表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/41

第16話 風雲!峰上城

ようやく投稿です。楽しんでいただけたら幸いです。

 ある日の、とある屋敷にて。


「やるぞ」

「ああ、このままでは我が一族は取り潰される」


 正木(まさき)時治(ときはる)ら内房正木氏に連なる者と、吉原(よしわら)玄藩助(げんばのすけ)ら北条方に与する国人ら数名が密談を繰り広げていた。


「しかし、大丈夫なのか? 里見は鉄砲や大筒といった新兵器を所有している。勝てるのか?」

「北条氏からは兵糧米や武具が送られてくる。それに、里見勢にも不満を持つ者がいると見て我らに兵糧や武具を売りつけてくる。問題は無かろう」

「ああ。それに北条氏は我らの所領と認め、更に加増するとしている。この好機を逃してはならん」


 時治は北条氏から送られてきた虎印の押された印判状を広げ、断言する。

 印判状には時治が言ったとおりの事が確約されており、今までの所領を認めるほか、新たに相模国の金田(今の三浦市南下浦町金田)、矢部(今の横須賀市大矢部・小矢部あたり)、浦賀(今の横須賀市東浦賀あたり)などを与えるとしていた。

 新たな領地は、吉原玄藩助ら峰上衆に与えられるのも含めておよそ七百貫、石高――地域や時期によって変わるが、北条氏は一反(一石)を五百文としていたため、一貫(千文)を二石とする――にして千四百石となる。北条氏から出したのは破格の条件であった。


「長年仕えてきた我らを、里見がまず裏切ったのだ。我らは一族を残さなければならない」


 この言葉に誰もが頷く。

 武家にとって、一族を繁栄させ、後世まで残すのは義務であった。里見が冷遇するならば、関東の雄たる北条氏に付く。本人らからすれば当然の考えであった。


「そのためには北条氏に忠誠を示さなければならない。皆の者、ゆくぞ」


 そして、彼らは行動を開始した。



「――と、まあ。そんな事を言っていたようです」


 会合の場で時忠が言った。調略により、とある内房正木氏の傍流の者を味方に付けたのだ。この者は以前ならともかく、今の里見勢には北条が付いても勝てないと考えていた。

 領地は里見に近く、北条は遠い。そして里見は敵対者には苛烈だ。ここで裏切ったら一族共々根絶やしにされると恐れたため、領地の安堵を条件に時忠の調略に従ったのだ。


 時忠はその者からの報告と、潜り込ませた商人や小者らによる情報を照らし合わせた結果、事実であると判断したのだ。


「ふん、不満ならば今までの行いを鑑みれば良いものを。戦での失態、北条との内通、度重なる命令違反をすれば、本来ならこれだけでは済まないのだぞ」


 報告を聞いた義堯の言葉には、呆れと失望が混じっていた。


 義堯からすれば、今まで内房正木氏には温情をかけていた。

 元々、義堯は正木時茂、時忠と共に金谷城(現在の千葉県富津市)で挙兵し、父の仇打ちとして当主であった里見義豊から家督を奪った。これに内房正木氏も従った。この時の恩を義堯は忘れてはいなかった。

 だからこそ、自身の思い入れもあり、内房の重要拠点である造海城を任せたのだ。前回の戦で甚大な被害を出し、内房の守りが危うくなったから金谷城の水軍を増強させた。もし内房正木氏が立て直したなら金谷城の水軍は減らし、長年の功労も踏まえて新しい領地を用意する気だった。

 だが、今となっては全くの無駄となってしまった。


「まあ、こうなっては仕方ない」義堯は溜息をつき、そして冷然な表情となる。「奴らの動きは?」

「こちらをご覧下さい」と、時忠が周辺地図を広げ、その上に駒を置いて説明を始めた。「どうやら北条水軍の襲来と同時に動くようです。玉縄と浦賀の水軍が造海城の水軍と合流し、金谷城を、他の国人衆は峰上城を占領する模様です」


