45・想い出、秘めたる者
オレは父が行くヘイアンヌの国、そこにある貴族の屋敷に度々行っていた。
『葡萄が好きなのか?』
シャーレアという名の少女はいつもオレがあげた縫いぐるみを片手に持って、開いた手で葡萄を食べている。
『うん!!』
さらりとまっすぐに長く延びた黒髪を高い位置で結っている可愛らしい少女だった。
きっと彼女が大きくなるまで何度か会いに行くんだろうと思っていた。
『イレーサーが依頼を受けていないのは知っていた。だからお前が代わりに始末してくるんだ』
父は普段は陽気な態度で他人と接しているのに身内間では酷なことを言う。
昔は家族の前でも明るかったのに、いつからこんな風に変わったんだ。
『わかった初めからそのつもりさ』
イレーサーに言われなくても自分から代役を引き受けて来た。
今回の行き先はパレッティナだった。
簡単に依頼が片付けばすぐに帰れるとしてもパレッティナはヘイアンヌから遠くなり、一ヶ月は彼女に会いに行けなくなってしまう。
『一ヶ月くらいこれないんだ』
『え?どうして』
殺す、といってもオレが使うのは武器の類いではなく魔力の方だった。
俺はあまり力の制限が得意ではなく、ホウキでの移動には魔力が必要なので魔力を消費すれば回復に数日かかる。
『また仕事が終わったらまた会いに来るからいい子で待っていたまえ!!』
『わかった!!』
標的が現れる予定のパレッティナで、対象を待った。
処理する標的が現れると魔力で出来た紙に名が浮かぶ。
白紙を手に持ち眺めながら、一ヶ月もの間、標的が現れるのをまった。
『だれ?』
『誰?って酷いな、ドロウノだ一ヶ月会わない間にもう忘れたのかシャーレア?』
なぜシャーレアがパレッティナにいるか、なんてどうでもよかった。
『会いに行かなかったから拗ねているんだろう?』
『あなたは知らない人よ?』
彼女とは他人の空似、なのだろうか、それならオレを知らなくても無理はない。
『君も葡萄が好きなのか?』
ふわりと葡萄の甘い匂いがしている。
『うん』
シャーレアによく似た少女はうなずく。
『君の名前は?』
『シャーレア!勝手に外を歩いてはいけないと行っただろう!?』
少女が応えるより先に、彼女の保護者らしき男が名を呼んだ。
“ターゲットをお前の向かう国へ誘導する”
依頼の時に父は言っていた。
どうして彼女がオレを忘れているのか、そんなのはどうだっていい。
手に持っていた紙に、彼女の名が浮かばないなら。
彼女の記憶の中のオレが消えて、何処かに消えた思い出を汚さないなら。
『いつまでも好きだよ…』