41・黄緑
朝になって目を覚ますと、ウォルはいなくなっていた。
「たしかに朝までとは言っていたけれど…」
本当に現れないのだろうか、不安で堪らなくなる。
「あれ?シャーレア?」
聞き覚えのある声に、振り向く。
「インキーノ!?えっとお早う?」
今が何時なのかはさておき、路地の裏は人が少ない。
「こんな朝っぱらから路地裏で会うなんて野宿でもしてた?年頃の女の子が夏とはいえ何もかけずに外で雑魚寝ってどんな状況?あのオッサンシバキに行ってくる!」
インキーノは頭に血がのぼったらしい。
「待って!!」
事の経緯をインキーノに話す。
「かわいい女の子と親のフリして同居?あのオッサン始末してくる!!」
更に暴走させてしまった。
約一時間かけてなんとか落ち着きを取り戻したインキーノは、暫く考え込むと、じっと私を見つめる。
「イレーサーは隣、ペンネスは居候中…頼れる相手がエセパパの傘下…じゃあ俺ん家に来る?」
「いいの!?…あ、ドロウノ」
しばらくぶりにドロウノの姿を見つけた。
「久しぶりだなシャーレア、ついでに黄色い奴、こんな如何わしい場所で何やってるんだ?」
「フン!!お前の頭が如何わしいんだろうが!!」
相変わらず二人は仲がわるいらしい。
ドロウノはウォルの事は知らないだろうから省略してここにいるわけを話す。
「ならオレの家に来ればいい…そいつより金持ってるし弟のようにケチな金使いはしてないしな」
確かにドロウノは羽振りの良さそうな雰囲気をしている。
でもイレーサーは別にケチじゃなくてお金が好きなだけではないかしら。
「誰がお前なんかとシャーレアちゃんを二人きりにするか!俺も住んでやるから!!」
ドロウノの家へインキーノと共に向かった。
「…なんでただの魔法使いがレンガの一戸に住めるんだろう?」
インキーノはうらめしそうにドロウノを見た。
「でもインキーノもドロウノと同じ魔法使いなんでしょう?」
シャーレアが励まそうとするとインキーノは余計に暗くなり何も言わなくなる。
シャーレアの励ましたつもりの言葉を逆の意味に取り、自信をなくしたようだ。
「はあ…せっかく二人暮らしで新婚のような気分を味わおうと思っていたのにな」
ドロウノはこれ見よがしにため息をつく。
「その言葉、そっくりそのまま返す」
インキーノは挑発的なドロウノをひきつった顔で睨み付ける。
「相変わらず喧嘩なのね…」
仲裁する気力も今のシャーレアにはない。
「ほんと、何かあったの?いつもの元気全然ないんだけど」
インキーノはシャーレアの顔をのぞきこむ。
「近い、はなれろ、うざインキーノ」
「ふふ…」
シャーレアはドロウノがわざと笑わせたと思い、少しだけクスリとしてしまった。
「…ん?なんで笑っているんだ?」
ドロウノはシャーレアが笑ったことを不思議に思う。
本人は真面目なことを言ったつもりだったからだ。
「ぷっ…あまりに寒いギャグに失笑しただけだよねー」
インキーノは笑いを堪えている。
二人の喧嘩は割り込んでもしかたがないと、部屋を見てみることにした。
随分と生活感がない割に、家具はそこそこ豪華で、ドロウノはいつからここに住んでいるのか、と考えてしまう。
ここ一年以内にイレーサーと会っていたなら私と会っていてもおかしくはない。
だから半年前にここに来たということになる。
それにしても埃一つない綺麗な部屋で、ドロウノが魔法で綺麗にしているんろうかとつやつや輝く床を眺めてぼうっとしてしまった。
「そうだわドロウノ、何か私にできることはない?」
インキーノとトランプをしているドロウノに話しかける。
掃除と料理を除けば本の片付けくらいしかない。
というより彼なら魔法で片付けられるだろう。
何をしたらいいのか本人に聞いておこう。
「べつに何もしなくていいけどな」
ドロウノはインキーノとオセロをしている。
白が優勢、四角も奪われて勝敗は目に見えていた。
「ほらほらおバカなドロウノ~俺のほうが頭いいって前から言ってるだろ~」
インキーノは勝ち誇った顔でトドメを差した。
しかしドロウノはたいして悔しがる様子もなく、オセロを片付け、チェスをテーブルに乗せた。
「…でも何もしないで居候するのは悪いわ。ねインキーノ」
「そうだね。一宿一飯の恩義をする前に俺の家に来るほうがいいよね」
インキーノはチェスに集中しているのかいなか、生返事だ。
「チェックメイト」
ドロウノがクイーンの駒でキングをとった。
たった程度で勝敗は決した。
二人の勝負をまったく見ていなかった私は何が起きたのかわからない。
トランプとオセロでインキーノが勝っていたから次も彼の負けだろうと思っていたのでとても驚いた。
「あ…ははは…お前昔からチェスだけは得意だったから…」
インキーノは負けてしまって自身を無くしたようで、沈んでいる。
「俺が強いわけじゃないお前が弱いだけだろインキーノ」
「追い討ちかけるのかよ!」
ドロウノが何かを言うたびインキーノが喧嘩腰で絡んでいく。
そうこうしている間に空腹の時間になった。
「あーお腹すいたー」
インキーノはドロウノをじろりと見て何か食べ物はないのかと目でたずねる。
「出来合いを買ってくるから待ってろ」
ドロウノは外へ出た。
「はあ?お前なら魔法でぱーっと出来るんだろ?昔はポンと出してくれたし…」
ドロウノの返事はなく、インキーノは不機嫌になる。
「ねえ…インキーノも魔法使いならできるんでしょう?」
自分で料理を出せばすむのではない?。と私は言う。
「俺は魔法精製より古来からの調合精製が得意なんだよね…」
「そう…」
なら頼むのも仕方がないかと納得した。
「ところで…ドロウノは小さくなったり大きくなったりしているじゃない?」
私は何をわけのわからないことを言ってるんだろう。
「ああ…それね、昔ちょっと魔法で事故ったらしくてその後遺症らしいけど」
あまり触れられたくない話題だったのだろうか。
それ以上追求するのをやめた。