 コト、コト、と金谷城近くの海上にひとつ、峰上城にひとつ駒を置く。


「当然の動きだな。あそこは少数でも戦いやすい」義堯は頷く。「しかし、小櫃ではなく金谷城を狙うか。三浦との交易路を手に入れるためか?」

「それもありますでしょうが、今回のは撹乱と時間稼ぎのためでしょうな。それに、現状では北条も無茶できません。小櫃を占領しようにも兵を輸送する船が無く、戦力差があります」


 義堯の疑問に為頼は答えた。

 史実ではまず北条氏康が内房――現在の木更津市と袖ヶ浦市の境目、ちょうど東京アクアラインがある一帯で上陸したと考えられる――へ上陸し、久留里城近くの小櫃を占領した。そして内房正木氏が裏切り、また北条の支援を受けた吉原玄藩助ら二十二人衆が峰上城を占拠した。


 峰上城は上総国内と館山に向かう陸上交通の要所のひとつだ。そこで里見勢と争いを続け、後に北条が久留里城を包囲する要因の一つとなった。

 その後、玉縄城から出撃した北条綱成が率いる三浦水軍の襲来によって上総国西部が戦場となった。

 

 しかし、この世界では先の海戦によって江戸湾に展開していた北条水軍は壊滅している。また史実のように攻め込まれないよう、内房の防備を固めている。特に重要拠点である椎津城、佐貫城、金谷城は防備を強化していた。三崎城から浦賀水道を通って北上するという手段も考えられたが、海域が狭いため敵の拠点近くを通らなければならない。なので、脆弱な輸送船が通るとは考えられない。


「それに、金谷城の近くには日我殿のいる保田妙本寺があります。ここを抑えれば我らに十分な嫌がらせになると北条も考えたのでしょう」

「……ふん、成程な」


 嫌がらせ、と聞いた義堯は苦虫を噛み潰したかのような不機嫌な表情になった。

 今までも北条の侵攻を防ぎきれず、保田妙本寺を制圧され、時には貴重な書物や建物が焼かれるなどの被害があった。


「だが、今度ばかりはそうはさせん」義堯は一息置き、言った。「義舜、義頼、軍は準備できているか?」

「はい。陸軍は既に準備できております。士気、錬度共に高く、敵の撃滅に問題ありません」

「水軍もです。航路上の哨戒船と腕木通信で哨戒網もできており、軍船は建造を急がせたお陰で数は揃っています。錬度に関しては、可能な限り上げましたので悪くはありません。ただ、もう少し時間があれば[春風(はるかぜ)]と[(さくら)]、[(たちばな)]も実戦投入できたのですが……」


 義頼の言う[春風]、[桜]、[橘]は建造された海防艦の名前で、[春風]が甲型海防艦、[桜]、[橘]は乙型海防艦である。

 完全な西洋式帆船である甲型・乙型海防艦は当初の予定よりも大幅に遅延してしまった。数が揃えやすい従来型の軍船の建造が優先されたのと、材木の消費量増加による建造費の高騰、そして使用する船材の加工に手間取った為だった。

 どうにか今年の三月に甲型・乙型の進水式が行われたが、現在は艤装の取り付けの真っ最中だった。当然、水夫の訓練も行われていないため、今回の戦には動員することはできないのだ。


「仕方ないだろう。戦いは数だ。現状では高性能の艦一隻より従来の軍船二隻の方が有難い」

 

 義舜の言う通りだった。特に新型艦は従来の軍船とは根本からして違う。建造が間に合っても訓練が終らない可能性の方が高かった。ならば、従来の軍船を量産し、大筒を載せて戦力を増強した方が安上がりであった。


「そりゃ、そうですが」と、義頼は呟く。

「しかし、戦いは数と言うならば大丈夫でしょうか? 峰上城はかつて北条の守将が入っていた城。それに反乱に参加した兵数も多く、此方からも武具や食料を売りつけているそうですが……」


 元々、峰上城は真里谷氏が築城した城である。だが、十年前には氏康によって北条方であった伊丹氏が入っていた。

 また、館山を中継地に、大多喜や勝浦から運ばれてきた物資が内房正木氏に渡っていた。あからさまな動きであったし、時忠から説明を受けていたとはいえかなりの量になる。こちらの被害が多くなるのでは、と義頼は考えていた。


