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第27話 歴史が変わるとき

忘れ去られたころに投稿。短いです。

 

 ――里見勢、衣笠にて[地黄八幡]北条綱成を破る。


 久留里城にてこの報を受けた義堯は思わず床几から飛び上がり、「ようやった!」と相好を崩して大いに喜んだという。これには詰めていた周りの面々もあの北条綱成に勝利したこと。そして冷然とした態度を崩さず感情を表に出さない義堯の、普段とは違う姿を見て驚いていた。後に近習が残した日記にはこの日のことが書かれており、「余程ご子息様が活躍されたのが嬉しかったのだろう。あれほど喜ばれるのは初めて見た」と記されているほどだった。


 満面の笑みを浮かべた義堯は獲得した三浦半島南部の守りに正木時茂をそのまま配置。三浦衆と現地に残した軍勢を再編成させ、守りを固めさせた。

 そして息つく間もなく上総国へ軍勢を進めたのだ。


「北条の圧力が弱まった今が好機! 上総国を手に入れるのだ!」


 義堯自らが指揮を執り、発破をかけると久留里城に詰めていた将兵は奮いあがった。

 ここ最近は連戦連勝で勢いに乗っており、「北条が何するものぞ。我らも続け」と将兵の誰もが意気軒高であった。


「俺、この戦が終わったら青子と祝言を挙げるんだ……」

「フラグ立ちそうなんでやめてください」


 と、休む間もなく次の戦に駆り出された主従は虚ろな顔で戦の準備を進めたが、上総国では予想通りの事が起きた。

 北進してきた里見勢に、上総国の国人衆はいつも通りに伝手を頼って義堯に面会し、いつも通りに恭順の意を示したのである。


「殿の見立て通りでしたな」

「予想通り過ぎて全く嬉しくはないがの。もちっと気概を見せる者はおらんのか……」


 そうは言うものの、一地域の国人衆からすれば里見勢は大軍である。武具も練度もそれなりでしかないたった百かそこらの手勢だけで、年中北条と殴り合いをしている里見勢と戦えるはずがなかった。それに、三浦半島で北条が敗北したと聞けば、北条方からの援軍は期待できそうにない。


「儂らは強者に従うしか生き残れん。今の北条に義理立てても無駄よ。なら、今は(・・)勢いのある里見に従うのが得というもの」


 それが長年国境地帯にある家の考え方であり、生き残るための知恵であった。

 そして、この考えは間違っていなかった。既に氏康は取り戻すのが難しい三浦半島南部と上総国の切り捨てを図っていた。


「……玉縄城、及び武蔵国・下総国の国境付近の守りを固め、残った勢力圏を維持する」


 緊急で開かれた会合の席で氏康は言った。その表情は暗く、まさかの敗戦で憔悴していた。

 出席していた重臣らは一様にざわめくも、もうどうしようもないと理解していた。北条家は上総国に対して、もう殆ど何も出来ないのだ。これも三浦半島南部の陥落と軍勢の損害が大き過ぎたからだった。

 今回の敗戦で江戸湾の制海権を失ったために里見家の勢力圏に接する武蔵国・下総国の親北条方が動揺し、反北条の国人衆が勢いづいていた。また近隣大名の動きも怪しく、迂闊には動けない状況にあった。


「里見が勢いに乗って再び鎌倉へやってくる可能性もありますが」

「いや、来ない」氏康が答えた。「奴らも無傷ではない。それに今頃、義堯が好機とばかりに上総国へ侵攻を始めている筈だ」

「なれば玉縄の軍勢を再編し、三浦へ侵攻すれば」

「お主、本気か? 奴らもそれを分かっている筈だ。今頃、城の防備を強化して大筒に鉄砲を並べて待ち構えているぞ」


 しかも、あの三浦衆と共にな、と重臣の一人が呟くと誰もが一様に苦虫を噛み潰したような顔になる。

 意地だけで長期間の籠城を行える三浦衆に、こちらを圧倒する火力を持つ里見勢。今までの経験からしてこれを相手にするなぞ、万を超える大軍を編成し間断なく攻めなければ勝てないと認識し始めていた。


「今は耐え忍ぶしかあるまい。上総国から逃れてきた将兵と民は出来る限り保護せよ」


 かくして、北条は上総国から手を引き、東金・士気の酒井氏、北条方に付いていた筈の庁南氏など上総国北部の有力な国人衆らが次々と里見方に鞍替えしていった。

 中には里見なぞに従えない、北条に義理立てて抵抗する者もいたが、手柄が欲しい里見勢の猛攻に飲み込まれ、呆気なく滅んでいった。

 そして大した被害も無く戦は終わり、里見家は遂に上総国全域を領有する事になった。



 天文二十三(1554)年七月上旬 上総国 久留里城

 

