恋心、芽生えちゃう?
わたわたと慌てる私の姿を見てアルクレスタさんは微笑みながら真っ直ぐ見つめてくる。
頭がパニックに陥る。
侍女を辞めて冒険者になった理由とプロポーズを断る、両方の言い訳が必要になってしまった。
アルクレスタさんって独身だったの? じゃなくて! 理由、言い訳、何かない……あ、これだ!
「ええと、大変光栄な話だと思います。ですが、実は……私は後10年ほどしか生きられない、呪いのようなものに掛かっています。
侍女を辞めて冒険者になったのもそういった理由からで、一つの土地に定着しないで人知れずこの世を去りたい、そう思ったからなんです」
よおぉぉぉっし! これなら一応間違っていないし、よそでも通じる。我ながらナイスアイデア!
だけれどアルクレスタさんはその上をいっていた。
「なるほど、そんな理由があったのか。
ならこうしよう、私の権限をもって冒険者達にその呪いとやらを治す術を探させよう。
なに、10年もあれば必ず見つかる」
どぅえぇぇぇぇい! 何でそうなりますか、そんな事されたら男に戻れなくなりかねないし、アルクレスタさんと結婚する事になっちゃうでしょう!
どうする、どうしよう。
「それではアルクレスタさんの職権乱用になって、冒険者はもちろん、民衆の反感を買ってしまいます。それに何でそこまで私に良くしてくれるんですか?」
これが私の失敗だったと気づかされるのはすぐの事だった。
アルクレスタさんが席を立って私の側までくると、背後から優しく抱きしめそっと耳元で囁く。
「先日初めて会ったその日から、私は君に一目惚れして恋に落ちてしまった。
その惚れた女の為に地位や名誉、財産、全て投げ打ってでもと思うのは……いけない事かな?」
あ、ああ、ダメ。こんな、こんな事まで言われて喜ばない人なんて絶対いないよ。でも、
「考える猶予を……ください」
「そうだね、先日の今日で私も少し焦りすぎたようだ。良い返事を期待しても良いよね?」
はうぅぅぅ、なんか胸が締め付けられるように苦しいよ。
アルクレスタさんが私からそっと離れて席に戻っていく。それをどこか寂しく思う自分がいるのに気がつく。
そんな衝撃的なひと時を過ごした後に、私は領主アルクレスタさんの館を出た。
もう……私ダメかも。
何とも言えない夢心地の気分のまま、ふらふらと迷宮の町を彷徨うゾンビのように宿屋に辿り着くとボフッとベッドに倒れ込む。
「お風呂、入ろ……」
ふらふらと浴場へ行って湯着に着替え、温泉に浸かってしばらくすると先ほどのアルクレスタさんの話の事が頭に浮かぶ。
結婚かぁ……
気づけばニマニマと緩んだ顔がお湯に移され、すぐにハッとなって頭をブンブン振って浮かんでいたアルクレスタさんをかき消す。
私は男、いずれ男に戻るんだから!
