぶつかってから考えちゃう愛すべきお馬鹿じゃん。
「……薫平くん、あの制服の校章見て。ガサラくんはああ行ってるけど、あの校章はかなり有名な進学校の物だよ。『結果さえ出せば何しようと文句言われないけれど、その求められる結果が馬鹿げてる』事で有名な」
牧雄が真剣な顔で告げた。
「は?」
そんな馬鹿な。
んな訳無いじゃん。
「フフンッ」
あ?
何だこの毛玉。
何自慢げな顔してやがる。
「元々高校なんてついでだったんだがなぁ。兄貴がな?『同じ土地に長居する事なんか滅多に無いんだから、この機会にガキはガキらしく学校に行け』って言うもんだからよ。ほら、牙岩や今のアジトから近くて、獣人の多い高校ってここしか無いだろ?仕方ねぇよなぁ。本来ならもう数ランク上の高校でも良いんだが、条件が合わねぇからよぉ」
「おっとその喧嘩買ったぞ毛玉。さっさとそのカレーパン食って屋上集合ぉ!」
「ガハハっ!何ムキになってんだこの馬鹿が!良いのかよ?喧嘩なんざしたら一発退学だぜぇ?」
憎ったらしい顔しやがってこのパッツン毛玉が!
ぐうう!
「落ち、落ち着いて二人とも!喧嘩しないで!」
睨む俺とニヤけるガサラ、そしてそれを止めようと立ち上がりワタワタと焦る牧雄。
部室棟と校舎の間の静かで人気の無い場所が、俺達だけで騒がしい。
そんな時だった。
「おい、そこの平民」
嵐がやってきたのは。