 今回の戦は義舜の目的も達し、三浦半島南半分と上総国を獲得し正に大勝利と言えるものだった。

 綱成を撤退に追い込んだ義舜は勲功第一位。そして小弓公方・足利義明の長女、青子との祝言と家督相続が発表された。

 三浦水軍と鎌倉の相模水軍を撃破した義頼は勲功第二位となり、両者ともに大量の報奨金と大幅な加増となった。

 

 また、獲得した三浦半島の領地には正木時茂が入ることになった。三浦氏の係累で、あの気難しい三浦の国人衆を上手く束ねられ、また北条からの圧力に負けない者となれば時茂しかいなかった。先の戦では奮戦し、戦功も十分。相模三浦氏の直系と喧伝しているから反発も少ない。

 実際、今も時茂は三浦城へ留まって統治を進めているが、三浦衆だけでなく民衆も協力的で予想以上の速さで復興が進んでいた。まあ、これは三浦衆の言う相模三浦の復興というより、半手(対立する二勢力間にある土地の事。三浦半島では略奪などを避けるために税を北条・里見の両方に納めていた)が無くなり、税がかなり低くなったからだが。


 参陣した諸将もまた加増である。特に風魔小太郎の活躍が目覚ましかった。御庭番として戦前から情報を集め、戦では風間出羽守として一騎合衆(馬に乗る下層の武者)からなる騎馬隊を指揮し、綱成の本陣への殴り込みに成功。

 この当時では異例なことであるが、義堯自らが陪臣の小太郎に報奨金に感状や陣太刀などが下賜された。

 兵もまた米や銭など気前よく支払われたので、大量の褒美を貰い、みな大喜びしていた。


 だが、代償も大きかった。

 

「陸軍は兵が損耗し、各地に戦力が分散したことで動けません。また玉薬も備蓄が少ない上に火縄銃や大砲など多くの火器が、焼けつくか乱戦で損傷して使い物になりません」

「水軍は損害は少ないですが、獲得した三浦半島の海域防衛に物資輸送で手一杯です。また水夫達の負担が大きく、疲労が溜まっています」


 会合の席でそう告げる義舜と義頼の顔には濃い疲労の色が見えた。他の面々も、疲労のあまり土気色になった顔に目の下にべったりと黒い隈を張り付けていた。


 何をするにも、人手が全く足りないのだ。特に現場で指揮出来る足軽組頭や足軽大将と呼ばれる士官クラスが全く足りていない。

 

 重臣や周辺地域の国人衆らの縁故を使って、どうにか獲得した土地には支配するための代官、防衛するための守将と戦力の配置など必要最低限の事を済ませたものの、守り切れるかと言われれば難しいと言わざるを得ない。

 なにせ軍勢は再編途中で動かしたくとも動かせられない。武具の補充をしたくとも生産が追い付かない。物を造る職人が足りない。そして造った物を輸送する船も人も水夫も足りない。


 馬借や廻船問屋だけでは足りないため、馬を持っている百姓や漁師まで雇い入れていた。中には廃船寸前のボロ船を修理したり、丸竹を並べて縄で縛っただけの筏まで作っているのだ。

 また急がせる分、賃金の増加をせねばならず、戦で持ち出しの多い財政を更に圧迫し続けている。

 

 そして会合に出る面々は上に立つ者として連日連夜寄こされる大量の報告と書類、そして領地内から出てくる陳情や問題の処理をしなければならず、休む暇が全く無いのだ。


「ふむ、軍は動かせられんか……。ほれ、義頼、若いのだからもっと気張れや」 

 

 そんな中、義堯だけは疲労を見せず、むしろ精気に溢れた表情を浮かべていた。上総国では陣頭指揮を行い、帰還してからは人一倍、精力的に働いていたというのにだ。

 なんでこんなに元気なんだろうな、と義頼は内心思いつつ「努力します」とだけ言った。


「うむ、期待している。時忠、続きを」

「はい。国内では米の買い占めと流通が滞っている影響で価格が上がったままです。またこれに釣られて他の物品や賃金も値上がり傾向です」

「これ以上の価格上昇は?」

「どうにか抑え込んでいます。ただ、秋の刈入れ頃まで落ち着かないかと」

「「「うぐ……」」」


 食糧が行き渡らず、物価が上昇すればそれだけ国内の不満が溜まっていく。だが物があっても人も船も馬も不足していて流通が滞っていてはどうしようもない。


「……秋まで頑張ろう。それまでの辛抱だ」


 とにかく、流通が安定するまで町触を出して価格を抑え、食糧に関しては飢饉対策に備蓄していた穀物を放出するしかないと結論が下った。


「俺、祝言挙げられるのかなぁ……」と、義舜が遠い目で呟く。

「今年中にはどうにかする。だから我慢しろ」

「ははは……」義頼は乾いた笑いを零した。

「ま、まあ、水軍は三浦水軍の再編さえ済めば一息付けますが……。陸軍は大丈夫なので?」


 義頼が尋ねると、義舜ら陸軍関係者は一様に暗い表情を浮かべた。

 

