第4話 お父さんは・・・死んだんだ
主人公『俺』『ぼく』が途中ころころ変わるので、注意して読んで下さい。
4年前 7月8日 午前6時30分 自宅
牟田元気(当時42歳) 誠の父
牟田喜美子(当時44歳) 誠の母
牟田裕美(当時21歳) 誠の姉
牟田誠司(当時18歳) 誠の兄
牟田 誠(当時8歳)
「おはよう。」
「おう、誠。今日も早起きだな。えらいぞ!」
ぼくは父さんに頭をなでられた。最近では当たり前の事になっていたが、やっぱりなでられるとうれしい。
「裕美でもここまで早くは起きてなかったぞ。」
お父さんの手は温かくておおきかった。お父さんの手から僕の頭へ、全身に温もりが伝わってくる。
ぼくの家族は5人家族で、裕美ねえちゃんはここから少しはなれているところで一人ぐらしをしていて、駅前通の銀行で働いている。誠司にいちゃんは、今年の3月に高校卒業して、お父さんと同じおまわりさんになった。いまは警察学校っていう所に住んでいて、ときどきこの家に帰ってくる。
テーブルの上に今日の朝食、味噌汁、ご飯、焼き魚、ほうれん草の胡麻和えが並べられ、いすに座って食べ始めた。
「お父さん。明日帰ってくるんでしょ?帰ったらキャッチボールしよう。」
「あぁ、いいぞ!その代わり学校でちゃんと先生の話を聞いて、しっかり勉強して帰って来るんだぞ。あと、お母さんの言うこともちゃんと聞くこと。」
「やったぁ!!!キャッチボール。」
ぼくはこうふんして、いすの上で飛びはねているとお母さんにおこられた。
「誠!ちゃんと行儀よく食べなさい!」
「ごめんなさい。」
「本当、誠司とは違うなぁ。誠司は『うるさい!くそババァ!!』とか言って反抗して、母さんに何回も頭叩かれていたからなぁ。」
「あなたに似てね!」
「そうかぁ。俺、あんなに悪くなかったぞ。」
お母さんはちょっとおこっている言い方をしたけど、お父さんは笑って言い返していた。そんなお父さんがぼくは大好きだ。
お父さんのケイタイ電話の着信音が鳴った。こんな朝早くからだれだろう?
食事中に鳴ったものだから、お母さんはプンプンしていた。
「誰!?」
きびしい口調でお母さんが言った。お父さんはそんなの関係なく普通に返す。
「誠司からだ・・・・。明日帰ってくるって。・・・・そうか。」
「そうか、て何が書いてあったの!?」
お父さんは笑ったままお母さんに返事せず、誠司のほうに返事していた。
返事をうち終わると、ケイタイをポケットにしまって席に着いた。
「俺に相談があるって・・・・」
お父さんはうれしそうだった。誠司にいちゃんとお父さんは仲が悪かった。相談とかは今までお母さんとしていた。お母さんはくやしそうな顔をしていた。
朝食を食べ終わると、皿をさげて、歯みがきして、ランドセルに教科書入れてと、大変だ。
全部終わったら、ランドセルをかるって出発だ。玄関に行くとちょうどお父さんがリビングから出てきた。
「おう、行くのか。」
「うん」
「誠。こないだプールに行きたいって言ったよな?」
「言ったよ。」
ぼくはくつをはきながら聞いていた。
「お父さん、明日の朝、仕事が終わって家に帰るから、その後に行こう。土曜日だから休みだろ?」
「本当に!?!?やったぁ!!!お父さん競争だよ。絶対ぼく負けないからね。」
「たいした自信だなぁ。その勝負、受けてたとう!」
二人は互いの顔を見て笑った。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。」
ぼくは玄関を出て立ち止まり、もう一度確認した。
「キャッチボール絶対だよ!」
