炎の娘は昔を懐かしんで幸せを噛みしめる(エピソードEP)
この地に来て、良かったと心底思う。
久しぶりに会えたアイ、今じゃアオイノウンという名の可愛い妹分は、幸せそうに暮らしていた。
私はアオイノウンが大好きだ。
初めて会ったのは、世界が衝突して今の様な姿に混ざる大分前。
百五十年ぐらい前だったか、正直あやふやだ。
地龍族はのんびり屋が多いので、あまり年月というものに頓着しない。
元々長命な竜種には良く有る事なんだけど、地龍の場合はもっと酷い。
変化の多い空を毎日飛び回る空龍族。
季節ごとに潮の流れに乗って住処を変える海龍族。
そんな他の龍種と違い、地龍はその生涯を殆どを深い森の奥や、他種族の手の及ばない僻地で過ごす。
そんな場所で日がな一日中、寝たり食べたり火を吹いたり地面を割ったりして暮らしている。
そのせいか時間と言うものを深く考える事は無い。
毎日毎日変わらない、退屈な日々。
その地に根付いた地龍には、その地とその周辺の精霊達を守る義務が有る。
だからおいそれとその場を離れる事は出来ない。
たまに他の地にいる龍に用事があろうと、地の精霊がいれば遠く離れた場所にいても地龍同士会話ができるので余計に動かなくなる。
怠惰の極みだと思う。
私はそんな地龍族の王、地龍王の一人娘として生まれて来た。
アークドラゴンという、土を熱し大地を造る龍。
地龍は竜種の中でも戦闘能力に優れていると言われているが、アークドラゴンはその中でも最も強い龍だ。
だから私は、不幸にも『強く』生まれてしまった。
いや、力が有る事を嘆いたわけじゃ無い。
悲しいのは、同じ種族の者ですら私の力を恐れてしまった事だ。
約四百年前に、霧と雨と火山の森で地龍王ルビーネインの一人娘として生を受けた私は、産まれて間もない頃には他の龍を圧倒する力を持っていた。
大人の龍すらじゃれあい程度の突撃で彼方まで吹き飛ばし、物の弾みで腕が当たった龍は地面深くにめり込むほどだ。
自分で言うのもなんだが、恐怖である。
ほんの小さな、まだ満足に掴まり立ちさえできない赤子が、自分の何倍も有る大人達を楽しそうに吹き飛ばす。
酷い話だ。
遊んで欲しいと私に泣きつかれても、自分が叩きのめされるのならおいそれと近づく訳には行かない。周りがそう思っても全然おかしくはないだろう。
大人のみならず、年の近い子供も私に近寄らなくなるのは当然の話だ。
私を相手できるのは、私より強大な力を持つ母だけだった。
つまらなかった。
みんなが私を嫌っているわけじゃないのは分かっていた。
当代の地龍王、ルビーネイン・ドランゲイルは優れた王だ。
だからその娘で有る私にも皆敬意を払ってくれた。
ただ、怖いだけなのだ。
物心つく頃には巣から出る事を避け、毎日退屈に過ごしていた。
巣の入り口から、楽しそうにじゃれ合う他の子龍を眺めるだけの生活。
私の心が冷え込んで行く。
誰に会おうとどうせ怖がられると半ば自暴自棄になり始めた、そんな時だ。
アオイノウン、幼い頃のアイに出会ったのは。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アイは、母親の空龍王と共に地龍の森にやって来た。
空龍王は我が子に世界を見せる為に、方々を旅して回っているという。
母に挨拶に来た時、私はアイと初めて顔を合わせる。
青くて長い髪の毛が綺麗な、小さな子。
真っ白い染物の服を着て、背中には空龍の証である小さな翼。
黒くてまっすぐな短い角に、綺麗な青の産毛を生やした短い尻尾。
空龍王の側を離れず、不安そうな顔で私と母を見上げるアイの姿。
『この子も、私を怖がる子』
そう思ったのも当然だろう。
何せ今まで同じ世代の子供と遊んだ事が無かったから。
簡単に空龍王に挨拶を済ませ、私は巣の中の自分のねぐらに急いで戻った。
怖がる姿を見たく無かったからだ。
ねぐらの中で丸まり、早く帰ってくれないかと祈っていた。
『は、はじめまして』
突然、舌ったらずな声が聞こえて来た。
起き上がり声を探すと、ねぐらの入り口からおずおずと顔を出しているアイが居た。
『あ、あの。アイです。おなまえ、おしえてくれますか?』
ビクビクと怖がりながら、アイは私の姿をまっすぐに見つめている。