「兵数に関しては予想外ですが、まあ問題無いでしょう。それに売った物は粗悪品や老朽化して要らない武具でしたし、痛んだ食料を横流しという体で転売させましたから。お陰で儲かりました」

「全くだ。その銭で色々と揃えられました。あと、攻めさせる峰上城には義舜様と実元殿と共に楽しめるよう改修を施しております。負けはしません」


(何やったんだ、この兄弟は……)

(流石は兄弟。よく似ているな。やり方があくどい)

(……時茂も大分時忠に似てきたな)


 悪辣な顔で嗤う正木兄弟に、残りの面々は内心でこいつらだけは敵に回したくはない、と思いつつも話を進める。


「兵が可哀想ですが、これも戦ですからね。ですが、時茂殿。峰上城で楽しめるようにやった、というのは?」


 安泰は正木兄弟を敵に回してしまった内房正木氏の不幸に同情しながらも、気になった部分について時茂に質問した。

 時茂は満面の笑みで答えた。


「来月の今頃には、未来では[あとらくしょん]という言葉でしたか。峰上城を泣いて喜ぶほど満喫していますよ」


 ゆっくりしていってね、そう時茂は言った。



 天文二十二(1553)年六月 上総国 峰上城


 峰上城は、江戸湾に流れる湊川中流域(現在の富津市上後)にある丘城である。

元は真里谷氏が築城した城で、標高は130メートルほどであるが、この城の最大の特徴は周囲を囲む垂直切岸と、二十五か所もの堀切である。本城の北側には環神社があり、そこから先は七つの堀切があるため、裏から回ることが出来ない。

 かといって正面から攻めるにも、ひたすら細く長い道を駆け上がるしかない。広大な本郭部には幾つものの階段状の曲輪があり、とにかく攻めづらい。周囲の崖は岩盤むき出しの、最大で二十メートルの高さとなっているため、落ちたらまず助からない。


 この城を制圧するべく、吉原玄藩助ら反乱軍たちは怒涛の勢いで峰上城に篭る安西氏らに攻撃を加えていた。


「かかれ、かかれェ!敵は少数ぞ、突っ込めぇ!」


 総大将である玄藩助が大音声を張り上げる。吉原軍の兵たちも喊声を轟かせ、力の限り走る。僅かな城兵が鉄砲や弓、槍で応戦するが、吉原軍は味方の屍を踏み越えて虎口に殺到し、ぶつかり合った。両軍とも槍で叩き、突かれて次々と倒れていく。そして、倒れた兵は敵味方関係なく踏みつぶされ、虎口には無残な姿に変わり果てた兵のみが残っていた。


「ふむ、情報通りだな。鉄砲も少なく、篭っているのも小勢」

「確かに。これならば落とすのに一日もかかりませんでしょう」


 城兵は必死の防戦を行っているようだが、既に入口に近い曲輪は突破し、吉原軍は要害を攻めていた。この後ろには中城、本城となっており、落城も時間の問題であった。


 吉原軍本陣では楽観的な意見が出始めていた頃、前線では時茂曰く、泣いて喜ぶアトラクションが始まっていた。


「ぎゃっ!」

「い、でぇ!」


 逃げる城兵を追撃しようとした雑兵は、擬装していた落とし穴に片足が持って行かれ悲鳴を上げた。深さは五寸ほどだが、中には釘が仕込まれていた。穴の内向きに釘が打たれているため、足を引き抜こうとした兵たちは再び絶叫を上げる。


「くそ、罠だ! 止まれ、止まれェ!」


 前衛の兵が罠を避けようにも、状況の解らない後続の兵から押されるため、前衛の兵たちが次々と罠に掛かっていき、悲鳴を上げた。後続の雑兵たちは彼らを無視して更に前進する。


 乱取りするため、屋敷に入った雑兵たちは思い思いに米、武具、金銭を盗み出していった。

 そのうちの一人が足元に張られていた糸を引っ掛けた。


「ん? な――」


 最後は言葉にならず、飛来した矢が首に突き刺さり、倒れた。

 他にも仕掛けを作動させた兵たちが次々と悲鳴を上げ、倒れていった。


「くそ、矢楯を持ってこい!」


 目の前で倒れる味方を見て叫ぶ。

 しかし、仕掛けてあるのは前からだけでなく、上下左右と周囲を囲むようにからくりの弓が仕掛けられていた。飛来した何本かは用意した矢楯に突き刺さったものの、隙間を縫って後ろにいた兵を殺傷した。


