28・偶然と賭け
「じゃあ、行ってくるよ」
パパはいつもの通り仕事に出掛けた。
昨日どうするか相談したらインキーノに頼ろうと提案をしていたけれど、肝心の彼の居場所がわからないわ。
やっぱりいつものように、イレーサーに頼るしかないかしら。
彼なら何か困ったことがあれば解決してくれる。
そう判断した私は隣の屋敷へいき扉を叩いた。
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「イレーサー、いる?」
屋敷の扉を叩いても返事がない。
屋敷を留守にしているようだわ。
もう、こうなればドロウノでもいいんじゃないかしら。
居場所がわからない点ではインキーノと同じだけれど、一番会いやすそうなのは彼だとなんとなく思う。
ドロウノに会う方法は特に思い付かない。
帰りの馬車を相乗りして、遭遇することがあったくらいで。
ならそれを試してみるのもいいかもしれない。
確実ではないが、やってみる価値はある。
現時点で彼と相乗りしたのは二回、二度あることは三度あると昔から言うもの。
私はドロウノに遭遇するため、賭けに出る。
馬車に乗り、ペンネスの屋敷に行った。
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「ティードラァ様。城にて皇子、クリスタルを持つ少女を発見しましたが、後一歩のところで仲間の魔法使いに妨害されました事について」
水色髪の男・ウォルは告げる。
「話し方が回りくどい」
ティードラァは、不快そうに言った。
「少しはオレを見習え、ウォル」
薄紫髪の男はケラケラと笑う。
「ティードラァ様。私はこれにて失礼致します」
ウォルは険しい表情になってその場を去った。
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扉を叩いてペンネスを待つシャーレアは、いないのか、と考える。
しかし、すぐにペンネスは扉を開く。
「おはようペンネス!今日は大丈夫かしら?」
シャーレアはペンネスが口を開くより先に元気よく挨拶する。
ペンネスは圧倒され、少し後ろに下がった。
「ああ…今は客人が来ているんだが、構わないだろう」
客人がいると言いつつ、すんなりシャーレアを邸内に通した。
「いいの?」
シャーレアは遠慮しつつ足を踏み入れてしまっている。
「そこそこ歳の近そうな相手だ。会ってみるのはいいと思うが…嫌なら追い出してくる。」
ペンネスは冗談か本気か、客室の扉を開こうとする。
「待って、追い出す必要はないわ。大丈夫よ!!」
ペンネスが客室を追い出そうとしているので、動揺したシャーレアは否定した。
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(お客様がいるなら帰ろうと思っていたけれど、会って大丈夫なんてそんなにフレンドリーな人なのかしら)
私は戸が開かれてからそこにいる客人に驚いた。
金髪に黄色い帽子、彼はまさしく始めに探していた者。
「インキーノ!」
意外なところで思わぬ人物と遭遇してしまった。
(まさかペンネスの屋敷にインキーノがいるなんて、どうなっているのかしら)
「知り合いだったのか?」
ペンネスは驚いている。
「ええつい最近知り合ったの」
私は頷きながらインキーノの顔を見た。
彼は驚いていないのか、あまり表情を変えていない。
「こんな偶然があるとは…」
不思議そうに呟くペンネス。
「恋人って言ったらどうする~?」
突然、インキーノがニヤリと口の端を上げながら言った。
(恋人なんて、冗談にしてはつまらないわ!
ペンネスはどう答えるかしら)
私は彼の顔を見てみたけれど、特に変わった様子はなく、何も答えなかった。
「シャーレア、少し待っていて貰えるだろうか」
そう言ってペンネスは客室から移動する。
(…ペンネスには冗談が通じないのかしら)
「もう、面白くない冗談だわ」
私は思わずインキーノにむっとして、頬を膨らませてしまう。
「あはは!オクトパースみたいだ」
蛸のようなんてパパにも言われたことがない。
「ひっ酷いわ」
蛸は美味しいけれど、似ているなんて言われても嬉しくないから頬の空気を抜く。
「待たせたな」
ペンネスは、手に黄色い輪が盛られた皿を持って来た。
「パイナッツーね。食べていいの?」
あくまでパイナッツーはパイナッツーで美味しい。
だからスブタァに入っていなければいいのよね。
「構わない」
――――
なんだ、どっちも俺と知り合いだってこと、言ってなかったのか。
というか、俺もシャーレアがペンネスと知り合いだったなんて初耳なんだけど。
仕方ないか、まだ会ってそんなに経つわけでもないし。
シャーレア、またあの姿で会えば喜ぶのかな。
もしバレたらショックを受けるだろうから止めておくか…。
それにしてもペンネスの慌てぶり、すごく面白い。
アイツだってシャーレアと俺が恋人、なんてあるわけないってわかってるだろうに。
ああ、顔より行動で出るタイプなのか、きっと動揺してたんだろうなあ。
まさか冗談を本気にして、俺をパイナッツーに見立ててサクッと斬ったわけじゃないよな。
無いよね…?
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「シャーレア、インキーノとは恋人同士なのか?」
((冗談が通じていない!!))
ペンネスはやはり冗談とは思っていなかった。
――――――――――
(この二人、恋人同士なのだろうか、確認をしておかなければ)
「違うけれど」
シャーレアは普段の彼女らしからぬほど冷静に答えた。
「ペンネス、まさかとは思うけど本気にしてない?」
インキーノはやれやれ、と云った様子で私を見ている。
となれば、インキーノの言ったことはただの戯れ言、そして杞憂か。
「まさか。カラーズ皇子の為にだ」
―――――
「前から言いたかったけど、どんだけカラーズ皇子のファンなの」
インキーノはペンネスにひどく厭きれている。
ペンネスと話すと、どうしていつもカラーズの話が出てくるのか、私もそこだけは疑問に思った。
けれどよく考えればペンネスは貴族だから皇子のカラーズを慕うのはそこまでおかしくない。
「あ、自分がシャーレアを気にしてたとか、冗談を本気にして恥ずかしいから
カモフラージュのつもりとか?素直になりなよ」
インキーノはニヤニヤと笑いながらペンネスをからかう。
「そういうわけではないが…」
ペンネスは困り気味だ。
「インキーノ、ペンネスをからかうのはやめましょう」
ペンネスがどうして私を気にする必要があるのかしら。
大体インキーノがそんな性格だったなんて、この前はそんな素振りは全然なくて、わからなかった。
ドロウノと言い争いをしてはいたけれど、それとは違う雰囲気で、違和感があった。
―――――
「わかったよ」
俺は黙ってパイナッツーを食べることにする。
(てっきり、シャーレアが好きだと思っていたんだけど、違うのか)
照れ隠しかと思えばそうでもなさそうだ。
「もしも私がシャーレアに好意がある場合は、隠す必要はないだろう」
端から見ていて照れ臭い台詞を恥ずかしげもなく、サラっと言っている。
「もしも?」
僅かに彼女に気がある素振りを見せていたから、つい口が出てしまう。
「例え話だ。本気で想う相手ならという意味でのな」
ならシャーレアの名前を出さなくてもいいじゃないか。
「…つまんないな」
どういう意味で言ったのか、俺自身もわからなかった。