『……ルゥ』
幼名を名乗り、訝しむ。
この子はきっと、私が危ない事を知らないんだ。
『ルゥ……おねえちゃん?』
キョトンとした顔で首を傾げるアイ。
『うん。ルゥ』
私はあまりおしゃべりに慣れていなかった。
母は寡黙で多くを語らず、他の龍達は私を避けていたから。
話す機会があまりなかった。
『おかあさんに、だいじなおはなしがあるから、あそんできなさいっていわれました』
トコトコと短い足でゆっくり歩いてくるアイに、恐怖したのは私の方だ。
『あ、危ない。近寄っちゃダメ』
傷つけると思った。
私より小さく、華奢な子供だ。
何かの拍子に私の腕や足が当たったら、ひとたまりもない。
『なんでですか?』
『私の力はとても強い。だから』
そう言って、私はねぐらの奥の壁際に移動した。
『つよいの?』
『うん。まだ手加減できない』
『ど、どれくらいですか?』
言われて、試しにねぐらの壁を平手で叩く。
大きな音を立てて、手のひら型に壁が陥没した。
『あ』
なんとなくやってしまったけど、これ、母に怒られる。
私達の巣は、他の龍達の巣に比べるととても頑丈にできている。
アークドラゴンの力に負けないように、母が時間をかけて作り上げた物だ。
綺麗好きな母だから、壁なんかもきちんと整地されている。
だから巣の壁を壊したなんて知られたら、普段は温厚な母もきっと怒るだろう。
『わあ……』
慌てて陥没した場所の周りから土や岩をかき集めていると、後ろからため息のような声が聞こえてくる。
『すごぉい……』
振り返りその顔を見ると、宝石のような瞳を大きく見開き、キラキラとした目で私を見ていた。
『いまの、どうやったんですか?』
『ただ、叩いただけ』
『わ、わたしもできるかな』
自分の小さな手のひらを見つめるアイ。
『……やってみる?』
『うん!』
どうせ壊れてしまったんだし、この小さな子ではこれ以上壊す事は出来ないだろう。
そう思って私はアイを手招いた。
太くて短い尻尾をブンブンと振って、嬉しそうに歩いてくるアイ。
『か、可愛い』
『ん?なぁに?』
思わず口に出た言葉を聞き取れなかったようで、アイは聞き返してくる。
『なんでもない』
はぐらかして、私の隣に来るようにと尻尾で地面を叩いた。
素直なアイはそこにペタリとお尻をつけると、私が壊した壁をペタペタと触り出す。
『ふわぁ』
感嘆の声を出しながら、夢中で壁を触るアイに思わず口元がニヤけてしまった。
『やってごらん』
『う、うん』
そう言って、アイは左手を大きく振り下ろした。
『わっ』
『……すごい』
私ほどでは無かったけど、小さな手のひらの型が壁に現れた。
この子も、他の龍より力が強いようだ。
考えて見たらそれは当たり前の事だった。
アイはスカイドラゴン。空の龍王の娘なのだから。
『あはっ。あはは』
『あ、ちょっと、ほどほどに』
自分の成果に気を良くしたのか、アイは無邪気に笑いながら壁をバンバンと叩き続ける。
次々と作られていくアイの手の形をした壁の模様。
『すごい、すごーい!』
手の届く範囲は全てアイの手形がついて、それでもやり足りなかったのか勢い良く立ち上がると他の壁まで叩き出した。
何が面白いのかはさっぱりわからないけれど、さすがにこれ以上は不味い。
音に気づいて母が来る。
怒られる。
『あ、アイ。そこらへんでおしまい。あんまりやると怒られる』
『もう遅いぞ。娘よ』
聞き慣れた静かな声に、私の体は硬直する。
『は、母。これは、私が』
アイが怒られてしまう。
そう思って、怖くて振り向けない代わりに声を出した。
私が許可を出してしまったのだ。
怒られるべきは私だ。
『……騒がしいと思ってきたんだが、楽しそうだな』
ぽん、と。
頭に手を置かれた。
恐る恐る背後の母の顔を覗き込む。
『母?』
穏やかな表情で私を見る母。
『壁の事は気にするな。アイはまだ小さいからな。遊んでおやり。怪我だけはさせないように気をつけなさい』
『構わないよ。ウチの巣では毎日走り回って怪我ばかりしてるんだ。歳の近い龍と会うのもそう無い事だからね。悪い事したら遠慮なく頭を小突いてくれ』
いつのまにか母の後ろに立っていた、空龍王が笑いながら言う。
『おかあさん!みてみて!アイのて!ルゥおねえちゃんのもすごいんだよ!』
