ご町内迷宮を突破せよ!⑧
『うん、大丈夫。ついさっき目撃情報がアップされてる。ルテンは今この付近には居ないよ』
スマートホンから聞こえる三隈の声に無言で頷いて、ガサライオと視線を合わせる。
「よし、ありがとう三隈。準備はいいな?」
ガサライオから借りたナイフを専用のホルダーに通し、ベルトに装着しながら問う。
「ああ、先頭は婦警のねーちゃんと金髪チビ。そのあとに子供達、殿に俺と悪人面だ」
武器を携行しているドギー巡査、戦闘経験のあるガサライオで集団を挟み、身が軽い俺がそれぞれのフォローに入る。
子供達の足も考えて、隊列は多分これしかない。
日下には子供達がバラバラにならないように、しっかりと見て貰う事にした。
雛ちゃんと二人でだ。兄妹による阿吽の呼吸を期待している。
「みんな、行くわよ。お巡りさんから離れないでね」
「う、うん」
「だ、大丈夫」
ドギー巡査が優しく微笑んで子供達を見る。
それぞれが強張った表情をしているが、強い子達だ。
小さな子供たちが勇気を振り絞っている。
俺達大人がしっかりしないとカッコがつかない。
「……今だ」
一度ガサライオがドーム型滑り台の外に出て、周囲の安全を確認して手を招いた。
その言葉に頷いて、俺がまず男の子達を連れ立って出る。
続いてドギー巡査が女の子達と共に素早く森に入って行った。
最後に日下兄妹が出て行って、俺とガサライオが最後尾に付く。
この公園に入る時に俺が作っておいた道を行く。
公園を出る前にドギー巡査が子供達を止め、最初に道の安全を確保した。
「大丈夫。公民館はこっちよ。焦らないで付いてきてね?」
緊張している子供達はコクコクと何度も頷いて、先を行くドギー巡査に続いて公園を後にした。
「毛玉、お前の兄貴達とは連絡がついたのか?」
最後尾にいる俺とガサライオは、上空と後方を確認しながら会話をする。
「いや、電話が繋がらねぇ。だもんでメールを送っておいた。兄貴達の巡回ルート通りなら避難所である公民館付近にいるはずなんだがな」
「ていうか、なんでお前だけ一人なんだ?」
兄妹でもぼっちってあるの?新人なら兄貴か姉貴のどっちかと一緒が良かったんじゃないか?
「ナナイロ姉貴一人だと、必ずトラブルを起こすからだよ。喧嘩っ早いし短気だから何で爆発するのか兄貴でも分からねぇんだ。暴れるナナイロ姉貴を止められるのは、セイジツ兄貴しかいないからな」
ニトログリセリンみたいな人だなお前の姉貴。
「そっちは家族と連絡が取れたのか?」
「いや、一応メールも送ってあるんだがな」
家の電話に出ないってことは、外の避難所に行ったのかな。
翔平しかスマートホンを持ってないからこういう時は不便だ。アオイにも持たせておけば良かった。でもアイツ、俺のスマートホンを壊した実績があるんだよなぁ。
「一緒にいるドギー巡査のお母さんからは一回メールがあったそうだ。多分大丈夫。だと思う」
平静を装っているけれど、これでも焦ってんだよ俺は。
「……悪いな。トレジャーハンター協会のせいでこんなんなっちまって」
驚いた。
あんまりにも驚いたから、思わず口を開けっぱなしにしてしまった。
この生意気な大型の猫の口から、俺に対する謝罪の言葉が出るとは思わなかった。
さっきも一回謝っていたが、あれは全員に対する物だった筈。
「……なんだよその顔」
返事が無いのを気にしたのか、俺の顔を横目で見るガサライオ。
「え、あ、いや。なんでもない」
我に返って、少しだけ慌てて誤魔化した。
「まぁ、俺だって駆け出しとはいえ、ハンター協会に属する者だ。罪悪感が無い訳じゃない。素人を巻き込むなんざ、醜態もいいとこだ」
ガサライオは視線を逸らし、淡々と話し続ける。
「だから、まぁ、すまん」
……出会いが出会いだから第一印象は最悪だったが、今思い返せば口は悪いが根は良いヤツだ。偏見って、ダメだな。
「えっと、まぁ上のヤツが勝手にやった事だろ?それじゃあ、別にお前が悪い訳でもないし、それにほら、一応お前には助けて貰ってるし?感謝してない訳じゃないから、なんだその、謝る必要な無いぞ……みたいな」
なんか知らんが吃ってしまった。