「……正直、今のままでは持たん。先の戦での将兵の損耗が激しく、あれが続けば間違いなく兵が枯渇する。それに、金が掛かりすぎる」

 

 今の里見家の軍制は志願兵制であり、浪人やあぶれ者、流れの雑兵を雇って徹底的な訓練を行い、練度と規律を維持してきた。

 この当時の足軽の給料は上杉家の例を上げると、年間四貫文+戦働きの報酬が支給されていた。里見家ではこれに衣食住をつけ、また家族手当や引退後の職の斡旋、更に戦死後の供養と、他家よりも厚遇であった。


 というのも、里見家の戦術は銃兵・槍兵・砲兵・騎兵と兵科の専門化を進め、戦術と規律を叩きこむために厳しい訓練を行っており、安い給料だと評判が悪くなってしまう。そのため、数が多くなればなるほど費用が掛かってしまう。


 安く兵を揃えられ、かつ損耗しても早期の補充を可能にするにはどうすれば良いか。

 まずは、臨時雇用である雑兵。これなら安く済むが、練度の問題がある。当然の事だが、薄給だから言う事は聞かず、命をかけられない。

 そこで義舜が目を付けたのが半農半兵。長宗我部家で行われていた一領具足や、明治期の屯田兵。またはスウェーデンの地域州連隊制であった。

 

「……それは難しいのでは?」為頼が言った。「まず郷村が人手を出すことに納得しない筈。それに百姓が力をつければこちらの要求を無視し始めますぞ」

「無視だけならまだ良い。何かあれば必ず一揆を起こすぞ」


 基本的に、戦国大名は農村からの徴兵は行わない。百姓が兵として戦に行くのは義務では無かったのだ。

 これは当時、村ごとの自治性が異常に強く、また食糧生産率が高くないことにあった。

 現代の様に機械化されている訳でもないので、労働者が一人でもいなくなれば生産力が落ちてしまう。生産力が落ちれば村自体も弱ってしまうため、自分達に不利な要求であれば例え相手が大名であっても拒否できた。


 もし大名が無理に要求を通そうとすれば百姓は容易に武装して抵抗するか、逃散するのがこの時代なのだ。一揆を鎮圧しても逃散されても大名に残るのは減収と悪評である。だから大名にとって下手な要求は出せず、百姓は大事にしなければならなかった。


 またこの関係で、大名は百姓には力をつけて欲しくなかった。統治が難しくなるからだ。

 故に兵は大名に仕える武士とその一族郎党、あとは浪人、出稼ぎの百姓など傭兵や志願者のみであり、彼らに報酬を約束して雇っていた。

 

「確かに、ただ徴集しようとすれば反発は出るでしょう。ですが、今なら兵を集めることが出来ます」


 郷村には法に従って自治と国策を陳情できる権利を与える代わりに、大名に従って一揆を抑止する義務を負い、年貢・諸役を村全体の責任で納めるようにする村請制の発布。

 そして村高を基に、郷村ごとに兵の数の割り当てを決め、地区ごとに定員百五十名の中隊を編成。この中隊をいくつか組ませて備を形成する。郷村は割り当てられた人数の兵を必ず出さなければならず、また補充や維持に責任を負うようになる。


 この見返りに、手作地の年貢の一部、および武士の仕事を免除。徴集された兵には家と開墾しても良い土地を与え、必要な武具と衣服は貸与。戦時の際には賃金も払う。

 平時において兵は自分の農地で働き、必要に応じて道路整備や河川工事などの公共事業の労働に駆り出すことになる。戦時になれば兵は地域ごとに集められ部隊を形成し、戦うことになる。


 これらの利点はまず、金がそこまで掛からないということ。兵に農地を耕させることで給料は直接そこから支給できる。米や麦といった物品給与なので貨幣制度が未発達でも給与を滞りなく行える。兵らは同郷の者らと組むため連帯感が生まれやすく、定期的に訓練すれば高い練度も維持できる。 

