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彼女はまるで、静かに燃える真っ赤な炎①

 俺は、アイツを認めてやる事をしなかった。

 強くなりたいが為に、こんな目つきが悪くて粗暴な男に師事までした日下牧雄を。

 認めなきゃ。

 あいつの強さは、確かにまだ小さいかもしれない。

 だけどその熱さは本物だった。

 だから、俺が最初にアイツを認めよう。

 そして、憧れよう。

 健気な思いを、それでも確かな思いを。


「そうだっ……動けっ!動くんだ!」


 小さな、でも力強いその声は間違いなく決意の声だ。

 絶賛窮地に立たされている俺には、その誇らしい姿を網膜に焼き付ける事ができないのが本当に悔やまれる。


 大丈夫。

 日下なら、いや牧雄ならやれる筈。

 強くなりたいと前に語ったアイツの瞳には、底知れない力が宿っていたのを知っているから。

 眩い輝きを放つ様に、その瞳の光にこそ俺は気圧されていたのだから。


 だから、事この大一番に至って、俺にアイツの決意を疑う気持ちなど微塵も無い。


「行こう……い、行きますドギーさん!みんな、お兄ちゃんとお姉ちゃんから離れないでね!しっかり手を繋いで、怖かったら、目をつぶっててもいいから!足だけは絶対止めないで!」


 さっきまでと違う、雄々しい声。

 ドギー巡査はそれを見て、安心したかの様に胸を撫でおろして息を吐く。


「うん……うん!聞いたみんな!?」


 雛ちゃんの嬉しそうな声が響く。


「わ、わかった!」


「ぼ、ぼくこわくないよ!」


「おてて、はなさないから!」


 子供達の声に、怯えの影は見当たらない。

 そんなやりとりを聴きながら、俺の四肢に必然と力が宿る。


「ぐうううううっ!こんのぉ!くそったれがあああああっ!」


 活力と意地を取り戻したくて、腹の底から気合を吐き出す。

 俺の頭上には、大きく羽ばたきながら俺が構えた盾の障壁に全体重を乗せるルテン。

 潰されて、たまるか。

 あの子達が、雛ちゃんが、ドギー巡査が、牧雄が無事にここを立ち去れるまで!

 俺とお前の根気比べだ!


「兄貴!すぐに助けを呼んできます!」


「んぐぐぐぐっ!任せたぁ!あとっ!牧雄っ!」


「はいっ!」


 余裕なんて全然ないけど、この言葉だけはアイツの目を見て言わなければならない。

 軋む首をギリギリと捻る。

 やっと見れたその顔は、幼さの残る中性的なイケメンフェイス。

 背の低さも相まって、女子と言われても違和感がない筈だった。そんな学年のマスコットキャラ、日下牧雄の顔。

 でも今は違う。

 決意の眼差しは凛々しく、覚悟の乗った気合は充分で。


 なんだ、カッコイイじゃねぇか悔しいなぁ。


「兄貴っ、じゃなくてっ!薫平って呼べよ!ダチ公ぉ!」


 一瞬呆けて、固まった牧雄。

 でもすぐにその眉を吊り上げ、俺の目をまっすぐに見据えて強く頷いた。


「う、うんっ!薫平くんっ!」


 その声で充分だ。

 俺は頭上のルテンへと顔を戻して、頭の血管が切れそうなぐらいに力を込め直す。


「金髪チビっ!牧雄っつったか!こっちも絶対食い止めておくから!増援頼んだぞ!」


「ハイ!ドギーさん肩貸します!」


「ごめんなさい、お願いするわ」


「みんな行くよ!?」


「うん!」


 吠えるガサライオに短い返事を返し、駆け足の音が聞こえてくる。

 良かった。

 これで、少なくとも子供達は安全な場所に行ける。

 ここから公民館まで、子供の足でもそう遠くない筈だ。

 ガサライオや三隈の言う話が本当なら、あそこには何名かトレジャーハンター達が居て、避難してきた人達を守ってくれている筈。


『薫平くんっ!返事はしなくていいから聞いて!ずっと家の電話でかけてた消防への電話がさっき繋がったの!近隣のハンターさんがそこに向かってくれてる!あと少しだけ頑張って!』


 優秀すぎて目の前にいたら抱きしめたくなるよ三隈!

