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3 諦めなければ奇跡は起こる

 ジルは、そのボロボロの姿のソードマスターを見て、落ち着いた口調で言った。

「大変そうですね、ソードマスターも……」

「これくらい、日常茶飯事よ」

 トライブの声がジルの耳に届くたび、その呼吸から激しい息遣いを感じる。それは、彼女が本気で戦った証であり、それでも強敵に敗れた故の悔しさでもあった。

「日常茶飯事って……。そう聞くと、ソードマスターがよほど過酷な強敵とバトルしているように聞こえてきます」

「過酷だと思わないわ。強敵と戦うの、すごく楽しいもの」

 これだけボロボロの姿にもかかわらず、強気すぎる。ジルは心の中で声にならない言葉を叫んだ。向こうから近づいてきて、しかも相談に乗ってくれるという立場であるにも関わらず、そのトライブに対して足が竦みそうだった。

「戦うこと自体に、楽しさを感じているんですね」

「そうね。剣を振ることよりも、その剣で自分がどこまでできるか。それが楽しみよ」


 ――それに、戦わなければ、強敵に勝つことなんてできないから。


「すごいとしか言いようがありません。ソードマスター」

「ジルも、頑張ってるじゃない!さっきから、私を見てショックを受けているみたいだけど、そんなことないわよ」

 トライブは、軽く笑ってみせた。その表情に、余裕すら感じられる。だが、その余裕の奥には、戦闘になれば牙を剥く一種の獣のような瞳をちらつかせているように、ジルには見えた。一人の女性であるトライブは、剣を持てば、たちまち「剣の女王」に姿を変えるのだと。

 ジルは、しばらく下を向いて、首を横に振って再び口を開いた。

「私は、戦うこと自体に興味を持っていないのかもしれないです。ソードマスターのようには……」

「そうね……。なかなか、戦いに興味を持つ人なんていないわよ。だいたいが、ここでやっていくために戦うって人ばかりだと思う」

「ソードマスターが見てて、戦いに興味を持っているような人は『オメガピース』ではどれくらいいるんですか?」

 ジルがそう尋ねると、トライブはやや首をひねるようなしぐさを見せる。

「いると言えばいるし、いないと言えばいない。剣士なら心当たりありそうな人はいるけど、ジルのような魔術師とか、他のセクションの兵士は分からないわ」

「そうですか……」

 その時、ジルの右側からアリスが顔を覗かせていることに二人は気が付いた。ジルがかすかに首を横に振ると、アリスはふて腐れたような表情になった。

 しかし、その様子を見ていたトライブは静かに言った。

「アリスは、戦うこと以上に他のことに興味を持っているわよ。でも、私はそれでもいいと思うの。だって、戦うことって、実力があっても疲れとか痛みとか感じないといけないものだから」

「ソードマスター……」

 ジルの目には、トライブの体にところどころ見える傷跡が、この時大きく映った。強敵に敗れれば、必ずこの傷はついて回ってくる。

「だから、ジルもそんな私のようにならなくていいと思うの。気負いせず、やりたいことだけに専念すれば」

「はい」

 ジルは、ここで小さく首を縦に振った。若干見上げるような位置にあるトライブの目が、じっとジルを見つめているように見えた。だが、一瞬の間を置いて、トライブの目はかすかに大きくなった。

「けれど、今日私が言いたいのはそれが一つと、あともう一つあるのよ」

「もう一つ……。それは、どういうことですか」

 ジルは、唇を軽く動かしながらトライブに言う。すると、トライブははっきりとした声でジルに告げた。

「一度決めたら、諦めないことよ」

「諦めない……。強い決意……」

「そう。ジルの言う通り、何事にも強い決意が必要なのよ。例えば、ジル。これ見て」

 そう言うと、トライブはジルに右腕を差し出した。右腕の手に近い部分は長いグローブで覆われていたが、そのグローブと肩との間に地肌がむき出しになっている。トライブは、その部分だけ腕をひねった。

「……っ!」

 もはや、血が川のように流れていたとしか言い様がなかった。トライブの右腕は、痛々しさが漂っていた。

「右腕って、さっき剣を持っていた腕ですよね」

「そう……。手首じゃないからまだ重い傷じゃないけど、右腕をやられたら、たいていの剣士はそこで諦めてしまう」

「力が入らないですものね……」

 力を入れようとしても、体の痛みが邪魔をして全くパワーを発揮できなくなる。ジルは、戦っているトライブの姿を脳裏に思い浮かべ、それを確信した。

 しかし、トライブはそこで話を止めなかった。

「でも、右腕に深い傷を負っても、勝負はそこで終わりじゃないの」

「終わりじゃない……」

 ジルの目の前で、トライブは軽く唇をかむ。ジルはその唇をじっと見つめた。

「剣士にとって敗北は、剣を落としたとき。もっと厳密に言えば、剣を持つ気力が完全に消えるとき」

「気力が消える……。ギブアップみたいな感じ……ですか」

「ジルの言う通りよ。ダメ、と思ったときに、剣士は負ける。もちろん、私だって」

 トライブは、そこまで言うと右腕を戻し、あの時に諦めた右手をギュッと握りしめた。そして、さらに言葉を続ける。

「だから、ジル。私は、どんな攻撃が来ようとも、どんな深い傷を負おうとも、自分に言い聞かせる。私はまだ戦える、と」

「まだ戦える……」

「そう。だから、諦めちゃダメよ。諦めなければ、きっと最後には、奇跡が起こる。いや……、諦めない限り、奇跡を起こすことができるの!」

 トライブは、奇跡という言葉を、2回ともきっぱりと言い切った。ジルは数秒遅れてうなずいた。


「お姉ちゃん……?」

 どれくらいの時間が経っただろうか。うなずいた後にしばらくその場で立ち尽くしたジルの耳に、アリスの声が響いた。目の前では、トライブがいつの間にか普通の女性に戻って、軽く笑いながらジルを見つめている。