「ハハっ、なんでお前が気を使ってるんだよ。バーカ」
目を細めて、ガサライオは楽しそうに笑った。
「う、ウッセェよ!ターコ!」
その後も軽口を叩きながら、俺たちは子供達の背を追って道を行く。
小走りに走っていると、公民館の看板を見つけた。
「もう少しですね」
日下が女の子の手を引いてドギー巡査に話しかける。
子供達は年齢がバラバラで、年上の子が年下の子の手を引きながらここまで来た。本当に偉い子達だ。
「そうね。みんな頑張って!」
「うん!」
「がんばる!」
「おねぇちゃん!もう少しだって!」
一番小さな女の子が、手を握ってくれている雛ちゃんに満面の笑顔で笑いかけた。
「うん!頑張ろうね?」
「うん!」
栗色の髪を傾けて、雛ちゃんは女の子に微笑む。
俺とガサライオは後ろでその光景を見ながらも、警戒を緩めない。
「モンスター、1匹も出なかったな」
「元々、牙岩からは離れている場所だからな。モンスターの発生する場所は決まっているから、足の速いヤツしかここまで来れないんだろ。ロックウルフ程度なら並みのハンターでも余裕で対処できるから、他のハンター達が先に駆除してくれたのかもな」
俺、すごい苦労したんだけど。
「ハンターなら規則に触れない程度の魔法具を持ち歩いていて当然なんだよ。道具があるならって話だ。むしろ装備も無しにモンスターと戦っていたお前がおかしい」
あ、もしかして不満が顔に出てたか?
『薫平くん!聞こえる!?』
胸ポケットのスマートホンから、三隈の声が聞こえて来た。
「おう、聞こえてるぞ。どうした」
『ルテンがそこに向かってる!隠れて!』
クッソ!もうゴールは目の前だってのに!
『近くの建物から写真付きで情報が上がってるの!早く!』
「ドギー巡査!」
「こっちよみんな!急いで!」
判断は迅速に!
「雛!その子を抱っこしてあげて!君は僕が!」
日下の言葉に返事を返す暇も無く、雛ちゃんが一番小さな女の子を抱きかかえた。
俺とガサライオもそれぞれ二人づつ子供達の背を押して走る。
やがて正面に十字路が見えた。
「この角に、コンビニが……みんなダメ!逃げて!」
十字路の角を先に曲がったドギー巡査が、大声を上げた。
何だ!?
「ヴォフッ!」
「きゃあっ!」
バックステップしたドギー巡査の胸が、角から飛び出して来た何かによって裂かれた。
「うわぁ!」
「おまわりさん!」
子供達の短い悲鳴が木霊する。
「っ毛玉ぁ!先行くぞ!」
「おう!」
俺はガサライオに子供を預けると、ホルダーからナイフを抜いてドギー巡査に向かって走る。
「っく!ロックウルフかっ!」
岩の狼、ロックウルフが鼻息荒くそこに居た。
慌ててドギー巡査の前に立ち、ナイフを構える。
「毛玉っ!俺が引き付けるから、隙をついて撃てっ!日下っ!ドギー巡査を頼む!」
横目でドギー巡査を見る。
大丈夫、生きてる。
ロックウルフの爪が掠ったらしく服の胸元が裂けて多少血が出ているが、傷は浅い。倒れた拍子に気を失ったのか、ぐったりとしている。
「は、はいっ!ドギーさん!」
子供達を後ろに退げて、日下は地面に横たわるドギー巡査に駆け寄って右腕を掴むと、勢い良く引っ張った。
対面する俺とロックウルフ。
十字路の壁がヤツとって死角になっている筈だ。上手く隠れたガサライオは既に魔法砲を構えている。
その後ろに子供たちと雛ちゃんが避難していて、ドギー巡査を引きずりながら日下もその場所に辿り着いた。
「気をつけろよ!」
分かってる!
ガサライオの言葉に反応したのか、ロックウルフは素早く後退した。
俺に魔法砲を一発で当てる技量はない。
魔物を一発で仕留められる武器があの魔法砲だけなら、確実に当てられるガサライオを砲手にして俺が囮となるしかない。
「ほら、来いって!」
早くコイツを片して、逃げなければならない。
ルテンがいつここに現れるのかもわからないし、ドギー巡査の怪我も気になる。
焦るな。
焦っちゃダメだ。
今はこいつを確実に、そして迅速に処理しなければ。
冷静だぜ薫平。
「グアアアアアッ!!」
ロックウルフは一度雄叫びを上げると、俺を無視して建物の壁に向かって走り出した。
何だよ!もう!
意味わかんない事するなよ!
