閑話4 ある年末のこと
せっかくの年末なので閑話を投稿。
短いですが、楽しんでいただければ幸いです。
……本当だったら本編の続きを書いて投稿するはずが、勘違いでほぼ書き直しになり、今日になって慌てて書いたものです。荒いですが許して。
年の瀬も押し迫る中、里見家の領国は近年稀にみる穏やかな日々が続いていた。
千葉家との戦も終えた今、北条との戦も無く、郷村同士の小競り合いも無く、積もって山となった決済や未処理の書類も無い。
「つまり、今年の仕事はこれで終わりだ。一年間、ご苦労様でした」
館山城、本丸御殿。
義頼は居並ぶ面々に向かって言った。
前列にいる岡本安泰や朝比奈源一郎、真里谷信応に風魔小太郎は苦笑し、他の面々は不思議そうな表情を浮かべ、何故とでも言いたげであった。
特に奉行衆はまさかの半日出勤――それも簡単な挨拶と冬の賞与の配布だけで終わったことに恐れ慄いた。
例年ならば、大晦日でも駆け込み決済で除夜の鐘を聴きながら終わらぬ苦行を強いられていたのにだ!
「馬鹿な、ありえん」
「これは何かの罠に違いない」
「本当はこれから仕事ができるんだろ。俺は詳しいんだ」
口々に言い合うが、しかし、本当に何もないのだ。
奉行衆が今まで年末も働いていた原因は戦にある。
しかし今年は千葉家との戦が先月末に終結し、北条は長尾との戦で忙してこちらにちょっかいを出す余裕が無い。郷村同士の諍いは大人しい。その殆どが上総国の国境地帯で、いつもなら収穫を終えた後から水利権や村の境界線やらで揉めるのだが、今年は千葉家との戦でそれどころじゃなかった。
彼らは食糧を奪いに来た敵に激高し、一致団結して対応にあたった。
そして飛んできた陸軍から見舞いとして食糧の支援を受けて安心し、戦後には義舜らが酒を振舞い、奮戦した彼らを激賞したことで大いに満足したのだ。
これを見て義舜は彼らが酒に酔い、乱取りで気が大きくなっている隙に話し合い、とりあえずの水利権や村の境界線などの裁定を合意させたのだ。
村も今さら争う気も無く、いつもより豪勢な年末を過ごすようになっていた。
それ以外の地域は長年、里見の支配下にある。安房国、上総国南部は「溜池の増設を行いたい」、「道の整備をお願いしたい」といった陳情はあっても、戦になるほどの諍いは起きなくなっている。
これはインフラ関係が整備された事で飢えることはほぼ無くなり、行商人と瓦版が普及して周りの情報が手に入りやすくなったこと。また生活が豊かになったことで近隣の村同士との交流も活発化し、同国の仲間という連帯感が生まれるようになっていた。
それに、一領具足によって増えた陸軍兵士は「隣村の誰某は同胞」と話しているのだ。いざという時の村の戦力が、隣村との戦いを望むはずがなく、繋がりは強固となった。
かつては隣村は外国とも言われるほど遠い存在だったのが、同胞となったことで解決策も変わった。
諍いが起きてもまず村同士で話し合い、決裂すれば領主に裁定をと願い出る。領主ならば満足がいく裁定を出せると、信頼されるようになったのだ。
領主もここで対応を間違えれば戦が起きて税の取り分が減るため、必死になって考える。戦が起きるのは最後の時となっていた。
「なんだ、そんなに仕事したいのか? やるか?」
『いえ、遠慮させていただきまする』
平伏しながら息の合った返答に、思わず笑ってしまう。
「さて、他に何かあるか? うん、無いならば中食にしよう」
義頼の合図と共に、面々は列を素早く変える。控えていた女中たちによって膳が運ばれる。
大多喜産のそばと自然薯で打ったざるそば。
醤油と味醂、砂糖をたっぷりと使ったかえしに、鰹節と昆布をガンガンに炊いて取った濃厚な出汁を合わせためんつゆ。そして薬味の葱と、芝海老のかき揚げがひとつ。飲み物は温かいそば茶。
「いやぁ、今年も馳走ですなぁ」
「しかりしかり。某は毎年このそばが楽しみでして」
