第三話 電話
帰りのバスの中で、ついさっき体験したことを思い出す。
時間が止まっていた……?
いまいち実感がわかない。それに、あの女の子が言ったこと……
思い出せないのなら、あなたはまた大切な人を失うことになる。
たった一度のチャンスを、無駄にしないで。
思い出す? チャンス? 何のことなんだ……
それに僕はもう、大切な人――――両親を失ってしまった。チャンスもなにも、もう二度と、戻ってこないんだ……
「本当、何だったんだ、一体……。疲れてるのかな……」
僕はため息をついて小さく呟く。幸い乗客は僕以外にいなかったため、聞かれることは無かった。
僕は一息ついて、再び思考を始める。
もしかして、僕は昔どこかであの子に会ったことがあるのか……? 思い出すってもしかして、そのことか……? でも、大切な人って……、ああ、もう! 知るか!
僕は思考を止め、窓の外を眺める。青い空と海が見える。
考えないようにしよう。きっと、気にしない方がいいんだ。
僕はそう結論付け、目を閉じた。
僕はバスを降りて、家を目指す。大通りの信号を渡り、住宅街を抜ける。ここまで来ると、蝉の声だけが目立つ。
隣町の方はある程度賑やかだけど、この辺の海沿いの町は驚くほどに静かだ。と言うより、海以外に目立つものがない。その海も観光客は少なく、いつも閑散としている。
住宅街を抜けて、緩い坂道を登る。途中、道の端に潰されていない蝉の死骸が転がっているのを見て、ため息を吐く。
……夏休みも、後二週間か……。宿題、やんないとな……。
そんなことを考えながらとぼとぼ歩く。気づけば、家の前まで来ていた。
扉を開け、靴を脱ぎ、そのままリビングに向かう。部屋に入るなりソファに倒れ込み、腕を伸ばしてボロボロの扇風機をつける。時々からからと音を立てながらも、まだ壊れずに風を送っている。クーラーの無いこの家では、唯一の冷房器具だ。
夕飯、何にしよう……
今日の晩御飯を考えながら、いつの間にか浅い眠りに落ちていた。
今日は結局、カレーを食べた。ちなみに昨日もカレーを食べた。流石に明日も食べる気は無いので、昨日残したカレーは全て平らげた。
食器を洗い終え、部屋に向かう。突然、僕の右のポケットがシンプルな着信音を鳴らす。ポケットからケータイを取り出し、通話ボタンを押す。
「もしもし。どちら様ですか?」
僕のケータイは相手が表示されないタイプなので、相手を確認する。
「もしもし、聖夜くん? 麻璃亜です、こんばんは」
良く通る綺麗な声でそう言ったのは、今日番号を交換したばかりの麻璃亜だった。
「麻璃亜!? どうしたの?」
麻璃亜の声を聞いたとたん、胸が熱くなるのが分かる。
「うん、あのね、聖夜くん。明日、時間開いてる?」
「明日? 大丈夫だよ。と言うより、八月中はずっと暇かな」
僕がそう言うと、麻璃亜はどことなく嬉しそうに言う。
「そうなんだ……、よかった。えっとね、お願いがあるの」
麻璃亜は一拍置いて、
「明日、あたしにこの町を案内してほしいの。……ダメ、かな……?」
ぐは。電話越しでもこの威力。麻璃亜は本当に可愛い。
「そのくらい、全然大丈夫だよ。でも、この辺は海ぐらいしか目立った場所はないよ?」「海!? あたし、海行ったこと無いんだ~。うん、海行きたい! 最近は引っ越しの片付けとかで忙しくて、あんまり遊べなかったし!」
嬉しそうな麻璃亜の声を聞いていると、僕まで嬉しくなってくる。それにしても、麻璃亜が海に行ったことが無いとは意外だ。
「あはは、じゃあ、明日は海に行こうか。何時がいい?」
麻璃亜の答えを待つ。
「うーん、それじゃ、朝がいいな。そうね、九時くらいかな」
「了解。ま、いつ行ってもあんまり混んでないけどね。それじゃ、待ち合わせは九時にあのバス停でいい?」
麻璃亜がこの街のどこに住んでいるのか分からなかったから、僕はそう提案してみる。
「バス停って、今日会ったところだよね? それじゃ、明日楽しみにしてるね! お休み、聖夜くん」
「うん、お休み、麻璃亜」
そう言って、通話を切る。
麻璃亜の言葉が、頭の中で何回もリピートする。そのたびに、胸が熱くなる。
…………これってもしかして、一目惚れってやつか……?
異性を好きになったことの無い僕は、自分の気持ちに答えが出せないまま部屋に戻った。
いつになく文字数が少なくなってしまいました……




