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【愛】3

僕は病院に着くと母がいる病室に向かった。母は点滴をされ穏やかな顔で眠っていた。久しぶりに母の顔をまじまじ見た気がする。僕の中で母の印象は小学生で止まっていたらしい。いつの間にか白髪が混じり、シワが増えたようだ。

「かぁさん」

起こしたくはないが少しでも早く会話がしたかった。母はゆっくりと瞼を開けた。

「かぁさん、大丈夫?」

「ごめんね、就職活動忙しいのに。大丈夫だから」

母の声はとてもか細く感じた。大丈夫な訳がない。母がこうなったのも俺が責任のようなものだ。

「こっちこそ、ごめん。迷惑かけてばっかで甘えるだけ甘えてガキみたいだよ」

僕は母の手を握った。女性らしくなくごつごつした、とても暖かい手だ。

「ガキだから心配なのよ。圭助は父さんとあまり仲良くなかったわね。でも父さんはとても圭助のこと心配してた。あの人は口ベタだから上手く伝えられなかったの。まぁ親子なんてそんなものね」

今、考えれば大切な最愛の人を失った母の気持ちは相当だっただろう。でも僕には一切そんなそぶりも見せなかった。

「そうだったんだ。言ってくれれば良かったのに…間違ってるって思ったら怒鳴って教えてくれれば良かったのに…」

「二人とも一人息子に甘いのかな。それに私は圭助が道を踏み外さないと信じいるし、やりたいことがあるなら後悔しないようにやってもらいたいの」

「かぁさん、もう僕は十分したいようにできたよ。優しい両親のおかげで。これからは少しずつ二人に返していくよ」

「返すって?」

「恩とか…愛だよ」

母の手を強く握った。僕の気持ちは上手く伝わっただろうか。口ベタな男の息子だから、言葉が足りてないだろう。でも母は口ベタな男の嫁、十分に伝わっているだろう。


それからすぐ簿記をかじっていた経験から町工場の経理の仕事が決まった。僕が給料を家庭にいれるようになり母の仕事量も減り、家事も分担することにした。

仕事も半年もすると楽しくなり、規律正しい生活が送れるようになった。僕が嫌っていた平凡で普遍的な生活に今は生き甲斐を感じていた。母もみるみる元気になり、コミュニケーションも増えた。馬鹿な話だが母は意外とよく笑う人だったと思い出した。こんなに家族の大切さを感じたのはいつ以来だろう。


仕事を初めて一年が過ぎたある日、今日もいつも通り出社していた。工場長の奥さんで経理部のリーダーの初音さんに呼ばれ行くと、今日は早く帰っていい、お母さんの誕生日一緒に祝ってあげなさい、と言われた。有り難くお言葉に甘えることにした。余談だが初音さんの娘さんは「あいのり」のオーディションに参加したらしい。可愛いらしい人なのだが、見事落選した。顔も普通で特技もない僕はさらに無理だろうなぁ…としみじみ思った。

母の誕生日を僕が祝うのは今までなかったことだ。誕生日さえ知らなかった。


昼に母と落ち合い、日本料理屋で食事し県内で有名な温泉に向かった。


途中わざと「愛に来て」の前を通った。ママが僕の買ったバッグと同じ物を腕に掛けてドアに鍵をかけていた。まぁなんとなく知ってはいた。

彼女のブログに書いてあった。

「ママが新しいバッグ買ったらしいの!私とお揃い!!色まで一緒だって。ママはホントに私のこと大好きなんだよね!ママ元気かな?来週帰れそうだから楽しみ!」

これだけ書いてあればわかる。俺の買ったバッグはママへ、ラブレターは日の目も見ずごみ箱へ。まぁ今更ながら、顔が好みだっただけで一時の僕の中での流行りみたいなもんだ。ガキは夢を見たがるってもんなのだ。

今の僕の流行りは初音さんと工場長の一人娘だ。今回は本気だし現実味があると思う。


母は温泉の帰りにこんなことを言った。

「圭助知らないかも知らないけど同級生なの。長谷部小夜ちゃんのお母さんと」

「長谷部小夜!」

「長谷部さんの娘にラブレター送ったらしいわねー」

ニヤニヤしながら母を僕を見ている。がぁーーAV見つかるくらい恥ずかしい。

「一昨日、小夜ちゃん帰ってきたらしくラブレター読んだみたいよ。結果知りたい?」

「読んだの!?」

いやいや今更かよ。一昨日、言ってくれよ、かぁさん。

「で、知りたいの?」「そりゃあ知りたいよ!」

もしOKなら…嬉しい!けど生活はどうなるんだ?僕が彼女の元へ、東京に行くことになるんだよな?

「やっぱり、いいや」

「どうして?」

「どっちにしたって僕は今の生活を崩せないと思うからね」

「うーん、なんだがよく分からないわよ」

「親なら理解してよ!」


僕は結局、結果は聞かった。

なぜならその翌週にテレビでスザンナが僕の話をしていたからだ。

「ときどき自宅にファンレター置いてく人いるんですけど、最近は顔写真付きでしたよ!しかも白黒!エノキみたいな可愛いらしい人でした。あははっ!」



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