「さっきから何してんの? ぼーっとしたかと思えばニヤけたり頭を振ったりして」
「え?」
同じく湯着を着たキャッティさんが何故か私の横に座って首を傾げて見ている。
「キャ、キャッティさん! い、いい、いつからここに?」
「いつからって、脱衣所から一緒だったよ? ねぇちょっと大丈夫?」
あれ? そうだったっけ。あ、それよりも、
「あの、テトラさんとの事誤解ですから」
「それなら大丈夫だよ。ちゃんとあの後テクセルさんが教えてくれたから。でも凄いじゃん! 魔法の武器を持ったミノタウルスと戦ったんでしょう? 強かった?」
よかった、誤解解けていたんだ。後でテクセルさんにお礼言わないとね。っと、そうだ。
「そうですね〜、ほとんどセインさん達が戦ったので私はあまりわかりませんでした」
「またまたぁ、聞いたよぉ〜、ミノタウルスの武器をディザームしたのサーラでしょう? そんな難しい事やっておいてわからないはないんじゃないかしら?」
「あの時は必死だったんで、よく覚えてないんですよ」
必死に誤魔化す。
「ふーん……まぁいっか。それより……」
「おおおおおお! タイミングバッチリだぜ!」
今回の誤解を招いた諸悪の根源であるすっぱだかのシリクさんが……。
「サーラ、出よう」
「ちょ、ちょっと待て。あれは俺が悪ノリしすぎた、悪かった。悪かったってば」
「もう、わかったわよ。でも本当に出るところだったのよ。ごめんあさ〜せ」
項垂れるシリクさんを尻目に私はキャッティさんに引っ張られるように浴場を出た。
脱衣所で服を着終えるて部屋に戻ろうとした私の腕をキャッティさんが掴んでくる。
「待って待って、サーラちょっとさっきから様子が変だよ。領主のとこで一体何があったの?」
どうしよう、でも今は1人で相談できる人もいないし、この際だからキャッティさんに聞いてもらおうかな。
「うん、実はね……」
「待って、なんか訳ありそうだから、うん、サーラの部屋に行こう」
部屋に戻った私とキャッティさんなんだけど、キャッティさんが部屋の広さなんかに驚いてキョロキョロしていた。
「ちょっとここってスイートでしょ? サーラってお金持ちなんだ」
「え?」
「え? ってまさか知らないで泊まってたの! ここ一泊いくらするかわかってる?」
「えーと、ぼーっとしてたから」
「うはぁ、まぁ今更か。それよりどうしたの一体」
「うん……」
私は領主アルクレスタさんに会ってプロポーズされた事をキャッティさんに話した。
10年で死ぬとか余計な話は面倒ごとを避けるために言うのはもちろん避けて。
「……そっかぁ、プロポーズされたんだ。私もテトラ様に言われたりしたら……きゃーーーー」
頭部から飛び出た丸っこい猫耳がピクピクしながら勝手に妄想しはじめている。
ひとしきり身悶えし終えたキャッティさんが、真面目な顔になって私に向き直ってきた。
「サーラは、サーラの気持ちはどうなの?」
「うーん、まだ会ったばかりなので……」
「つまり、言葉に騙されちゃったんだね。でも返事はしてないんだから、しっかり考えてから答えを出せばいいんじゃない?
でもただ、一つだけ。領主のアルクレスタは時期メビウス連邦共和国の代表に選ばれるってもっぱらの噂なの。それを妬むよその町の領主に命を狙われてるって噂もあるの。だから、そういう事も踏まえて考えたほうがいいよ」
「そうなんですね……」
ん? なんで私落ち込んでんだろ。ああ、政治がらみには関わりたくないからかな。それが嫌でマルボロ王国を飛び出したんだもんね。
「ところでサーラ、迷宮探索の仲間はもう決めたの? 決まってないなら1度でいいから、私らと一緒に行こうよ」
わざとなのかそっちが本来の目的だったのかわからないけれど、悩む私に話を切り替えて聞いてきた。おかげで私もアルクレスタさんの事から頭が切り替わる。
1人なら全力出せるんだけど、こんなに親身になってくれたキャッティさんのお誘いを断るのも失礼だよね。
「はい、それではお願いします」
「やったぁ。じゃあ明日古城の広場で待ち合わせ……あ、ここでいっか」
「同じ宿屋ですからね」
その後は他愛のない話を少ししたあとキャッティさんは自分の部屋に戻っていった。
それにしてもキャッティさんって、テトラさんの事が本当にすごく好きなんだなぁ。
こういうのがガールズトークっていうのかな?
うううん、私は今だけ女。今だけ……
順調に更新です。
王子様ではないけれど、領主様からの熱烈なアプローチを通り越してプロポーズされちゃいました。
モテモテのサーラさん、今のお気持ちをどうぞ!
「はぁ……」
以上、恋する乙女でしたー。
次回の更新は明日を予定しています。本編に関係ないだけにかなり気楽に描き進められています。