と、出席した家臣らは嬉しそうに顔を綻ばさせる。
里見家では既に大晦日にそばを食べることが定着していた。
そばは一年間の苦労や借金を切り捨て翌年に持ち越さないようにと願ったもの。葱は禰宜と同音で厄払いに良い。海老は長寿の証。鰹と昆布は武士に馴染みのある縁起が良い食べ物で、醬油、味醂、砂糖はここでしか食べられない高級品である。
そばはその安さと縁起の良さからどこでも食べられるようになっているが、おろし大根の汁や味噌を溶いて漉したもの、又はいりこだしを使う程度で、醤油と鰹節の濃くて深い味わいは他では食べられない。
「揃ったかな。では、いただきます」
『いただきます!』
箸を取って早速そばを取り、つゆに少しだけつけて一気に啜る。
「美味い」
時茂さんが、今年も良いそばができたと自慢していただけある。しっかりとしたコシがあって香りがよく、のど越しが良い。
箸は止まらず、そばを啜る。茶で一息つき、かき揚げに取り掛かる。
かき揚げはこの時期に旬を迎える芝海老だけを使っている。一口サイズに割り、ほんの少し塩につけて食べる。
揚げたてでまだ温かく、サクッとした食感と海老の濃い旨味がたまらない。再び茶で油を流して、周りを見渡す。
みな、楽しそうに歓談しながら食事をしていた。
お互いの今年一年の総評を述べる者。車座になり、参列した戦について改めて礼を述べあう者。ただ黙々とそばを啜る者。女中に空になったざるを見せ、恥ずかしそうにおかわりを頼む者。
本来であれば行儀が悪いと言われる光景だが、普段の食事ぐらいは楽しく食べたい。それに、少し騒がしい方が海賊と呼ばれるウチらしくて良い。そう考えてこういう形式で食事会を開いている。
「――殿、茶のお代わりはいかがですか?」
「ん、すまんな小太郎」
静かに近寄ってきた小太郎に湯呑を差し出し、茶を淹れてもらう。少しぬるくなっているが、飲みやすくて悪くない。箸を持って食事を再開する。
「食事が進んでないので何か、と思いましたが、杞憂でしたか」
「いや、普段は皆とこんな騒ぎで食事をすることは無いからな。楽しんでいるんだ」
「確かに、これは楽しいですな」
小さく笑いをこぼすと、また一人やってきた。源一郎だ。
「殿、宜しいでしょうか?」
「どうした?」
源一郎があちらを、と示した方を見る。
いつの間にか大食い対決が始まっていた。中心にいるのは安泰と信応と、珍しい組み合わせだ。ちょっとした張り合いが切欠らしい。
見れば安泰はお代わりを続け、その勢いは衰えず、僅か三口で十枚目のそばを食べ終えていた。
対する信応は苦しそうにしており、ぜぃぜぃと息を乱して箸が進んでおらず、息子の信高がオロオロしながら止めようとしていた。
「……源一郎、止めてやれ」
「は、畏まりました」
そして源一郎の一喝で対決は終わり、まだ物足りなさそうな安泰と悔しそうな信応の態度に、万座に一際大きな笑いが起きた。
ただ、楽しい時間というのはあっという間に終わる。先程までのどんちゃん騒ぎも綺麗になくなり、面々は居住まいを正した。切り替えの良さこそ、水軍の強さの秘訣なのだ。
「――来年もまた、ここで皆と食べれることを願う」義頼は言った。「本年はお疲れさまでした。来年もまたよろしく頼む」
『ハハッ!』
そして、お開きになった。
居室に戻る中、義頼は呟いた。
「さて、来年はどういう一年になるのかねぇ……」
「間違いなく、良い一年でしょうや」
「妻と仲良く過ごし、腹一杯に飯が食える年でしょう」
「平穏な日々を楽しむ一年、ですかな」
「うぷ、無理をしない一年ですな」
「あはは、確かにな」
まあ、できることを頑張るか。
義頼はそう思いながら、館山城で皆と新しい年を迎えることになった。
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皆さん、良いお年を。




