彼女はまるで、静かに燃える真っ赤な炎⑤
目の前に居る一番小さなルテンは、身を屈めて翼を広げた。
「薫平、少し待ってて」
「お、おう」
ルージュは肩に担いでいた俺を太い樹木の枝の側に下ろした。
背中の傷を気遣って優しく扱われる。
「獅子族の人も、下がる」
肩を抑えてうずくまるガサラへと歩き、静かな口調で促した。
「いや、でも」
「下がる」
「痛ぇ!」
食い下がるガサラのダウンジャケットの襟元を掴み、強引に引いた。
2mほど吹き飛んだガサラが俺の隣に着地した。
なんか扱いが雑じゃね?
「あ、ごめん。薫平より身体大きいから。つい」
どうやらその体格で頑丈そうと判断したらしい。
「ん。別に3匹いても大した事ないんだけど、誰かを守りながら戦うのは初めてだから。念のため」
その真っ赤なロングヘアーを揺らして、ルージュは小ルテンに向かってズンズンと歩いて行く。
背中だけ見てたら警戒心はゼロで、あまりにも堂々とした姿勢だった。
「だ、大丈夫か?」
その姿があまりに自然すぎて逆に心配になる。思わず聞くと、ルージュは少しだけ振り返って、コクンと頷いた。
「ん。どうやら、あっちは任せても良さそうだから」
「え?」
「クオオオオオオオッ!!」
相変わらず伸びの良い声が辺りに響いた。
慌てて空を見ると、滞空していた中ルテンが翼を広げて急降下をしようとしていた。
「うわっ!」
「クソっ!」
身構える俺と、魔法砲を構えるガサラ。
視界の端に写るルージュは俺たちから背を向け、小ルテンと相対し続ける。
「風待!来るぞ!」
「くっ!」
身構えた所でどうしようもない。
中ルテンはすでに充分な速度に乗って俺達へと一直線に落ちて来ている。
ガサラは魔法砲を肩に担ぐが、体の痛みに一瞬硬直してしまい苦しそうな顔をした。
もう中ルテンは目の前、万事休すか!
「ヒィーーーーーーーーーハァアアアアアアア!!!!」
甲高い奇声と共に、やけにカラフルなシルエットが俺たちの頭上を通り越し、飛来する中ルテンと激突した。
「なななな、なんだっ!」
「ナナイロ姉貴っ!」
鳴り響く金属音。
周囲に舞う色取り取りの羽。
女性的なラインのシルエットが、身の丈を遥かに超える大きな金属の塊をブンブン振り回し、中ルテンを吹きばした。
「何だ何ダァ!?ガサラ!エキサイティングをエンジョイしてるじゃあン!?」
巨大な黄色い嘴を全開にして、ガサラと色違いの銀色のダウンジャケットを身につけた鳥族の女性が大声を上げる。
「こっちは雑っ魚い狼モドキだけで退屈してたんダ!このデカブツ!アタシに譲ってくんないカナ!?ねェ!?なァ!?おイ!」
物凄い嬉しそうな表情で、ガサラの姉貴分というナナイロという女性は、着地と同時に金属の塊を縦に振り下ろした。
アスファルトを割って地面に食い込む『それ』は、剣だった。
大剣だ。
信じられないぐらいデカイ剣がブレーキとなって、ナナイロさんの体を押し留めた。
「や、やっちまってくれ姉貴!」
「サンキュゥゥゥゥゥ!!ヒャッハァ!」
もはや狂人めいた笑顔を顔面に貼り付けたナナイロは、その巨大な剣を地面から片手で引き抜くと、軽々と横に降って跳躍した。
おい、その剣の重量はどこに行ったんだ。そんなプラスチックバットを降るような感覚で振り回すなよ。
な、何だあの人。
「が、ガサラ!お前の姉ちゃんなんか怖い!」
「心配すんな!俺だって時々怖い!」
どこに安心する要素があるんですか!?
「ガーサーラー」
「うわびっくりしたぁ!」
いつの間にか背後に何かいた。
声に驚いて振り返ると、巨大な灰色の獣人が俺の背中に何かを塗っていた。
ぜ、全然気づかなかった!
「セイジツ兄貴!」
「みーじゅーくーもーのーめーがー」
「ごごごごめん兄貴!」
ガサラが慌てながら頭を下げる。
そこに居たのはナマケモノ族の獣人。ガサラの兄貴分だった。
俺の背中を片手でガッチリホールドして、我関せずと何かをヌリヌリしている。
「え、いや、あの!お、お前の兄貴何してんの!?なんか塗られ、グゥッ!!いったい!!」
痛い!物凄く痛い!
ドロドロした粘液が俺の背中に塗布されていて、それがやけに染みる!
何だこのメントール感!すっごいスースーするぅ!!
「しょーうーどー……」
「いいいててててて!はい!?なんて言ったのこの人!」
あ、やばい。
痛みで麻痺してきて何だか背中がごっそり無くなったような感覚ぅ!