 これで、希望と可能性が増えた!

 こちとら家族が待ってんだ!負けられねぇんだよ!


「クオオオオオオオッ!!」


 徐々に力を取り戻して行く俺に焦ったのか、ルテンは再び大きく翼を広げて飛び上がり、俺から離れていく。

 俺の気合勝ちだ。あのままだったら正直危なかった。


「ふぅっ!はぁっ!」


 失った酸素を肺が求める。

 汗と誇りにまみれた身体が余りにも重い。


 盾を下げて、視線だけでルテンの後を追う。

 上空を八の字に旋回しながら、その妖しい光を放つ赤い瞳は俺を捉えて離さない。


「クッソ、諦めろよ……」


 なんとか気持ちで誤魔化しているが、俺の身体はすでに満身創痍だ。

 考えて見たら、当然の事だ。

 魔法具で軽減されているとは言え、自分の数倍、いや数十倍の体積と重量を持つあんな化け物を支えていたんだ。

 腕なんてもはや感覚が無く、関節の場所がわからないぐらい動かせない。

 全身の骨や筋肉が軋んでいるのか、表情一つ動かす事に苦労する。

 もしかしたら骨の一本や二本、折れていても可笑しくは無い。


 だけど、負けられない。

 身体ごと向きを変えて、走り去る子供達を見る。

 ガサライオが魔法砲で殴りつけたロックウルフのすぐ側を、わき目も降らずに走り抜けて行くその姿。


 怯えていたのは牧雄だけじゃない。

 一番後ろについて走る雛ちゃんだって、怖い筈だ。子供達なんて、もっと怖い筈だ。

 助けてくれる大人が少なくて、本当は泣き喚いてしまいたい筈なのに、誰一人弱音を吐く事をしなかった。

 偉い子供達だ。

 年上の子は年下の子を、その子はもっと下の子を。

 その手を強く握って、決して離そうとしない。

 大の大人ですら恐怖するこの光景を、奥歯を噛み締め、まぶたをギュッと閉じ、その手の温もりだけを信じて走っている。


 あの子達が、助からないなんて嘘だ。


「クァアアアっ!ギャアアアアッス!!」


「っ!あんの野郎っ!」


 怠い身体に全霊の力を込めて、俺も走り出した。

 ルテンの視線が、俺から牧雄達に移ったからだ。

 モンスターの思考がどうなってるのかを俺は知らないが、考えられる中で最もゲスい選択をしたようだな!