「あぁ!車に気をつけていけよ!」
それが父さんと交わした最後の言葉だった。
「誠、おはよっ!!」
いつもいっしょに登校している本田竜馬だ。
「おはよっ!!」
いつも通りたばこ屋の角で待ち合わせ、そこから2kmの道を30分かけて歩く。ぼくたちはクラスの中で一番家が学校から遠い。初めはものすごくきつかったけれど、今ではもうなれた。
竜馬はクラスも同じで席はとなりだ。一日の中で一番接する時間が長いのが竜馬だ。
2時間目が終わりかけた頃、急に外がさわがしくなり始めた。窓側のぼくの席に竜馬がきた。
クラス全員窓から顔をのぞかせていた。
学校沿いの道路では赤いサイレンを鳴りまわしながらパトカーや救急車が、物凄いスピードでかけていった。
「誠の父さんもあの中にいるんじゃねぇ?」
「たぶんいるよ。」
「こらっ!!授業中よ!!席に座りなさい!!」
先生の怒鳴り声が外のサイレンの音をかき消した。
10時20分 2時間目が終わり、15分の休み時間だというチャイムがなった。
「気をつけ!・・・れい!・・・・ありがとうございました。」
元気よく挨拶をするとぼくと竜馬、あと10人でボールを抱え、運動場へ駆け出した。
「今日はドッヂボールしようぜ!」
竜馬の提案ですぐさま靴で線を描き、チーム分けして、始めた。準備を急がないとあぞぶ時間がなくなってしまう。ぼくたちにとってこの時間は貴重な時間だ。
10分くらい経った頃だった。外野だったぼくがようやくボールに触れた時、何かが弾ける音が空にひびいた。大きな音で、運動場にいた人ほとんどが空を見上げていた。
「なんだろう?」
「誠!!早く!!今がチャンスだ!!」
ボーと空を眺めていたぼくは我に帰った。内野の皆が立ち止まり、空を見ていたのだ。
ぼくはすぐさま投げた。
お見事当たった!!
「ナイス!誠!!」
一方当てられた側のチームからはものすごいブーイングを浴びさせられた。少し戸惑うぼくにチャイムがなった。
「誠!!昼休み決着だ!!」
「今度はお前を当ててやる!!」
などと相手チームの奴らはぼくをせかしながら学校へ入っていた。
3時間目は算数・・・気分ダウン。算数は苦手で嫌いな教科だ。ゆううつなぼくを、算数大好きの竜馬は笑いながら馬鹿にしている。
「うるさい!」
ぼくはいつもその言葉で返した。
それにしても先生はいっこうに来ない。いつもなら休憩が終わってすぐくるのに。どうしたのだろう。クラスの中がだんだんざわめき始めた。
そんなときだった。血相を変えた先生が勢いよく扉を開け登場したのだ。
「誠君!!早く先生と来て!!荷物も持って!!」
ぼくは分けが分からず竜馬と顔を見合せた。
「早く!!」
とりあえず緊急事態なのは確かだ。ぼくはすぐに教科書をまとめランドセルの中に、それを背負って先生のところへ行った。
「誠・・・じゃあな!」
「バイバイ!!」
クラスの皆と別れると、先生に手を引かれるままついていかれ、車に乗せられた。
「シートベルト締めて!!」
「はい・・・」
いつもはおとなしい先生が今日は興奮している。何が起きたのだろう。そんなことよりもぼくは算数を受けなくてよくなったことに笑みを浮かべていた。
「とばすからつかまってて!!」
そういうと一気に背中が押し付けられ、車はみるみるうちに加速した。
カーブは音を立てながら、転がりそうになるくらいとばしていた。
「先生!!おまわりさんにつかまるよ!!」
無視だ。聞く耳を持たない。
「先生!!どうしてそんなに急ぐの!?何があったの!?」
道が落ち着いてきた頃、先生はようやく口を開けた。
