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マネージャー、誕生

 あの日の帰りの電車内で、妹に聞かれた。

 「結局、私のマネージャーになるの?」

 正直、この時点ではまだ迷いがあったのかもしれない。でも、

 「そうだな、お前、俺が居ないと事件が解決できそうに無いだろうから、付き人として一緒に事件を解決してやるよ」

 と、遠まわしに承諾した。

 「別に、アンタの力なんて無くても事件解決なんてお手の物なんだけどね。まぁ、そういうことなら、これから……よろしく」

 と、なぜか少し顔を赤くして言われた。

 こうして、上野の新マネージャーは誕生したのだった。

 

 「そうかそうかー!!」

 とオヤジは大層喜んだ。正直、ちょっと酔っ払ってるっぽかった。

 「じゃあ、明日入社式やるか!」

 続けてオヤジがそんなことを言うので、俺は食べようとしていた塩辛を落としてしまった。

 「ちょっ!?早いだろ!まだ心の準備とかが……」

 「ああ?こーゆーのは早いのがいいんだよ」

 「早すぎてもいいもんじゃないだろ」

 「うるせぇ!親のゆーことは従っておくべきだぞ!」

 あーあ、これ完璧に酔ってるよ……目配せして母と妹に助けを求めると、目を逸らされた。

 「とにかく、明日は学校休めよ」

 「マジなのかよ!!しかも明日は学校休みだし!!」

 ったく、オヤジの行動力が信じられん。しかもオヤジは記憶力がいいらしく、曰く、泡盛を飲みながら話をされても会話内容をちゃんと覚えているらしい。だからきっと本当にやるんだろう。


 翌日。起床すると、もうオヤジは居なかった。その代わり、おふくろと妹が食卓についていた。

 「おはよう、明宏」

 おふくろが挨拶をしてきたので、挨拶を返す。妹のほうは、寝起きなのか、ボーッとしていた。

 「あおいー、あんたお兄ちゃんと一緒に会社行くんでしょ?早く支度しなさい」

 「うーっ、わかってるよー」

 妹は仕事がオフの日とオンの日のだらけっぷりが半端ない。ようは集中力が長く続かないタイプってわけだ。

 「そうだ明宏、あなたにぴったりのスーツがあるからそれ着てってね」

 とおふくろに言われたので、今度は適当に返事をしておいた。

 無事に朝食を食べ終え、自分の部屋でスーツに着替え、今は洗面所に居る。今まで生きていて17年、ここで初めてスーツなるものを着た。なんというか、気持ちが引き締まる。

 「ねえ、お兄ちゃんまだ?」

 妹に呼ばれたのでやや急いで髪を整え、洗面所を出る。

 「うわぁ……な、なんていうか、似合ってるわね」

 なんだ、「うわぁ」ってのは。

 「まぁ、アレだ。気にすんな」

 なに言ってんだよ、俺も。

 

 おふくろに行ってきますをし、家を出て、駅に向かい、地下鉄に乗る。ここまでの時間、二人が口を開くことは無かった。普段は普通に喋っているはずなのだが、俺がどうも緊張しているらしく、妹にかまっている余裕は無かったのかもしれない。何より心配なのは、このスーツを着ている自分が、無理して背伸びしている子供に見えないかどうか。これが気になっていた。

 「ねぇ、何でそんなに緊張してるのよ」

 見かねたらしく、妹が尋ねてくる。

 「いや、なんか、スーツを着ている自分が、子供っぽく見えてないかな、とか思うと……」

 「だからさっき似合ってるって言ったじゃん」

 「そうか……ならいいんだ」

 少し緊張がほぐれた、と思う。

 「だいたい、そんな服装で心配なんかしてたら、この先やっていけないわよ」

 「そうだよなぁ……」

 ガクッ、とうなだれる。確かに妹は社会に出ている身としては先輩だ。俺の知らない間に肝が太くなっているらしい。

 「お前、強くなったよな」

 僕は素直につぶやく。

 「えっ!?何いってんの!?」

 「いやなんで驚くんだし。なーんか、チビのときはいつもピーピー泣いてた印象あるから」

 「そりゃ、強くなるわよ。伊達に大人の世界に足を踏み入れてないわ」

 「なんか響きがいやらしいな」

 「次そんなこと言ったら殺す」

 妹は赤面しながら、低い声で言った。

 「あー、すみませんでした」

 「次、降りる駅よ」

 いつの間にか、重い緊張は解けていた。


 やってきたのは、まさに都会、というようなところだった。高層ビルが立ち並んでる。しかし、一般の人がイメージする都会とは若干違った。人である。休日なのに人通りがあまりない。それもそのはず、なんせここはビジネス街なのである。

 「すごいな……」

 「何が?」

 妹は「えっこんなの当然でしょ」ぐらいの顔で問いかける。

 「お前には恐れ入るよ」

 「?」

 妹は不思議そうな顔でこちらを見てくる。


 「ウエノプロデュース」というのがオヤジが社長をやっている、芸能事務所である。普段は社員通用口から入るようにといわれたが、今日はまだ社員証を持ってないので、受付に事情を話し、(どうやら織り込み済みだったようだ)臨時社員証的なものを貰った。

 「いよいよか……」

 エレベーターに乗り、5階のボタンを押し、扉を閉める。エレベーターは静かに上昇し、5階へと到着する。扉が開き、俺は一歩を踏み出した。

 パァン!!!!!

 突如、銃声のような音がした。

 「!?」

 何がなんだかわからない。頭がごちゃごちゃになる。しかし、体はしゃがんでいる。これが本能による動きというのだろうか。

 なんて考えてる場合じゃない。今のは何だ。しかし、あたりを良く見回すと、さっきまで居なかったはずの、スーツ姿やクールビズな姿をした男女が俺の回りを取り囲んでいた。

 「「ようこそ、ウエノプロデュース、マネジメント部へ!」」

 その男女たちから拍手が送られる。手には全員クラッカーを持っている。さっきの音はこれかよ……急に気が抜けてしまった俺は、どっと疲れが込み上げてきた。


 「と、言うわけで、今日から新しい仲間が入ってきました。じゃあ、自己紹介よろしく」

 と社長に言われた。今日は自らお出迎えをしてくれた。ありがた迷惑だ。

 「えーと、上野明宏です。いきなり社会に放られたので、右も左も分かりませんが、精一杯やりますので、よろしくお願いします」

 と、適当なあいさつを済ませると、再びの拍手をもらった。

 「じゃあ、上野。お前はまず研修として先輩マネージャーと一緒に行動してもらうから。大崎、いるかー?」

 「はい」

 大崎と呼ばれた人は返事をし、前に出てくる。秘書風の雰囲気を出している、ベテランと思わしき女性だった。

 「よろしく、上野君。社長のご子息だからと言って、差別はしないわよ」

 「ええ、よろしくおねがいします」

 握手を交わし、お互いを見る。


 こうして、俺のマネージャー生活は始まった。 


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