訴えかける歌声
会場の明かりが消されていき、次第にうっすら辺りが見える程度ぐらいまで暗くされる。
リズミカルな音楽が小さく流れ始め、最前列にいる私の目に薄っすらとステージ下から人が数名現れて配置につく準備をしているのが見て取れた。
準備が整ったのか演奏の音も大きくなっていき……
バーーーーーーーーーン!!
ステージに明かりがついて4人の人影が更に誰もいない中央に向かって片膝をついて片腕を差し出す。
そこでワァァァ! と大きく声が上がり、上を見上げると背中に翼をつけた女性がユックリと降りてきた。
その光景はさながら天使が地上に舞い降りたように輝いて見え、地上に降り立つと翼に包まれる。
音楽がそこで止まり静寂が訪れた。
翼が消えたと思ったら銀髪の美しい女性が祈る様に片膝をついて跪いていた。
顔を上げて立ち上がると音楽が鳴り始め、ステージにいた4人が踊り始める。それに続く様に銀髪の女性、ブリーズ=アルジャントリーも踊り始め歌を歌い始めた。
音楽は低音のおドロドロしい音楽から始まる。
“世界に真悪が訪れた
絶望へと導く力は世界を邪悪へ誘う”
あれ? この歌詞って……
“邪悪が世界を覆うかと思われた時
英雄達によって払われる”
どうして?
“これは始まり
序章
真悪は力を蓄え機会を伺う”
た、ただの歌だよね。
そこで曲調が変わっていき、歌は止まりダンスが始まる。ブリーズ=アルジャントリーがダンスをしながら誰かを探す様に視線を動かしている。様に見えた。
私と視線が合う。ブリーズ=アルジャントリーの目が一度見開いたかと思うと私から視線をそらすことなく踊り続け、
“見、つ、け、た!”
ピタッと私を指差し踊りが止まった。曲調がまた変わって歌を歌い始めると、その歌はもう先ほどとは無関係なものになり、アップテンポな曲になる。
「ほら、サーラも踊ろう!」
アリエルが踊りながら私に言ってくる。周りを見るとテトラさん、クゥさん、キャッティさん、シリクさん、セインさんも曲に乗って踊り出していた。いや、よく見れば観客達全員がブリーズ=アルジャントリーの歌に合わせて踊り出している。
“ねぇ、なぜ貴女は踊らないの?”
これは!?
“ねぇ、なぜ貴女は逃げるの?”
私をブリーズ=アルジャントリーは見詰めながら歌っている。自惚れや勘違いじゃない。
“まだその時では無かったのかしら?
そうかもしれない
まだ始まったばかりなのだから”
歌詞に戦慄を覚える。
『アリエル! これはおかしいよ』
『どうしたの? サハラさんも楽しもうよ』
『アリエル!! 』
真円の指環まで使って従属化したアリエルが精神に影響を受けている。と決まったわけじゃないけれど、それは相当な事を意味している。何より私の事をサハラと呼んでいた。
ブリーズ=アルジャントリーを睨む様に見るとあっさり微笑み返されるけど、この異常性は普通じゃ無い、そう思った。
もう一度辺りを見回す。観客全員がブリーズ=アルジャントリーの歌に踊りに合わせて踊っている。
ーーー新たに創造神様の関与なく生まれてきている魔物がいる。もしまた出会うことがあれば捕らえて引き渡してほしいーーー
ブリーズ=アルジャントリー、彼女がその1人なんだろうか?だとすれば、今なら正気を失っているみんなに気付かれる前に、[封印の魔宝石]で捕らえることも可能かもしれないし、それがいいのかもしれない。
“ダメよ、私は違う
貴女は間違っているの
ダメよ、私は違う
よく見なきゃダメ
ダメよ、私は違う
戦う相手を見間違えないで”
私の考えを悟ったかの様な歌詞になる。
“ねぇ私が何かしたの?
ただみんな一緒に歌って踊っているだけ
楽しく時を過ごしただけ
それももう終わり”
曲が止まり、ステージの明かりが全て消される。突然の暗闇に目が慣れず、何も見えなくなり咄嗟に感知を使う。
特にステージ上では変わりなく、次に明かりがついた時には観客やアリエル、セインさん達が拍手喝采をしはじめる。
会場内にアンコールが連呼され拍手がやがて手拍子へと変わっていく。その手拍子に合わせて音楽が流れ始め、踊りが始まり歌が歌われる。
“もしこの世界に未来があるのなら
それは真悪がいてはいけない
いつかきっと明るい世界が訪れるために”
曲が徐々に小さくなっていき、止まる。ブリーズ=アルジャントリーが私を見つめながら一言……
“ま、た、ね”
そこで明かりが一度落ちてブリーズ=アルジャントリーがステージを出ていくのが感知でわかった。
会場に明かりがつけられて最初に出てきた男がステージに上がってくる。
「本日は歌姫ブリーズ=アルジャントリーのコンサートへご来場誠にありがとうございました。これにて終了いたします。また今回をもちまして、歌姫ブリーズ=アルジャントリーは引退することになりました」
会場中にどよめきが上がる。
そんな事を無視して係りの人達はさっさと片付けをはじめだした。
「お、おい、これで最後の公演ってどういう事だ?」
「次が見られるわけじゃないし、別にいいんじゃないのかしら?」
「綺麗な歌声だったね〜」
「惚れ惚れしたのれす」
口々に感想を述べているけれど、私だけが浮かない顔をしていた。そんな私に気がついたアリエルが近づいてきて顔を覗き込んできた。
「どうしたの? 浮かない顔して」
「覚えて、いないの?」
「何が?」
どうやら何も覚えていない様だった。これ以上言っても何も信じては貰えないだろうと思い私は無理に笑顔を見せた。
「何でもないよ」
「……うん?」
手を繋いでアリエルを引っ張る。
きっとこれは私が見た幻覚か何かだろうと思う事にして、忘れる事にした。
本日分の更新です。
よくわからなくなってまいりました。
次の更新は明日予定ですが、進行状況によっては本日もう1話更新するかもしれません。




