アオイちゃん好き好き大作戦①
さて、親父にも釘を刺されたので、意識してご近所さんの俺に対する態度を良く観察してみよう。
「こんにちわー」
努めて愛想よく挨拶をする。
俺が来ているのは炊事場の脇に置いてある貯水タンクだ。
公民館に備え付けられているシャワールームは女性と子供を優先としているため、ほとんどの男性は温水で体を拭く程度で済ませている。
200近い人数を賄える程のガス給湯器なんて有る訳無いからな。
俺の膝上程度の高さのタンクの中には、ぬるま湯が貯めてある。
3グループ程で使い回しているバケツに湯を汲んで、体を拭くために使っているのだ。
「あ……こんにちわー」
「……どうもー」
おーっと。
思った以上に露骨だぞぉ?
炊事場に居た三名の中年女性達は、皆苦笑いしながら少し身を引き気味で挨拶を返してきた。
俺、これに今迄気が付かなかったのか……。
「お、お湯貰って良いですか?」
「え、ええどうぞ」
「あはは、ありがとうございますー」
返事を返してくれたのは、白熊族の大柄な女性だった。
口の端が見えない糸で引っ張られているかのように引き吊っている。
気づいてみれば一目瞭然だ。
明らかに俺を得体の知れない物として見ている。
そりゃそうだ。
いつかのショッピングモール。そのベビー用品専門店の店員だってこんな目をして居たじゃ無いか。
うら若き乙女を無体にも手篭めにした、見た目最悪な高校生。ああ、イメージ最悪じゃん。
そんな人間、直ぐに信用する訳が無い。
実体の無い噂話が先行しすぎてて、本来の俺とかけ離れた『風待薫平』がもう出来上がってしまっている。『端午の節句の昇り鯉』の時と一緒だ。
人の口によって伝わっていく話は、実際の俺の移動速度を凌駕している。
手を打つのが、遅すぎたんだ……。
「し、失礼しますー」
タンクの中の小さな鍋でバケツにお湯を満たし、そそくさと炊事場を後にする。
好奇の視線と怯えを含んだ空気に居た堪れなくなってしまったのだ。
ヤバい。俺の想像以上に事態は進行していた。
早急に手を打たなければ、俺だけでなくアオイ達の根も葉もない噂が立ちかねない。
「どうするどうするどうする」
バケツを運びながらブツブツと呟く。
今までの俺なら、気にする事はなかった。
実害が来るのが俺一人だけだったからな。
どんな悪評が立とうと無視を決め込んでいた。
無駄だと思ってた。噂が立った時点で手の施しようが無いと諦めていた。
しかし今回ばかりは放っておく事が出来ない。
何せ相手は町内の人。
今後この町で生活する以上、必ず接していかなければならない人々。
しかも長期。もしかしたら一生涯の隣人達だ
俺達はこの町に安く無い家を購入してしまったから、簡単に逃げる訳にもいかない。
「風待?どうしたんだお前。真っ青な顔して」
「薫平君?」
廊下で不意に出くわしたのは、大きな金色の毛玉。
もといガサライオだった。
その隣にはリーゼントをヤメて絶賛好評の小さな金髪男子、日下牧雄も居る。
「助けてガサラおん!マキオくーん!」
「お、おおっ!?」
「な、何!?」
いじめられてるの!
いじめてる側に悪意が一切無いから殴って解決する訳にもいかないの!
愉快な魔法具でサクッと解決してくれよガサラおん!
テンパりまくる俺は、おおよそそういう話に向いてなさそうな奴の代表格、ガサツで粗暴なツンデレ獣人、ガサラに縋ってしまった。
説明中
「えぇ?それ、俺らに言う?」
「あぁ、そういう……」
「頼むよぉ。知恵を貸してくれよぉ」
俺から目を逸らすようにしてガサラは困っている。
わかる。
俺が同じような立場で相談を受けても、きっと困る。
だが馬鹿を自覚している上に、人付き合いという能力に欠如している俺には何も思いつかない。
親父には自分で考えろと言われているが、無理!無理ですよ父上!
