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第11話 江戸湾海戦[前編]

楽しんでいただけたら幸いです。

 天文二十一(1552)年二月 浦賀水道 第一図南丸


 ――里見義堯らが率いる軍勢は小櫃川での野戦に勝利し、久保田城を制圧。


 内房の水軍基地のひとつ、金谷城にてその報告を受けた里見水軍は椎津城を攻略するべく、浦賀水道を通っていた。

 三浦半島の観音崎と上総国の富津岬を直線に結んだ、浦賀水道で最も海幅が狭い水道に入ると潮流も穏やかで波は殆ど無く、船は時折軽く揺れる程度になった。


 江戸湾に入ったのだ。

 考えられた水軍による待ち伏せは無く、ひとまず安心するも、水軍の総大将となった五郎改め、里見(さとみ)義頼(よしより)は憂鬱だった。


「面倒クセェ……」

「そう言わないでください……」


 義頼も安泰も、頭痛がするといわんばかりの表情だった。


 二人はいつものように艦尾甲板に立っていたが、今日に限っては照りつける日差しも、纏わりつく様な湿気の鬱陶しさがいつもより増している気がした。


アレ(・・)が原因だと思いますが……ハァ」


 二人は同時に、その原因がいる後方を見やる。

 第一図南丸を旗艦とする艦隊から後方にやや離れて、館山ではあまり見なくなった従来型の関船、小早からなる艦隊がいた。


「なんで奴らを連れていかなければならんのだ……」


 義頼が溜息をついた相手は、内房正木氏を中心とする国人衆の艦隊である。

 今回の戦には内房の海賊衆も当然参加しているが、その殆どは重要だが武功も無く、目立たない小荷駄の一員か沿岸警備としてこき使われていた。


 義堯らは今回の戦で自身が自由に動かせられる軍勢の錬度と能力を確かめることもあり、無意味に略奪を行い、邪魔でしかない海賊らは要らないのだ。

 だから前線にもあまり出さなかったのだが、内房正木氏は発言力を増したいのだろう。開戦前に椎津城攻略に水軍を使うと聞きつけ、造海城主の正木(まさき)時治(ときはる)は内房の土豪らを連れていくよう義堯に願い出たのだ。


 義堯は大人しくしてろ、と言いたいのだが、時治は三つある正木一族のひとつ、内房正木氏の中心人物だ。この内房正木氏は元を辿れば国衙(こくが)の役人であり、江戸湾の関銭徴収や海上勢力の支配などに関する権限を持っていた。

 また対北条水軍の最前線として江戸湾を中心とした航路を守っており、義堯でも無下にできなかったのだ。

 恐らく、時治にはこれも計算の内だったのだろう。

 出陣間際に義堯は面倒くさそうな顔で「何もさせなくても良い。連れていくだけにしてやれ」と義頼たちに命じていた。

 押し付けられる方は堪ったものじゃないが、義頼もこれを受け入れた。


 そして現在。


 椎津城攻略に向かう里見水軍の編成は、


 第一艦隊(帆走船)  総大将 里見義頼

 ・第一図南丸(旗艦)  船長 岡本安泰

 ・第二図南丸      船長 安西又助

 ・第三図南丸      船長 真田七左衛門

 ・千鳥型砲艇      八隻

    

 第二艦隊(従来型)


 ・関船   三隻

 ・小早  三十隻


 第一艦隊、第二艦隊という名称は土豪らを連れていく際に急きょ決めた名称だ。


 第一艦隊は里見義頼が指揮をする艦隊で、元々の椎津城攻略に編成された帆走船の艦隊である。

 また、第一艦隊の図南丸は戦闘用に改装したもので、甲板上に三斤平射砲を六門(片舷三門ずつ)と竹束を設置し、他に火縄銃、抱え大筒、焙烙玉、長柄などが持ち込まれていた。


 図南丸型三隻と千鳥型八隻は近付かれる前から砲撃と鉄砲による射撃を行い、そして焙烙玉を投げ込む戦術を想定していた。この時代の軍船はトップヘビーで、しかも肋材が無く脆いので平射砲と大筒は大きな脅威となるだろう。


 そして、第二艦隊は正木時治らが編成した艦隊で、艪で航行する旧来型の軍船で占められていた。

 船の要目は以下の通りである。


 [関船]

 ・主要目

 全長:六十尺七寸(18.4メートル) 船幅:二十一尺一寸(6.4メートル) 喫水:四尺九寸(1.5メートル) 艪数:二十六挺 乗員:四十人 兵装:弓、長柄など多数


