夏のユメ
「あっつー……」
外回りを一通り終えた俺は、事務所に戻る道を歩いていた。入社してから始めての一人での仕事だった為、ものすごい緊張はしたが、今は上手く行ったという安堵がある。研修期間はまだまだだが、大崎さんのスケジュールが多忙のため、「猿にでも出来る仕事だから行ってきて」と言われ、現在に至る。
それにしても暑い。もうどうしようもないくらい暑い。なので、逃げる思いで近くにあった喫茶店へと入店した。
「いらっしゃいませ」
さわやかな挨拶で迎えられ、一人だということを告げると、小さなテーブルへと案内された。窓より離れたところに座れたのは嬉しいが、出るときがまた辛いんだろうなぁ、と思いながら、コーヒーゼリーを頼んだ。別にコーヒーゼリーが好きなわけではないが、なんとなく食べたくなったので頼んだだけである。
「お待たせしました」
コーヒーゼリーが目の前に出る。プルンプルンとしている。ミルクを少量かけ、やさしくスプーンを入れ、崩れたところをそれですくい、口へ運ぶ。冷たい。実に冷たい。幸せだ。
「ねぇちょっと」
声をかけられた。先ほどの店員ではない。スプーンを動かす手を止め、顔を上げると、そこには見慣れた顔が二つ。なんだか怒っていらっしゃるようだ。
「どうも、上野に大崎さん……」
「どうも、ずいぶん美味しそうね」
そう口を開いたのは大崎さんである。
「ええ、とっても旨いです」
「なーんで私を差し置いてマネージャーがのうのうとコーヒーゼリーなんか食ってるのよ」
怒る妹の顔には、汗がたら~りと、流れていた。
「えーと、二人とも、食べます?」
俺達は4人がけの席へ移動し、3人で同じものを頼んだ。なぜか俺の奢りということになってしまったが。
「ところで、あんたはこんなところで何やってんの?」
「何って、涼んでるんだけど……」
「ほーう、研修風情がいいご身分ね」
「そんな、研修だって暑いのは回避できません」
「まあいいわ」
「今日は二人で何やってたんですか?」
「今日は、朝アフレコして、ラジオ収録して、って感じかな」
「ふうん」
つたない会話は続く。
「あっ、もうこんな時間ね。今日は二人はどうするの?」
大崎さんが尋ねてくる。
「僕は、とりあえず会社に戻って、もう少し仕事してから帰ります」
「そう。あおいは?」
「私は、もう帰ります」
「わかった。気をつけてね。じゃ、先出てるから。上野、ちゃんと払えよ」
「分かってますよ」
そうして、大崎さんは店を後にした。暑いのだろう、一瞬顔をゆがめるのが分かった。
「ねぇ、この後暇?」
妹が急に身を乗りだして尋ねてくる。
「さっきも言ったはずだが」
「ようは暇って事ね」
「ちげーよ!」
まったく、何を聞いていたんだ、こいつは。いや、何も聞いてないのか。
「まぁ、このあと私は事務所行くから、仕事終わったらすぐ来なさい?返事は?」
「ノー」
「イエスでしょうが!」
「わかったよ……」
今日は珍しく早く帰れると思ったのに……また夢となってしまった。
結局、三人分のコーヒーゼリー代は俺が払い。妹とは店の前で別れた。
俺は、仕事場に戻り、今日の成果をまとめていた。後は、課長に報告して、帰るだけだが、時刻を見ると、17時前だった。そのため、とりあえず、報告を済ませ、次にやる仕事の確認などを進めることにしたのだが、これにはまってしまうとなかなか止まらない。結局18時まで仕事していた。
「ヤバっ」
俺は慌てて仕事場を出て、地下鉄で新宿へと向かった。
新宿に着いたのは、19時を過ぎた頃であろうか。事務所についたのは、その10分後。電気は消えていた。
「あれ?いないのかな……」
なんだよ。来いとか言っといて。不満げな顔をし、それでも一応階段を上がり、ドアノブをまわすと、鍵がかかってなかったので、そのまま入る。室内が良く分からないので、電気を点けた。
「うわっ」
そこには、床にごろんと転がっている妹の姿があった。しかも、探偵用のスーツに着替えていて、ちょっとあられもない姿になっているではないか。
しかし、びっくりはするがどきどきはしない。そこは倫理の問題だ。俺はスーツの上着をソファーにおいて、ネクタイを緩め、冷蔵庫から麦茶を取り出して勝手に飲んで妹の目覚めを待つことにした。
10分経った。麦茶は4分の1減った。妹は起きない。
「……はぁ」
仕方ない。床に寝かせたままなのもかわいそうだから、お姫様抱っこをして、ソファーへと移動させようとする。妹を抱っこしたのはいつ以来だろうか。だいぶ幼い頃だったと思う。そういえばあのときはいろいろ会話をしたり、一緒に遊んだりもしたなと思う。
