彼女はまるで、静かに燃える真っ赤な炎④
ルージュの肩の上で、電池の残り少ないスマートフォンをいじる。
相変わらずルージュは余裕たっぷりに俺を担いでいて、しかも小走り気味だ。
「ルージュ、今から行く所にアオイとチビ達いるみたいだ」
「ほんと?やった。楽しみ」
声の抑揚が感じ取れないからそうは聞こえないのだが、本当に楽しみなのだろう。
走る速度が増した。
その揺れの所為もあるけれど、あんまり使い慣れていないもんだからスマートフォンの操作に手こずってしまう。
14件あるメールの内、10件は親父からだった。
さっきのメールが最新の物で、最初のメールは俺と翔平の安否を気遣う物だ。
俺からの返事が無いから、何度かに分けて確認のメールをしていたみたいだな。
親父のその時の状況とともに、だんだんと職場から遠ざかっている事がわかる。
残り4件は、ユリーさんだった。
親父と一緒で、回線が混雑しているから俺と連絡が取れない事。消防団の指示で公民館に避難している事。翔平も一緒で双子も無事な事。
それから、アオイがとても心配している事。
事件発生、翔平の帰宅、避難開始、公民館到着、と四通に分けて全部報告してくれていた。
悪い事をした。
あのまま冷静になって大人しく教室に残っていたら、このメールに返事を返せていたのかも知れない。
アオイはまだ心配しているのだろう。
アイツ、泣いてなきゃいいけど。
相変わらずの短絡的思考。
自分で自分が嫌になる。
その上、背中は傷だらけ。
反省点が多すぎるな。
でも俺たちがいたから、雛ちゃんや子供達は助かったんだ。
その点だけは良しとしておこう。
「牧雄達、ちゃんと着いたかな」
なんとなく、口に出してみた。
「大丈夫に決まってる。すぐそこなんだろ?」
ルージュの後ろを走って付いてくるガサラが、俺を気遣ってくれた。
「ほら、あれだろ?公民館って」
視界の横からガサラの腕がニュっと出てきた。
指で正面を指差している。
その指の延長線を、首を上げて確かめる。
幅の広い樹木のトンネルの先が丁字路になっていて、ちょうど真っ正面が公民館の建物だ。
小さな駐車場から入る形になっていて、その駐車場に何やらゴテゴテした人物が数名ほど立っている。
「ルージュ、あそこだ」
「うん。もうすぐ、双子達と逢える。まずはごあいさつから。気をつけなければ。嫌われたりしたらどうしよう」
「そんな事ねぇって」
ナナは少し人見知りするかもしれないが、ジャジャは間違いなく喜ぶ。
ちゃんと相手をしてやれば、ウチの娘達が理由なく人を嫌う筈が無い。
ナナとは根気強くコミュニケーションととってもらうしか方法はないけど、きっと大丈夫なはずだ。
それにしてもなんて一日だったのだろう。
とても長く感じる。
ルージュと同じように、俺だって早く双子達に会いたい。
ジャジャとナナの顔さえ見れれば、こんな背中の傷なんてどうって事無いのに。
翔平は、かなり怒るだろうけど。
「あ、あれ。兄貴達じゃねぇか」
ガサラの言葉に、もう一度注意深く公民館を見る。
よくよく見ると、見覚えのある灰色毛皮の大柄な男と、色取り取りの羽をもつ鳥族の女性が居た。
その周りだけ、やけに岩がゴロゴロと転がっている。
「やっぱりこっちに居たか。何体かモンスターらしきもんが転がってるから、避難所の警備に回ってたんだな。連絡が取れない訳だ」
ガサラの兄貴達は俺たちの姿に気づいたようで、手を振って来た。
「おーい兄貴ー!そっちは」
「獅子族の人!後ろ!」
ガサラの言葉を遮って、ルージュが声を張り上げた。
「は?」
担がれている俺からは、後方は見えない。
「おい、おいおいおいおい!嘘だろっ!」
「何だ!おいガサラ!なんだよ!」
慌てふためくガサラの声に身を捻って何とか後ろを見ようとするが、関節の可動限界と体の痛みもあって振り向く事が出来ない。
「アブねぇぞ!避けろ!」
「薫平、しっかり捕まる」
「は?うわっ!」
突然、ルージュが大きく右に跳躍した。
ガサガサと木の枝を分ける音のすぐ後に、大きく重い破砕音が鳴り響く。
「グッ!」
ルージュの着地の衝撃で首が揺れ、背中に痛みが走る。
痛みを気にする暇なくすぐに頭を固定して、俺たちが今まで走っていたアスファルトの道を見る。
そこには、巨大な岩石が舗装された道を抉るように地面にめり込んでいた。
「あの化け鳥!生きてやがったのか!」
ルージュの少し後ろにガサラの姿があった。
「ん。むかつく」
向き直ったルージュとともにようやく天を見る事ができた。
枝が折れてポッカリと空いた空間の真ん中に、ソレは居た。
「ル、ルテン?」
あれは、ルテンだ。
岩の翼を大きく羽ばたかせながら、半鳥半獣の異形は天の中心から俺たちを見下ろして居た。
でも、何か違和感。
「……アイツ、なんか小さくないか?」
そうだ。多分上空20m程度、その高度にいると思われるルテンが、何だか偉く小さい。
遠近感が狂ってるのか、それとも何らかの錯視が入っているのか分からないけれど、見た限りだとさっきの半分程度しかない大きさに見える。
「言われてみりゃあ、そんな気も……それより!アイツを公民館に近づけるのは不味いぜ!?兄貴たちだけなら大丈夫だろうが、あそこには避難した戦えない人達もいる!遠距離用の装備を持ってるのは俺だけだ!近接装備のまま防衛戦をするには相手が悪い!」
「な!」
そうか。
ロックウルフなんかは遠距離からの攻撃手段を持っていないから、公民館周辺さえ固めちまえば、各個撃破さえできればどうにかなるかもしれない。
ただ上空、しかも直上からの建物内部を狙った攻撃だと、防ぐ術はない。
ルテンの得意とする風のブレス。
それと今の岩石のような投擲物。
これを防ぐには、撃たれる前に撃つぐらいしか方法がない。
ていうか、アイツどこから岩なんて調達して来やがった!