 ・備考

 水推型の艦首、折りたたみ式の帆柱、細長い船体で矢倉を持つ。矢倉の一部装甲に竹を使用。里見家では旗艦として利用され、艦隊の主力船である。


 [小早]

 ・主要目

 全長:四十二尺九寸(13メートル) 船幅:八尺六寸(2.6メートル) 喫水:二尺九寸(0.9メートル) 艪数:八挺 乗員:十四人 兵装:弓、長柄など多数


 ・備考

 水推型の艦首、折りたたみ式の帆柱、細長い船体。足元を隠す程度の楯板を持つ。

 数と快速さを生かして敵船を囲み、弓による射撃、接舷して斬り込むのに使用。


 凪いだ海では従来の軍船の艪の方が帆船よりも小回りが利き、速力も出せる。また海賊衆は江戸湾にて長年戦っているため、地形を知りつくし精強ではあるが、そもそも性能が全く違うため艦隊運動が取れず、戦術も、指揮系統と何もかもが違うのだ。


 これはある意味仕方がなかった。今まで培ってきた方法で長年海で戦ってきた自負がある。自分たちが知らない、新しい方法など信頼できぬし、ましてや、年若い安泰に教えを請うのは自尊心を傷つけられるのもあった。

 また、現在は高い頻度で北条水軍と争っているため損耗が激しく、新人の多い館山・勝浦の水軍教練を優先していた。内房の国人衆を取り纏める安西氏も率先して安泰の航海術を取り入れ、意識改革を行っていたが遅々として進まなかった。

 また総大将とはいえ、義頼は元服したばかりで初陣となる齢十の子供。実際は岡本安泰が指揮を取るが、無理やり艦隊をねじ込んだ連中だ。恐らく命令しても従わないだろう。


 そのため義頼たちは下手に組み込んで混乱させられるより、別の艦隊として扱うようにしたのだ。


「……まあ、内海ならば小回りの良さはあちらが上だ。江戸湾は波が穏やかだ。ここならば問題は無いだろう。そうだ、そう考えよう」

「そうですなぁ」


 義頼は自身を無理やり納得させるように呟くと、ここで当直の佐吉が号令をかけた。


下手廻し(ウェアリング)、よォーい!」


 義頼は艦橋から落ちないよう、手すりにしっかりつかまり、脚に力を入れる。

 掌帆員が転桁索(ブレース)帆脚綱(シート)を操作し、帆の開きを調節する。ゆっくりと舵輪を回し、船首が風下に落ちる。(マスト)に沿って張られた帆が風を一杯に受け、速力が増した。現在の風向きは北東。椎津城の方向から吹いているため、一時的に順風下になったためだ。船はそのまま海面を大きく一周し、再び風上に向かって走り出す。後続の船もそれに続いていく。

 

 帆船は帆が風を受けて走る船のため、真正面から風を受けては走れない。今回のように風上にある椎津城へ向かうには何度も方向転換してジクザクに進んでいかなければならないのだ。


「しかし、あれですな」

「何が?」


 下手廻しが終わり、揺れが収まって再び風上へ走り始めると安泰が話しかけてきた。

 未来には「なんも船長」なんてダジャレ(・・・)があるが、平時で船長でもある安泰にはこれと言ってやる事が無い。当直交代の際に報告を聞くぐらいだ。

 こうやって喋っていられるのは平和な証拠だが、非常時、悪天候や戦の時などは忙しくなる。ついでに、指揮官が戦前でも和やかに喋っている姿でも見せてやれば兵も多少は落ち着くのではないか、そんな理由もあった。


「初陣だというのに、落ち着いていますな」

「ああ、それか」


 安泰にはそれが不思議だった。

 未来では年のいった大人であったと聞いているが、いや軍人でもない平和な世の中に慣れた人だというのに、傍から見れば随分と落ち着いていた。


「緊張はしているさ。この通り、手も震えてもいる」


 周りに聴こえないよう小声で、安泰にだけ見えるよう掲げた手は小刻みに震えていた。

 武者震いではなく、死ぬかもしれない恐怖からであった。


「ただ、此処まで来たんだ。既に戦に必要な事もやった、最適な人材もいる。後は、何が必要だ、安泰?」

「勝つだけですな」

「そうだな。ならば戦まで総大将は落ち着いて構える事にしよう」


 義頼はどこか引き攣った微笑を浮かべ、手を降ろした。

 指揮官、特に総大将の挙動は士気にかかわる。どっしりと構えていれば兵は落ち着き、怯えていれば、士気は落ちる。普段通りの姿を兵たちに見せつけなければならなかった。戦に出る以上、歳は関係ない。それに、この身体はまだ齢十であったが、中身は未来では働いていた大人だ。意地やはったりをかます方法の一つや二つぐらい、持っていた。