「ガァッ!」
「あぁ!そういう事!」
壁を蹴って俺に向かって襲いかかる。いわゆる三角跳び。
斜めの角度から飛来したロックウルフを斜めに屈んで躱す。
何だコイツ!
アイツが着地した場所だと、魔法砲の射線には交わらない!
着地後に身を強引に前へと動かし、ロックウルフは大きく弧を描いて切り返して来る。
「毛玉!動くなっ!」
焦れて移動しようとしたガサライオを言葉で制して、俺は身を翻して次の攻撃に備える。
「アホかお前!お前は子供達も守らなきゃいけないんだぞ!お前がそこに居なかったら、誰がルテンを撃ち落とすんだ!」
「す、すまん!」
そうだ。
あの怪鳥がもし俺たちを見つけた時、先手を打てるのはガサライオしか居ない。
このクソ狼に気を取られてルテンの襲来を見逃したら、俺達はそこで終わりだ。
「お兄ちゃんアレ!」
雛ちゃんの声が響いた。
あまり大きな声を出す印象がなかったから、一瞬誰の声か分からずに戸惑ってしまう。
「あ、あぁっ!兄貴!ルテンです!ルテンがあそこに!」
「ウッソっだろぉ!」
再び壁を蹴って横から襲撃して来たロックウルフを避けながら、俺は視線だけ動かしてルテンを探す。
居た。
忌々しい鳥野郎が公民館の向こう側の上空から俺達めがけて真っ直ぐ飛んで来る。
最悪だ!考えれる中で一番最悪の事態だ!
ロックウルフとルテンを同時に相手をできる戦力なんて俺達には無い!
「毛玉ぁ!ルテンを撃てぇ!」
なんとか先手を打って、少しでも余裕を持たないと!
「分かってる!まだ射程距離外なんだよ!」
次々と方法を変えて襲いかかるロックウルフ。
ルテンの登場で、ガサライオからの支援を受けるという選択肢が消えた。
アイツはルテン、俺はロックウルフ。
どちらも目を離す事ができない。
ちくしょう、考えろ!考えて考えて考えて、少しでも助かる可能性が高い方法を導き出せ!
『薫平くんっ!』
「悪いっ!今余裕無いっ!」
胸のスマートホンから三隈の心配そうな悲鳴が聞こえて来る。
大丈夫だと言いたいけれど。すまん。
自分の事で手一杯だ!
「っ撃つぞ!」
ガサライオの声とともに、その構えた魔法砲から赤い閃光が発した。
静音式弾頭とガサライオが説明していた魔法砲の赤い砲弾は、余波を発しながらルテンへと渦を巻いて突撃する。
「クォオオオオオオオオオッ!」
ルテンの鳴き声が空に響く。
「……嘘だろ」
鳴き声が止む頃、ガサライオがポツリと呟いた。
何だよ!俺今忙しくて見れないんだけど!そういう気になる事すんのやめてくれない!?
「どうした!?ルテンは!?」
「ダメだ!何だよ、あの野郎!あんな真似できるなんて聞いてねぇぞ!」
だから、何があったってばさ!?
「羽で打ち返された!遠距離からの魔法砲じゃアイツに当たらねぇ!」
「はぁっ!?」
んじゃ、どうすんだよ!
「毛玉!他になんか無いのか!?魔法具、他に隠し持ってんだろ!?」
「戦闘なんざしないと思ってたから手続きが面倒で、武器系の魔法具は魔法砲だけなんだよ!砲弾も一番シンプルな奴しか持って来てねぇ!」
「んじゃあ、あるだけ出せ!」
文句は後でいっぱい言ってやる!
「ちょ、ちょっと待て!そんなに無いぞ!?えっと、これは障壁シールド、これは閃光ランタン、あとこれは、ダメだ!後は探索補助用の魔法具しかない!」
懐の魔法ポッケをガサガサと慌てて漁り、ガサライオは泣き言を漏らす。
そうだった!コイツ、テンパったらこんなんだったよ!
最初に会った時と変わんないなもう!
ん?
「ちょっと待て、その障壁シールドって何だ!」
それ、気になりました!
ロックウルフの後ろ脚にようやく一撃を食らわして、ガサライオを一瞬だけ横目で見る。
「え?あ、これか?両手持ちの一番頑丈なタイプの防御魔法具だぞ?重いし取り扱いが難しいから脚を止めなきゃ発動しないのがネックなんだが」
「それ寄越せ!そんで、お前こっち変われ!」
説明は後で気が済むまで聞いてやるから!今は我慢しろ!
それだ!それしかない!