「大丈夫。あの可愛くない鳥は私が」
そう言って、ルージュは俺を担いでいない方の手を軽く振る。
瞬時に現れた太い炎の柱。それはルージュの手に握られてまるで剣のようだ。
熱そうだったら何となく顔を逸らした。
目に入って来たのは地面にめり込む岩石。
ルテンの投擲したと思われるその岩が、何だか無性に気になった。
「あれ?」
目を凝らしてその岩石を見る。
大きさは俺の体より少し大きい程度。間違いなく人間一人ぐらい圧殺できる重量のそれが、小刻みに揺れている。
不味いと思った。
「ガサラ!その岩ぶっ壊せ!なんか変だ!」
「あぁ!?」
俺の声に反応したガサラが、担いだ魔法砲を瞬時に岩石へと構えた。
その瞬間だった。
「クオオオオオオオオッ!」
破裂した。
破裂するだけならまだしも、周囲に鋭く細かな破片を勢い良く撒き散らした。
「いってぇ!」
ガサラの悲鳴が上がる。
俺はといえば、ルージュの長い尻尾で守られたおかげで無事だった。
「薫平。怪我は?」
「あ、ああ。俺は……ガサラ!」
呆けてしまって事態についていけてない頭を無理やり動かし、悲鳴をあげたガサラをみる。
「だ、大丈夫だ。ちょっと鼻の上と肩を切ったぐらいだ」
右肩を抑えて、ガサライオは呻く。
何がちょっとだよ。
「馬鹿野郎!でかいのぶっ刺さってるだろうが!」
抑えた右肩に、拳大の岩が刺さっている。見えてる範囲でその大きさだから、実際はもっと大きいはずだ。
「……すまねぇ。ミスった」
「何が一体……」
「鳥、増えた」
「は?」
ルージュが岩石のあった方を指差す。
「クォオオオオオオ!」
「ち、ちっさいルテン……?」
そこに居たのは、人間と変わらないサイズのルテンだ。
岩で形作られた上半身と翼。茶色い毛で覆われた下半身。
上空に未だ滞空するモノと全く変わらない姿の小さなルテンが、そこに居て俺達を威嚇している。
「ぶ、分裂すんのお前……」
なんて出鱈目なんだよ。
ん?
少し、考える。
上空のルテンが小さく感じたと言う事は、さっき落ちて来た岩石はルテン自身の体の一部ではないだろうか。
失った部分を、もう1匹のルテンとして復活させる。
何だろう。聞いた事ある。
でもあれは、別に小さくならなかったような。
でも、そうだよな。
その特性は牙岩ダンジョンの雑魚モンスター筆頭のアイツみたいだ。
夢に出てくるような醜い姿の肉の塊。
ダークミートの特性に似ている。
あれ?
失った部分が、ルテンになる?
今目の前にいるルテンと、上空にいるルテン。
足しても元の大きさにならないような。
元々の怪鳥ルテンは、10m近い体躯を持った化け鳥だったはず。
「まさか」
周囲を慌てて見渡す。
右、左、そして上。
「……まじかよ」
見つけてしまった。
それは、俺達を威嚇する上空のルテンの更に後方。
偉そうにふんぞり返って、そこに居た。
ルージュは、最初にルテンを『真っ二つ』に斬った。
その片割れが復活し、今俺たちを襲っている。そしてそいつは更に体を分裂させて、もう1匹のルテンが誕生した。
ならば、最初に切り出されたルテンの残骸のもう一個は、どうなっただろうか。
答えは決まってる。
「3匹とか……反則だろ」
そう、上空のルテン。目の前のルテン。
それより大きな、元のルテンの半分のルテン。
今俺たちの脅威は、ご丁寧に大・中・小と三体揃ってご提供されている。お客様感謝デーだったのだろうか。





