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38・もしも

もしもあの女が家を出なかったら。

私はあの人とずっと一緒にいられただろうか。

いいや、夫婦にはなれなくとも護ることは出来ただろう。

与えられた役目を放棄して、貴女を二重に苦しめたのに貴女が命を亡くしたその元凶は、貴女を不幸にして幸せを得た。

最後まであの人は幸せにはなれなかった。

それが悔しくてならない。

たとえ自己満足だとしても彼女に代わり、奴を許すことは出来ないのだから。


「気がついたのね!?パパ、大丈夫?」

シャーレアが心配そうに見ている。

血の繋がった娘だとしても彼女にはあまり似ていない。

起き掛けでも、見惑いはしなかったほどに。




「姿を見ただけで気絶するなんて失礼ね」

叔母様は更に眉間のシワを深くする。


「まあまあ」

叔父様になだめられ、なんとか機嫌をなおす。


「叔母さん、よく結婚出来たよね」

イレーサーが小声で私に耳打ちする。

叔母様は美人だけれど少し短気でよく怒りが顔に出ている人、さすがにイレーサーのそれは結婚した叔父様に失礼だと思う。


「聴こえてるわよ万年金欠男」

「否定はしません」

イレーサーの金欠は事実であるため本人も反論しない。


「去年貸した10コイン、まだ返ってこないんだけどぉ?」

「金を借りるは貰うと同じ意味ですし」

イレーサーに悪びれる様子は欠片もない。


「はあ…こんな奴等は無視して夕飯を食べよう」

「え?」

たしかに夕飯の途中ではあった。

しかしいつもより言葉に刺があった気がする。

“こんな奴等”とイレーサーや叔母様達のいる前でいったのだ。

私が見てきた間で父は外面も内面も人と当たる範囲は決まっていて、少なくとも本人の前では負の感情や発言はなかった筈だ。


「エステール、たった10コインなんだよ?」

叔父様はエステールさんを落ち着かせようとしている。

「キルテズは黙っててちょうだい」

まだ叔母様の怒りはおさまらない。

「10コインをたった、なんて商売人の発言とは思えませんね」

庇護され、感謝する立場のイレーサーまで加勢。

決着がどうつくのか先が読めない三つ巴だ。


ともあれ聴こえていなかったようで安心した。


「パパ、大丈夫?」

「ああ…そうだね…」


「すまない遅くなって…やはり夕飯は抜きだろうか?」

私と庭で話した後どこかに出掛けた様子のペンネスが帰宅したようだ。


「お帰りなさい、夕飯には間に合っているわ。まだ食べていないもの」

三人前の麺は固くなっている。


「お二人がこんな時間に不躾にも急に訪ねて来たせいだけどね」

大分嫌味をオブラートに包んでいる。

これはいつものパパではないか、ああ、よかった。


「そうか、シャーレア達の親戚の方か?」

ペンネスはその辺りは触れず当たり障りのない話を進めた。

「まあ、正式な血縁はシャーレアだけになるわね」

叔母様はお母様の妹、だから確かにそうなる。


「…」

「わかりやすく言うと叔母様は私のお母様と姉妹なの」

母や祖母は亡くなっているため、残っている唯一の身内でもある。


「ありがとう、よくわかった」

ペンネスは小さな疑問が解けてすっきりしたようだ。


「せっかくだから皆で夕飯を食べればいいんじゃないかしら?」

「夕飯はもはや乾麺だよ?お湯をかけても食べられないだろうね」

柔らかそうだった麺はイレーサーが突き刺したフォークをしっかり支えるほど固まった。


「勿体ない…これは鳥のエサにして別の料理を作るか…」

パパは怪しげな瓶を眺めた。

「なんかヤバそうだからこの中で料理を作れそうなエステールさん、作ってください」

命の危機を察したイレーサーは叔母様に新しい夕飯の調理頼む。


「私?火事になってもしらないわよ」

ペンネスは冗談だろうと笑う。

「エステール、前にボヤ騒ぎを起こしたことがあるんです」

納得したとばかりにペンネスとイレーサーは叔母様を見た。


「…シャーレア」

「私もオーブンなら問題ないけどパパにダメだって言われているから…」

小さな頃、叔母様と同じくキッチンを燃やしそうになった事がある。


「あのスープだけなら作れると思うので上手くないんですけど」

叔父様は自信がなさそうに前置きする。


「うん僕、スープ大好きだよ」

イレーサーは珍しく心からの笑顔を見せている。

「居候の立場で言えるような事ではないが…スープで腹は…」

ペンネスは乾麺を食べられないか念入りに見ている。

「沢山飲めば膨れますから」

危うく食べるのではないかとイレーサーはそれをささっと避けた。


結局叔父様がスープを作ってくれた。


「トマトのスープですか」

「昔から作っていたので一番マシなんです」

少しだけ自信があるようだ。


「美味しいですよ」

お世辞でも不味いものは褒めない父が普通に食べている。


一口飲むと、確かに美味しい。

「昔、父が作ってくれたスープと同じ味がする」

ペンネスは不思議そうに食べている。


「ペンネスのお父様って?」

「ああ…もう亡くなっている」

ペンネスは若くして爵位を持っている。

それは亡くなった父親の後を継いだからなのか。

聞いてはいけないことだった。


「へぇ…ってその子貴族なの?」

叔母様は27才、多分ペンネスよりは年上だろう。

三才差で子供扱いだと大分老けて見られるような発言だった。


「…ペンネスっていくつだったかしら」

24か22くらいに見えるが、それより上でも驚かない。

「19歳だ」

予想より下でとても驚いた。


「しかし…前にも言ったような覚えがあるんだが…」

そうだろうか、ペンネスの場合普段の姿から年を忘れてしまう。


「それで、お二方は何のご用でいらしたんですか」

忘れていたことを言われて思い出しハッとなる。

遠方に住む叔母様達が店を開けてまでここに来る理由がまさかただ遊びに来たわけではないだろう。

何か理由があるようで、叔母様は重い口を開いた。


「知っての通り、私も暇じゃないわ」

「なら来なくてもよかったのでは」

パパは話の腰を折ろうとする。


「最近、変わったことはなかった?」

叔母様は近況に変化はないかと訪ねる。

数え切れないほど沢山ある。

それをすべて話すとなると時間がかかるので完結にまとめて話すことにした。


「最近…お城に行ったり皇子様と仲良くなったわ!」

カラーズだけでなくクリア、インキーノ、インティーナ、ドロウノ、フィード、そしてここにいるペンネス。

去年まで家に閉じ籠りきりの私はここ数ヶ月で色々な人と知り合った。


「じゃあ誰か気になる子とか…」

「えっと…特にいないわ」

彼等の中に想い人はいりかと聞かれたのだと察した。

今の所まったくそういう感情はない。

あくまで友人、の範囲で好きだ。


「あの…エステールさんそんな事を聞きに来たとかじゃないですよね?」

イレーサーの口元はひきつり気味だ。


「…ついに話す時が来てしまったのね」

叔母様はため息をついている。

何か重要な話を始めるのだろうか。

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