「それに、此処で死ぬ気はないな。戦艦をまだ設計すらしていない」

「まだあきらめていなかったのですか……」


 元通りに軽口を言う義頼に対し、安泰の言葉には呆れが混じっていた。先程までの雰囲気がぶち壊された気分だった。義頼は何を当たり前なことを、という顔だった。


 ある“会合”の際、義頼――その時は五郎だった――は実元に艦船用の蒸気機関を作って欲しいと頼んだことがあった。


 実元からの返答は「無理」の一言であった。


 当然である。

 蒸気機関は原理と大まかな構造だけは知ってはいるとはいえ、開発には莫大な資金と時間が掛かる。帆も無く、機関だけで推進する近代艦船を再現するには更に小型化が必要であった。それに、例えあったとしても燃料を補給できる場所も無いので(補給基地を作っても、その頃には戦国時代が終わっているだろう)、結論として無理なのだ。


 何より、中間管理職的な立場にいる実元は既に鉄砲と大砲の生産管理、製鉄技術の改良と、仕事を抱え込み過ぎで過労死しそうであった。過労で死んだ武将なんて後世で笑い話にしかならない。

 それでも義頼は独自に館山の職人街で開発を進めており、艦載用の蒸気機関を諦めていなかった。


「折角の権力者だ。夢は諦めるわけにはいかないだろう?」

「そりゃ、そうですが。何かこう、権力の使い方が間違っている気がしますよ」

「連合艦隊だって見たいじゃないか。夢の八八艦隊とか」

「これもある意味では連合艦隊となりますよ」安泰はそう言って、後ろの艦隊を指差す。

「勘弁してくれ。こんな寄せ集めみたいな状態で、連合艦隊とか豪語してもな」


 互いに軽口を叩きあう中、檣に上っていた見張り員から声が投げかけられた。


「右舷前方、此方に向かう艦隊を発見!」


 その言葉を聞き、横目で見やる。安泰は既に武将の顔となっていた。

 平和な時間は終わりだな、と呟き、義頼は見張り員の指差す方向へ見やる。何も見つからない。迷ったように――そうとは感じさせないためにゆっくりと――顔を左右へ振る。

 ようやくで目に入った。かなり遠く、そこに小さな黒粒の塊があった。船団だろう。日常から目を鍛えている見張り員とは違い、目が良いとは言えない義頼にはよく分からなかった。


「……さっぱりわからん。黒粒にしか見えない」義頼は素直に言った。

「まあ、彼らは目に良さそうな物ばかり食べていますから。直ぐにはっきりと見えますよ」


 それから安泰の言う通り、四半刻もしないうちに敵の艦隊がはっきりと見えるまで接近した。


「……真里谷水軍の関船と小早だな。だが大きさに統一感がないな」


 船にある旗は“割菱”。数は関船が一隻、小早がおよそ四十隻。中心に関船を置き、周りに小早を置いた“鶴翼の備え”を取っていた。その名の通り、鶴の翼を広げたような攻撃的な陣形だが、普通の水軍では無かった。速力は遅く、小さな漁船や明らかに老朽化した船まで、寄せ集めと言っていい艦隊であった。


「いえ、普通だと思います。小早も船に積む短艇の様な大きさから関船並みまで幅が広いですし、足りない分は民衆から徴発したのでしょう」

「そう言うもの、か?」

「そう言うものです」


 そう言い切り、安泰は「総員、戦闘準備」と号令をかける。帆から風を抜き、速度を緩める。第二艦隊は戦のために帆柱を倒し、艪走に切り替えるためだ。

 ほどなくして、戦闘準備が終わる。進行方向に対して第一艦隊が左、第二艦隊が右となり、併走の形で動き始める。敵艦隊は変わらず、直進して来る。


「右舷、砲撃準備にかかれ」


 号令を受けて、砲手達が準備を始める。

 3門の艦砲から蓋が取り外され、玉薬の詰まった紙袋と砲弾が装填される。弾種は通常弾。いつでも撃てるよう砲車を押し出しておく。

 そして信号が送られ、第一艦隊は第二艦隊から離れる。図南丸型三隻は戦隊を組み、第二・第三図南丸は併走から追従する形となった。千鳥型は離れ、図南丸型の右舷後方に移動して横列を組み始める。