「あなたのお父さんが病院に運ばれたって、さっきあなたのお兄ちゃんから電話があったの。」
「お父さんがどうしたの!?病気!?」
また先生は黙って、そのまま病院に着いた。車から降りるとまた先生に手を引かれるままに連れて行かれた。
その間、おまわりさんが何人もいた。
3階へエレベーターで上がると制服姿の誠司兄ちゃんが立っていた。
「先生、ありがとうございました。」
「いえいえ、それより・・・」
右を見るとある部屋の前にたくさんの人が立っていた。皆、男だ。
顔を元に戻すと、先生は話を終えていた。
「じゃあね、先生かえるから。明日は学校をやすませるらしいから、日課表は今度電話で伝えるわ。じゃあ、元気でね。」
「バイバイ・・・」
先生はエレベーターの中へ消えていった。
「誠司兄ちゃん、お父さんどうしたの?」
誠司兄ちゃんもまた黙った。一体どうしたのかなぁ。
「誠・・・来い・・・」
「・・う、うん」
そう言って誠司兄ちゃんは男で群がる部屋へと近づいた。
怖そうなおっさんが一斉にぼくを見る。ぼくが一体何をしたって言うんだ。
兄ちゃんは部屋の前で立ち止まった。横にはガラスの向こうに部屋がある。お医者さんが何人かいる。手術しているのかな。
ガラスに近づきぼくは背伸びした。
そこにはベッドに横たわる1人のおじさんが居た。
「お父さん?」
頭や手、腕に包帯を巻かれ、目を瞑っている。
「お父さん怪我したの〜?じゃあキャッチボールできないじゃん!!」
ぼくはがっかりした。
「お父さんいつここから出るの?誠司兄ちゃん。」
誠司兄ちゃんはガラスの向こうを見つめたまま、瞬きもせず黙って立っているだけだった。
「ねぇ、誠司兄ちゃん!」
すると部屋の中からピーと言う音が響いてきた。部屋の中の変な機械には緑の線が横一直線に移っている。どうやらそこから音が出ているようだ。
「聞いているの?誠司・・・兄ちゃん?」
泣いていた。誠司兄ちゃんはさっきの体勢のまま目から涙を流していた。時折体を震わせながら。
「何で泣くの誠司兄ちゃん。どうしたの?」
するとそこへお母さんが来た。
「お母さん!!」
「誠!お父さんは!?」
「この中」
ぼくが指して教えてあげると、お母さんは駆け足でこっちに来て、ガラスの中を覗いた。何分かずっと静かにただ部屋の中を見つめていたが、突然、泣き叫びながら、ガラスを物凄い力で叩き始めた。
「いやぁああああああああああああ!!!!!何でよ!!!何でなのよぉおお!!!!」
周りのおっさんがお母さんの両脇を抱えどこかへ連れて行った。
一体みんなどうしたの?
すると、泣きながら誠司兄ちゃんが俺の横に屈んだ。
「誠・・・よく聞けよ・・・お父さんは、な・・・」
何度も涙を拭っている。
「お父さんは・・・・・死んだんだ。」
「死んだの?そうしたらお父さんどうなっちゃうの?」
「・・・いなくなるんだよ」
「何で?嫌だそんなの!ぼく約束したもん!キャッチボールするって、プールにも連れて行ってくれるって約束したもん!!」
お父さんは今まで約束を破った事はない。絶対にいなくなんかならない!
「・・・あきらめるんだ、誠」
「嫌だ!!ぼくサンタさんにお願いする!!クリスマスプレゼントいらないから、お父さんをどこにも連れて行かないでってお願いする!!」
「サンタさんにも出来ないんだ。」
「嘘だ!!だって前の年、サンタさんに新しいボールくださいってお願いしたらちゃんときたもん!!」
「無理なものは無理ナンダ!!!!」
「無理じゃない!!!誠司兄ちゃんのバカ!!!」
急に声を張り上げた兄ちゃんにぼくも吠えて、その場から逃げた。