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第一話 真っ白な出逢い

 西暦二〇〇〇年、八月。世紀末の大予言から、1年とちょっと。 僕の頭の上には、恐怖の大王も、可愛い女の子も振ってこなかった。こんな何も無い、つまらない街なんて、無くなってもいいんじゃないかな、などと考えていた僕には、少しショックな出来事だった。


 だけど。 恐怖の大王も、可愛い女の子も降ってこなかった代わりに、僕は両親を失った。


 ふわりと、風が吹いた。カーテンが揺れ、部屋の中に白い夏の日差しが差し込む。僕にとっては、気だるい一日の始まりだ。僕は重いまぶたを擦りながら、着替えて一階へ向かう。そこからは、こんがり焼けたトーストも、コーヒーの香りも無い。僕はいつものようにパンを2枚焼き、その間に顔を洗って目玉焼きを作る。

 卵が半熟のいい具合になってきたとき、オーブントースターからパンが焼けたことを知らせる音がする。目玉焼きとパンをテーブルに運び、牛乳を用意する。僕のいつもの朝食だ。パンにバターを塗り、食べる。ジャムは塗らない。甘いものは嫌いだ。


 一人暮らしを始めてから、もう一年と少しか。両親が死んだとき、親戚のおばさんが面倒を見てくれると言ったが、僕は断った。両親との思い出が詰まったこの家を手放したくなかったし、それに、友達と別れるのが辛かったからだ。両親を亡くした僕にとって、少ない友達は心のよりどころだった。


 などと感慨に浸りながら、僕は朝食を終える。食器を片付け、身支度をする。時計の針が八時四十分をさしたのを見ると、僕は外に出る。









 とある海沿いの、小高い丘の上にある小さな町。十六年立っても何も変わらない町並みの中を、僕は歩く。本来なら、こんな暑い夏の日は部屋でゴロゴロしている僕だが、今日はやることがある。と、言っても、夏休みの課題を消化するために街の中にある大きな図書館に行くだけなのだけれど。

 僕の家から図書館へは、バスを使って行かなければならない。バス停までは十五分ほどで着く。バスは九時に出発だから、余裕で間に合う計算だ。

 

 ぎらぎらと輝く真夏の太陽は、半そでのTシャツから出ている僕の肌をじりじりと焼いていく。両親の遺伝のせいか、僕の肌はもともと白い。けれど、今は陽射しにやられてほんのり紅くなっている。

 色素の薄い僕の髪の毛や肌にとって、正直言って真夏の日差しは結構キツい。フランス人の母親の影響か、僕の髪の毛は少し濁った銀髪。少し長めの髪の毛が、額に張り付いて鬱陶しい。でも、日本人の父親の遺伝だろう、目の色は黒だ。整った顔立ちをしているが、鼻は低い。昔は、この変わった容姿のせいでよくからかわれた。女の子と付き合ったことも一度も無かった。それどころか、好きになったことすらなかった。


 僕がバス停前の通りの信号に差し掛かったとき、一人のおばあさんが目に入った。そのおばあさんは、重たそうな荷物を持ちながら、ふらふらとした足取りで赤になりかけの信号をこっちに向かって歩いていた。僕は少し様子を見ていたが、信号待ちしているトラックの運転手が今にも怒り出しそうな顔をしているのを見て、ため息をつきながら急いでそのおばあさんに駆け寄った。


「大丈夫ですか。荷物持ちますよ」


 おばあさんはありがとう、と言って、僕に荷物を渡してきた。それはリュックだったが、想像以上に重たい。それでも、僕はそれを表情に出さずおばあさんの手を引いて信号を渡る。

 その後、おばあさんにお礼がしたいから家に来てくれと言われたが、僕は丁寧に断り、もう一度信号が青になるのを待っていた。すると、通りを曲がってきたバスがバス停に到着した。僕があわてて腕時計を見ると、針はきっかり九時を指していた。


「マジかよ……」


 思わず呟いてしまった。信号が青になった頃には、すでにバスの姿は無かった。








 

 信号を渡り、バス停に着いた僕は、ため息をつきながらベンチに腰を下ろす。次のバスまでは、後十分。家に戻ろうかと考えたが、余計にだるいのとめんどくさいのとで却下。そのまま僕は背もたれに背を預けてバスを待っていた。

