42・真夜中の殺戮者
「買ってきた」
「おかえりなさい」
随分と長い時間だった。
お腹がぺこぺこで元気でよく話すインキーノさえ数分前から喋らなくなっていたほどだ。
「あーいきかえったー」
満腹になりようやくインキーノは話し出すかと思いきや静かに目を閉じる。
「眠い。お休み」
インキーノは椅子に座りながらすぐに寝てしまった。
「オレも寝るか…おやすみ」
ドロウノは寝室へ行った。
「おやすみなさい」
私はどこで眠ればいいのかきょろきょろ周りを見渡す。
ソファか床か、なんて考えているとドアがコンコンと叩かれた。
こんな夜更けに誰かしら。
まさか、私を狙った誰かがここにまで来たなんてことは…。
寝ているインキーノやドロウノを起こすわけにもいかない。
少しだけ扉を開けてみる。
しかしそこには誰もいなかった。
けれどもなんだかピイピイと鳥の鳴き声がする。
スカートの裾を何かに引っ張られ、思わず下を見る。
そこには変な生き物がいた。
「なっ…なにこの子」
初めてみる生物、羽の生えた蜥蜴のような見た目だ。
小さいけれどザラリとしていそうな皮。
丁度手元に飛んで来たので、小さな生物の前足を優しく持ち上げてみた。
意外と固くて鋭い爪を持っている。
「貴方のこと知っているか明日ドロウノとインキーノに聞いてみるわ」
謎の生物を左肩に乗せ、近くのソファに横になった。
「恐らく彼処にいるはずだ」
シャーレアがいなくなって一日、ヴェルタァクは家をエステール夫妻に任せ、イレーサーとペンネスを連れ、唯一心当たりのある場所に探しに向かった。
「どこに行くんだ?」
「あんなに嫌がってたくせにね…」
ヴェルタァク達は城の門に着くやいなや
兵士を押し退け堂々と入る。
「ドットマク卿はともかくそちらの二名は困ります!」
三人の内一人の兵士が行く手を遮る。
「君、新人かい?首になりたくなかったら退きなさい?」
ヴェルタァクは遮る兵士をにこやかに避けた。
「ペイプラーさんすみません!こいつ昨日入ったばっかりで!」
「どうぞお通りください!」
兵士は深々と頭を提げる。
「表現的に正しくないけどさ…今現在狐につままれているって気がする」
普段から軽口を叩く相手がこうも一般人に慕われている光景に、イレーサーは狐につままれているかのような感覚になる。
「おや…ドットマク卿に竜狩人、この前の奇術使いではないですか」
通路を歩く三人の前に偶然通りかかったのはクリアだ。
「娘を見なかったか?」
開口一番、ヴェルタァクは、クリアにシャーレアが城に来たかを問う。
「最近はここに来てませんが、彼女がどうかしましたか?」
「少し喧嘩をしてしまって、出ていったきり戻らない」
ようやくクリアは状況を把握した。
「…男か友人の家にじゃないですか?」
「友人やボーイフレンドの話など、聞いたことが…」
「なんだ、どうかしのかた?」
するとそこにカラーズが現れる。
「カラーズ皇子…君が以前シャーレアに城へ来いと言った男かい?」
ヴェルタァクは前々から叩きのめそうとしていた相手と遭遇し、ここへ来た目的を見失う。
「ちょっと、そのシャーレアが行方不明なんだけど喧嘩は後にしなよ」
イレーサーが手を叩き、ヴェルタァクの意識をそらし、ペンネスがカラーズに状況を説明した。
「シャーレアがいなくなった!?」
カラーズは今にも城を飛び出しそうになるのをクリアとヴェルタァクに止められる。
「ろくに鍛えていないプリンスなど、足手まといになるだけだよ。来なくていい」
「ペイプラー、ただ探すだけだなら王子様にも出来るよ?」
ヴェルタァクに冷たく当たられるカラーズにさすがに同情したイレーサーは少し助け船を出す。
「ああ、目がついているからな」
ペンネスも微妙なフォローをした。
「ほら、探すだけなら平気だはなせクリア」
「貴方は、城を出てはいけません」
クリアはカラーズの肩を掴み動きを軽く制した。
「へぇ…」
自分以上に皇子のシャーレア捜索に反対する者がいてヴェルタァクはおどろいた。
「何故だ…他の国の王子達だって少しは外出しているのに、俺は庭より外には出たことがないぞ!!」
数少ない友人のシャーレアを探しに行きたいのだと、カラーズは怒りを露にする。
「では、皇帝陛下から許可を頂いてください」
クリアはふだんから事務的に眈々と話すが、いまは真剣そのものである。
反論するならば殺してでも阻止を。
そんな強い目をしているのがカラーズだけでなくヴェルタァク達にも伝わる。
クリアはカラーズを残し、ヴェルタァク達と共にシャーレアの捜索をかって出た。
「側近なのに離れていいのかい?」
「任務の為に仕方なくいるだけですから」
クリアはサラりと言ってのける。
「…」
「どうかしました?」
イレーサーは何も言わずにクリアを見ていたペンネスを不思議に思い、声をかける。
「いや、何も」
「ほら行くよ二人とも」
ヴェルタァクは止まるイレーサー達を急かし、城を後にした。
イレーサーとペンネスは慌てて二人を追いかける。
「眠れない…」
衝動的に家を抜け出したシャーレアだったが、眠りにつく際、ヴェルタァクは家族でもない自分を養ってくれていたのだと、思い出し冷静になる。。
「…ごめんなさい」
ここにいないヴェルタァクに謝るシャーレア。
きっと怒っている、彼を傷つけた。
明日になったら謝りに行こう。
シャーレアは目を閉じ、眠ろうとした。
チカチカとカーテンの隙間から光が差し、なにかが反射しているのが目に入った。
「誰!?」
背筋にひんやりとした冷気を感じる。
またウォルが来たのかと思ったが、違うとシャーレアは感じた。
助けを呼ぼうにもインキーノはテーブルに突っ伏して起きる気配などなく。
ドロウノも向こうの寝室で眠っている。
シャーレアは必死に逃げる。
ポケットに入れていた大本の角で影を叩く。
暗闇に蠢く人影はナイフを壁に投げつけて姿を消した。
無事に夜は明けたが、シャーレアはそのまま目が冴えて眠れなかった。