迷宮での出会いと災難
5階層を降りたところまで辿り着く頃にはお腹もだんだん空いてきている事から、おそらく今頃夜なんだと思う。
これでもうデプス1、4階層を境に他の冒険者と会う事なくなったなぁ。
4階層を思い出す。下級アンデッドに加えて昆虫系が主体だった魔物から、スライムやスパイダー等が加わり、奇襲攻撃をしてくる魔物が増えてくる。中でも巨大なムカデやサソリなどの毒攻撃をしてくるものも出てくる為、危険が増すから慣れない冒険者は躊躇するのかな。
壁に寄っかかるように座って休んでいる私はそんな事を考えながら、鞄に詰めてあった携帯食を囓る。
騎士魔法の感知がある私には奇襲攻撃は無意味で、毒や麻痺も修道士の気の力のおかげで効果はない。そもそも攻撃らしい攻撃をここに来るまで受けてすらいなかった。
以前霊峰竜角山を攻略した時と重ねると、ここまででおそらくデプス2から3の難易度はあるのかもしれない。だけど、ここまでたどり着けないような冒険者が多いのか、それとも偶然なのか。
なんて事を考えていたら、階段を降りて近づく冒険者5人分が感知に反応したので、階段の方を向いて観察する。
ここまで辿り着けないなんて私の思い違いだったのか、もっとも冒険者であればだけれど。
先頭を歩く軽装のいかにもシーフらしい人物が私、というよりいきなり何かがいたといった感じで驚きの声を上げると、その仲間達も武器を抜いて素早く降りてきた。
「わわわ、冒険者です」
「なんだ冒険者かよ、驚かせないでくれよなぁ」
「君、1人なのか?」
「大丈夫か?」
「仲間はどうしたんです?」
なんか心配してくれているみたいだ。
ああそうか、こんな場所で1人で壁に寄りかかって座っていたら、危険な魔物と遭遇して逃げてここまで来たと思われても仕方がないのかな。
「あははは、いえ、そのちょっとここで休憩していただけです」
「こんな所で?」
「まさかたった1人でここに?」
やっぱり1人ってそんなに異常なのかな。
「こんな所で休むのは危険だ、僕らと一緒に来て、次の部屋を攻略したらそこで休んだ方がいい」
どうしようか迷ったけど、断るのも失礼かと思い誘いを受ける事にして、それぞれ簡単に自己紹介をしあった。
まずパーティリーダーのセインさん。人間の前衛の戦士。
同じく狼獣人の戦士のテトラさんと前衛もしている人間のシーフのシリクさん。
後衛で【旅と平和の神ルキャドナハ】の神官でエルフのテクセルさんと最後に人間のウィザードのコロナさんだ。
「私はサーラです。昨日迷宮の町に来たばかりの戦士です」
「来たばかりでここまで1人でって凄いな」
「うお! よく見たら黒髪の美人さんじゃないか」
「シリク、そういう発言は迷宮では控えろ」
「おう、迷宮出てからにしよう」
そのやり取りに思わず笑ってしまう。
「笑った顔も実に良いねぇ」
「おい」
「へいへい」
「怪我とかはしてませんか? 必要なら回復魔法を使いますよ」
「魔物にあまり遭遇しなかったので大丈夫です。ほら、怪我してませんから」
そう言ってクルっと1回転してみせる。
「そ、そうみたいだな」
「俺惚れたよ」
たはは……勘弁してよ、私本当は男なんだから。
と言うわけで前衛に私は置かれ、代わりにシーフのシリクさんが後衛に下がった。
しばらく進み扉の前まで来ると、リーダーのセインさんが扉に手をかける。
「良いかい?僕が1番最初に入って、次がテトラ、その後に君が入ってきてくれ」
「はい!」
「良い返事だ。 行くぞ!」
感知で扉の向こうにいる魔物は1つ分だけと言うのはわかっていたけれど、もちろん戦士と言っている以上私は言わない。
扉を一気に抜けて入り込む。たまたまか4階層までと違って大きな広間になっていて、その広さに驚かされる。
「ん、魔物は何処だ?」
「テトラ目の前だ!」
次の瞬間テトラさんのいた場所に何かが振り下ろされた。
「テトラ避けろー!」
ドガァと地面にどでかい塊が叩きつけられる音が背後から聞こえる。
見れば、巨大なメイスではなくモールを振り下ろしたミノタウルスがいて、テトラはさん私が突き飛ばして間一髪回避した。
「大丈夫でしたか?」
「あ、ああ、ありがとう。その、どいてもらえると助かる」
そこで私が押し倒す形で抱きついているような格好になっている事に気がつき、慌てて立ち上がって手を差し出す。
「必死だったから突き飛ばしてしまってごめんなさい」
「いや……ちょっと得した」
「あはは……」
「羨ましい奴だぜ! 俺も頼みたいもんだね」
「それは後だ! 今は先にこいつをなんとかするぞ」
「後ならいいんだな! 頑張るぜ!」
私はいいなんて一言も言ってないから!
