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第9話 何も分かっちゃいない

家に入ってすぐ、俺は何も言わずに2階の自分の部屋へと駆け込んだ。


なぜ制服がこんなにも湿っているのか、母さんに事情聴取されるのが嫌だったからだ。


とにかく制服を全部脱ぎ捨て、素早く着替えた。


上下ジャージで下に下りると、腰に手を当て、鬼のような目で俺を見つめる母さんが居た。


「あんた、何でただいまも言わないの!?父さんがいたらきっと怒るわよ!!!」


これだ。母さんは父さんが死んでからというもの、何かと叱る時に『父さんがいたら・・・』


や『父さんなら・・・』などと必要以上に『父さん』を出す。


俺が父さん嫌いになったのはここにも原因があるのだ。


「うるせぇなぁ!!父さんはもう死んだんだ!!父さん、父さん言うなよ!!!」


母という関門を強行突破し、靴を履いて外へ飛び出た。


「お前の昼飯はねぇからな!!!!!!この馬鹿息子!!!!!!」


一瞬家がぐらついたように見えるくらい、母は馬鹿でかい声で叫んだ。


別に昼飯なんて今日は元々食べるつもりじゃあなかった。


ただ早く謝りたい。その気持ちだけだ。俺の頭の中は。


俺は玄関前の石段を下り、家の前の細い道路に出た。


この道路はタクシードライバーの間では有名な難所で、車一車線分しか道幅が無いため、


対向車や歩行者と離合できない。


昼とあって今は人がまばらだが、登校中は通勤ラッシュで人がごった返す。そんなわけで


車はこの時間帯、通行は禁止されている。がしかし、時々、何も知らずにか知っていてか、


強引に通ろうとしてくる車がある。そんな時は、いつも近くの交番のお巡りさんが来て対


処していてくれていた。


俺が小学1年の時は、父さんがそのお巡りさんだった。その頃を回想し、懐かしみながら、


この細道を歩いていると、急に後ろから何者かに突き飛ばされた。


幸いなんとかこけずに澄んだが、下手すれば怪我をするところだった。


振り返るとそこには兄貴がいた。


「よっ!」


俺の反応見てだろうか、微笑みながら右手を上げてきた。


その挨拶に俺は腹を立て、俺は無視して再び歩き出した。


「おい、おい、待てよ!」


「何?」


冷たく返した。


「いやぁ、帰ってきて早々どこに行くのかなと思って・・・」


「父さんの墓」


父さんに似た眼を丸くさせ俺を見ている兄貴の顔が、頭の中の父さんの顔に重なった。日


に日に薄くなっていた父さんの顔が濃くなった。


「お前・・・頭打ったか!?まさか川に落とされたときに頭を岩にぶつけたか!?」


「ぶつけてないよ!・・・ていうか何で俺が川に落とされたのを知っているんだ?」


咄嗟に兄貴は口を押さえた。だがもう俺の耳にははっきりと届いた。なぜ兄貴が?いじめ


られ続けてきたことを一切家族に隠してきた俺の中で、恥ずかしさが苛立ちに変わった。


「何で人の後をつける様なまねをするんだよ!!マジ信じらんねぇ!!」


「つけてねぇよ!大方巡査長から聞いたんだよ。」


大方さんといえば唯一父さんの最後を見届けた同僚だ。その人が俺が落とされたのを?


・・・思い出した。


川に落とされたところに駆けつけた警察官が1人居た。あれが大方さんだったのか。どこ


か居た堪れない悔しさに襲われた。


「正直言うと、前々からお前がいじめられているのに気づいていた。」


驚いた。兄貴も知っていると言うことは必然的に母さんも知っていることになる。なんだ


か家に帰りづらくなった。


「お前、蹴り飛ばされたのに何も言わなかったらしいな。」


そのあと来る言葉はなんとなく分かった。自分でも気づいているから・・・。


「お前がいじめ続けられる原因はそこにあるんじゃないか?」


予想的中。思った通りのことを言ってきた。


「何で言い返さないのか!?いじめの大半は、被害者が何も反論しないことが原因で起き


ているんだぞ。簡単じゃないか!!やるなって一言言えば良いだけのこと」


「兄貴は何も分かっちゃいない・・・」


いろんな感情が一気にこみ上げ声が潤んだ。


「兄貴は何も分かっちゃいないよ!!」


目に浮かべた涙を手で拭いながら、俺は兄貴から逃げるように去った。


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