 すると、僕の二つ隣に、誰かが座った。僕はその人を横目で見る。



 凝視したわけではなかった。チラっと、本当に一瞬見ただけだった。



 だけど、僕の心臓はこれまでに無いくらい速く動いていた。僕はもう一度、横目で恐る恐るその人を見る。


 そこにいたのは、一人の女の子だった。白いワンピースから、透き通るような白い肌が見える。その腕は、触れれば折れてしまうんじゃないかと思うくらいに華奢だ。ワンピースから覗く細い足も、雪のように真っ白で、だけど夏の日差しに少しだけ火照っている。首元のカメオが、太陽に反射して光っている。腰まである長い髪の毛は、僕と同じ銀髪だった。けれど、僕のように濁った色ではなく、透き通るような、本当に真っ白な髪の毛だ。それに、僕よりずっとサラサラで、軽いウェーブがかかっている。整った顔立ちで、鼻は高くも低くも無く、薄いピンクの唇とエメラルド色の目が特徴的だった。ずっと見ていると、吸い込まれてしまいそうなほど澄んだ色をしている。どこかの国のお姫様みたいだなと、僕は思った。そして、何よりも特徴的だったのは、頭にかぶった大きな麦わら帽子だった。つばの上のところに青いリボンが巻いてある。


 僕の視線に気づいたのか、その女の子は僕を向いて微笑みかける。その笑顔に、僕の顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。


「さっき、かっこよかったですよ。でも、バスには遅れちゃったみたい」

「さ、さっき?」

 

 いきなり話しかけられて、僕は動揺する。


「おばあさん。荷物持ってあげてたでしょ?」


 その言葉で、僕は彼女が何を言っているのかようやく理解した。


「あ、ああ! み、見てたんですね」

「ええ。あ、よかったら名前を教えてくれませんか?あと、年齢も」


 彼女は微笑みながら、僕にそう尋ねる。


「え、あ、いいですよ。 えっと、僕は白井聖夜しらいせいやって言います。十六歳の、高校一年生です」


 僕がそう自己紹介すると、彼女は手を叩いて嬉しそうに言った。


「そうなんだ! じゃあ、あたしとおんなじだね。あたしは、桜麻璃亜さくらまりあ。二週間前にこの街に越してきたの」


 彼女、桜麻璃亜はそう言って、なおも続ける。


「二学期から、こっちの三芳みよし高校に通うことになってるんだ。えっと、聖夜君はどこの高校?」


 いきなり名前で呼ばれたことにかなりどきどきしながら、僕は答える。


「僕も、君と同じ三芳高校です。えと、こ、これからよろしくお願いします」


 かなり緊張したが、なんとか一応の挨拶をすることが出来た。けれど、麻璃亜は少し不機嫌そうな顔をして言う。


「もう、同い年なんだし敬語はやめようよ。それと、せっかく知り合ったんだから、あたしのことも名前で呼んで?」


 鼻血が出るかと思った。こんな可愛い顔で、しかも困り顔で頼まれては、うなずかざるを得ない。


「わ、わかった。こ、これからよろしく、えと……麻、り、ぁ……」

 

 情けないことに、尻すぼみになってしまった。麻璃亜は、ますます不機嫌そうな顔で迫ってきた。そのとき、麻璃亜のワンピースから大き目の胸の谷間が見えた。僕が慌てて顔を上げると、迫ってきた麻璃亜と見つめあう形になってしまった。自分の顔が赤く染まるのが分かる。だが、麻璃亜はおかまいなしだ。


「ま、り、あ! ほら、もう一回!」

「こ、これからよろしく、ま、麻璃亜」


 ぼくが顔を真っ赤にして名前を呼ぶと、麻璃亜はとても嬉しそうに笑う。


「うん! こちらこそよろしく、聖夜くん!」


 その笑顔に、またも僕の心臓は早足になる。


「あ、バス来たよ。乗ろっか、聖也くん」

「あ、うん」 


 僕はいつの間にか十分経っていたことに驚きながら、麻璃亜といっしょにバスに乗り込んだ。









 


 


 

 


 最初の出会い。この頃の僕は、まだ思い出せていなかった。僕がここにいる、意味を。

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