第10話 誠司 俺は何も分かっちゃいない
兄貴は何も分かっちゃいない!!」
潤んだ声で叫んだあいつの言葉が未だに頭でこだまして、俺の心にヅキヅキとトゲを刺す。
正直ショックだった。すべて分かっているつもりだった。誠はなぜ自分がいじめ続けられ
るのか分からなくて、俺が原因を教えてやれば変わるだろうと、今思えば甘い考えだった。
よく考えれば、いじめの原因を理解して、それを直したことでいじめを解決できていたら
こんなことにはなっていない。
俺は親父が殉職して、誠とは違い周りのたくさんの人間から励まされ、親父のことで褒め
られ、親父には失礼だが、良いことばかりだった。
そんな俺にやはりあいつの気持ちを分かってやることはできないのだろうか。分かってい
るつもりだった、誠に言われるまでは。
気がつくと家と神社のほぼ中間地点にある高松商店が目の前左にあった。いつものように
小学生が見せ前で屯っている。
その中に・・・いた。店主の高松のおばさんが。
「あらぁ、誠司じゃない。また成長したわね。」
「もう俺、20歳過ぎてますよ。大昔に成長は止まりました。」
見上げるおばさんにそういうと、急にいつものどでかい笑い声を響か
せた。妙に懐かしさが漂った。
「成長って、身長のことでなくて、外見が大人っぽくなったって言ったの。」
横に居た小学生はおばさんと一緒に笑って見せた。それを見ているとさっきまでの暗い気
持ちは吹き飛んだ。
「それで、今日はどうしたの。」
「いや・・・ちょっと親父の墓参りに・・・」
「さっき、誠もそう言ってここを通ったわよ。」
「知ってます。さっきまで一緒に言っていたんで。喧嘩したんです・・・」
すべての事情をおばさんに話した。すると真剣な顔つきで言った。
「あんたは純粋な奴だからねぇ。思ったことはその場でビシッと言うタイプ。」
自分でも分かっているというか意識している。自分のポリシーだからだ。
「確かにそういうタイプは男らしくて、ビシッとしているから良いかもしれない。でも欠点もあるの。」
唾液を飲んだ。
「相手の気持ちに気づきにくいのよ。大抵の男はそうなんだけど・・・」
「誠は違う?」
おばさんの話の流れで大体分かっていた。おばさんは頷いて店の中へ入っていった。
「あんた誠がこの辺の奴になんていわれているか知っている?」
首を振った。俺は1年のほとんどを独身寮で過ごしている。ここに帰ってくるのは年末年
始くらいだ。今日みたいに休日に帰る事もまれにある。でもたして1ヶ月にも満たないだ
ろう。そんな俺にとって、今知るべきだと思った。少しでもあいつの気持ちがわかってや
れるように。おばさんは俺に背を向けたまま重い口をあけた。
「税金泥棒。・・・全く、この辺の奴らは何考えてんだろうね。」
俺は言葉が出なかった。税金泥棒。聞かなくても父と同じ職を択んだ俺には分かる。父が
死んで貰える金のことだろう。沸き起こってくる怒りを必死に抑える。頭に血が上ってい
くのが分かった。殺してやりたい。正直思った。どうして父を亡くした子にそんな言葉が
出てくるのだ。ましてやその父は他人の命を守り、自分の命を失ったのだ。それなのに・・・
どうして・・・。怒りは止められず店先で雄叫びをあげてしまった。自分の無知に対する
怒り。そして何よりも近所の奴らに対する怒り。もう自分を制御することは出来なかった。