 また、大名に直接雇われることで戸籍と税金の把握がしやすくなり、中間層を排除できるようになる。そして、兵自身に大名へ帰属意識を持たせられると考えられた。


「十中八九、村々はこちらの要求を呑む筈です。今までの政策で数は少なくなっていますが、未だ部屋住みの三男四男はいますし、零細農家も多い。郷村としても新たな耕作地を得られるなら奴隷や人足などを雇い入れて兵として出そうとするでしょう」


 むしろ、こういった人員が兵となるよう義舜は進めるつもりであった。

 彼らは農村での激しい労働や命令に慣れており、従順で頑強だ。軍事訓練を行ってもさほど困難では無いだろう。それに、兵としている間は賃金が支払われ、自作農になれる。

 この時代において自分の土地が持てるというのは非常に魅力的だ。自作農になれば家族が持てるし、田畑を子に残すことが出来る。

 それを考えれば、全く兵が集まらないと言う事にはならない筈だ。

 

 そういう事か、と義頼は内心納得した。見ればみな得心いったようだ。

 義舜は兵の動員だけでなく、里見家による支配と税収の安定も狙っているのだ。

 この時代の武士も農村も大名に忠誠心の欠片も無い。情勢が悪くなれば上総国の国人衆の様に普通に裏切る。なので、どこの大名も自身に忠誠を誓う旗本の整備を必死に行っていた。この制度が上手くいけば、大名に忠誠を誓う武装農民、後の旗本が大量に生まれることになり、安定した税収も見込めるようになる。

 軍事力と資本が多くなればそれだけ支配力が増す。そうなれば国内の安定化が進み、今後の政務もやりやすくなるのだ。


「ははぁ、今なら出来る、というのは上総国が手に入ったからですか」

「そうだ。安房国は狭いからな」


 元々、義舜はこれを先に実施しようと考えていた。

 当時は侍と雑兵が主力だったが、雑兵は銭雇いで能力の個人差が激しく、責任感も気迫にも欠けるから直ぐに逃げてしまう。また南総という立地から、外から人はあまり来ないのだ。


 だが、改善したくても安房国の地域柄から出来なかった。集めた百姓に訓練を行える人材はいなかったし、安房国は漁業と交易で栄えた国。地形は山がちであり、農民に支給できるような土地が無いのだ。

 それに小さな耕作地を巡って国人衆が血みどろの争いをしてきており、下手に土地について突けば大問題に発展する恐れがあった。


 対して、上総国は古来より広大な土地を持つ大国である。現状の上総国は貫高で十五万。石高だと凡そ三十万石ほど。国内で生産される麻織物の上総上布はあればあれるだけ売れる。水の問題はあるが雑穀の生産には問題無く、西部沿岸は漁業に向いている。少しの手入れで二十万貫(四十万石)は固いと見ていた。

 しかし、現在では相次ぐ内乱によって荒廃し、百姓が逃散して廃村になった個所も多い。

 

 里見家の領地は長年の政策で力をつけ、ノウハウが蓄積している。また検地の実施で人口や戸籍も把握できており、練兵に必要な人材も志願兵制で確保できている。これを機に代開地を提案するなど国人衆の仲裁を進め、また国内から希望者を募り上総国内の村を復興させたいと考えていた。 


「これ、結局仕事が増えますね」

「だが、やるしかないのだ。人手が足らん。それに史実通りに北条は今川と武田との三国同盟が結ばれた以上は兵だけでも揃えないとまずい」

「ふむ……」


 暫し瞑目したのち、義堯は告げた。 


「良いだろう。試験的に、その、一領具足だったか? これを導入してみるか」

 

 練兵が上手くいくかどうかは分からないが、どちらにしても損はない。成功すれば兵が、失敗しても普通の百姓と人足として使えば良い。農村が復興すれば結果的に税収が増え、兵を多く雇える。

 それに甲相駿三国同盟が起きており、また戦で勝ったからにはより北条からの圧力が高まる。

 できる限りの準備は必要、と義堯は考えたのだ。


「で、兵の動員はどれくらいを考えている?」

「五千貫文当たり一個中隊(百五十名)、四万貫文ごとに一個連隊(千二百名)を考えております」


 現状の安房国と上総国の石高はおよそ四十万石。義舜の想定を当てはめれば最大動員数は六千人となる。

 戦国時代はよく万石につき二百五十~三百人前後と言われ、それに比べればかなり少ない数字になる。ただ火縄銃と大砲を配備して火力を大幅に上げており、また志願兵の連隊と水軍の維持も考えれば、これが限界であった。


