【鬱】2
外に出ると一気に身体が冷えた。彼女は、寒い寒いと連呼している。そんなに寒いって言われるともっと寒く感じるからやめろよな、と思う。喫茶ボサノバから彼女の自宅はとても近い。だからと言って彼女は薄着過ぎる。彼女に俺の上着をかけてあげた。
「ねぇ、答え教えてあげようか?」
答え?あぁー自称悲しいお姫様の願い事ね。忘れてたよ。
「願い事だっけ?なんなの?」
「あの時に戻してって願うの」
あの時?なんか長い話になりそうだな。
「あの時っていつ?」
彼女はウキウキした声で言った。
「いつだと思う?」
早く話してくれよ。寒いし早く帰りたいんだよ。
「分かんない、教えてよ」
「いつも分かんないばっかだよね、本当に考えてるの?」
彼女の顔は暗くて分からないが眉毛をハの字に曲げているのだろう。どうせくだらない話なのに、勿体振って。聞く身にもなれよ。
「考えてるよ、いちいち突っ掛かるな面倒臭い、毎度同じ話聞く俺の身にもなれよ」
少し言い過ぎたか?まぁ彼女の為だ。このくらいいいだろう。
軽い沈黙の後、彼女から鳴咽がもれた。俺は泣かしてしまったらしい。少し反省。
「ごめんね、ごめんね…レイがなんでも私の話聞いてくれるのが嬉しくて、でもレイがそんな風に思ってるって知らなかった、ごめんね」
彼女はしゃがみ込み本格的に泣き出してしまった。俺はおどおどして、どうすればいいか分からなかった。彼女は病気とか関係なく繊細な女性なのだと思った。
「ごめん!言い過ぎた、一先ず立とう」
俺の声は彼女に届いてないようだ。ブツブツ何か言っている。レイに見捨てられたら私…とかなんとか。これはあかん、自殺フラグの気配が。
「よし、じゃあ俺ん家いこう!決定!」
俺は混乱していたのだろう。なぜか家に誘ってしまった。俺はアホか。だが言ったからにはしょうがない。彼女を立たせ手を引き俺の家に向かった。
家に着くまで無言だった。いつの間にか彼女は泣き止んでいた。家族にバレないように彼女を部屋に入れた。二人でベットに腰掛けると早速、俺はさっきの取り繕いをした。
「本心じゃないんだ、許してほしい」
彼女は下を向いたまま言った。
「私こそごめん、少ししつこかったよね」
俺はブンブン頭を振って否定を示した。彼女は続けた。
「なんかいきなり泣いちゃって恥ずかしい、でもそれだけ私にとってレイが大事ってことなんだよ」
「話し聞くだけの俺が?」
「そうなんだけど、そうゆうことじゃなくて…なんてゆうか」
彼女にとっての俺。考えたこともなかった。
「さっきの願い事の話なんだけど」
少しギクッと来て顔が引き攣ってしまった。
「あぁー戻りたいって話ね」
「うん、レイもう一回チャンスあげるから考えてみてよ」今回は真剣に考えてみよう。
「レイと私の付き合いなんて短いでしょ?レイならわかるよ、私が一番幸せだった時だもん」
「そっか、たぶん分かったよ」
「じゃあ答え合わせね」
彼女が笑顔で言った。健康的な表情、みずみずしい唇、ピンクのほっぺ。あの頃の彼女の笑顔そのままだった。
翌日、彼女を家まで送っていくことになった。彼女の家までの道程は二人とも無言だった。あの彼女が何も話さないなんて珍しい。
彼女の家が見えてきた。日本建築の立派な家だ。俺はなんだか寂しい気持ちになった。俺は彼女と繋いだ手を解いた。彼女がどうかしたのかと振り返った。
「あのさぁ、これからは今まで以上に葛城さんの話聞きたいんだけど…ダメかな?」
「じゃあ一先ず、葛城さんはやめて名前で呼んでよね。あと、話聞くなら真剣に聞いてよね」
すべてお見通しだったようだ。でもさすがにラブホテルを見てたとは知らないだろう。
「真剣に聞くよ、てか毎回しっかり聞いてるから!」
「ほんとに?まぁいいや、じゃまた連絡するね」
「待ってる」
彼女はこちらを何度も振り返りながら手を振ってた。彼女が家に入るのを見送り俺は踵を返した。
今日は天気がいいし風もない。俺はゆっくり歩き出した。
「おーい!!」
振り返ると2階の窓から彼女が顔を出していた。
「レーイ、あのヒョウ柄のパンツ!ないと思うよー!!」
声でけーよ馬鹿野郎。いつの間に見たんだよ、ホントに精神病かぁ?俺の物差しじゃ計れん女だ。
のちに彼女とは頻繁に会うようになり一緒に暮らすことになった。いつの間にか彼女が精神病の薬を飲む姿は見なくなった。彼女は俺が王子様だと言った。毒にかかったお姫様を目覚めさせる王子だと。俺は彼女のシナリオに上手く乗せられたらしい。
でも一生、俺は本物の王子にはなれないんだが。
終
実在のアニメとは一切関係ありません。