「……」
しかし、あの頃とは決定的に何かが違う。俗に言う、「女の子の匂い」がする。それに、スタイルも幼児体型から、女性のカラダになってるような……なんだろう、こんな柔らかかったっけ……って、なに考えてんだ俺は。いかんいかん。妹をソファーに置こうとかがんだ時、妹はぼんやりと目を開いた。
「うわ」
「あれ……お兄ちゃん……来たんだ……って、なんで!?体が浮いてる!?」
「アホ。お前が床で寝てたからソファーに移動させようとしてるんじゃないか」
妹は辺りを見回し、ようやく自分がどうなっているのか気付いたらしく、一気に顔を真っ赤にさせる。
「ちょっ、バカ!はやく降ろしなさいよ!!」
「お、おい!ジタバタすんな!」
妹が暴れるので、俺はバランスを崩してしまった。
「「うわ!!!」」
二人とも倒れてしまい、よくよく見ると、俺が妹を押し倒している状態になっていたり。
「兄ちゃん……」
えっ、なんでコイツ顔を赤らめて目を合わせようとしないの?なんかめちゃくちゃ可愛いんですけど。
「あのー、お取り込み中申し訳ないのですが」
声がするほうを向くと、そこには小学生ぐらいの、小さなお客様が顔を赤くして立っていた。
「うわぁっ!!」
ようやく正気に戻った俺達は、急いで互いから離れ、お客様を招き入れる。
「どうぞ」
俺は少女に麦茶を差し出す。少女はコクリ、と会釈をした。
「今日は、どうしたのかな?お母さんとかは一緒かな?」
妹が尋ねる。
「えと……お母さんは、いません」
「大丈夫?おうちの人は心配しない?」
「たぶん、大丈夫です」
おいおい、たぶんって。
「そう……じゃあ、ここには相談があって来たんだよね?」
そのまま進めるのかよ。だいたい今何時だ?そう思い時間を確認すると、まもなく20時になろうとしていた。よけい心配だ。この時間になっても子供が帰ってこなかったら、親は必ず心配するだろう。この年齢じゃ、半狂乱になるかもしれない。
「はい、そうです」
「うん分かった。その前に、名前とか教えてくれるかな?」
妹が聞き出した情報によると、少女の名前は、戸田ななみ。9歳だそうだ。代々木に住んでいる。両親ともに帰りが遅く、普段は一人で家事をこなしているとか。そんな少女がどんな依頼を持ってやって来たのか。
「じゃあ、ななみちゃん。相談を聞こうか」
ななみちゃんはまたコクリとうなずき、すぅ、と息を吸う。
「あの、たからものを探して欲しいんです!」
「宝物?」
おいおい、宝物って、子供の遊びにつき合わされてるだけじゃねえのか?
「宝物って、どんな?」
「あの、これは誰にも言わないでくださいね?」
「うん、ななみちゃんが誰にも言わないで欲しいことは、絶対言わないよ」
「ありがとうございます。実は、お母さんとお父さんの大事なたからものをなくしちゃったんです……」
少女はうつむき気味に話す。
「そう、分かったよ。で、その宝物をなくしちゃった場所とかは分かる?」
「それが……あんまり記憶が無くて……」
「だいたいの場所とかでもいいんだけど……」
「たしか…森の中で、それをなくしちゃったような……」
「森か……広いなぁ」
「すみません、ホント。あの……探してくれますか?」
とても申し訳なさそうな顔で聞いてくる。妹は心配させまいと、
「もっっっっっっっっっっちろん!!この名探偵上野あおいが、すぐに見つけてあげるわ!」
と、笑顔で答えた。
「うん!ありがとう!」
ななみちゃんもたちまち笑顔になった。
「しかし、森ってどこかなぁ……」
俺と妹は、ななみちゃんを返した後に、事務所を出て、帰路に就いている。あの後さらに詳しく聞いたところでは、その森へは車で行ったような気がする、との事だった。
「車で行ったんだったら、余計探しにくいな」
「そうだよねー。でも、そんなに遠くの森じゃないと思うんだよね」
「なんで?」
「勘」
「勘かよ……」
「でもまだまだ情報が足りないから、聞かないと、ね」
「でも、家には来ないでっていわれたじゃん」
「そうだね……」
ななみちゃんは、親が心配するから、家には絶対来ないで欲しいということだった。年齢に比べてしっかりとしている。何か隠しているのかも知れないけど。
「明日またくるのか?ななみちゃん」
「うん、出来るだけそのときのことを思い出してもらうようにしといた」
「そうか」
翌日、ななみちゃんは、昨日よりは少し早くやってきた。
「いらっしゃい、ななみちゃん」
「こんにちは」
