26・城と正装
私はあれからイレーサーと共にお城から屋敷に帰宅した。
「ただいまパパ、話があるの」
今日起きた事を話そうと、口を開こうとすると、父は悲しげな顔で私を見た。
「シャーレア……ヘイアンヌ式とシドレクト式とブークトレア式とラフラント式、どれにするんだい?全部かい?」
父はハンカチで目を拭いながら、涙を流していた。
「どうしたの?パパ」
というか何の話をしているのかしら。
「どうしたもこうしたも、おまえの花嫁衣装の話だよ」
なぜそうなるのか、疑問に思うけれど、よく話を聞いてみる。
「だって、また城に行っていたんだろう?」
城に行ったことはまだ言っていないのに、なぜ知っているのかしら。
「お城に行ったけれどまだ結婚なんてしないわ!!」
父はすぐ話を飛躍させてしまう悪い癖がある。
誤解はその場ですぐに解かなければ、どんどんまずい方向に進んでしまう。
「ああよかった…先程話があると言っていたが、なんだい?」
なんだ、ちゃんと話は聞いていたのね。
「実は変な男が城に現れたの」
ウォル、という名の青年、一体何者なのかしら。
「参ったな…」
やっぱり知らないか。
「なにが?」
父は何かを考えながら唸る。
「城には変な男しかいないだろう?」
パパは何かお城に恨みでもあるのかしら…。
「前から気になっていたのだけれど…どうしてパパはお城を嫌っているの?」
何か原因があるなら知りたい。
「そうだね…特に、理由なんてないさ。しいてあげるとするなら
皇の先代が気に入らない奴だったことくらいで。
ああこれは口外しないように頼むからね」
理由がないと言っておいて、思いきり不満があるのね。
「それはともかく、城には近づかないほうがいい」
確かにまたウォルが現れて危険な目に合うかもしれない。
けれど、カラーズや城内の人達はもっと危険だわ。
「なんとかならないかしら」
私には何も出来ないけれど、このまま放置はできない。
「この前の金髪の彼なら、なんとかしてくれそうじゃないかい?」
父の考えはこうだインキーノは怪我を自作の薬で治したから
普通の人間では出来ない事を成せるのでは、と。
「パパが他の人に頼ろうとするなんて珍しいわ」
いつもなら困った時はイレーサーに聞きなさいって言うのに。
ただ今回はさすがの彼でも無理な話だけれど。
「いつもイレーサーにばかり頼っていたら
彼の髪が更に白くなってしまうからね」
父は面白がっている。
「パパ、今さらそんな心配しなくても」
イレーサーの髪は初めから白いのに。
―――――――――――
「兄さん、ちゃんと掃除しないと二度と家に入れないよ」
兄はたまにやってきては、家のソファをクッキーやらなにやらで散らかすので困る。
「あまり神経質になると寿命が縮むぞ」
魔法使いの寿命なんて長いのだから縮むくらいでちょうど良い。
「兄さん、帽子ばかりかぶっていると、ハゲるよ」
家の中でくらい帽子をとってもらいたい。
「はははっオレがハゲたら次はお前がハゲるからな~」
嫌味のつもりが対して気にもされなかった。
軽くあしらう方法を知っているあたりは、流石は年長者というべきか。
「さすがに暑いな」
兄はコートと帽子を外した。
「このコート、ちゃんと洗ってる?」
この非常に暑い国をそんな暑苦しい格好であるいているだろうに。
「失礼な奴だな念のため汗をかかない薬を飲んでいるんだぞ…」
そんな便利な薬があったなんて、これは買うべきだろう。
「兄さん、それ幾ら?」
購入前に値段を聞いておかなければ。
「たったの2000c℃(シード)だ」
安い。どこの馬鹿な魔法使いが作っているんだろう。
―――――――――――
俺はお得意先の貴族へ、薬を届けに来た。
いつものように別荘の裏口から入る。
貴族がソファに座って、というよりダラりともたれ掛かって、まるで死んだように疲れ果てていた。
「ふーん」
貴族はいつものラフな格好ではなく貴族らしい格好である。
大方、パーティーか何かに参加でもしたのだろう。
「なんだ?」
貴族は視線に気がついたのか、起き上がる。
「久々にみたなーそのゴッテゴテの正装、皇子なんて目じゃないレベルだよ~」
最後に派手な格好を見たのは丁度数ヵ月前か。
「…いつものはあるだろうか?」
貴族がたずねる。
「あるからこうして渡しに来たんだろ」
貴族の男は薬の瓶を受けとる。
「久し振りにまともな格好をしてみたが、よくこんな格好を平気でしていたな。と思い始めた」
以前は暑苦しい格好だったのが、最近ラフな格好になって、どうしたのかと気にはしていたけど。
理由はしっかり目撃していたので、言われなくても予想はつく。
「何よりこういう服を身につけていると別段汗をかくのが嫌だ…」
貴族は不快そうに手袋を外した。
「それより、君はよくコートを身につけていられるな…
正装とはいえ、そんな格好で暑くないのか?」
貴族は不思議そうにしている。
「これを飲めば大丈夫、汗なんて一滴もかかないよ」
そんな貴族にぴったりな薬をカゴから小瓶を取り出して見せた。
自分でも服用している汗をかかない薬である。
「それはどんな効果があるんだ?」
効能を聞かれたので細かく説明したところ購入を決意したらしい。
「ありがとう。これがあれば、外出も楽になるだろう」
貴族はとても喜んだ。
「何が入っているんだ?」
人間に薬の調合はできても、魔力の要る効果は出せない。
「ミント、とかスースーする奴と魔力とか色々。
俺も調合して飲んでいるから
一応虫とかゴミとかそういうのは入れてないからね」
だから材料を教えても問題はない。
「ゴミや虫を入れる魔法使いがいるのか?」
俺が異質なだけでみんな虫やら雑草を加えている。
そこらの魔法使いなんてそんな物だ。
「言っとくけど、虫は魔法使いの中じゃスタンダードだけど」
貴族は引くでも笑うでもなく、真顔で話を聞いていた。
「何度も言うけど、俺はそんなもの使わないから」
魔法使いの悪い印象を払拭すべく、頑張っている。
「それはともかく、ゴミが薬になるとはすごい話だ」
貴族は魔法使いに軽く、関心をもったようだ。
「ゴミは流石に…ああ、昔の知り合いにそういう奴がいたよ」
ボツ
「あんたっていつもダラダラしてそうなんだけどさあ、大丈夫?不健康じゃない?」
「まあオヤジもハゲていないから当分は大丈夫だろう」