「あっ……」

 張り詰めた空気を裂くように、ジルは軽く首を横に振った。

「ジル。私からはそれだけ。成功を祈るわ」

「ありがとうございます。ところでソードマスター、最後に一つ、いいですか?」

「どうしたの?」

 ジルは、トライブの真横に立っている茶髪の女剣士を指差す。

「あの剣士は、どなたですか?おそらく、私が会ったことのない剣士だと思うのです」

「ソフィアよ。上級兵の、ソフィア・エリクール」

「よろしく、ジル」

 トライブに紹介されるなり、ソフィアは右手を差し出した。ジルもソフィアに右手を差し出し、軽く握手を交わす。

「こちらこそ、よろしくお願いします。さっきの戦い、ソードマスターと互角だったじゃないですか」

 ジルがそう言うと、ソフィアは軽く首を横に振って言葉を返す。

「実力的には、トライブのほうがはるかに上。けれど、私だってトライブに追いつきたいから、永遠のライバルとして、本気になるの」

「そうですか……。ソフィアさんも、ソードマスターみたいですね」

「そう言ってくれるとうれしい」

 ソフィアがかすかに微笑むのを、ジルはその目で見た。そして、やや間を置いて、ジルは二人の女剣士に頭を下げる。

「今日はありがとうございました。すごく参考になります」

「期待しているわよ。炎の女神を呼び出すことを」

「……分かりました」

 トライブの言葉に、ジルはやや遅れて反応した。それを見て、トライブは右手を軽く振って後ろを向き、兵士棟へと戻っていった。

「今日は、任務に出ないんですね……」

「ソードマスターは、珍しく徹夜だったんです。今から寝るんですよ」

 遠くに離れていくトライブに代わり、アリスがソードマスターの今を告げた。

「じゃあ、私は今日も任務があるから……」

 そう言って、ジルもアリスに別れを告げようとした。だがその時、その場から離れなかったソフィアがジルを手招きした。

「ソフィア……、さん?」

「ジルに話があるの」

 手招きに吸い寄せられるように、ジルはソフィアの前に立つ。すると、ソフィアはやや重そうな表情に変わった。

「どういう話ですか……?」

「オンリーワンの魔術は、決して不可能じゃない。せっかく、ここまで苦しむジルと出会えたんだから、いいチャンスだと思って、オンリーワンの魔術のことを話したい」

「オンリーワン……の魔術ですか?」

 ジルがそう言うと、ソフィアは少し顔の表情を緩めた。

「そう。私が出会った、オンリーワンの魔術」

「ぜひ聞かせて下さい!」

「いいわ。バトルで負けた私に、見知らぬ一人の魔術師が通りかかったの。そして、私に右手を差し伸べて、こう言ったの」


 ――汝の体は、生命の宿りし聖なる城。

   その者を守りし騎士たちよ、主のもとに帰れ。

   そして、崩れんとする城を、力の限り食い止めよ!


「そんな詠唱、治癒系のどの魔導書にも載っていないですよ」

 多少は治癒の魔術を覚え始めたアリスが、真っ先に声を上げる。ジルは手をアリスの口の近くまで伸ばした。

「アリス、魔導書全てを見るほど、魔術を覚えていたっけ」

「あたたた、すいません。ちょっと言い過ぎました……」

 だが、ジルがアリスを叱るその横で、ソフィアが不意に呟いた。

「だから、オンリーワンの魔術なの。誰も知らないけれど、不思議と治癒能力をイメージさせる力……」

「世界で一つだけの魔術……」

 ジルはそう言うと、咄嗟に自ら使おうとしている魔術と重ね合わせた。炎の女神を呼び出す最大の条件が、つまりオンリーワンのイメージで紡がれる、オンリーワンの詠唱に他ならなかった。

「そこでジル、私は思ったの。魔術は、詠唱なんかじゃない。その者に携わるイメージ。もっと言えば、その者が魔術をどう描けるか。芸術的なセンスに近いものなのかも知れない。私は、あの魔術を聞いたときに、目の前が開けた気がするの」

「ソフィアさん……」

 そう言うと、ジルは軽く首を横に振った。ソフィアの目の動きが止まる。

「私は、これだけ炎の魔術を使っているのに、イメージすることが苦手……。芸術的センスなんかない……。気持ちはあっても、その声に女神が応えなければ、楽しくなんかない……」

 ジルはそう言うと、アリスとソフィアに背を向けた。そして、裏庭からトボトボと一人離れた。

「お姉ちゃん……。そんなショック受けないでください!」

 アリスの声もむなしく、ジルは二人の視界から姿を消した。

「ソフィアさん……。なんか、失敗ですね……。この場面でお姉ちゃんを呼んだの」

「そんなことはない」

「えっ?」

 アリスは、ソフィアの返事に思わず首を傾ける。

「私たちがジルに対してどうすればいいか、道筋はついた。それだけでも大きな進歩。あとはトライブの言う通り、諦めなければいいのよ」

「えぇ……」

 ジルが消えた裏庭から見える、朝日の眩しさ。それは炎の魔術師を照らす道標になる。二人はそう誓った。

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