やっぱりしっかりした子だ。そう思いながら、麦茶をお客様に差し出す。
「ありがとうございます」
ななみちゃんはニコっと笑う。やばい、かわいい。しかし、ここでロリコンが目覚めると上野家の女性陣に大変冷たい目をされてしまうので、俺は何かをこらえた。
「で、なにか場所について思い出したことはあった?」
「はい、あいまいですけど、高速道路に乗りました」
「高速道路?どこの高速とかはわかる?」
少女はブンブンと首を横に振る。
「すみません……」
「別に謝らなくてもいいよ。他には?」
「えと、その場所に行くとき、湖を見たんです。そこには、でっかい白鳥がいた気がしました」
「でっかい白鳥か……スワンボートか何かかな?」
「たぶん……あっ!」
うつむきかけてた顔を急に上げるななみちゃん。俺達は急な出来事に驚いてしまった。
「うわっ!どうしたの?」
「すみません、思い出したことがあって」
「ホント!?なになに?」
「その森に入る直前に、料金所みたいなのがあったな、って?」
「料金所?ってことはまた高速道路かな?うーん、どういうことだ?」
「なにかのゲートがあったんじゃないか?」
つい口をはさんでしまった。ななみちゃんと妹は呆気に取られたようにこちらを見る。
「ゲート?」
妹が尋ねる。
「そう。でかい遊園地とかだと、駐車場の料金所がそういうふうになってたりするんだ」
「ふーん、ってもしかして、心当たりが?」
「いや……」
「なんだ、使えないわね」
「うっ……」
完璧に見放されているな。俺。
「ところでななみちゃん、落し物って、どれくらいの大きさなの?」
妹は話題を変えた。
「はい、うーん、あそこの冷蔵庫くらいですかね」
そういって、事務所にある小さい冷蔵庫を指した。高さ的にはななみちゃんと同じくらいか。
「そうか……じゃあ割と簡単に見つかりそうだね」
「ほんとうですか!ありがとうございます!」
「うん!ほんとうだよ」
今日の面談はこれで終わった。事務所の営業も終了し、今日も帰路につく。今日は珍しく、俺から話しかけてみる。
「なぁ、さっきの話なんだが」
「……」
「寝てる!?ったく……」
俺が珍しく話しかけてやってるのに、どうしてこうなるんだ。
結局、駅まで妹が起きる事は無く、起こすのが大変だった。(妹は寝ぼけが酷いので、普通に殴ってきたりする)今日は殴るじゃなくて、叩かれるだけだから良かったが、まだ頬がジンジンするぜ……
当の本人は、公衆の面前で寝ぼけていたのが恥ずかしいらしく、しばらく顔を赤くして話を聞こうともしなかった。
家に帰ってから、ようやく妹が喋るようになったので、さっきの話をしてみることにした。
「なあ、あおい」
「何?」
なんで若干睨まれてるんだ……
「いや、さっき、事務所で俺が話したこと、覚えてるか?」
「何だっけ?」
「ホラ、ゲートの件」
「ああ、覚えてるよ」
「実は、ななみちゃんが言ってた場所に条件がほとんど一致するところがあるんだ」
「うそ!?何で言わなかったの?」
「嘘じゃない。しかも、お前も行ったことあるぞ。言わなかったのは、アレだ。いろいろあるんだよ」
「何それ。私も行ったことがあるの……どこ?」
本当はお前が寝てる電車の中でふと浮かんだんだけどな。
「相模湖、って覚えてるか?」
「相模湖?わかんないな……」
「無理も無いか。お前がちびっこいときだったから」
「じゃあ覚えてないわね。で、そこが条件と一致するなら、行ってみる価値はありそうね」
「そうだな」
「明日は二人とも休みよね。よーし、出陣よ!」
「おう」
「ところで、相模湖って、どこ?」
次の日、俺と妹は、中央線に乗って、相模湖へと向かった。ちょっと出かけてくるとおふくろに言うと、「いろいろと気をつけてね」と言われた。いろいろが気になるが、どうせロクなことではない。
「まさか相模湖が電車で一本でいけるとはねー」
妹はこんなことを言っている。相模なんだから普通に考えて神奈川県とかわからんのかね。
「ところで、現場の調査が終わったら何すんの?」
「いや、お前が行きたいっていったんだろ」
「じゃあ特に予定は無いのね?」
「よーし、じゃあ遊ぶわ!」
「はいはい」
三鷹で一旦電車を降り、高尾より先へ一本で行ける「ホリデー快速河口湖号」に乗る。特急型の電車だった。
「なんかまた古い電車ね。箱根のときもそうだけど、あんた、鉄道オタクなんじゃないの?」
「うっ、どうなんだと言われれば否定は出来ない……」
「うわあ」
「うわあってなんだよ」