「おい、ここも罠だ」

「斬るぞ、用意は良いか?」


 連携し、雑兵たちは矢楯を構えながら進み、槍で張られていた糸を切った。


「……何事も無い?」


 直後、天井を突き破り、丸太が降ってきて周囲ごと粉砕し、足軽たちを肉塊と変えた。


「くそったれ、何だこの城は――」


 運よく生き残っていた兵は一先ず逃げようとある部屋の中に入り込んだ瞬間、床板が回転し、穴の中に落ちて串刺しとなった。

 床板は何事も無かったかのように元に戻り、穴の中が貯まるまで続いた。


 ある一団はひたすら前進し、中城へ至る道にたどり着いた。中城や本城にあるだろう大量の金銭や米が目的であった。細い道を進み虎口まで至ると突如、音がした。


「なんだ?」


 不審に思い、顔を上げる。

 地響きを鳴り響かせ、球形の大石が転がってきたのだ!


『う、うわああぁぁァァっっッ!!』


 絶叫を上げ、逃げようにも動けず、兵たちは崖から落ちるか、大石に踏み潰された。大石は跳ね上がり、後続の兵たちに目掛けて落下。その場にいた兵は潰され、衝撃で割れた破片が周囲の兵を殺傷した。


 この惨状は、本陣にも伝えられた。


「で、でっ伝令! 前線で罠に嵌まる者が続出! 混乱しています!!」

「なにィ! 何をやっておるのだ!!」

「す、既に一部の雑兵どもは逃げ出しており、後続の兵とぶつかっております! 纏められません!!」


 伝令兵が絶叫する。一部の、罠から生き残った兵たちは逃げようとしていた。だが、周りは崖。降りることは出来ない。元来た道に引き返すしかなく、後続の部隊とぶつかり、混乱が起きていたのだ。侍たちが混乱を鎮めようと必死に叫んでいたが、恐怖と怒号に支配された兵たちを纏めることは難しい。声だけが虚しく響いていた。


「伝令ッ! 撤退していた敵部隊が反転! 攻勢に移りました!!」

「くそ、やられたっ!」


 玄藩助は全て理解した。自分たちは引きこまれたのだと。


 ある時、義舜や実元、時茂、時忠たちはどうやって内乱を起こす敵を一ヵ所に纏めるかで悩んでいた。


 史実通りならば峰上城、金谷城が攻撃を受けるが、内房正木氏の減封などで本当にその通りになるかは分らないのだ。それに、金谷城、峰上城の兵を増員して防御を固めればまず攻撃はしてこないだろう。兵数が少ないのに、わざわざ兵数が多くいる堅城を攻撃する者はおらず、両城には劣るが、近場にも拠点となりうる城があった。

 またゲリラ戦をやられるのが厄介なため、出来る限り一会戦で撃破するのが望ましい。何もしないという手もあるが、金谷城、峰上城を奪われ、勢いに乗られるのは拙い。泥沼になる。


 良い案が浮かばず、休憩がてら雑談をすることにしたのだ。その時、実元や時忠が前世でTVの話をしていたのだが、その中に義舜と時茂が興味を持った内容があった。[風雲た○し城]や[SAS○KE]の事である。


 義舜と時茂はこれを聞き、峰上城に大量の罠を仕掛け、敵を城内に誘い込むことを思いついたのだった。


 城を守る安西氏にも義舜たちが説得し、協力して貰い、峰上城に大量の罠――ブービートラップ――を仕掛けた。機密保持のため、表向きには城の改築として、罠の設置には義舜と実元の工兵部隊があたった。

 敵が攻めて来たならば合図を出し、軽く当たった後に本城の手前にある中城まで撤収。敵を城内に誘い込む。城内には乱取りをさせるために米や金銭を残しておき、罠にかかる様にする。