自分がつけた手形を自慢げに指差すアイ。
『こらこのお転婆。他所様の巣になんてことをするんだ。ルビーおばさんに謝りな!』
空龍王がアイの額を人差し指で弾く。
『あうっ』
弾かれた額を両手で押さえるアイ。
『ちょっと待てユール。おばさんは無いだろうおばさんは』
母は苦笑いをしながら空龍王の肩に手を置いた。
『何言ってんだか、私より遥かに年上だし、アイから見たら充分おばさんだよアンタは』
『いやいやいや。そこは譲らん。アイ、ルビーお姉様と呼んでくれ』
娘の私からしても、お姉様は無いと思った。
『おねえさま?』
キョトンと可愛らしく首を傾げて、アイは母を見る。
しばらくその顔を眺めて、不意に私へと向き直した。
『ルゥ、おねえさま?』
胸を、撃たれた。
なんて可愛らしい仕草なんだろう。
空龍。スカイドラゴンであるアイは確か雷を操る筈。
いつの間に私に落雷を落としたのだろうか。
『そうそう、ルゥはお前より歳上だからな。お姉様だ』
空龍王が快活に笑って、私の頭を撫でる。
『そしてコレがルビーおば様だ』
『ルビーおばさま』
母を指差す空龍王。
悪そうな笑みを浮かべている。
『ルビーおばさま!』
『解せん』
なんでそんな楽しそうなのかはわからないが、アイは満面の笑みを母に向けた。
それを見た母が難しい顔をしている。
『諦めなよルビー姉。もう覚えちまった』
『お前が言わせたんだろうに』
憮然とした顔で腕を組む母の肩に手を置きながら、空龍王はニヤニヤとした笑みを隠さない。
仲、良いんだ。
『おかあさん!ルゥおねえさまとおそとであそびたい!』
『お、良いぞ。ここいらの空の修復もあるから、しばらくこの森に厄介になる。色んな所に案内して貰いな?』
『うん!いいですか?ルゥおねえさま!』
私は困って母を見る。
母は優しく笑って、小さく頷いた。
『う、うん。案内、する』
どうしよう。
ここら辺だと、水平線が見れる湖と、その上にある岩をも砕く滝がお勧めかもしれない。
大丈夫だろうか。
私、アイを傷つけたりしないだろうか。
『ルゥ』
『な、なに?』
アイに何を見せようかと考えていたら、母が私を呼んだ。
顔を上げて、母を見る。
短く肩で揃えた、私より濃い赤の髪を揺らして母は笑っている。
『アイを守るんだよ。お前はお姉様なんだから』
守る。
私が?
この力のせいでいつも誰かを傷つけていた、この私が?
『う、うん』
できるのだろうか。
大丈夫なんだろうか。
『いきましょう!ルゥおねえさま!』
アイが私の右手を掴み、元気よく走り出す。
握ってしまうと手を潰しかねないから、私は掴まれるがままにアイと同じ速度で走り出した。
『あ、アイ。走ると転ぶから、歩く』
まだ小さいアイは、足元がおぼつかない。
ちょっと怖かったから、優しく注意した。
『は、はい!』
素直に言う事を聞いて、アイは走るのをやめた。
『えへへ、おかあさんにもいつもおこられるの』
顔を赤らめて、恥ずかしそうにアイは笑った。
その顔を見て、私の顔も自然と緩む。
可愛い。
そうだ。
守るんだ。
力の強い私なら、何があろうとアイを守る事ができる筈。
私を怖がらず、信頼してくれるこの笑顔を、絶対に守ろう。
『うん。ゆっくり行こう。迷子になるといけないから、姉様の手を離さないでね?』
決意を固めて、私は細心の注意を払ってアイの手を握った。
ほとんど力の入ってないこの手は、アイにとっては充分な力加減だと思う。
『うん!』
元気よく返事を返してアイはまた笑う。
冷え切っていた心が温かくなるのを感じながら、私とアイは巣から外へと出たのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ああ、懐かしいな。
あの日の記憶は今でも鮮明に思い出せる。
はしゃぎすぎたアイが湖に落ちたり、滝の勢いに怖がって泣き出したり、とっても可愛かった。
胡座をかいて座るその上に、ジャジャとナナが寝ている。
とても気持ち良さそうに、プスープスーと鼻息を鳴らしながら。
さながら天使のようだ。
あぁ、癒される。
こうして見ると、ジャジャは小さい頃のアイ、母親のアオイと良く似ている。
目元なんか特にそっくりだ。
ナナも似ているけど、ジャジャの方がそっくりかな?