別に俺は鉄道に乗って旅をするのが好きなだけだ。車両の形式とかを言えたりするわけじゃない。
車内は夏休みの休日ということもあり、満席だった。
「ねぇ、また電車の中で事件とか起きないわよね」
「物騒なこと言うんじゃないよ」
幸い、相模湖まで何にも起きなかった。
「んー、着いたー」
相模湖駅に到着し、割と多くの人が電車から降りた。見た感じはみんなハイキングの格好をしている。
「なんか場違いみたいだな……」
これだけハイカーが多いと、普通の私服で居る俺達は、なんだか浮いてるのではないか。
「気にすることなんか無いわ。どうせあんたなんか誰も見てないわよ」
「……そうだよな」
ちなみに、妹は上野あおいだとばれないように、変装とまではいかないが、それなりに地味な服装だった。そして、普段はおろしている長い髪は、ポニーテールになっていた。かわいい。
改札を出て、バス停に行くと、すでにバスが待っていた。俺達はそれに乗り、ゲートのある遊園地まで向かう。遊園地の前には、バス停があるので、そこで降りた。
「長かったー」
「そうか?」
「うん。で、ここがゲートのある遊園地ね……」
確かにそこには、有料道路の料金所を思わせるゲートが堂々と建っている。
「やっぱり私ここに来た覚えがないんだけど?」
ふと思い出したように妹は尋ねてくる。
「そうか?まぁ、遊園地の名前も変わってるようだし、覚えが無いのは仕方ないかもな」
「ふーん、で、森なる場所があるのはあそこね」
俺と妹は同時に振り返る。確かに、そこには森があった。
「あれって入れるのかしら?」
「さあ?なんなら、あの先に、行って見るか?」
遊園地の前を通る道路に、一本細い道が分かれている。
「そうね」
俺達は、ななみちゃんに見せるために遊園地のゲートの写真を撮り、細い道に上がる。相模湖というだけあって、俺たち兄妹は山の中にいるらしく、ずっと上り坂だった。
「あっつーい」
やはり音を上げたか、妹め。
「なんでこんなに暑いのー!」
まだそんだけ怒れるなら、それを足に回せよ。そんなこと言ってる俺自身も、暑さにやられていた。仕方ない。今日はここまでにするか。妹を呼び、飲料を渡す。もしかしたらこうなるんじゃないかと思って、駅で購入したものだ。ななみちゃんに見せるための写真は十分そろった。もういいだろう。
「そ、そうね……」
妹も了承をしたことだし、俺達は帰りのバスを待った。(俺達がバス停に着く直前にバスが出てしまい、1時間近く待たされた)なんだか妹は疲れてるみたいだった。
「大丈夫か?」
「こんな事でへたるわけないじゃない、私はアイドル声優なんだから」
「そうか」
自分でアイドル声優って(笑)って言うと怒られそうだからやめておいた。
バスに乗り、再び相模湖へと向かう。このあとはどうするのかと聞いたら、また寝ていた。しかもこちらにカラダを預け、よだれを垂らしてた。アイドル声優なんだったらもっと気を使えよ。よだれをティッシュで拭いてやり、駅まで放置しておく。毎度毎度のことだが、いい匂いがしすぎだろ、妹。これがアイドル声優効果か。汗をかいたその顔は、妹とは思えないくらいきれいな顔立ちだ。なぜか俺はときどき、妹に引き込まれそうになってしまう。だめだ。ほかの事を考えよう。そうして今度の仕事について考えているうちに、俺も眠りに就いてしまったらしい。
相模湖駅について、運転士さんに起こされてしまった。妹を俺が起こすと、ぶん殴られた。痛い。
「ごめんって、ほんとに」
「ったく、いい加減その癖やめろよな」
「だーかーらー、あやまってるじゃん」
「まあいいけどな」
帰りもホリデー快速河口湖号に乗って帰る。乗客はみんな疲れてるのか、車内は少し静かであった。
「この依頼も、もうすぐ終わるわね」
「そうだといいけどな」
「何よそれ。まだ何かあるみたいな」
「無いとは言い切れないだろ」
「ふん、無いわよ。起こさせないわよ、私が」
この後また二人で寝てしまい、三鷹で寝過ごしそうになったのはまた別の話。(奇跡的に妹には殴られなかった。)
翌日。
妹と探偵事務所に行くと、既にななみちゃんが待っていた。いつも早いな。ななみちゃんとは普段どのようにして連絡を取っているかというと、次会う日を前もって決めているのである。そうしないと、家に電話をかけられないため、通信が途絶えてしまう。
「なにかわかりましたか!」
ななみちゃんはいつもより元気だった。こうして目をキラキラさせているところを見ていると、普通の小学生って漢字なんだけどな……