 目論見通り、敵の雑兵たちは残されていた米や金銭に飛びつき、罠に嵌まって損害を出し続けていた。そこに城兵たちが逆襲に転じた。


「撃て撃て! 敵は浮足立っておる! 今が反撃じゃ!!」


 城主に鼓舞され、鬱憤の溜まっていた城兵たちが鉄砲や弓で次々と射かける。逃げようとする兵に突き刺さり、悲鳴を上げて倒れていく。更に混乱が深まっていく。


「擲弾兵ッ! 粉砕しろ!」


 擲弾兵達が点火した焙烙玉を勢いよく振り回し、放り投げた。

 緩やかな弧を描いた焙烙玉は混乱する敵兵集団に着弾。轟音。炸裂。破片が兵を殺傷した。恐怖に駆られた兵たちが潰走し始めた。


「踏ん張れ、踏ん張るのじゃ! 敵は少数ぞ! 落ち着いて対処するのだ!!」


 どうにか踏みとどまろうとして、前線の大将が大音声を張り上げるも直後に鉄砲で狙い打たれ、鉛玉は兜を突き破り、頭を吹き飛ばした。辺りに血を撒き散らして崩れ落ちる大将を見た兵たちは、わあっ、と悲鳴を上げて逃げ出した。


 これを見た峰上城の城兵は打って出ることを決断。城主自らが槍を持ち、兵を前に槍の石突で地を突く。


「えい、えい」と、曳声(えいごえ)を出せば、

『おうッ!』と答え、統率された動きで追撃戦を始めた。


 その状況は、玄藩助のいる本陣からも分かった。


「おのれ、おのれ里見がァ!」


 こんなのは戦いではない。

 顔面を赤く歪ませ、目を充血させ、こめかみに青筋を立てて怒鳴り散らす。この状況では罵ることしかできなかった。


「吉原殿、撤退じゃ。直ぐに敵が来る! 仕切り直そうぞ!」

「ぐ、ぐうう。おのれエエ……」


 悲鳴に似た叫びを受け、玄藩助も撤退しようと近習に愛馬を連れてこさせる。


 だが、遅い。


「て、敵襲ゥ! 後方に里み―――」


 轟音。直後に伝令兵の頭がはじけ飛んだ。赤と白が混じったものが玄藩助の顔にびじゃり、と飛びかかった。


「突っ込めぇエエ!」

『オオオオアアァァァぁぁ!』


 吉原軍の後方に回り込んだ里見軍は義舜の号令と共に喊声を張り上げ、突撃を始めた。

 安西氏の本隊も混じっており、勢いも数の優位も里見軍が受けていた。


 目の前で濁流の様な猛攻を受け、吉原軍の兵たちは呑み込まれていく。


「吉原玄藩助だなァ! その首、貰ったァ!」


 玄藩助に目掛けて一人の若武者が槍を突きだした。


「――ふざけるなあァァぁぁ!」


 前に踏み込み、槍を避ける。怒りのままに太刀を引き抜き、兜ごと頭を叩き割った。そのまま太刀を横薙ぎに振るう。他に迫っていた兵の首を斬り飛ばした。


「貴様ら、如きに、この吉原玄藩助の、首は、やらせんわァ!」


 玄藩助は血に染まった顔に憤怒の表情を浮かべ、裂帛の気合を放つ。

 強烈に威圧され、僅かに里見軍の兵がたじろぐ。

 「どけ、どけ」と人垣をかき分け、一人の武者が玄藩助の前に立つ。

 里見義舜であった。大将だというのに抜き身の太刀を右肩に担ぎ、柿渋染めの軍服、その上に当世具足を纏った奇妙な姿だった。

 

「さァとォみィ、よくも」

「戦だからな、玄藩助。これも戦なんだよ」


 義舜の知っている戦争は、煌びやかな甲冑を着て刀と槍で武功を競うような華々しいものではなく、血みどろで陰惨、薄汚れた軍服を着た兵たちの狂気で支配されたものだ。これも味方の損害を少なく、効率良く勝つための戦術である。

