家族になろうよ①
「それで、彼女の卵が盗まれたと言われたのね?」
犬族の婦警さんから調書を取られていた。
あの後すぐに到着した警察に事情を説明したのだ。どうやら買い物客から通報があったようだ。
だけど外は寒いし、赤ん坊だっている。
最寄りの交番も遠いので、様子を見てたこのスーパーの店長さんの厚意で、この事務所に案内して貰った。
「いや、俺は子供が拐われたとだけ」
「それで、走行中の車に飛び乗って、犯人を成敗したと」
呆れた顔の犬耳の女性。スタイルも抜群で正直カッコいい。
「ドギー巡査、やっぱりダメですね。龍の赤ん坊となると、どこの病院も搬送を断るそうです」
人間のお巡りさんが、電話を終えて戻ってきた。
「そう。ありがとう井上巡査。困ったわね。龍とはいえ産まれたてだもの。心配だわ」
そう言いながら、事務所奥のソファを見る。
座っているのはアオイノウンだ。
さん呼びが違和感があったので呼び捨てにしている。
「しょうがないですよ。十年前の事件は有名ですから」
人間のお巡りさんは腕を組んで溜息を吐いた。
「事件、ですか?」
何か龍に関する困った事でもあったのだろうか。
「……十年ぐらい前にね。北欧の方だったかしら、ある歯科医院に龍が現れたのよ」
「歯医者に」
龍も、虫歯になるのか。
「そう、痛みに耐えかねた龍がね。それで、そこの歯科医がなんとか治療をしようと試みたのだけれど、ドリルすら通らなかったらしいの」
「龍だからなぁ」
ドギー巡査に同調しながら、深く頷く井上と呼ばれていた巡査。
「いつまで経っても進まない治療に腹を立てた龍は、歯科医院を建物ごと粉砕したのよ」
「は?」
ちょっと、意味がわからない。
「それも、近隣の歯科全部よ。治療に訪れては壊し、って半年ぐらい続いたわ。150件ぐらいかしら。死者はおろか怪我人すら出てないのは、さすが龍としか言えないけど」
「その事件のせいでね。病院関係や救急隊とかには、龍の患者がきてもどうする事も出来ないし、対処できないってのは通説なんだ」
ドギー巡査も井上巡査も困った顔でアオイノウンを見た。
「ドラゴラインさん。赤ちゃん達は大丈夫?」
「あ、気持ち良さそうに寝てるんで、大丈夫ですから」
両腕に双子の姉妹を抱え、毛布で包まれている。
この毛布と、女性用の下着と服は、もちろん店長さんの厚意だ。
なんと優しい人か。これが、田舎のヌクモリティか。
「風待君は、家と連絡ついた?君はこのまま病院に行って貰いたいんだけど」
「あ、一応。親父が迎えに来るそうです」
「そう。良かったわ。被害と呼べる被害は無いし、落雷も人に当たってないのはさすが龍ね。あの三人組も、怪我はしてるけど大した事じゃないわ。私達みたいな獣人はタフだけが取り柄だもの」
「というわけで、風待君とアオイノウンさんは、事情が事情だけに無罪放免だ。風待君は、少し厳重注意があるがね」
そりゃ良かった。
ドラゴン姿のアオイノウンが、落雷を落としまくっていたからな。誰も怪我がないのは重畳だ。
「調書は記録しなきゃならないから、住所を書いて欲しいのだけど、ドラゴラインさんは、えーと、家とかってある?」
心配そうな顔で、ドギー巡査が腰を屈めてアオイノウンと目線を合わせる。
「あ、あの、家は無くて、巣ならあるんですけど」
「やっぱりか。龍に関する古い伝説どおりね。どこにあるかとかは、言える?種族のしきたりもあるだろうから、無理にとは言わないわ」
多種族が多い地域ほど、警察とかお役所は柔軟になるって本当だったんだな。
引っ越す前の土地のポリ公はいけ好かない奴が多かったんだが。
「あ、あの大岩の頂上です」
アオイノウンは、窓の外を指指した。
それは俺の家のある森の、深いところにそびえ立つ逆三角形の一枚岩。
「牙岩に住んでいたの?へー私もこの町生まれだけど、知らなかったなー」
「あの岩を登れる奴なんて居ませんからね。内部はダンジョンになってますし」
ダンジョン!井上巡査、ダンジョンって言ったか!?
ダンジョンがあるのか!
聞いたことはあるが、実際にあるとは驚きだ!
「ちょ、頂上はダンジョンとは関係無いんです。ダンジョンから上がって来れますけど、今日きた龍殺し以外の人は、大抵ダンジョンの最上階で宝物を拾って帰るし、頂上への道は見つけづらいから」
何故か照れながら、アオイノウンははにかんだ。
抱きかかえている赤ん坊がすこし身じろぐ。あの子はお姉ちゃんだな。
「んじゃ、あの三人はどっかで頂上に龍がいる事を聞いて、お宝を狙ってたのね。龍血石とかかしら」
「卵を盗んだのは偶々ですかね」
「「龍血石?」」
聞きなれない単語が出てきた。何故かアオイノウンも不思議そうな顔をしている。
「あれ?龍の巣って言ったら、卵か龍血石でしょ?実際に売られてるわよ?目玉が飛び出る値段で」
「真っ赤な宝石の一種だよ。龍の巣でしか取れないらしいんだ」
巡査コンビが説明してくれた。
「宝石?そんなの見た事、あれ?それ、卵の事ですか?」
「卵?いえ、宝石よ?」
「あ、あの、龍は産卵期になると卵を産むんですけど、ほとんどが命の宿らない卵なんです。そういった卵はすぐに真っ赤に染まっちゃって、とりあえず巣に押し込む物なんですけど」
事務所の隅に置いてある、卵の殻を見た。
なんとなく放置できなくて、俺が集めて持ってきた。
「へ、へー。まあ、龍に関しては分からない事の方が多いし、なんとなく触れちゃいけない感じになってるから、そういう事も有るわよね」
「とりあえず、風待君の調書を書こうか。親父さん、すぐに来るんだろ?」
まあ、迷ってなければだけどな。
そのあとは、誘拐犯を引き取りに来たパトカーや、赤ちゃんを見に来た店長さんの奥さんとかで、事務所は賑わった。
親父が来たのは、たっぷり一時間後だった。