「じゃあ、さっそく結果を報告するね」
妹は営業スマイル(本人に言ったら怒られるだろうな)を見せ、相手を安心させる。
「もしかして、森に入る前の料金所ってここじゃない?」
そう言って妹は一枚の写真を見せた。俺達が暑い中相模湖近辺を巡った甲斐があるといいがな……
「うーん、あっ!」
ななみちゃんは驚いた顔をしている。
「どう?」
妹が期待に胸を膨らませたように問う。
「ここです!間違いありません!!」
「よかった~、当たった~」
妹はホッと胸をなでおろす。俺もホッとしている。また暑い中幾多とある場所を巡るのはイヤだしな。勘が当たって何よりだ。
「じゃあ、森の入口ってのは、ここだね?」
引き続き妹は写真を見せる。今度は遊園地のゲートの反対側のバス停側の写真を見せる。
「!!!」
先ほどとは違う反応だ。でも、この場所で合ってるんだろうな。なんてボヤーッと考えていると、ななみちゃんが「異常」な反応をし始める。
まず、体から異常な程の汗が出てきている。
次に、手が震え始めている。
この時点で俺と妹はようやく異変に気付く。
「ちょ、ななみちゃん!?大丈夫?ねぇ!」
そして、嘔吐をし、ふらふらと立ち上がったと思ったら、気を失ってしまった。危ない!俺は叫びながら、ギリギリで床に倒れそうなななみちゃんを抱きかかえた。
「とりあえず、ソファーに寝かそうか……」
妹は悔しそうな顔で黙ったままだった。
その後、俺達はななみちゃんを寝かせ、嘔吐物の処理をして、ひとまず休憩することにした。
「ねぇ」
「なんだ?」
「なんであんなになっちゃったのかな、ななみちゃん……」
「分からないな、ただ、パニック障害みたいな感じだな……」
「パニック障害?」
「うん、過度なストレスとかがあるとなったりするらしい」
「ふーん……もしかして、私のせい、かな?」
妹も何か様子がおかしいと感じ、妹を見ると、半泣き状態になっていた。
「大丈夫、お前のせいじゃないよ。お前はよく頑張ってる」
「本当に?」
「ああ」
妹は涙を拭い、さっきななみちゃんに見せたように笑う。俺も微笑み返す。
「とりあえずは、ななみちゃんの回復を待たないとね」
それから1時間くらいだろうか。バッとななみちゃんが目を覚まし、飛び起きる。
「あ、あの!私!!」
「あ、おはよ。大丈夫だよ。ゆっくり休んでて」
「すみませんでした……」
「大丈夫、ぜんぜん気にしてないから。それより、体の調子は?」
「あ、はい。少しよくなりました」
「そう、よかったぁ~」
よかった。あのまま気を失ったままだったら……なんて事は出来る限り考えたくない。
「じゃあ、これからさっきの話の続きをするけど、もしイヤだったら、やめてもいいんだよ?」
「いえ……大丈夫です」
「ほんとに?じゃあ、進めるけど、もしまたダメになりそうだったら言ってね?」
「わかりました」
こうして、話は再開された。
「じゃあ、さっきの写真、あそこが“森の入口”で間違いないんだよね?」
妹はさっきの事を踏まえてか、あえて写真は見せなかった。
「はい。それで、さっき思い出したことがあるんです」
「え!ホント!?教えて教えて!!」
「あの、その入口の道をずーっと入っていって、キャンプ場の入口の前で曲がったんです」
「曲がった?」
「はい」
「ふーん、じゃあその先が宝物をなくした場所なんだね?」
「たぶん……」
またななみちゃんは申し訳なさそうにしゅんとなる。
「大丈夫。ななみちゃんのおかげで、だいぶ解決に近づいてるよ」
「そうですか……」
18時ぐらいになり、今日の面会は終わり、次会う日は1週間後になった。今日は二人とも疲れていた。まあいろいろと気を使うことがあったからだろう。妹はななみちゃんを見送って部屋に入るなり、ソファに倒れてしまった。今日はいつもより妹もがんばっていたと思う。俺もなんか疲れたなーと思い、パソコンを閉じると、目を瞑ってしまった。
「ハッ!!」
なんともベタな起き方で申し訳ないが、気付いていたら寝ていた。妹なんか爆睡状態だ。っていうか今何時なんだ……と思い寝ぼけ眼で時間を確認すると、23時とかになっていた。
「ヤバッ!!」
これはさすがに親が心配するだろう。もしかしたら携帯に大量にメールが入っているかもしれない。そう思い慌てて携帯を開くと、「新着メール 1件」の文字が。
「?」
もっとメールが来てるかと思えば、たった一件。そのメールを開くと、おふくろからであった。
「もしかして、仕事で帰ってこれないの?
もしそうなら、あおいも上に同じくかな?
