47・失うものたち
『あそびましょイレーサー!』
シャーレアはイレーサーに葡萄を差し出した。
『いっつも僕が葡萄の皮剥いでるだけじゃん』
イレーサーは文句を言いながらも葡萄の皮を向き、種をとってシャーレアに食べさせた。
『じゃあ手がベタベタになったらイレーサーの肩で拭くわ!』
『二個でも三個でも剥くから…っ』
イレーサーが頭を押さえる。
『どうしたの大丈夫!?』
シャーレアは不思議そうにイレーサーにかけよった。
『今日は寝てないから…』
ペイプラーが留守の間、シャーレアをずっと見ていなければならない。
そのため昨晩からイレーサーは睡眠をとっていなかった。
依頼とはいえ、きつい。
睡眠は魔力の回復に必要なのに。
『いたいのとんでいけー』
シャーレアはそれを知らないながら、イレーサーの頭を撫る。
『なんで君が…』
イレーサーはシャーレアが命を狙われていることがわからないと言いかけ口噤んだ。
『これを使ってあの娘の心の臓から最後の結晶を取り出してこい』
サロインはドロウノの右手にナイフを握らせる。
『父さん、やはりオレには彼女を殺すことなんて出来ない!!』
ドロウノは首を横に降り、ナイフを手からすべらせて床に落とす。
互いに沈黙する場にはからりとした金属音が静かに響いた。
『なら仕方がないお前の意思などもはや関係ない』
『恋消し薬か、あると言ってもレシピくらいで現物はないんだよね』
長時間の変身による魔力の消費のせいでつかれてきたインキーノはやむなく美しい女性の姿から元の姿に戻る。
ただの貴族のようにおごった様子がないこと、怪しい薬を売っている魔法使い相手に平気で話しかけてきたことから問題はなさそうだと判断したからだ。
『やはり魔法使いはすごいな』
貴族の表情はあまり驚いているようには見えないないが、インキーノは自分の魔法が認められたことに、少しの優越感はあった。
『気分がいいから明日までに作ってやってもいいよ』
『それはありがたい』
なぜそんな薬を欲しがっているのか、興味はなかった。
『ふん、やっぱり俺って天才だなあこんなに早く、簡単に出来た!』
予定は丸一日であったが、貴族が帰ってから朝方まで薬の調合をして、数時間で完成した。
『あいつの家聞いとけばよかった』
この薬を売って貴族から大金を貰おうとそわそわ落ち着かないインキーノは、朝といえどまだ薄暗い時間に外を歩いて貴族の家を探すことにした。
『イレーサー!はやく走って!!』
『シャーレア待って…息が…』
向こうの方で見知らぬ少女と親戚によく似た少年が走っているのが見える。
インキーノは気にせず町の徘徊を続けた。
『ニゲテモ…ムダダ…』
シャーレアとイレーサーを追いかけるドロウノの思考回路はまともではなかった。
“君も始末される”
ペイプラーの言っていたことを本気にしていなかったイレーサーは自分にも攻撃をしてくる兄に、目を疑った。
ドロウノはすばやい動きでイレーサーを吹き飛ばしシャーレアの目の前に迫った。
『やめるんだ兄さん!!』
『…』
あまりの衝撃にシャーレアは言葉を失った。
刃が降り下ろされるもあと少しの距離でドロウノが制止する。
一体なぜ止まったのか、イレーサーは考えようとした。
ドロウノはシャーレアを殺す事を迷っている。
なぜかはわからないが、そう判断できた。
イレーサーは今の内にシャーレアを連れて逃げようとしたが、吹き飛ばされた衝撃で知らぬ間に足を傷めていた為に立ち上がれない。
『うわああああ!』
金髪の少年が狼の群れから逃げて、躓いて転んだ。
その拍子に小瓶がコンクリートの床にあたって砕けた。
丁度近くにいたシャーレアに瓶の中に入っていた液体がかかる。
シャーレアは気を失って倒れた。
『シャーレア!!』
イレーサーが叫び、正気に戻ったドロウノはナイフを放り、その場を去った。
インキーノはこれはまずいと思い、こっそり逃げる所でイレーサーに睨まれ涙目になりながらシャーレアを助け起こした。
シャーレアとイレーサーの二人を前後に抱えながら歩くインキーノは散々だとため息をついた。
『あーこの子小さいけど重いよ…いたたっ』
気を失っていながらシャーレアが動き、インキーノの目に髪が入った。
『従妹のお兄さん、さっきの怪しい薬はなんだったのかな?』
イレーサーは軽蔑ともいえる目で見ている。
『ははーオマエじゃあるまいし毒薬なんか作らな…うわああああごめんハゲから髪ひっぱるなよ!』
『…』
インキーノが肩で息をしながら薬の説明をした。
『もう帰っていいですよ』
目的の場所に着き、インキーノは追い払われた。
“皇子の内、どちらかは呪われている”
幼い日に両親に聞かされた。
『ならその呪いを後世に残してはいけない…』
たとえ家が断絶しようとも。
『そうだろう?カラーズ…』