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家族になろうよ②

 

「なんで蕎麦を買いに行って、大怪我してんのさ!」


 色白の顔を真っ赤に染めて、俺の弟の翔平は声を張り上げた。


「いや、なんでって言われても。流れとノリ?」


 俺だって未だに意味がわからない。

 説明しようにも、俺が知りたいぐらいだから説明できなくても仕方がない。


「兄ちゃんはいつもそうだ!どうせまた、後先考えないで暴走したんだろ!?僕いつも言ってるよね!人助けは立派だけど、自分が怪我したら意味が無いって!助けられた人だって、兄ちゃんが無茶するせいで余計に気を使うんだよ!?どうせ止めても聞かないんだから、上手く行くよう考えに考えてから動けって、ついこの間も言ったじゃんか!」


「お、落ち着けって翔。兄ちゃんだって馬鹿なりにちゃんと考えてだな」


「いーや!どうせ咄嗟に動いてから考え出したんだろ!?だから余計な怪我なんてするんだ!!兄ちゃんぐらい強かったら、怪我なんてしなくても大体なんとかなる筈なんだ!」


「ぐ、ぐう」


「グウの音なんか出すんじゃない!!」


 く、くそう。話を逸らせない。


 俺たちは未だにスーパーの事務所にいる。

 あれから、道を迷いに迷いまくった親父が車で到着し、ヘラヘラしながら事務所へと案内されて来た。


 親父に一言礼を言おうと座っていたパイプ椅子から腰を上げた時、怒りで髪を逆立てた翔平の姿が俺を一瞬で硬直させた。


「し、翔平?ほら、一応薫平も人助けしたみたいだから、少しは褒めてやろうな?な?」


 親父が翔平をなだめている。

 我が家で一番筋が通っているのが、末っ子にして家事を取り仕切る翔平である。

 コイツの言う事はいつだって正しく、そして真っ直ぐだ。


「父さんが怒るべきなんだよ!?こんなんじゃ兄ちゃん、いつか人助けで馬鹿みたいに死んじゃうかもしれないだろ!?馬鹿なんだから!」


「翔、幾ら何でも兄ちゃん泣くぞ。弟に馬鹿って言われて、俺泣いちゃうぞ」


 いや、本当に。

 馬鹿なのは俺が一番良く知ってんだから。


「馬鹿兄貴に馬鹿って言って、何が悪いんだ!帰りが遅いから心配したんだからな!」


 ご、ごもっとも!

 もう存分に兄貴を罵って下さい!


「あ、あのぉ」


 弱々しい声が、部屋の奥から聞こえて来た。

 振り向くとアオイノウンが双子を抱いたまま泣きそうな目でこっちを見ている。


「く、薫平さんを責めないで下さい。彼のおかげで、私も子供達も無事だったんです。わ、悪いのは巻き込んだ私なんです」


 翔平のど偉い剣幕に気圧されたようだ。

 わかる。俺だって弟が怖い。


「……説明、して下さい」


 アオイノウンのなけなしの勇気が、俺を救った!

 高温の怒りに冷や水をかけられた翔平が、湯気を出しながら冷めていく。比喩だよ!


「あー。お父さん。本官が説明しましょう。その方がお互い冷静に聞けそうですし」


 犬のお巡りさん。カッコいい系わんわんおレディこと、ドギー・マギー巡査が間に入ってきた。

 名前はさっき聞いたんだ。


「君も、落ち着いてくれ。ほら座って」


 スーパーで買ってきた缶ジュースを差し出して、人間のお巡りさんが翔平をパイプ椅子へと促す。

 ちなみに井上 俊夫という名前の、黒帯が似合いそうなガタイの良いおっさんだ。


 頬を膨らませた翔平が、頭を一回下げてパイプ椅子に腰かけた。

 それを見届けた親父が、胸を撫で下ろして息を吐き、隣のパイプ椅子に座る。


「んじゃ、お巡りさん。お願いします」


 親父がドギー巡査へと会話をパスした。


「はい、では………」




  説明中……説明中……説明中……




「というわけで、薫平くんのおかげで誘拐犯も捕まり、双子の赤ちゃんも無事産まれた訳なんです」


 ドギー巡査の巧みな話術で、あんだけバタバタしていた事の顛末が、ものの10分足らずで説明できてしまった。しゅごい。


「ずるい……これ以上怒れないじゃんか……」


 翔平がボソリと零す。


「いや、薫平くんの無茶に対しては怒ってあげてね。一歩間違えれば死ぬところだったんだから」


「で、でも。私はとっても感謝しています!この子達も孵して貰ったし。なんとお礼を言ったらいいのか」


 ドギー巡査が俺の死刑宣告を告げた後に、アオイノウンによる異議申立てが出た。

 助かる!助けて!