とりあえず夕飯は作ってないので、勝手に食べてください。
追伸:朝帰りの場合は事情を聞きます」
と書いてあった。
「おいおい……」
こんな時間じゃ、終電はあるだろうけど、妹を外に連れ出すわけにはいかない。なんせまだ16だからな。仕方ない、今日はここに泊まろう。(本心は起こすと殴られるのでそれがイヤなだけ)おふくろには「たぶん朝帰りになります」とだけメールして、近くにのコンビニに飯を買いに行くことにした。
自分でもこの時間にからあげ弁当を食べるなど自殺行為に等しいと思うが、それでもすんなり食べれた。もちろん妹にはおにぎりを2個ほど買ったのだが、起きる気配がない。まあ勝手に起きて勝手に飯でも食うだろ、と思い寝ることにした、ところで気付いた。布団が無い。ここには毛布が一枚しかない。しかも寝る場所もない。ソファは3つあるのだが、長いソファは1つしかない。(既に妹が占拠している)仕方ない。こうなったら徹夜だ。幸い、ネット環境のあるパソコンがある。それでなんとかなりそうだ。
とは言ったものの、暇である、こんなにネットしてて暇だったことがあろうか。
「ふぅ」
ネットをやめ、しばらくボーっとしている。
そうして、気付いたら眠りについていたらしい。
「ん……」
目覚めのいい朝とはいえない。が、背中にはかけた覚えの無い毛布が。
「あ、おはよ。って何それ!!!!!!!」
妹に笑われた。なんだ、不愉快だ。
「なんだよ。起きていきなり笑われるって、なんか気分がよくないな」
「いや、本当に面白いから!鏡見てきて!!」
妹に言われるがまま洗面台に行き鏡をみると、なんとキーボードの跡が。そうか、パソコンに突っ伏して寝てたのか……
洗面所に行ったついでに顔を洗ってきた。事務所に戻り、よく見ると、妹はエプロンをしていた。またスーツ姿にエプロンというのがまた高ポイントだ。きっとこれで心打たれる男性は多いはずだな。なんて感心し、妹が朝食のようなものを作っているのをただ眺めていた。妹は何か袋を切っているようだ。
「お前、なに作ってんの?」
「味噌汁」
そういわれたので、疑問に思い、妹の手元を見ると、そこにはインスタント味噌汁が。
「インスタントでエプロンはいらねーだろ!!」
「いるの!!少しでも料理の気分を出したいじゃん!!」
「そういうもんなのか」
「そーゆーもん」
「ところで何で飯(っていうか味噌汁)作ってんの?すぐ家に帰ればいいのに」
「い、いいじゃない別に!」
「ほう。何かほかに理由があると見た」
「うるさい!」
妹の機嫌を完全に悪くしてしまったため、残りの調理(といってもお湯を入れるだけ)は俺がやることになった。
その頃自宅では。
「は?兄妹そろって帰ってこない?」
たまたまあおいに書類を渡す用があった大崎は、社長の自宅に訪れたのはいいのだが、肝心のあおいが居ない。そこであおいの母親に聞いたら、二人とも昨日から帰ってきてないという。何やってんだ……試しに上野(兄)のほうに連絡を入れてみる。
プルルル、ガチャ
「もしもし!?」
『はい、上野ですけど』
「今何やってんの!あおいは?」
『今ですか?家の玄関の前に居ますけど?』
「え?」
後ろを振り返ってドアを開ける。するとそこには、あおいとそのマネージャーが居るではないか。
「うわっ!」
二人は私を見て驚いている。
「あんた達どこ行ってたの!?家に来てみたらいないって言うから、心配したじゃない!」
「いやぁ、まあ、いろいろありまして……!?」
二人の顔が恐怖の顔に染まるので、振り返ると、そこには笑顔で怒っているあおい達母親の姿が。
「まったくもう、どこに行ってたのよ!」
「まあちょっと、いろいろやっていたら終電逃しまして……」
もちろん嘘であるが、真実を言ってさらに事をややこしくするのはよくない。ここは適当にごまかしたいのだが、大崎さんも一緒に居ると、やりにくい。
「昨日そんなに予定入ってなかったと思うけど?」
なんて俺達の主張の矛盾をいちいち突いてから、本当にやりにくい。
「そ、それは、緊急で……」
「緊急の用?じゃあ後で聞かせてもらわないとね」
なんだか大崎さんは全部知ってるような気がする。気のせいだろうけど。
「まあ今回はいいけど、次からはちゃんと連絡してね?」
「「はーい」」妹と一緒に返事をする。
「まったく、二人はお母さんとお父さんの大切な宝物なんだから……」
なんてぶつぶつ言いながらテーブルを離れて大崎さんにお茶を注ぎ足す。そういえば、ななみちゃんも宝物宝物って言ってるけど、いったい何なんだろうな。なんて事を何気なく考えてみる。考えていると過去のななみちゃんと妹のやりとりが回想された。そういえば、「お母さんとお父さんの大事なたからものをなくしちゃったんです」って言ってたなぁ……
「「あっ!!!!!」」
二人同じタイミングで声を上げたので、おふくろと大崎さんはびっくりしていた。
「どうしたの?二人そろって?」
「いや、何でもない……」