「敵艦隊、更に接近!」

「もうすぐ平射砲の射程内ですが、撃ちますか?」安泰が訊ねた。

「いや、もっと近づこう。砲弾の無駄遣いは出来ない」 


 義頼の言う通り、第一艦隊が載せている砲弾はそこまで多くなかった。生産量が少なく、そして多くが陸で使用するためだった。

 また、図南丸型には兵を乗せるために普段より人が多く、玉薬に海水が被らず静電気で着火して吹き飛ばないよう、内側に銅板の張った木箱で厳重に保管しなければならなかった。


 江戸湾にいる船は大型船は少ないと聞き、また和船ならば数発で沈むので砲弾が少なくても特に問題では無いとされた。例え外れても威嚇にはなるが、それで逃げられたら厄介だ。ここで殲滅するには近距離で当てる方が良いと判断した。


「となると、鉄砲の射程まで詰めて斉射ですか」

「その方が効率が良いだろう」義頼はあっさり言った。

「では信号旗を上げましょう。信号『モット近付イテ斉射開始』」


 すぐさま信号旗が揚げられ、後方を走る艦船にも伝えられる。

 そのまま第一艦隊は近づき、その後、左へ転舵する。T字砲撃をするため、敵艦隊に向けて船の横っ腹を見せた。


「照準よぉし!」

「艦砲、撃ち方始め!」


 号令と共に砲撃が始まる。

 三門の砲金色の砲身から砲炎が溢れ、同時に轟音と衝撃で甲板を揺さぶる。義頼は落ちないよう手すりに捕まり、脚を踏ん張らせた。直後、後方からも轟音が響いた。第二・第三図南丸も砲撃を始めたのだ。

 三隻が放った砲弾は、敵艦隊の小早二隻に命中した。


「初弾、命中です!」


 砲術長の叫びに歓声が沸き起こる。


「見事だ。安泰、次弾装填だ」

「はっ、次弾装填!」


 義頼は落ち着いた口調で命じた。内心では歓声を上げていたが、まだ敵の数は多く喜んでいられなかった。

 数十秒後、再び砲撃準備が整う。


「撃てェ!」


 再び轟音と衝撃が襲う。同じく二隻の小早に命中。うち一発は海面で跳弾してからだった。


「止まりませんな」


 安泰の言葉には感嘆と驚きが含まれていた。

 真里谷水軍には未知の攻撃であるはずなのに、混乱もせず、陣形を保ったまま怯むことなく突進してきた。それだけも驚きだが、まだまだ戦意は高いとばかりに速力を上げ、弓を射かけてきたのだ。揺れ動く海上では早々当たるものではないが、時折楯板に当たり、軽い音を響かせていた。


「千鳥から通信!『我、射程内ニ捉エル。砲撃準備ヨシ』です!」

「了解した。安泰、埒があかん。もっと近づいて斉射しよう」

「それしかありませんな。――返信!『モット近付イテ戦エ』」


 いくら戦意が高くとも、近距離から艦砲射撃をすれば今まで以上に損害を与え、敵の戦意も挫けるだろう。

 砲撃準備が完了し、号令をかけようとした直後、見張り員が絶叫した。


「大変です! 第二艦隊が千鳥型の射線に割り込んでいますッ!」

「なんだとッ! 何を考えているんだッ!」


 慌てて後方を見れば、此方の射線を防ぐ位置にあり、“魚鱗の備え”で突進する第二艦隊の姿があった。

 射線を塞がれた千鳥型の水夫が第二艦隊に向けて怒号を上げているのが聞こえた。


「第二艦隊に手旗信号を送れッ!」

「―――――返答、有りません!」

「わざとか……」


 この時、第二艦隊の船軍者(せんぐんしゃ)(艦隊の指揮官のこと)は焦っていた。

 発言力を増すためにも活躍するよう、目に見える功績を残せと正木時治から直々に命を下された。成功すれば恩賞は思いのままだとも言われた。

 最初から命令を無視して突撃する気であったが、第一艦隊が砲撃――最初は何のことか分らなかった――を始め、突然の轟音で呆然としていたのだ。

 

