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36・幸福な記憶

「ここ…?」


気配を辿っていくと、墓から少し離れた場所で感覚は途切れた。

変わりに地面に禍々しい輝きを帯びた小さな結晶が落ちているのを見つける。

私は恐る恐るそれを拾い上げた。


『本当はパパとママは結ばれる運命ではなかったの』

『どうして?』

『そうねまた今度話すわ…』

『うん』

『だけどママはパパをとても愛しているの…いつか貴女にもわかる日が来るわ』


一瞬何かが弾けたような感覚、過去の思い出のようなものが少し垣間見えた。


幼い頃の私と話す母、そして傍らには父。

あの断片的な会話からして母の隣にいたのは父だろうか、けれども共に暮らす父と姿は違っているようだった。


ほんの少し違和感を覚えたが小さな頃の記憶だから今と変わっていても仕方ないのだろう。

そう理由をつけて自分を納得させた。


そろそろ戻らないとフィードが心配するかもしれない。

母の墓前に戻ってみると、不思議な凹みのある蓋がついた底の深い陶器の入れ物が乗せてあった。


母の墓に小物を供えるような人物にはまったく覚えがない。

母は滅多に外出をしなかった為、友人らしき人もいなかった。


母の死を受け入れていない父はここに来るはずがない。

ならばこれを置いたのは誰だろう。


蓋を開けると、手紙のようなものが入っており、どくり、鼓動が激しくなり始めたのを感じながらチラリと見てみた。

すると、たった一言“親愛なるシャーレアへ”とだけ書かれている。

母宛てではなく私への贈り物だったようで、私は更に困惑するのだった。


「お母様…また来るから」

後ろ髪を引かれる思いをしながら馬車に戻った。


「なあシャーレア」

フィードが前方を向きながら話しかけて来る。

「どうしたの?」

なにか大事な用でもあるのだろうか、と考えながらたずねた。


「この前お前の家に招待されたって家族に話したらさ…」

「ええ」

フィードの家族の話を始めて聞いた。

なんとなく、一人でここに来て生活しているのかと思っていたから。

ちゃんと家族がいたんだと知って私は少し安心した。


「家族が家に招待しろってうるさくてさ」

「え?」

「でもなオレは嫌なんだよ」

フィードの家に興味があったのだが、家に入れたくないとはっきり言われてしまった。

なにかフィードに嫌われるようなことをしたのだろうか。

出会いはいい印象ではないにせよ、少しは打ち解けたと勝手に思っていた。


「お前の家でっかくてオレん家は馬小屋みたいに小さいから恥ずかしいっていうか」

「私は気にしないわ」

家族が暮らす家はどんなものでも素敵だと思う。

たとえ屋根がないとかでも恥じる必要はないわ。

そう私は言った。


急に静けさが訪れた感覚がして、なにか余計なことを言ったのか不安になる。


「さすがに屋根はある」

フィードの顔は見えなかったけれど、彼は真顔だったに違いない。


「ここだ」

そわそわと落ち着かない様子のフィードが指を差す。

フィードが嫌がるから酷く寂れたボロボロのを想像していたけれど、普通に木で作られた小屋のようだった。


「あら?いまお家に入った人はーー」

「あ、あれ姉ちゃんだよミレースっていうんだ」

「へえ…」

窓から後ろ姿が覗く赤髪の女性を指を差す。

すらりとしていて背が高そうだ。


家内に入ると、ご両親が出迎えてくれる。

そしてあとからお姉さんが歩いて向かってくる。

お姉さんの顔を見て、私は驚いた。


「インティーナ?」

髪の色こそ違っているが顔や背丈は彼女とそっくりだ。


「誰?」

「いえごめんなさいなんでもないんです!」


きっと他人の空似、ということだろう。


さっそくスパイシエ地方の料理で盛大にもてなされて、ライスにまで香辛料を混ぜた辛めの味つけは父が喜びそうな味だと思いながら頂く。


「気がきかなくてごめんなさいねスパイシエ特有の味だから辛いでしょう?」

「いえ!滅多に頂けない本場のお料理ですし美味しいです」


父は辛ければ辛いほどいいという人だ。

決して料理が下手だというわけではないが、私の食事の好みはあまり父とは似ていない。

父には悪いが、本場の計算された味つけには敵わないし辛さが意外とキツくないので美味しく食べられる。


「シャーレアの親父さんの味付けのほうが辛さが強くてオレは好きだけどな」

「おまえにはかなわんが気立ての良さそうな娘さんじゃないかお嫁さんにどうだね?」

彼のお父様が隣に座っているお母様にとんでもない事を言った。


「どう?家の子バカだけどお嫁さんにこない?シャーレアちゃん」

「おっおい!!いいかげんにしろよ!嫁とかそんなんじゃねえんだ!」

きっと冗談で言っているご両親に顔を真っ赤にしながら怒り、とてつもなく恥ずかしがっているフィード。


「フィード、冗談を真に受けないで」

先程からまったく話していなかったフィードの姉、ミレースがようやく口を開く。

弱々しい声質だが、なんだか逆らえないような威圧が感じられる。


「悪い」

フィードが私に謝る。

「謝らなくても…」

からかわれただけなのだ嫌われるよりはいい。


ようやく食事も終わって、帰る時間になった。


なんだかミレースに見られている気がする。

彼女には嫌われてしまったのだろうか、別にフィードの家に嫁ぐわけではないし、問題があるわけではない。

馬車に乗るまで謎の視線は続いた。

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