「……五万貫文ごとに一個連隊が良いかと。あまり兵に取られると経済が悪化します」


 時忠の言葉に義頼や安泰が頷いた。里見家の主な収入源は商業、つまり漁業と交易によるもの。特に義頼と時忠ら水軍関係者は収入の殆どを捕鯨と商船の賃貸及び運上金で賄っていた。人手が兵に取られすぎると経済が悪化してしまいかねないのだ。

 

「それだと一個連隊少なくなる。今後を考えると戦力は多い方が好ましい」

「国防は確かに重要ですが、兵を多くし過ぎて経済が悪化すれば本末転倒では?」


 暫し、義舜と時忠の無言の睨み合いが続く。これに待ったをかけたのが義堯であった。


「どのみち、徴集した兵の戦力化には時間が掛かる。現行の軍制もあるのだ。今は四個ほどで十分だろう」

「……は」しぶしぶ、といった感じで義舜は頷く。

「まあ、今後の活躍次第で増やすこともできよう。今は導入できるかどうかを優先してくれ」

「はい」

「あとは徴集する兵の定年も決めた方が良いですね。決めないとよぼよぼの老人を送り込まれそうだ」

「……あり得るな。実際にそれをやられたことがある」

「でしたら定年を決めましょう。そうですね、四十歳にしましょうか。定年になった場合、兵役を息子など家族に引き継がせる事も可能にすれば年齢を一定にできます」


 それが良いか、と義舜も納得する。


「あとは獲得した土地の検地に、給与体系を構築しませんと」

「しかし物納ですか。銭払いは駄目なので?」

「難しいな。上総国はそもそも貨幣経済が未発達だし、銭そのものが無い」


 というのも、この頃から良質の永楽銭が不足し始め、ビタ銭が多くなっていたからだ。

 この頃の税制は貫高制、つまり田畑一反につき年貢を決め、銭で納めさせる制度である。利点は他の賦役なども現金で換算しやすいのだが、欠点は銭が無ければ徴収できないのだ。そのため、米などによる代納が行われていた。


 一番は大量の永楽銭を鋳造し、各地に貨幣経済を普及させれば良いのだが、鉱山が無く金属を輸入に頼っている現状では無理な話である。故に、ここらで米や麦、布といった物納に切り替えて税収を安定させたかった。


「確かにな。最近、ビタ銭が多くなっているな。だがいきなりは無理だろう。暫くは様子見ながらがよかろう」

「代納自体は今までも行われていますが、やはり輸送の手間がかかります。あと升を弄ってちょろまかす馬鹿も出てきそうですね……」

「升はこちらで用意する。あと焼き印付きのもの以外は認めないようにしよう」

「軍備と税制の改正についての交付は? あと幼少期からもっと規律を仕込んでおきたい」

「高札と、あとは新聞や紙芝居師と子飼いの行商人の出番だろう。彼らに新聞を持たせるなり、紙芝居で思想を植え付けていくしかあるまい」

「あとは賞罰の問題も……」

「もうすぐ起こるだろう干ばつ対策も……」

「永楽銭の流出を抑えるために、金銀の秤量貨幣の発行を……」


(仕事、また増えるなぁ……)


 喧々諤々とやり合っている姿を見ながら、義頼は内心でそう嘆息する。

 問題は山積み。そこに休む暇も無くまた仕事が追加されるのだ。というより、自ら仕事を増やしている気がするが、これで何もしなければ家臣や民衆の不満が溜まり、最悪、物理的に首が飛びかねない。それが分かっているからこそ皆働いているのだ。


(目先の問題は船が足りないのをどうすればいいか……。いっその事、甲型用の資材を使うか? だがそうすると後が怖い)


 今回の煽りを受けて義頼肝いりの「四四艦隊計画」はまた建造停止中になっていた。職人が足りないからだ。後の大型軍艦一隻よりも、二隻、三隻でも多い中小商船が必要だった。だが大型軍艦の艦長という分かりやすい褒美を無くすのは惜しかったし、何より義頼の心情的にも計画を中止するのは嫌だったのだ。


 と、ここで外から近習の声が掛かった。来客は風魔小太郎であった。

 一旦議論をやめ、入室を許可する。


「失礼いたします。殿、報告があります」


 小太郎の声に義頼は思わず顔を顰めた。こんな時に来るのは大体が嫌な話が相場である。


「今度はなんだ?」


 こめかみを抑え、溜息交じりに義頼が尋ねた。

 そして告げられた言葉に一瞬、固まってしまった。他の面々も呆気に取られていた。


「……すまないが、もう一度報告を頼む」


 いち早く再起動した義頼が言った。

 小太郎は小さく返事すると、再び言葉を繰り返した。


「上野国の忍びからの急報です。関東管領、上杉憲政が敗死したようです」


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