【化】
コメディーチックで、少しブラックです。 主人公『山田猛』若禿。情緒不安定。低所得者。
俺は内に秘めた思いを熱く語る。
「お前らは何も分かってねぇーよ!!毎日つまようじに溝掘る仕事なんて不安に決まってんだろ!」
俯いて誰一人として言葉を発さない。俺は話を続けた。
「なんでお前らピシッとスーツで俺だけ作業服なんだよ、俺は聞いてないぞ!スーツで来るなんて!」
言葉にすると、俺の激情は更に熱を帯びた。お前!と友人の一人を指し、年収は!?と叫んだ。
「400万くらいかな…」こいつ!一気に血が頭に昇りクラクラする。涼しい顔でぬけぬけと!俺は知っている。奴は500万以上稼いでいる。
「いい加減にしろよ!馬鹿にしてんのか!それとも、なにか?お前なりの優しさか!?」
俺の年収120万。アルバイトと言われてもおかしくない給料だ。怒りの原因は他にもある。目の前には、今年某有名大学を卒業し優良企業に就職が決まった女性が4人。俺は合同コンパなんて聞いてない!怒りの矛先を女性達に向けた。
「俺はこれでも年上なんだぞ、社会の先輩だ、なのにお前らの態度はなんだ!」
女性達はポカンと口を開けて俺を見ている、一人を除いて。茶色のロング、肌は小麦色で、化粧が濃く目元の黒い化粧が威圧的で気が強そうな女だ。そいつだけは俺を奇妙な生き物を見るような目を向け、口元は馬鹿にした笑いを含んでいる。俺は、そいつを睨みつけた。すると女はいきなり立ち上がった。
「不愉快なんだよ!お金持ちのイケメンと合コンって聞いたから来たのに!!」
「きっ、来たのに何だ!」
いきなりの反攻に驚き、マヌケな声になってしまった。
「なんで、貧乏そうなダッサいハゲ親父が混じってんのよ!」
ハゲ親父って…ひとつだけ言わせて!俺の父親もお祖父さんも禿げてなかっから安心してたんだよ。まさかだよ!まさか禿げるとは…俺も現実感ないよ!俺は悪くない!俺は禿げてない!あ、あとさぁ、親父じゃないの!俺はまだ27歳、独身。
「なにブツブツ言ってんだよ!キモいんだよ!帰れよ!ハゲ!」 もう、何を言われても感情に波は立たなかった。伏せた顔をゆっくり上げ女を見つめた。残り少ない髪が顔にかかるが邪魔ではない、邪魔になるほどない。
「…」
女は怪訝そうな顔で黙って俺を見ている。俺が言葉を発するのを待っているようだ。
俺は、こめかみ辺りの髪を耳にかけニヤッと笑った。特に意味はない。
「意味不明だから!あんたみたいな世の中の底辺にいる奴とは関わるのも嫌なんだよ!!」
罵声につぐ罵声。逆にスッキリとした気持ちになる。俺は認めたくなかった。周りも俺を庇い、哀れんだ。尚更、俺は現実を見なくなった。
俺は、いつのまに負けていたのだろう。
テーブルに置かれたワインの瓶を掴むと、らっぱ飲みで一気に飲み干す。すごく安っぽい味がした、高い味なんか知らないが。俺は下戸で何故か特にワインに弱い、すぐに酔いが回った。
周りから、大丈夫か?とか、迷惑な奴!なんて声が聞こえる気がするが無視。
ゆらゆらとテーブルに体重を預け並べられた料理を何とは無しに目を向けた。厚焼き玉子に、角煮とサラダ…………ほっけ。
標準の定まってない手で、冷え切ったほっけのひらきを掴むと思いっきり握り潰す。指と指の間から白いほっけの身が顔を出している。
ほっけの脂でベトベトになった手を眺めた。俺は、ほっけの脂を両手に延ばしポマードの要領で髪につけた。ささっと敏腕サラリーマンが朝の髪のセットをするかの様に機敏な動きでオールバックに仕上げた。
ふぅーと息を吐き、天を仰いだ。顔を戻し、すっと胸を張って皆に体を向けた。
「ニコラス・ケイジに見えるかい?」
私は爽やかに笑みを浮かべながら言った。私は返答を待たずに、持参した水色の水玉柄の傘を手に取り居酒屋を出た。
いつの間にか雨はあがっていた。少し湿っぽい夜の空気は、私にはどこか心地いい。水玉の傘をクルクル回し不恰好なスキップをしながら夜風を切った。
後ろで居酒屋の扉が勢いよく開く音がして、あの女が何かを叫んだ。だが私には聞こえない、今聞こえるのは風を切る音と私の声だけだ。