倒れているテトラさんの手を取って起こすと私も杖を持って身構える。
「5階層でミノタウルスは今までに見たことがないぞ!」
「セイン、こいつぁレアな遭遇かもしれないぞ」
「とりあえず時間を稼げ! 俺の魔法でこいつはぶっ飛ばす!」
コロナさん、ウィザードには珍しく気性の激しい人だなぁ。
セインさんとテトラさんがミノタウルスに攻撃を仕掛け足を止める。これはミノタウルスの突進を防ぐのと同時に、コロナさんの詠唱を妨害させないためなのだと思う。
私も杖で防戦に徹して指示通りに加減して従うことにする。
「行くぞ! 思い切り離れろ!
我が眼前の敵を爆せよ!火球!」
コロナさんの詠唱が終わって離れるように言われた私は火球の範囲から離れる。
直後に火の球がミノタウルスに飛んでいき炎による爆発を起こす。
「やったか?」
爆炎でよく見えない。皆んなは倒しただろうと様子を伺っている中、私だけは感知で未だ生きている事がわかる。そして燃え盛る炎の中から薄っすらとミノタウルスがモールを振りかぶる姿が見えた。
「よけて! 薙ぎ払ってきます」
咄嗟に叫んで私も身を伏せて攻撃を躱そうとしたところ、ミノタウルスの攻撃の振りはじめ、初撃の的になるセインさんが遅れをとってしまい、ギリギリ盾で受け止めたもののモロに直撃を受けて吹っ飛んでしまう。
「セインさん!」
私がそう叫ぶのと動くのは同時だった。
横から突進して抱きかかえるように、壁にぶつかりそうなところを間一髪で防ぐと、一緒にもつれて倒れこんでしまった。
「痛ぅ……ん?」
上半身を起こした私はセインさんの姿を探すが見当たらない。……と思ったら私が座っている場所からセインさんの倒れている身体が見えて、頭の上に私が座っている格好になっていた。息苦しそうにもがくセインさんが私の胸を掴んできた。
「うひゃああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」
気がつけば勝手に変な声がでてしまう。股から顔を抜け出したセインさんが、私の胸を掴んでいることに気がつくまでのわずかな間、感触を確かめるように数回揉んでくる。私の顔とセインさん自身の掴んでいるものを見比べて理解した瞬間。
「うわあぁぁぁぁぁ! 違う、違うんだ。これはわざとじゃない、わざとじゃないんだ」
「わかりました、わかりましたから早くその手を離してくださいぃぃぃ」
「オイ! おめえらいつまで乳繰り合ってんだ!」
コロナさんに怒鳴られて、ハッと我に帰って状況を思い出す。
ミノタウルスの姿を探すと、テトラさんとシリクさんに加えて神官のテクセルさんまでが前衛に立って応戦していた。
「済まない、詫びは後でする。今はあっちを優先させてくれ」
コクコクと首を振って答える。
セインさんがそそくさといった感じで戦闘に加わり、顔を真っ赤にさせた私も加わわった。