一方、牧雄の方は何か得心を得たようで、小さく頷いていた。
「えっと、つまり。なんとか周りの奴の印象を良くしたいって話だろ?」
「そうなの」
そういう話なの。
「さすがなの。話が早いの」
「その口調を止めろ。ぶっ飛ばすぞ」
ごめんしてなの。
いや悪かった。気が動転していた。
なんなら肩でも揉んでやろうか。
あ、そうだ。ブラッシングしてやる約束だったな。
任せろ。フワッフワッにしてやんよ。
「何か知らんがその前に出している手を引っこめろ」
「すいませんでした」
調子に乗りました。
「んで、何かいい案無いか?」
「んー。前の僕や学校のみんなと同じ状態だって事だよね?」
そういう事だ。
掻い摘んで説明したんだが、事情を全て知っているガサラならともかく、断片的な情報しかない牧雄に理解して貰えて助かった。
龍関連の話を伏せていたから、説明も少し足りないかと心配だったんだ。
「そういや、お前らは何してたんだ?」
トレジャーハンター達は公民館の敷地内に泊めてある護送車で寝泊まりをしている筈だ。
只でさえ狭い敷地内をむさ苦しいタイプの多いハンター達で埋めないようにとセイジツさんが提案したらしい。
こっちとしては別にそこまで気を使う必要も無いと思うのだが、西日本トレジャーハンター協会の不祥事が明るみに出たことで避難民達への配慮は過ぎてるぐらいがちょうどいいんだそうだ。
大変だと思う。
だからガサラが施設内にいる事は珍しかったりする。
普段は外で立ち番をしていたり、伐採の護衛やモンスターの討伐に出ているからな。
「ああ、マキオが飯持ってきてくれたんだよ」
「たまたま戻ってくる所を見たから」
ああ、なるほど。
だから皿なんか持ってんのか。
「雛や他の子供達も会いたがってたからね」
「ああ、そういやさっきルージュを呼びに来てたな。すっかり子供達のお守り役になっちまってまあ。ウチの娘達も時々面倒見てくれてるようで、礼を言っておいてくれ」
牧雄の妹、雛ちゃんは翔平と同じ小学校に通っている。
広大な田舎だからなのか学区も広く、ウチからは遠いが牧雄達日下家は実はご近所さんだった。
ご両親も事件当日にこの避難所に辿り着いており、今じゃ家族ぐるみの付き合いをさせて貰っている。
「いいよ礼なんて。あいつ、薫平君や翔平君をヒーローみたいに思ってるからさ。会えて嬉しいって」
ああ、そういや。
俺の悪名が広まった事件で助けたのは雛ちゃんだっけか。
俺だけじゃなく翔平も庇ってたもんな。
なんかそう言われるとまんざらでも無いが、少し照れるぜ。
「ちょっと考えて見たら、薫平君の奥さんは好印象なんでしょ?」
「お、奥さんって」
「違うの?」
い、いや。
まぁ詳しく話せないけど、合ってるっちゃあ合ってるんだよなぁ。
アオイ本人の口から度々『風待家の嫁です!』と聞いてはいるが、いざ他の人から言われると背中がむず痒い。
「アイツもやたら張り切ってるし、純粋だからな。好かれてるのは確かだ」
「うーん、じゃあ薫平君の悪印象って、奥さんとの関係から来てると思うんだよね?」
難しい顔をして、牧雄は告げた。
「どういう事だ?」
よかった。分からないのは俺だけじゃなかった。
どうやらガサラも俺と同じレベルの察しの悪さらしい。
自分だけ馬鹿じゃ無いって嬉しいな。
「薫平君も何かと働いてるじゃない?僕も見習ってるし、見た目とのギャップもあるから知らない人は居ないぐらい目立ってると思うんだ」
そりゃあ、この大変な時に働き盛りの若者がサボる訳にもいかないだろ。
親父みたいに外に出て作業する事を、アオイや翔平から止められてるから、施設内作業は率先して手伝う様にしている。
何かと力仕事も多いしな。
「ああ、この悪人面でテキパキと作業なんかしてたら、そりゃ目立つな」
「なんだ喧嘩売ってんのか毛玉」
この野郎、人のコンプレックスをチクチクと。
「ストップストップ!喧嘩しないで!」
だってこの金色毛玉が!
「落ち着いて!要するに、薫平君の普段の行い自体はそこそこに評価されてるんだって話!意外と働き者だって話は僕だって聞くもの!」
あれ、そうなの?
そういや、洗濯物を渡した渡辺さんとこの奥さんもそんな話をしていたような。
「んじゃあ、何が悪いのか」
喧嘩だってしてないし、見た目通りの悪行なんか一切してないぞ。
俺の悪い噂が立つ要素がこの極悪な面構えしか無い。
本当にそれだけだったら詰んでんじゃん。
凹むわ。
「多分、奥さんへの態度……かな?」
「へ?」
いや、俺はアオイを邪険に扱った事なんて一度もないぞ?
日々の頑張りを労ってすらいるし、アイツの素直さとひたむきさは尊敬すらしている。
「……ちょっと恥ずかしい話するけどさ。夫婦のコミュニケーションって、ちゃんとしてる?」
「コミュニケーション?いや普通に喋ってるけど」
会話なら、他の女子に比べたら全然多いし、むしろ話易くて弾んじゃうぐらいだ。
「違う違う。えっと、ほら、僕は経験がないから詳しくは言えないけどさ。キ、キスとか。ハグとか?」
「……え?」
ひ、必要かそれ。
見せつけろって事?
未だ童貞の俺に、それはハードル高すぎない?
「ば、ばばばば、馬鹿野郎!」
いや、いや待て薫平!
冷静だぜ?
確かに対外的には、アオイは俺との子供を身ごもってジャジャとナナを出産した事になっている。
そこを否定したら、多分今よりも複雑な事態になりかねない。
なんで他人の子供と一緒に住んでて、父親面してんだって話になってしまう。
だから周りから見たら、俺たちは『致して』る事は常識なわけで、現に牧雄もそう思っている。
あ、むっずいなコレ!
なんとなく理解したぞ!
つまり今までの俺は、『アオイからの熱烈な好意を総スルーしている酷い男』な訳だ!
馬鹿で女心に疎い俺ですらハッキリと分かるアオイの俺に対する好意とその態度。
それに応えることもせずに只々嫁仕事だけさせているクズ野郎って事か!
「つ、つまり牧雄君」
「うん。もう少しわかり易く奥さんとイチャイチャした方が良いって事だと、思うんだけど」
マジか。
難易度が跳ね上がった気がするんだぜ?
「え?どゆこと?」
なんだろう。
ガサラのこのピュアなリアクションが今はとてもありがたい気がする。
やってみるしか、ないかぁ。





