ワームホール
次話は最終話です。
一瞬で移動できるウィザード魔法とは違い、ワームホールはあくまで直線ルートを作り出すだけらしく、距離が相当短くはなるが徒歩での移動をしなくてはならなかった。
「それで時を越える前に聞きそびれたことだけど、アルはいつ頃この時間軸に来たんだ?」
「はい、サハラ様が霊峰竜角山にいる頃を想定して来んした予定でありんした。残念ながら霊峰の町に辿り着いた時には既に移動していたようでおりんせんでありんしたが……」
なるほどねぇ、しっかし以外に歩くんだな。
そんな事を思っているとアルが弓を取り出している。ワームホール内にも魔物が出るのかと思ったら、弓は折りたたんだままで、弦を張り替えるように調整している。
「何をしているんだ?」
「退屈しのぎに一曲いかがでありんすか?」
ポロロンと音を出す。
「凄いなその弓は、閉じているときは楽器になるのか」
ニッコリ笑顔を浮かべると音楽を奏で始める。リズムの良い曲調で歩くペースも上がっていく。
自然と俺も笑顔になって歩いていた。
「これは移動の疲れをわずかに癒して疲労を抑えてくれる音楽でありんす」
「君は吟遊詩人だったんだね」
曲を奏でながら歩くアルにそう声を掛けると、気持ちの良さそうに笑顔で頷いて答える。
吟遊詩人、本来は冒険者ではないけれど、その類まれな楽曲には様々な精神影響を及ぼす効果を発揮するため、町から町へと移動する際に身を守る術も兼ねて様々な魔法的効果を発揮する演奏を奏でることができる。そして手先の器用さからシーフの技術を学ぶ者も少なくなく、冒険者になる吟遊詩人はシーフとしての能力も多少持ち合わせている。
一種のシーフの上位職に近いクラスだ。
アルも同様であるけど、接近戦は好まないため弓が主力なんだとか。
話をしながらを歩いていると、そろそろ先に歪みの終わりが見えてくる。
「あそこを抜けるとマルボロ王国のどの辺りになるんだ?」
「はっきりとはわかりんせん。古う地図の地形図からおおよその位置に繋いだので、近くではあると思いんすが……」
「うん? もしかして未来にマルボロ王国は無いの?」
頷いて答えた。
そこで俺は聞き忘れた疑問を思い出して、聞いてみることにする。それは、アルがブリーズ=アルジャントリーがどれぐらい先の未来から来たのかというものだ。
「わっちが来んした未来は正式には答えられんせんが、今から2000年より遥かに先でありんすぇ」
「はぁ!? そんなに先の未来からなのか? って言うか俺はそんなに生き続けなきゃいけないのかよ……」
なんだか生きるのが嫌になってきた。と言うか、そのぐらい年月も経てば無くなる国だってあるよなぁ……
そうこうしていると歪みの外に出て、辺りを見回すとマルボロの城が遠くに見える。
ついこの間までいた場所だったにも関わらず、城はだいぶ汚れているように見えた。
「10年経ってるんだよなぁ……なんか信じ難いな。とりあえず、アル行こう!」
手を差し出すとアルが照れながら握ってくる。
「はい! サハラ様」
町を囲う城壁まで来るとアルが目を輝かせながらキョロキョロ見回し、子供のように喜んでいた。
「そんなに珍しいのか?」
「そりゃあもう、神話の英雄マルス様のお城でありんす! 実物が見られるなんて夢のようでありんすぇ。これだけでも過去に戻って良かったって思いんす」
「そういうもんなのか。これからそのマルスにも会えるよ」
「感動でありんすぇ。きっと素敵な人なんでありんしょうなぁ」
そこでふと疑問に感じる。俺はマルスを知っているし未来の俺だってそれは同じはず。マルスの性格を知らないはずはないのに、アルは知らないようだった。
「アルは未来の俺からマルスの事は聞かなかったのか?」
「立派な英雄王でありんしたと聞いていんす」
あいつが!? 俺があいつをそう言うのか? いや待て、きっと気を使って悪い余計な部分は言わなかったんだろう。ただな……
「アル、聞くと見るとでは大きく違う。それをよく覚えておくんだ。これは注意ではなく、警告だよ」
「はぁ……?」
入り口では兵士がいて検問している。
アルに念のため証明証はあるか尋ねると、鞄から訳のわからない証明証を見せてきた。
「何それ?」
「旅芸人の証明証といわすものらしいでありんすぇ。これがあればどの町も免税で入れる と、一緒に旅してきた仲間達に言われんした」
行商人の持つ証明証以上の優遇さだな。さて、俺は……冒険者証でいいか。名前はまぁ大丈夫だろう。
「身分証の提示と来た理由目的をどうぞ」
まず俺が証明証を提示する。もし何かのアクションがあったらすぐに撤退するつもりだ。
「来た理由は……」
「そちらはお連れ様ですね? 2人共どうぞ、ようこそマルボロ王国へ!」
次!とあっさり通されてしまった。恐らくマルスが先に通達を出していたのだろう。
「簡単に入れてもらえんしたね」
「ああ、たぶんマルスだろうな」
レイチェルの可能性もあったが、あえてマルスということにしてアルに伝えておいた。
「今から城に行くにはちょっと遅いかな?」
「でもアリエルは待ってると思いんすよ? 忘れていないとは思いんすが、別れてから10年経ってるんでありんすからね?」
「そ、そうだったな、忘れてないよ」
やべー、めっちゃ忘れてた。
というわけで、その足で城へと向かって行った。
夜22時頃に “最終話 再会” を更新する予定です。