「……んんっ。あー、消毒だ。応急処置程度しかできんが、一応止血と保護成分の魔法薬効のある薬を塗ってある。最初は死ぬほど痛いが、後から死ぬよりマシだと思いな。避難所に救急隊員が居るからキチンと診てもらうんだな坊主。いくら何でも怪我しすぎだ。おいガサラ。テメェが付いてて何でこうなった。素人に怪我させるなんざプロハンター失格だろうが」
「え、あ、いや」
「言い訳なんざしたらぶっ飛ばすぞ」
誰これぇ!?
さっきまで半開いた眠そうな目してたのに、急に俺より鋭い眼つきになりやがった。
口調もイライラするほどゆったりだったのが、野太い渋い声で早口気味になっている。
同一人物とはとても思えない。
「うわぁ!兄貴そんな本気モードにならなくてもぉ!」
ガサラが肩を抑えてガタガタと震えている。
ちょっと怖がりすぎじゃない?
「兄貴ごっめぇン!そっち飛んでっちゃっター!」
遠くでナナイロさんの声がした。
首を振って探してみるが、どこにも姿が見当たらない。
「上だ」
セイジツさんの声で見上げてみると、遥か上空から中ルテンが振ってくる所だった。
翼は片方しかなく、残った翼も半分に千切れている。右腕も肘から先が無くなっていて、左足も足首の部分が行方不明。
おい、いつのまにそんな姿になっちゃったんだよ。
ナナイロさんが戦い始めてまだ5分も経ってないんですけどぉ!?
「飛んできたんじゃなくて、吹き飛ばしたんだろうが」
やれやれと首を振って立ち上がるセイジツさんは、落ちてくるルテンを一瞥して、消えた。
「は?」
一瞬の内に、居なくなった。
瞬きすらしていないのに、目の前にいたセイジツさんの姿を見失ってしまう。
「おわっ!」
俺達の頭上で、何かが爆発した。
いや、爆発したかのような音がしたのだ。
音にビビって思わず頭を庇って、続いて頭上を見上げる。
「うっそぉ……」
思わず呟くほどの衝撃。
灰色の巨大なナマケモノが、右拳を突き上げて、岩の塊だった筈の中ルテンを木っ端微塵に粉砕していた。
それは夕暮れの空に浮かぶ勇姿。
さも面倒臭そうな表情で、セイジツさんは跳躍右アッパーカットの姿勢で滞空している。
「ん。なかなか」
「る、ルージュ!?」
何でさっきからみんな俺を驚かせんの!?
もう心臓痛くて止まりそうなんだけど!
もしかして俺が只の間抜けなだけ!?ありえるけどさぁ!?
「ち、ちっさいルテンは?」
「ん。あれ」
その白くて細い綺麗な指で指した場所に、こんもりした小さな黒い山があった。
何あれ?
「復活されても邪魔だから。念入りに焼いたあとに粉砕してまた焼いた」
そ、そりゃいくら何でも。オーバーキルなんじゃ。ていうか早っ!
「あァーーーーーッ!!兄貴酷いヨ!アタシのオモチャ!」
「遊び過ぎだアホ」
そのカラフルな翼をバサバサと羽ばたかせばがら、ナナイロさんが降りてくる。
「あ、でももう1匹いるネ。なんか近寄ってこないけド」
あ、そういえば。
あまりにも目の前が慌ただしくてすっかり忘れていたけれど、まだ大ルテンが残ってるんだった。
改めて遠い空に佇む大ルテンを見る。
「あ」
大ルテンは口を開けて大きく体を仰け反らしていた。
「ぶ、ブレスが来るぞ!逃げろ!」
俺の声に、ルージュを除くみんなが身構える。
相変わらず感情を読み取らせない表情のルージュは、何を思ったか振り返り少しだけ目を開いた。
「あ、アイ」
「え?」
思いがけない名前に、俺も釣られて振り返る。
避難所となった公民館の入り口に、見慣れた姿の女の子が立っていた。
顔を真っ赤にして、こめかみから生えた黒い角を光らせて、右の胸元に縦に大きく『風待薫平』と書かれた俺の中学時代のジャージを身に付けたアオイが、バリバリと雷を纏いながらこっちを見ている。
何かを堪えるような表情のアオイ。
その体から放たれる雷が天へ登り、巨大な球体へとなっていく。
「あ、マズイ」
プルプルと震えながら、アオイは天を仰いだ。
そして。
「薫平さんにぃ!私の夫に何してるんですかぁ!」
その声と共に、雷の集合体、つまりは雷球はまっすぐとルテンへと飛んで行った。
「クオオオッ!!ケペッ……」
今正にブレスを放とうとしていた大ルテンは、何だか間抜けな声を出しながら雷球に飲まれていった。
一瞬の閃光。
耳を通り抜ける甲高い破裂音。
思わず目を瞑り、顔を片手で庇う。
やがて遠くの空へと音が抜けていった頃に、目を開けてみた。
大ルテンの姿は、どこにも見当たらなかった。
じょ、蒸発しやがった……。