 僅かな時間で数隻の小早は沈み、このままでは活躍もせず戦が終わると感じていた。

 そして、図南丸からの砲撃が一時的に止んだため、これ以上取り分を減らされない様に射線をふさぎ、突撃を始めたのだ。流石に、味方ごと攻撃はしないだろうとの考えから。


 その目論見は成功し、第一艦隊は予想外の動きに戸惑い、砲撃ができなくなった。

 真里谷水軍も第二艦隊へ狙いを定めたのだろう。2つの艦隊は弓を射掛け合い、第二艦隊は突進し、真里谷水軍は受け止める形でぶつかりあった。


「……中止ですか?」

「……分かっているだろう、これでは第二艦隊に当たる。砲撃は中止だ」


 義頼は、自分の顔が怒りで歪んでいるのが分かった。


 ――ああ、クソッ!連れてこなきゃ良かったッ!!


 思いっきり叫びたかった。今すぐに罵ってやりたいぐらいだ。

 だが此処は戦場だ。心の奥底から湧き上がってくる何かを無理やり抑え込む。

 義頼は出来るだけ危険な白兵戦は行わず、砲撃と銃撃だけで殲滅する気であった。だが、こうも乱戦状態では敵味方が判別できず、砲撃も銃撃も危なくて出来ない。


「安泰、第二艦隊の支援をする。接近させてくれ」

「はっ」


 不本意ながら白兵戦を決め、準備に取りかからせる。砲弾や玉薬は全て船内へと仕舞い込み、代わりに、長槍、薙刀(なぎなた)薙鎌(ないがま)、熊手などの長柄と鉤付きの綱を持ってこさせる。そして各々が武器を片手に舷側に立ち並び、白兵戦に備えた。


「あ、え?敵艦隊が退いています!」

「なに、ここで退くのか?」


 おかしい。

 あれだけ戦意が高かった割に、撤退が早すぎると思った。確かに、真里谷水軍は船軍者が乗っているらしい関船が十隻ほどの小早と離脱しようとしていた。


 それ以外の小早がもうやられたのか、全く動きはしない。兵が少なかったのか?追撃の妨害の為か、弓を射かける他に第二艦隊に向かって何かを投げている。石か?

 第二艦隊は追撃するため、小早をどかそうとしている。何故、動かない?見れば、海面から漁網が―――。


「――安泰、罠だ!」

「全艦、取り舵一杯ィー!」


 義頼の叫びを受けて、直ぐさま安泰は号令をかけた。

 第一艦隊は大きく旋回し、第二艦隊から離れていく。


「第二艦隊に信号! 火攻めだ!」


 だが、もう遅かった。


 後退した関船と小早から火矢が放たれる。

 破棄した小早は綱と漁網で繋いでおり、中に残されていた大量の藁と油に引火し、辺り一面炎の海となった。


 辺りから悲鳴と怒号が上がる。

 後退だ、急げ、漕ぐんだ、と必死にがなり立てているが、戦闘に参加していた艪の漕ぎ手は動揺から足並みが揃っていなかった。急いで逃げようと艪を漕ぐ動きはバラバラで、幾つかの艪は敵が仕掛けた網に引っ掛かっており、使えなくなっていた。

 真里谷水軍は更に火矢と、油の入った壺を投げつける。火の勢いが増していく。


 船が燃えていく。

 人が死ぬ。

 火が迫る。


 耐えきれず、一人が海へ飛び込むと全員がそれに倣った。武具や鎧、服も何もかも投げ捨て、海に飛び込んでいく。

 逃げるな、おい、逃げるな。船を後退させるんだ!

 最後まで叫んでいた船軍者は、逃げ遅れてそのまま乗艦の関船ごと焼かれていった。


 異様な光景を目の当たりにした第一艦隊は、絶句していた。

 第二艦隊の水夫たちは生きたまま焼かれ、この世とは思えない絶叫を残して死んだ。

 海面には死体と残骸が浮いており、風に乗って油と木や鉄、そして人が燃える嫌な臭いが漂ってきた。


 更に、第一艦隊に対して災厄が訪れる。


「右舷に新たな艦隊!大きい!」見張員が悲鳴のような声を上げる。「旗は、みっ、“三つ盛鱗”! 北条水軍です!!」

「……やってくれるな」


 その艦隊を見やった義頼は歯から音が出るほどにかみしめた。

 先の艦隊より大型船で陣形を組み、此方に進む艦隊。数は関船四隻、小早二十隻。風を受けて翻る旗は“割菱”と“三つ盛鱗”。


 真里谷・北条水軍、その本隊が襲来した。


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