俺は妹にアイコンタクトをすると、妹は小さくうなずき、先にリビングを出る。俺もそれに続き、リビングを後にした。おそらく、俺と妹の考えてることは同じだ。できたらあんまり考えたくないことでもある。
自分の部屋に行くと、妹はベッドに座っていた。妙な緊張感がそこにはある。
「なぁ」
「何?」
「もしかしてお前、ななみちゃんが言う、『たからもの』が何か分かったりしてるんじゃないか?」
「そっちこそ」
「だよな。でもそれは無いと思っていいんじゃないか?それが正しいとなると俺達の前に現れた奴は何者になるんだ?」
「わからない。でも、『お母さんとお父さんの大事なたからもの』なんていわれて、さっきのお母さんの言葉と一致して動揺してるだけかもね、私たち」
「ああ、きっとそうだ。でも……」
ななみちゃん自身が「たからもの」だと思えば、彼女の不自然な言動と合致する点が多い。たとえば、最初の依頼のとき、「家には電話しないで欲しい」なんてのは、自分が電話に出ることが出来ないし、ななみちゃんの両親が出たら、「何をバカなことを言っている」といわれるに違いない。そういうことを踏まえて、家に電話しないで欲しいということだったんだろう。なんて考えていると、妹は立ち上がり、
「わかった、確かめに行きましょう」
決意をした顔をしていた。
10分後、俺達は大崎さんの車に乗っていた。向かう先はもちろん相模湖だ。
「ねえ、あなたたち、相模湖に何しに行くつもり?」
「すみません、あとで必ず事情は説明しますから」
これは妹と二人で話し合った結果、自分達がどんな状況にあるのかを教えることを承知で車をだしてもらっている。
「そう、わかったわ。なんか急いで見るみたいだから、飛ばすわよ」
そう言って大崎さんはアクセルを踏み込んだ。
だいたい1時間後
俺達が歩きで上ってリタイアしたあの山道を車でのぼっていた。こういうときに車って便利だな、と思いつつ、だんだんななみちゃんが教えてくれた場所に近づくたび、緊張が何倍にも膨れ上がる。
「あっ、大崎さん、ここ曲がってください」
大崎さんは言われるままに、左にハザードランプを出し、曲がる。来た道よりさらに細い砂利道だった。
しばらくゆくと、前に一台の車が見えてきた。がしかし、人が乗っている気配はなく、ここに乗り捨てられているようだった。
「前の車が乗り捨てられてるみたいだから、車はここまでね」
「はい、ここまででOKです。ありがとうございます」
前の車を見つめる。
「?」
おかしい。乗り捨てられるには、まだ新しい車だ。
リアガラスと後部座席のガラスには、フィルムが貼ってあり、中の様子は窺えない。
それなら前から見ようと歩みを進める。
ざっ、ざっ、と砂利を踏む音が聞こえる。
その車の前に立った。
前の座席には何も無い。
後ろの座席に目を凝らしてみる。
「ッ!」
そこには、人の手のようなものが、ダランと垂れている。
慌てて後部座席のドアに寄り、ドアを開けようとする。
ガチャ。
ドアはいとも簡単に開いてしまった。
多少驚いた。
まだドアはちょっとしか開いていない。
このドアを開けたら、すべてが終わるのだろうか。
まだ躊躇いがあり、俺は立ち尽くしたままだ。いや、行こう。
ばんっ!
ドアを全開にし、中を覗き込む、そこには、
一番予想したくない事態が―
ななみちゃんが居た。それも、ぐったりとしていて、もう息はしてないようだ。
「うわぁぁぁああああああっ!!」
腰が抜ける。
「イヤッ、あああっ!!!!」
妹もその場にしゃがみこむ。そのまま、嘔吐をしているようだ。大崎さんは、唖然としている。
何とか腰を上げ、本当に息をしていないのかを確認する。
冷たい。本当に冷えている。冷え性の人の体温とかそういうレベルではない。つまり、息をしていない、死んでいる、ということだ。
「……警察に連絡しよう」
俺は大崎さんに警察の手配をすると、復帰した妹に尋ねる。
「なあ、ななみちゃんが始めて来たのはいつ頃だっけ?」
「えと……1週間くらい前かな」
「そうか……」
1週間前にななみちゃんは亡くなって、その後に俺達の前に「出た」なら、少し遺体がきれいに保存されすぎている気がする。そういえば、車のドアを開けたとき、なんだか涼しかった。つまり、つい最近ここに人が来たということなのではないか?その時だった―
「うぐぅっ!!」
妹の声が聞こえた。
振り返ると、そこには妹が宙に浮かんでいるではないか。いや、しっかりと表現するならば、何者かに首を絞められ、宙に上がっている。
「おい!!あおい!!!お前、何やってるんだ!!」
俺は、妹の首を絞めている大男に尋ねる。
「やあやあ。ぼくの秘密を知られちゃ、黙らせる他ないよねぇ」
「お前っ!!ななみちゃんを殺したヤツか!!!それより、早く妹を離せ?」
「ええ?意味がわからないよ?今さっき生きて返さないって言ったよね?」
「クソッ!!」
俺が拳を作って大男に殴りかかろうとしたとき、
「うヴぇあ!??」