「んー。まあ五分五分かな。薫平、病院から帰ったら一発殴るぞ。心配かけた罰だ。甘んじて受けろ。そのあとは、まあ、褒めてやるよ」


 親父が俺を指指して告げる。

 そりゃ、しょうがない。俺が悪い部分が多分にあるからな。

 当然っちゃ、当然だ。


「了解。覚悟しとく」


 翔平による、正論と言う名の右ストレートのサンドバッグになるより、遥かにマシな処罰だ。

 アレは下手したら一週間は立ち直れなくなる。


「翔も、良いな?」


「………ん」


 翔平は、小さく頷いた。

 良かった。弟にフルボッコにされる兄貴はどこにも居ないんですね!?


「ふぇ、ふええ」


「わ、お、起きちゃった」


 アオイノウンの腕の中で、赤ん坊がぐずりだす。

 あの真っ直ぐな角はお姉ちゃんか。

 彼女は慌てて身体を揺らしてあやしている。


「あー!びゃあああああ!」


 一回深く吸い込んで、溜めに溜めた後に爆発した。

 泣き声の話だ。


「ぴっ、ふあ、ぎゃあああああ!」


 その音に驚いたようで、上向きの角の赤ん坊も泣き出した。

 妹ちゃんだ。


「わわっ!妹ちゃんも!ほーら大丈夫だよー!ビックリしちゃったねー?ママが抱っこしてますよー」


 アオイノウンは双子を両手で抱えてるもんだから、上手く動けずに狼狽えている。

 チラチラと俺を見る。なんとなく近寄ってしまった。


「ほーら、パパも来たよー」


「いや、だからパパって」


 なんでだよ。俺ら今日が初対面じゃんか。


「そんなことより、薫平さんも抱っこしてあげてくださいよぅ」


 全然泣き止まず、彼女の方が泣きそうな顔をしている。

 しょうがない。助けてやるか。


「貸せって」


 無事な方の左手を伸ばし、アオイノウンから妹ちゃんを預かる。風呂敷に巻かれた手を当てないよう。右腕て補助をして抱きかかえた。


「びゃあああああ!ふああああああ!」


「ほらほら、どした?怖い夢でも見たか?」


 身体をゆっくり揺らして、あやしてみる。

 翔平が小さい頃は座った体勢だったけど、揺らしてやれば少しは泣き止んでくれたもんだがな。


 しかし全然効果が無い。


「んー。腹減ってるんじゃないか?」


 いつの間にか近くに来て居た親父が、妹ちゃんを包んでいた俺のシャツをめくった。


「ん。下は違うな。やっぱり腹が減ってるんだよ」


 俺なんかより子育て実績の高い親父だ。少しは信用できる情報だろう。


「だってさ」


 俺はその言葉をアオイノウンへと受け渡す。


「く、薫平さん。赤ちゃんって何食べるんですか?」


「へ?」


 それを俺に聞くの?


「い、いや、あの、に、人間の赤ん坊なら、産まれたてならアレしかないだろ」


「この子達、龍なんですけど。アレって何ですか?」


 キョトンとした顔で、アオイノウンは俺を見る。


「あ、アレって言ったら、ほらあれだよ。ね?ドギー巡査」


 俺の口から出すには小っ恥ずかしい。

 女性なら何の問題もなく言えるはずだ。

 助けてお巡りさん!


「別に、恥ずかしがらなくても良いじゃない。貴方だって最初は飲んでたんだから」


 そうなんだけどさぁ。


「アオイノウンさん、龍の赤ん坊はどうなのかわからないけど、人間や大抵の獣人は、母乳で育つの」


 ヒュー!やっぱり頼りになるなぁ!


「ぼにゅう?」


 それでもアオイノウンはピンと来ていない。


「おっぱいだよ。お姉ちゃん。胸から出るミルクを、母乳って言うんだ」


 さすがイケメンの翔平くん。サラリと言った。

 いやー。顔が良いとその単語も全然いやらしく聞こえない。

 イケメン無罪説は真実だったか。


「おっぱい……」


 深く考え込んだアオイノウン。

 その間も、双子は泣き続ける。

 なんかこの声聞いてたら、無駄に焦るな。


「あ、あの」


 不安そうな顔で俺を見るアオイノウン。

 何だろう。




「私のおっぱいから、ミルクって出るんでしょうか」




「知るかよ!!」


 な、ななな、何言ってんだこの娘!

 産まれてこの方、母親以外の胸を触った事の無い俺が、よそ様の胸事情なんか知ってる訳無いだろうが!!






「安心してよアオイ!ちゃんと出るとも!」



 へ?

 今なんか凄い近いところから、聞きなれない声が聞こえた。


「やあ、久しぶりだね!蒼穹そうきゅうの龍!空に愛されしアオイノウン!」


 う、うるさい!

 右方向から、俺の耳によろしく無い音量で声がする。

 思わず首だけで右を見た。


「龍のいる所に僕がいる!『知りたがり』アルバ・ジェルマンのご到着さ!待たせたね!」



 俺の右肩に、杖をついたネズミが立っていた。

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