「お、おう!なんか知んないが、分かった!」
口を広げて迫るロックウルフを前転で避け、そのまま駆け寄って来たガサライオとその立ち位置を換える。
「これだ!重いぞ!」
「グッ!」
ガサライオが投げてよこした、円形の盾を受け取る。
ナイフをホルダーにセットして両手で受け取っても、体がグラつくぐらい重い。
それはマッドブラックにコーティングされた、金属製の盾だった。大きさは俺の顔の2倍ぐらいある。
「これ、持ってるだけで発動すんのか!?」
「内側に持ち手が二つ付いてるだろ!?右側のトリガーを引くとオンで、左側も同時に引くと障壁が地面に固定されるようになる!」
ガサライオは魔法砲を振り回してロックウルフを吹き飛ばした。
んだよあいつ。やっぱり強いじゃないか。
「分かった!できるだけ早くそのクソ狼を仕留めてくれ!」
「できるだけなっ!俺はコイツと相性悪いから期待するな!」
知ってるわ!
ガサライオはそのも見た目通りゴリゴリのパワー系だ。素早いロックウルフを相手にするのは難しいだろう。
上空のルテンを見ながら、日下兄妹や子供達の所へと後ずさる。
「日下!ドギー巡査は!?」
「え、あ、あの!意識は戻りました!胸の傷も、そんなに深く無いって!」
「風待くん……大丈夫よ。痛むけど死ぬ程じゃないわ」
よし、よし!
血の滲んだ胸元を押さえて、ドギー巡査が体を起こした。
まだフラついている様で、視線が定まっていない。
「日下!俺がルテンの攻撃を全部受けるから、その間に公民館までドギー巡査と子供達を連れて行ってくれ!」
そうだ。
一個ずつ、一個ずつだ。
まずは子供達と戦えない日下、傷を負ったドギー巡査の安全を確保しよう。
この魔法具がどれだけの衝撃に耐えるか分からないが、ヤレるだけやってやる!
「え?それって……僕一人じゃ無理ですよ!」
無理でもやるしか無いんだよ!
日下一人で、子供達とドギー巡査を公民館まで連れて行かないといけないんだ。
万全じゃ無いドギー巡査がどれだけ動けるか分からないのだから。
「くっ、分かったわ……不甲斐ないわね。立場上私の仕事なのに、今の私にはその役を受け持てる程の体力が無い……できるだけ負担にならないようにするし、全力でフォローするわ」
すみませんドギー巡査。
ここまで気を張って子供達を励まして、更に怪我まで負ってしまった。
ここまでドギー巡査に甘え過ぎた。
ドギー巡査がいなけりゃ、俺たちなんてまとまりのない不良集団でしかない。
俺とガサライオのくだらない喧嘩の仲裁までさせてしまったしまったのだ。
この窮地に俺たちが頑張らないでどうする。
「来ます!話も謝罪も言い訳も後だ!時間がないぞ日下!覚悟を決めろ!」
「え、ええっ!」
日下の悲鳴に答えて居る場合じゃ無い。
色々と心配だが、考えてる時間が無いんだ!
ルテンはもうすでに目の前まで来ている。
最初の賭けは、まっすぐ俺へと向かって来る事!
最後に見た牙岩の侵入者、俺がここにいるぞ!
「クォオオオッ!」
来たっ!
盾の内側の二つの持ち手を持って、正面に構える。
「おりゃあ!!」
それぞれのトリガーを同時に引く。
瞬時に展開する魔法障壁。ピンク色をした半透明の分厚い壁が、盾を中心に広がった。
体を反転させ、茶色い毛で覆われた下半身で俺めがけて突撃するルテン。
「グァアアアアっ!」
「おぉっ!ぐっ!」
障壁がその巨体を見事に阻んだ。
それと同時に、俺の足が地面にめり込むほどの衝撃がのしかかる。
「ぐうぅ!おっもい!」
なんて重さだよこれ!そういやこいつ岩の化け物だった!
いや、でも普通ならこのサイズの岩を俺が受け止められる筈ないよな!?
「障壁展開中は、持ち手側に発生した力場が衝撃を殺している筈だ!踏ん張れ!」
障壁の向こうのルテンの更に向こう、ロックウルフの牙を魔法砲で食い止めているガサライオが声を張り上げる。
よかったぁ!考えなしに動いたもんだからそこんとこ考えてなかった!あっぶねぇ!
「ぐううううう!日下ぁ!早く行けぇ!」
結果オーライだ!今の内に公民館に走れ!