大男が急に苦しみ始めた。妹が落とされる。俺はギリギリでキャッチをする。
「ななみちゃん!?」
大男を苦しめている原因は、ななみちゃんだった。ななみちゃんは、そいつの首を絞めている。
「なんだこれ!くそっ!くそっ!」
男は首をブンブン振る。そうしているウチに、
「警察だ!」
そう言って、やってきた二人組の刑事が、男を取り押さえる。
「とりあえず、暴行で現逮な」
男は若い方の刑事に手錠をかけられる。
「そちらの二人は、大丈夫ですか?って、あれ?お前ら」
「え、って、千木良刑事に三井刑事?」
いつぞやの事件でお世話になった神奈川県警の刑事達だった。
「なんだ、またお前らか……」
「なんだって事はないでしょう。それより、あの車の中に女の子の遺体が」
「遺体って、そんなもん見てよく冷静で居られるな。三井だったら吐いてるぞ」
「俺や妹だって、吐いたりしましたよ。今はだいぶ落ち着きましたけど」
「そうか、とりあえず、今回はご苦労だった、と言っておこう」
その後、ななみちゃんの遺体は、神奈川県警が引きとって行った。この後検死をするらしい。俺と妹は、しばらくその場に立ち尽くしていた。妹は、俺にぴったりとくっついている。こんな事、初めてかもしれない。
「終わり、だな」
「うん……」
また沈黙が訪れる。聞こえるのは、木々の葉がこすれる音だけだ。
「探偵さん、助手さん」
その時だった。聞き覚えのある幼い声が聞こえてきた。
「ななみちゃん!?」
ななみちゃんは、気付けば俺達の前に現れた。
「本当に、ありがとうございました。私、監禁されていて、そのショックで記憶がなくなったらしいです。でも全部思い出せました。これも、あなた方のお陰です」
「ななみちゃんは、今、幽霊……なの?」
「はい。どうやらそのようです」
ななみちゃんは微笑む。
「たぶん、私を誰かに見つけて欲しかったんです。それで、成仏できずにいろんな探偵事務所を彷徨ってたんですけど、だれも私に気付いてくれなくて……」
「それで私たちがようやく気付けたんだね」
「はい。気付いてくれたときは本当に涙が出そうでした。でも、『死んだ私を見つけてください』なんて言ったら引かれてしまうと思って、あんなふうに言ったんです」
「あんなふう」とは、「たからものを見つけてくれ」という依頼の仕方の事だろう。
「そっか……これからどうするの?」
「そうですね、今やりたいことは達成しました。生きてるうちにやりたかったことはたくさん残ってますけど、もう死んでるので、何も出来ません。ただ一つ、今出来ることもあるんです。それを叶えて欲しい、って言うのが最後の依頼内容、ってことで、いいですか?」
そういうななみちゃんの頬がピンク色に染まっていた。気がした。
「うん、いいけど、どんな内容?」
「あの……私、して欲しいんです」
「「ええっ!?きききき、キス!?」」
「……はい」
やっぱりななみちゃんの頬は赤く染まっていた。
「えーと、キスってのは、ちゅー、だよね?」
どんだけテンパってんだ。
「はい……私、好きな人にキスしてもらいたくて、それで……」
小学生らしい、といえばらしいが、若干ませているような……
「ちなみ聞くけど、相手は……」
「……えーと、あの、その、助手さんで……」
「まあ、そうなりますよねー」
俺はあらかじめわかっていた。まあこの場に男は俺しか居ないし、ななみちゃんが百合趣味なわけがなかろうし。
「わ、わかったわ!助手を、一回だけ貸すわよ」
そうして俺は貸し出された。
「ななみちゃん、本当に俺でいいの?」
「……はい」
「俺、ななみちゃんに避けられてるかと思ったのに」
「最初は正直ちょっと怖かったですけど、あなたの行動を見てるうちに……」
「ああ、そっか、幽霊だから」
「はい」
「そっか、じゃあ、目、閉じててもらえるかな?」
俺がそう促すと、ななみちゃんは静かに目を閉じた。
俺は、そっとななみちゃんにキスをした。
その時、ななみちゃんの周囲から光があふれる。
「なっ!?ななみちゃん!?」
まぶしくて彼女を直視できない。
「本当に、今までありがとうございました」
最後に涙を流して笑ってくれた。
ぱっ、と霧のようにななみちゃんは消えた。
「「さよなら」」
こうして、この依頼は終わった。
その後、警察から聞いた話では、衰弱死だったという。1年前に誘拐されたらしいが、表にその情報が出なかったのは、ななみちゃんの両親が秘密捜査をお願いしたのだという。遺体は両親のもとへと届いたそうだ。いったい両親はどんな気持ちで居るんだろうか。それはわからない。犯人については妹を襲ったヤツが犯人で確定した。余罪の追及を進めているらしい。これ以外は教えてくれなかった。
「ふう」
あの依頼が収束してから2日後、妹はいつものように声優業をこなしている。俺は、まだまだだが、マネージャー業の勉強に専念している。1人の少女をいつも心に思い浮かべながら。一日一日を、悔いが残らぬよう、全力で生きることにした。