「女子供を狙ってんじゃねぇよっ!」


 もつれる足を必死に制御する。

 今の俺の生命線である魔法具の重さが、正直うっとおしい。

 幻聴か現実か、耳の奥にブチブチと何かが切れる音が聞こえてきた。

 筋繊維でも切れてるのかもしれない。

 それとも無理をした関節が擦れてそんな音がなってるのかも知れない。


 だがどうでもいい。

 今ここで、俺が動かない理由にはなり得ない。


 歯を食いしばってロックウルフを羽交い締めにするガサライオの側を通過する。

 一瞬だけ目を合わせて、全てをやりとりする。


 頼むガサラ、もうちょい頑張れ。


 分かってる風待。気にすんな。


 そんな脳内での会話を光速で済ませ、後は無心で走るだけ。

 ルテンは上空で羽を広げて止まった。

 柔軟さが全くない身体をのけぞらせ、あれは多分呼吸をしているのだろう。


 ガサライオは言っていた。

 牙岩のボスで注意しなきゃいけないのは二つある攻撃方法だけだと。

 ならばあれは。


 滞空するルテンを通り過ぎ、牧雄達の後を追う。


「しみったれた真似すんじゃねぇよ!鳥の化け物がぁ!」


 怪鳥ルテンは牧雄達の背中に向かって、大きく息を吐く。

 風のブレス。

 その射線を予測し、遮るように盾を構える。

 なんとなく分かっていたから、充分間に合った。

 予測地点に到着と同時に、渦を巻いた空気が不思議な動きで一直線にその口から吹き出た。



 構えた盾のトリガーを二つ引くと、ピンク色の障壁が展開する。

 来るであろう衝撃に、歯を食いしばって備える。



「グッ!!」


 予想以上の衝撃が俺を襲う。

 風圧で押し戻される身体を支える為に、ほとんど斜めに傾いた身体が痛む。

 竜巻状の風の中に、大小様々な岩の飛礫つぶてが含まれていて、障壁に跳ね返された振動で身体が揺さぶられる。

 俺を外れて地面で跳ね返った飛礫つぶてが、無視できない速度で時々背中に当たる。

 きっと背中は今酷い事になっているだろう。

 無視だ。

 今は耐える時。

 耐えて耐えて、限界まで頭にきたらあの野郎どうしてくれよう。


 怪我人や小さな子供達を狙ったそのゲスさもあって、俺のルテンへの感情はもはや怒りしかない。

 やってやる。

 あんな生物、全否定してやる。


 風のブレスは絶え間なく続く。

 人間と比べたら考えられない時間、ルテンは息を吐き続けている。

 なんて反則くさい野郎だ。

 モンスターってなこんな理不尽なもんだったか。

 舐めてた。

 牙岩に潜った時は、龍牙りゅうげの剣が余りにも無敵だったし、親父の的確なサポートもあったから舐めきってた。

 反省しよう。そして次に繋げよう。

 一撃でも与えられる時が訪れたら、この背中の痛みと全身の虚脱感を何倍にも増幅してあの調子に乗った鳥野郎に全部ぶつけよう。


 フツフツと湧き上がる憎悪に、自然と笑みが浮かぶ。

 我ながら凶悪な顔をしていると思う。


 ほんとだったら今頃家に帰り着き、ジャジャやナナの柔らかなほっぺとか突ついてたんだろうなぁ!


「おりゃあ!」


 ガサライオの雄叫びと、一拍遅れて何かが粉砕された音が響いた。

 余裕のよの字も無い俺はその音の出先を確認する事はできない。


「待たせたな風待!待ってろ今助ける!」


 そうか、あのクソ狼を葬れたか。

 よくやった。あとでブラッシングしてやろう。

 なんなら頬ずりしてやったあとにモフモフしてやってもいいぞ。

 大サービスなんだから。感謝してよね。


 そう茶化したくても、すでに声も出ない。

 もはや意識は朦朧としている。

 構え続けた腕を見ると、プルプルと震えて頼りない。

 駄目だ。

 もう、耐えられ、ない。


「クアアアアッ!」


 霞行く意識を必死に掴み集め、気絶だけは防いだ。

 魔法具から放射された障壁が徐々に角度を下げていく。

 忌々しいルテンの声が、脳内に残響する。


 視界の端で、ガサライオが真っ青な顔で魔法砲を担いで走っている。

 盾のトリガーを握る手の力が、抜けていく。

 全てが、スローモーションの世界。


 クソ。俺は、こんな場所で、終われないのに。

 ジャジャともっと笑いたい。

 ナナの笑顔を見たりない。

 翔平の成長を見届けていない。

 親父に、何も返せていない。

 三隈に何もしてやれてない。

 アオイの気持ちとまだ向き合ってない。


 母さんとの約束、まだ果たせてない。


 走馬灯のように、家族や親しい人達の顔がグルグルと脳裏で回っていく。

 なんて、なんて中途半端なんだ。俺は。








「間に合った」


「え?」








 前のめりに倒れる俺の体を、誰かの手が支えてくれた。


「アオイノウンの子供のお父さん。あなた?」


 静かな声。

 まるでここが穏やかな場所のように、その声は平然と告げる。

 いや、いつのまにかルテンの風のブレスの音さえしていない。

 手に持っていたはずの魔法具は、気づけば地面に落ちていた。


「合ってる?あの可愛くない鼠が言ってたのと、特徴一緒なんだけど」


 声の主を確認しようと、力を振り絞って顔を上げた。


「どっち?違う?」


 真っ赤なロングヘアーを揺らして、同じく真っ赤な角を持った美人さんがそこに居た。


「あ、アオイの知り合いか?」


 喉の奥を震わせて、俺はようやく声を出せた。

 真っ赤な彼女は目を一度瞬くと、口をゆっくり開いた。




「私、ルージュリヒテー・ドラングロウ。あなた達の家族を、守りに来た」





 なんの感情も読み取れない表情で、ルージュリヒテーは答えた。

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