よく、わからないけれど
「あっ、あの!ほらっ!ねっ?」
目の前で、青い髪の女の子が慌てた顔で手を広げている。
それはさながら『ギブミーハグ!』と主張しているようだが、残念ながら違う。
あれ、違わない?
『おいでおいで』って意味ならそのまんまか?
とは言っても、そのジェスチャーは俺の目の前で俺に向かって行われているが、俺に対してじゃない。
「あー」
「きゃっきゃっ」
「ほーら!ママはこっちだよー!おいでおいでー」
それは俺の腕の中の二つの温もりに向かって行われている。
あーやわこい。なんでこんな温くて柔らかいんだろうか。
「ど、どうしよう、来ないよー!」
泣きそうな顔で困っている女の子。と言うか、実際少し泣いている。
腰まである長い髪は、綺麗な青。
小柄なその姿は多分俺より年下なのだろう。そんな子が、今は俺の貸し与えたジャケット一枚に包まれて、チラチラとその白い肌を見せてくる。小さなおへそとか、あと、その、同じく小さな、胸とか。
「ご、ごめんなさい薫平さん!あ、あの、私初めて子供なんて産んだから、わ、わかんないんですー!」
「あ、うん。大丈夫だよ」
まずは落ち着こう。俺は落ち着いたぞ?いや、多分。うん。落ち着いてる落ち着いてる。ホントホント。
女の子は俺の顔をチラチラと伺いながら、恐る恐る近寄ってくる。
俺は視界に映る彼女の姿をもう一度観察した。
何回も言うが、頭髪は青だ。うなじと右耳を出すように一部が後ろでバレッタで留められている。たなびく細い真っ直ぐなその髪は日光に当たってキラキラととても綺麗で、彼女のイメージを神秘的に演出している。
長い睫毛に大きな真っ赤な瞳。
程よく高い鼻に小さな唇。
形良く整った顎のライン。
白くて細い首筋と、流れるようなラインのうなじ。
痩せすぎず、太ってもいない腰と、すっごく慎ましいその胸。
よし、女の子だ。どっからどう見ても普通の女の子だね!普通の!
「あー」
「うー!」
軽く現実逃避をしていたら、俺の腕の中で二つの温もりがわさわさと動き出した。
「あっ、そうそう!ママはこっちだよ!ほら、おいで!」
青い髪の女の子は、喜色いっぱいに破顔して、再び大きく手を広げた。目尻の涙の粒が勢いよく弾ける。
「だー!」
「あー!」
「ほーら、ママの抱っこだー!あーもお、可愛いなぁ。凄くすっごく可愛いなぁ。初めまして!ママだよー」
俺の腕から、温もりが消える。
二つの柔らかい温もりは、彼女の腕へと元気良く移っていった。
なんだろう。なんか寂しい。
「あー」
「うー」
「良かったぁ」
女の子の瞳から、ポロポロと涙が溢れ落ちる。
「えっく、ひっく、す、巣から無くなってた時はどうしようかと慌てたけど、み、見つかって本当に良かったぁ。ママが悪いね?ひっく、ごめんね?」
「あー、あのさ」
そこで俺はようやく問いかける。
彼女が落ち着くまで大分待ったんだ。
聞きたい事は山ほどある。
「え、あっ!く、薫平さんもありがとうございます!ひっく、あ、あの、孵化も、して貰った、みたいで……」
「お、俺は別に、特別な事はしてないから」
俺がした事なんて、逃げる泥棒にラリアットを食らわせただけだ。
漫画とかだと日常茶飯事でしょ?
「とりあえずなんだけど、説明とかって、してくんない?」
なんだか、大変な事をしてしまった気がするんだ。
「そ、そうですね。えと、何から聞きたいですか?」
気になる事は本当に沢山あるんだが、まずは目の前の女の子のことについてだ。
「あのアオイノウン、さんだっけ?」
「はい、アオイノウン・ドラゴライン。知ってる人は『蒼穹』と呼びます」
アオイノウンさんはぺこりと頭を下げた。
「あ、どうもご丁寧に。風待薫平です」
俺も頭を下げる。
「んでさ」
「はい」
まだ目尻に涙を溜め込んだまま、アオイノウンさんは俺をじっと見る。
見つめられるとうまく言葉にできないんですが。
シャイなハートがブルブルと震えそう。
いやなんだ。この子、すっごい美人さんだから照れまくるなこれ。
「その子たち、君の子?」
俺はアオイノウンさんの腕に抱かれた、さっきまで俺が抱えてた温もりを見る。
キョトンと不思議そうな目で俺を見るのと、ウトウトと目を細めて頭を揺らしてるのが居る。
「はい。私が先月産んだ卵から、さっき薫平さんが孵化させました」
うん。今言ったよね。
卵、産んだって。
「あ、やっぱり?」
良かった。俺の頭がついにおかしくなったのかと思ったよ。
安心しろ、家で帰りを待って居る翔平よ。兄ちゃんはまだ大丈夫だ。まだお前の兄ちゃんだぞ。決しておかしくなんかなってない。
「あ、そうか。薫平さん。人間ですもんね。人間は、卵から孵らないんでしたっけ?」
そっかー。
やっぱりかー。
「うん。人間なんだけど、アオイノウンさんは、なんつーか」
これが一番、聞きたかった事だ。
その背中の大きな物とか、頭の左右の黒光りしてる物とか、お尻の方から生えてる物とか、全部俺の幻覚かと不安だったんだ。
さっきまでの彼女の姿とか、インパクト強すぎて逆に目を疑ったくらいだし。
俺は、一度乾いた喉を潤すために、無理矢理ごくりと唾を飲んだ。
潤った気はしない。
深呼吸をし、目を閉じ、開く。
つぶらな瞳と眠そうな瞳があわせて四つ。視線が合った。
とりあえず笑っておいた。
そこから目線を上げて、アオイノウンさんを見る。
覚悟を決めた。
「ドラゴン………だよね?」
「ハイ!スカイドラゴンです!」
満面の笑顔で答えるもんだから、拭ってない涙が頬を伝っていた。