 玄藩助は獣じみた唸り声を上げ、八双に構えた。


「――殺す! こうなれば義舜、お前だけでも討ち取ってくれるわ!」

「やってみろッ!」


 互いに駆け出す。周りの兵たちは邪魔にならないよう、後ろへ下がった。


「ぬん!」

「はっ!」


 玄藩助は袈裟切りを放ち、合わせるように義舜も袈裟切りを放った。ぶつかり、火花が散る。

 義舜は直ぐさま太刀を引き戻し、逆袈裟切りを放つ。玄藩助は身体をそらして斬撃を避け、間合いを開ける。


 お互いに沈黙。睨み合いを続け、じり、じり、と玄藩助が動く。義舜は動かない。


「――かァ!」

「――オオ!」


 再び間合いを詰め、切り結ぶ。二合、三合、四合、……、と切り結んでいく。袈裟切り、逆袈裟切り、右切り上げ、刺突と次々と攻撃を繰り出す玄藩助に対し、義舜は危なげなくかわし、いなしていく。時には攻守が転じて、義舜の攻撃を玄藩助がいなしていく。


 七合、八合、九合……


 間合いを開ける。互いに太刀を振るい続け、緊張から息が上がっていた。

 玄藩助がゆっくりと正眼に構える。


「ぬぅん!」


 玄藩助が渾身の、生涯で最高の一太刀を放つ。唐竹割は、義舜を斬ったかに見えた。

 だが、僅かに半歩、義舜は飛び退き、辛くもそれを躱した。そして深く踏み込み、刺突を放った。


「ガッ」


 玄藩助は喉元に受け、横薙ぎに掻ききられる。勢いよく血が噴き出し、義舜を睨み付けていた玄藩助はそのまま力なく崩れ落ちる。玄藩助は声にもならず僅かに口を動かし、そのままピクリとも動かなくなった。勝敗は決した。

 全身に返り血を浴びた義舜は玄藩助の首を刎ね、丁寧に包んだ。そして静かに黙祷を捧げた。


 そしてその後。義舜が率いる陸軍は徹底的な追撃戦を行う。

 中心人物であった吉原玄藩助が早々に討ち取られた所為か、赤子の手を捻るかのように簡単に二十二人衆全員が討ち取られた。


「この程度で反乱を起こそうとは……」


 あまりの呆気無さに、義舜ら陸軍は驚いていた。 

 今まで優勢な方に寝返り、北条方とも里見方とも戦ったことがある国人衆が弱すぎたのか、陸軍が精強だったためか、どうも判断できずにいた。


「まあ、いい。敵が弱ければ消耗も少なくなる」


 そして義舜は顔を金谷城の方へ向け、義頼、上手くやれよ、と小さく呟き、土豪達の領地を占領するべく陸軍を動かしていった。

 

 ――峰上城をめぐる戦いは、里見の圧勝で終った。


誤字・脱字が有りましたら報告をお願いします。


人物紹介


 吉原玄藩助 <よしはら-げんばのすけ>


 実名は不詳。上総国の土豪武士である。天文23(1554)年2月27日、北条氏康から書状を受け取り、そこには「[敵地之者]を討ち捕った者や[敵地之様躰密事]を知らせた者には[百疋・太刀一振]ほか一廉の褒美、あるいは[随望知行并御引物]を与える」と書かれていた。また此方に従うならば兵糧米を送るとされていた。

 玄藩助ら土豪は北条に従い、峰上城を占拠。その後、金谷城、保田妙本寺を攻撃し、金谷城は焼失するなど数年間に及ぶ戦、情報収集、後方攪乱を行った。


 元は鳥海氏といったが、天羽郡造海郷内吉原(富津市竹岡)の在地名を名乗っていた。鳥海氏・吉原氏は、真理谷武田氏の造海城入部以前から当地に在って、その一族は鎌倉公方足利氏に仕えていたと考えられる。

 また、吉原氏は、海上で活躍し、北条氏の水軍とも深い繋がりがあったという説もある。


小ネタ


・進水式

 建造した船を初めて水に触れさせる作業。

 作中の場合、引揚船台を海に下ろし、船を海に浮かべた状態となる。このとき、船はまだ艤装、帆船ならばマストや索具や砲などが載せていおらず、船体だけ出来ている状態。


・竣工式

 進水し、艤装を取り付け終わったことで完成した船を祝う式。

 

 軍艦を例に挙げますと、

 建造開始(起工式)→船体完成(進水式)→船完成(竣工式)→就役

となります。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