「ひっ!無理っ!無理ぃ!」
嘘だろ日下。マジかよ。
「おっ前!此の期に及んでまだ!ふんぬっ!ビビってやがるのか!ぐうっ!」
「お、お兄ちゃん!」
立ち上がったドギー巡査と、日下に抱きついている子供達を見る。
不安そうに涙を浮かべているが、誰一人として泣きわめかない。
「でも、でもぉ!」
「ちぃっ!」
俺の舌打ちと同時に、急に重さが消えた。ルテンの姿が無い。
上空を見上げると、背中の翼を広げて小さくなっていくルテン。
一度上昇し、また勢いをつけて突撃するつもりなのだろう。
急いで盾を下げ、日下に詰め寄りその胸元の襟を掴んで引き寄せた。
日下の脚は小刻みに震え、腰も見事に退けている。
頭に来たぞこの野郎!
「お前、お前言ったよな!妹を守れなかった自分を変えたいって!何だ!?口だけか!お前が憧れた俺がどんなんか知らんが!俺は自分の守りたい奴を守る為なら、尻込みなんか絶対しねぇ!」
「ひ、ひいいいい!」
頼むよ!頼むから日下!
今はお前の番なんだ!
「お兄ちゃん!わ、私も一緒に頑張るから!お願い!」
雛ちゃんがそのクリクリとした瞳に涙を浮かべて、日下に縋り付く。
「ひっ、雛……」
ガサライオも俺も手が離せない。
ドギー巡査は傷を負って平時のように動けない。
しっかりしていても、雛ちゃんは女の子で小学生。
子供達は健気にも泣きたいのを堪えて、必死に唇を噛み締めている。
お前しかいない。
お前が勇気を振り絞り皆を導かなければ、この状況は変わらないんだ!
ああ!うまく言えない自分がもどかしい!
どうして俺は、何時だって大事な言葉を口に出す事が出来ないんだ!
「風待くん!来るわ!」
ドギー巡査の声に反応して、上空を見上げる。
背中の羽をひときわ大きく羽ばたかせて、ルテンは急降下をした。
その姿を確認して、もう一度日下の顔へと振り向いた。
「日下、今だ!今なんだよ!ガサライオの言ってた強くなるための一歩、その一歩を踏み出すのは!それは絶対今なんだ!」
胸ぐらを掴む手をより強引に引いて、その怯える瞳をまっすぐに捉える。
日下の目をまっすぐ見て、頭じゃなく心に訴える。
伝わってくれ、動き出してくれと願いながら俺は手を離してその場から離れた。
「あ、兄貴……僕は、僕は」
呆然と座り込む日下。
その姿に落胆を隠せない俺は、強く唇を噛んだ。
駄目だ。
このままコイツを見続けていたら、きっと思いのまま罵倒してしまう。
日下達から適度に距離を置いて、ルテンへと身体を向ける。
盾を真上に構えて、腰を落とす。
兄貴じゃないだろ。舎弟は要らないって言った筈だ。
そうだ。
まずは俺が認めよう。
こいつは、根性のある男だ。
転校初日から今日まで、俺がどれだけ邪険に扱ってもしつこく付き纏って来たのは、間違いなく強靭な根性のなせる事だ。
本当は知っていた。
俺に対する日下の瞳には、少なくない怯えの色が混じっていた事を。
大人しくて成績優秀。
周りからも可愛がられてて、友人も多いし心配してくれる可愛い幼馴染もいる。
目の前で妹が泣いていても足が竦んで動く事も出来なかった日下牧雄という人間が、俺みたいな悪名高いヤツと一緒にいる事はどれだけの勇気が必要だったのか。
学生服を短ランに改造し、学生ズボンをツータックのボンタンに履き替え、親や友人の反対を押し切り髪を金髪に染めてリーゼントスタイルにしたのも、服装違反を咎められて教師から説教をされてもそれを維持し続けたのも!
全部。
全部せめて形からでも強くなろうと、勇気と意地を張り続けたからじゃないか!
俺は、何を認めればいい。
そうだ、俺はこいつの同級生になろう。
敬語なんざいらない。
兄貴呼ばわりも、絶対違う。
お前は俺の同級生で。
友達だろうが。
「頼むから頑張れよっ!!牧雄ぉ!!」
精一杯の雄叫びに、友への願いを込めて。
眼前に迫るルテンから目を離さずに持ち手のトリガーを両方引く。
「ぐっ!ぎぎぎぎぎぎっ!」
衝撃に、身体中の骨が軋む。
直上からの直撃は、さっきの比じゃない。
まさに圧殺。少しでも気を抜けば、俺はこの重さに耐えきれずに潰れてしまう。
「はい……はいっ!」
決意の篭った声が、俺の耳に届いた。