でもナナだってとびきり可愛い。
うん。
可愛い。
ああ、幸せだ。
森を出てきて本当に良かった。
鼠の賢者が現れた時は、まためんどくさい事させられると思ったけど。
ここに来て大正解だ。
ジャジャとナナの他にも、この公民館に避難している子供達とも仲良くなれた。
なんて素晴らしいんだろう。やっぱり子供は素晴らしい。
私はアイと出会って、力を抑える事の大切さを学んだ。
アイが地龍の森に居た5年間。
とても歯がゆい思いをしたから。
一緒に遊ぼうにも、ずっと気を張っていないとアイを傷つけてしまう。
甘えてくるアイを抱きしめ返そうにも、躊躇してしまう。
だからアイが森を去ってから、私は母の手ほどきを受けながらずっと修行に明け暮れた。
いつか会う子供たちを、絶対に怪我なんかさせないように。
修行は厳しく、辛い物だったけど。
私は絶対に挫けたりはしなかった。
小さな子供は守るもの。
私はアイにそれを教えられたから。
成長してアオイと名乗るかつてのアイ。
とても可憐に成長して居た。
私でもまだ体験した事の無い産卵期。
とても苦しいと聞く。
アオイはその苦しみを乗り越えて、二匹の天使を産んだ。
大変だったろうに。
苦しかったろうに。
双子のお父さん。
薫平は優しい人間だった。
龍の父親なんて聞いたこともないから、少し身構えたけど、顔は怖いが子供を守れる良い奴で安心した。
初対面で私の力を見せてしまったから、怯えさせたかもしれないと思ったけど、薫平は私を怖がる事なく接してくれる。
その弟や父も私に普通に接してくれる。
森に居た頃に比べて、私の生活は賑やかになった。
独り立ちした時に貰った、ルージュリヒテーと言う名前。
母以外でその名を呼んだのは薫平が初めてだ。
初めて呼ばれた時、なんだかとても心地良かった。
不思議な感覚だった。
あれは一体何だったのだろうか。
ん。
まぁいいか。
今は双子の温もりだけを楽しもう。
私はあまり賢く無い、考えるだけ無駄なんだから考えない。
それが私だ。
そういえば、最近のアオイは薫平にべったりだ。
薫平の弟の翔平が言うには、前よりもイチャイチャしてるとの事。
イチャイチャって言うのが何かはわからないけれど、仲が良いのは良い事だ。
仲が悪いより全然良い。
薫平の方は何だか困っているみたいだけど、どうしてだろう。
他に獣人や人間も何だかそれを暖かく見守っているから、きっと良い事に違いない。
うん。
もうすぐこの避難所での暮らしを終えて、薫平達の巣に戻れるらしい。
他の子供達と遊べなくなるのは残念だけど、子供は巣にいるのが一番良い。
特に赤ん坊はよく寝るから。
安心して寝れる場所はとっても大事。
私は双子達と、その巣を護る為に地龍の森を出てこの町に来たんだ。
気合いを入れよう。
子供を害そうとするような奴は、天使達に指一本触れさせずに燃やしてみせる。
燃やすのは得意中の得意だ。
私は地を鎮め、炎を制する龍。
アークドラゴンなんだから。
おっと、ナナがぐずりだした。
元気で何より。
ジャジャもじきに起きてくるだろう。
今日は、何をして笑わせてあげようかな。





