はじめの一歩(4)
血の沼だ。
人が刺殺されている。ドロドロとしたものを靴を履いていても感じた。走る私に撥ねる血の雫…地獄だった。きっと、あの日はもっと凄まじかったのだろう…疑ってしまう。
私が向かう場所は勿論1つ。あの家。きっといないだろう。いないでくれ。そう願い、いない神に祈っていた。この坂を登れば…! 私は足を止めた。
彼が“奴”だったら、どうする??
同化しているとなればその宿主を殺せば殺せるのでは?しかし元は別の個体、何の影響もないかもしれない…おい…ちょっと待て。
私は彼を殺すのか??
ガサッ
葉の揺れる音が私の思考を遮断した。警戒しつつ、そちらに目をやる。
ガサガサガサッ ガサッ!!
「じ、じじぃ…?」
現れた彼は、赤い染みのついた服を着ていた。最悪だ。最悪の状況になってしまった。
「う…」
腹を抱える彼。何かに耐えるようなその姿を見て、私の脳内で選択肢は二つに絞られた。
彼を殺す か 逃げる か
殺せない!!!殺せるはずがない…!!そこから異なる選択が生まれる。
逃げる か 歩み寄る か
助けられるかもしれないのだ。もしかしたら!彼には私を識別できる理性が残っているのだから!しかし、そうなると…殺される可能性は飛躍的に上がる。一体私はどうすればいい?! 焦りと不安と恐怖と、この時の心情は正にカオスと言えた。そんな時
「!!貴様…!!」
白いワイシャツを着た、国会議員が現れた。
「その姿…貴様、まさか人殺しまでするクズだったとはな!!」
「は?何の、ことだし!!」
歪んだ顔で議員を睨みつける彼、侮蔑の目を向ける議員、思考が混濁する私…
「街のことだ!貴様がやったんだろう!その返り血が物語っているではないか!!」
「俺は助けようとしたんだよ!返り血なんかじゃねぇ!!」
助けようとした?彼が…?
「そこのあなた!早く逃げましょう!このままじゃ殺されてしまう!!」
「ざけんな!人のことバカにしやがって!ちげぇって言ってんだろ!つーか、そんなこと言ったらじじぃがやったんじゃねーのかよ!」
「は?」 「へ?」
「あんた今日キャンプ出たくせに、なんでここにいんだよ!!おめーだって怪しいじゃねぇか!!」
た、たしかに…彼が言うことも一理ある。私は本来ここにいるべき人間ではない。…ん?
「ふん!言い逃れか。そんな大きな証拠残しては仕方あるまいな!!」
あぁそうか。
「てめぇと違って救いの手差し伸べてたんだよくそ野郎が!消えろクズ!!」
彼が“奴”だ。間違いない。
私は鞄の中に入った秘密の道具に手を伸ばし、思い切り地面に叩きつけた。パフンという変な音と共に広がる白い煙…1人の彼と1人の“奴”から驚きの声が漏れた。
「逃げるぞ。」
しっかりとした細い腕を掴み、坂を上っていく。後ろで声が聞こえた気がした。
「ばれたか。」と…
手を引く側だった私が、いつの間にか手を引かれている。掴んだ手が合っていてよかった。
「ちっどうするよ、じじぃ。」
相変わらずぼさぼさヘアーの彼が振り返って悪態をつく。目の前にはあの湖が広がっていた。直に“奴”が来るだろう。今はなしている時間などない。
「どこかいい隠れ場はないのか?」
「ねぇよ。ここ自体隠れ場だっつーの。」
どうしたものか…焦りでうまく働かない脳をできるだけ正確に動かす、が
「失敗失敗。」
おじさんの声の国会議員が呆れたように話す。“奴”と成り得た彼の手には血の渇いた包丁が握られていた。
「上手く殺してやれると思ったのによぉ。」
これは議員の心なのか?それとも…?私には未だにわからない。
「もう逃がさねぇ。殺してやる。殺してやるー!ハーハッ!!」
その言葉にはひどく感情と殺意が入っており、脳に刻みこまれた。じりじりと近寄ってくる“奴”…
「え」 「飛び込むぞじじぃ!!」
脳より身体が先に動く彼。体が宙に浮いた後に声が聞こえ、水中に逃げるのだとわかった。まだ泳げてよかったと、心底思った。逃がすか!と言って飛び込んでくる“奴”。しかし、逃走劇は
「な、な、なん…」
終わりを告げる。
「アアアアアァァァァァ!!」
今までの声とは異なる、“奴”の声。私たちは振り返った。議員の見開かれた目は白目を剥き、顎が外れているであろう程開かれた口からは何やらオレンジ色のスライム、私が見た“奴”が姿を現しかけている。
「アアアア!!グアアアア!!」
苦しんでいる。それだけが確かなことだった。議員から逃れようとした“奴”がボチャン!と大きく飛沫を上げて湖に落ちた。水が揺れる…“奴”の断末魔が発する波が、水を揺らす。“奴”は浮き上がることもなく、議員が動くことも無かった。
「上がろう。」
どんな影響があるかもわからない。私たちは疑問のような靄を抱えながら早急に陸に上がった。
「疑って悪かった。」 「え?」
ある程度時が流れ、落ち着いてから私は口を開いた。彼の目は驚きにか大きくなっている。
「議員が現れるまでは、君を疑っていた。殺す…ことも考えた。」
「…」
「本当に、すまなかった。」
私の空っぽの頭を地べたにつけると彼は俺も…と口を開いた。
「俺も、今回だけじゃなくて色々悪かった。すまねぇ。」
お互い地に頭をつけ、顔を上げ、優しく笑う。
「でも、なんで俺を信じたんだよ。どう考えたって俺は危険だろ。馬鹿なのか?」
「バカじゃないぞ。 彼、議員はキャンプを街と称し、尚且つ相手のことを“お前”でなく“貴様”と言っていた。」
「は?そんだけ??」
「いやいや、確信に至ったのは君のおかげだよ。」
彼は俺の?と首を傾げた。分からないようだが…わからないのもいいかもしれない。自分の納得のいく理由を探し、見つけるということは退屈であり、面倒なものであるが、“人間”として大切なことだ。その後得られるのは達成感であるかもしれないし、呆れかもしれない。しかし、考えるという行為は何よりも大切であり、全ての鍵となるなのだ。
「なんだよそれ。」
「秘密だな。」
「は?」
イラッとしてるな。イラッと。
「よーく、考えてみろ。」
「嫌だめんどくせぇ。」
「じゃあわからないままだな」
「っー!!」
頭を悩ませる彼は、実に可愛かった。
私の初の収穫… 1つ。“奴”には吸収能力がある。
2つ。“奴”は水に弱い(確信には至らない)




