いきなり婚約を解消された伯爵令嬢。夕陽の苦い初恋の思い出を封印するわ。
「君と婚約を解消したい」
ある日、王宮に呼ばれたと思ったら、アルディス第二王子からそう宣言された。
レリア・ユッテル伯爵令嬢は驚いた。
アルディス第二王子は17歳、レリア・ユッテル伯爵令嬢は16歳。王立学園に通う生徒だ。
共に生徒会で仕事をしていくうちに、二人は恋に落ちた。
アルディス王子は銀の髪に青い瞳のそれはもう美しい王子で、レリアは黒髪碧眼で、冴えない容姿の令嬢である。
レリアは思う。
私は爵位は伯爵家だし、婚約者に選んでくれたアルディス王子には感謝しかないわ。
アルディス王子自ら、伯爵家に訪れて、
「私はレリア嬢の事を好ましく思っている。この家に婿入りしたい」
そう懇願してきたのだ。
レリアと両親のユッテル伯爵夫妻は驚いた。
ユッテル伯爵は、
「確かに一人娘で婿入りの相手を探していますが、アルディス殿下ではあまりにも、うちは家格が低すぎはしませんか?」
アルディス王子は首を振って、
「私は第二王子だ。それに側妃の息子でもある。兄であるイデル王太子殿下はジリア王妃様の息子だ。あまり高い家格の家に婿入りしたくはない。野心があると見せたくはないのだ。それに、私はレリア嬢の事を好ましく思っている。レリアは私を助けて良く生徒会で働いてくれている。私はレリアと共にこれから先、生きていきたい」
とても美しいアルディス王子。
色々な女生徒達から憧れの目で見られている。
勉学も優秀で剣技も強い、レリアも一緒に仕事をしていてとても好ましく思っていた。
いや、恋をしていた。
仕事の話を生徒会室でする時でさえ、胸がときめいた。
だから一生懸命、アルディス王子の仕事を手伝ったのだ。
そんなアルディス王子からの婚約申し込み。
「わ、私でいいのですか?私は美しくもないですし」
「レリアで構わない。レリアだからこそ、私は結婚したいと思ったのだ」
そう言って、薔薇の花束を差し出してくれた。
とても幸せを感じた。
それからの二月は幸せの絶頂を味わった。
アルディス王子と色々な所へ出かけた。
沢山の思い出を作った。
明日が来るのが待ち遠しい。
愛しい人と会えるのが楽しみで仕方が無い。
だが、楽しい事ばかりではなかった。
アルディス王子はレリアと婚約したことを発表したので、皆からレリアは羨ましがられた。
「羨ましいわ。一緒に仕事をしているから、上手く取り入ったのね」
「本当に。わたくしだって生徒会に入りたかったですわ」
「レリアって、確か学年で三位の成績だったわね。優秀でないと生徒会に入れないから」
「あんな、普通の目立たない容姿のレリアがっ。悔しいっ」
同じ爵位の女生徒からは、嫌がらせを受けるようになった。
口を聞いて貰えなくなったのだ。
それにはレリアも困った。
そもそも、生徒会の仕事が忙しく、ただでさえ、親友と呼べるような友もいなかった。
二月程経ったある日、食堂で声をかけられた。
「わたくしと食事を一緒にしてもらえないかしら?」
金の髪に青い瞳の美しい令嬢から声をかけられた。
「わたくしはマリリーア・リセル。リセル公爵家の娘よ」
聞いたことがある。
問題を起こして、ジリア王妃様を怒らせて領地に引きこもっていた令嬢だ。
ジリア王妃の姪が、マリリーアの兄に嫁いだ。その姪に嫌がらせをして離縁の原因を作った。
だから王妃に嫌われているのだ。
そんな問題がある公爵令嬢が声をかけてきたのだ。
何の目的で?
レリアは緊張した。
だが、爵位が上の相手だ。相手は名門リセル公爵家の令嬢である。
一緒に食事をすることになった。
マリリーアは、食事を優雅にしながら、レリアに向かって、
「わたくしにアルディス殿下を譲りなさい。わたくしの方がふさわしいと思うの。貴方の家は伯爵家。わたくしの家は名門のリセル公爵家。アルディス殿下に相応しいわ。お兄様がいなくなって、わたくしがリセル公爵家を継ぐの。アルディス殿下はユッテル伯爵よりリセル公爵になりたいはずだわ」
胸が痛い。確かにユッテル伯爵家に婿に来るよりは名門であるリセル公爵家の方が‥‥‥でも、レリアは思う。
「誠に申し訳ありませんが。ジリア王妃様に睨まれるのをアルディス殿下は恐れております。ジリア王妃様とイデル王太子殿下とは上手くやっていきたいと常々申しておりました」
「あら、そう?でも、アルディス殿下もお望みよ。だって、この間、わたくしの家に訪ねてきて下さったもの。我が家に婿に来たいって。気が変わったのよ」
「聞いていません。私は婚約解消の話を聞いていないわ」
確かめないと。本当に?ジリア王妃様や王太子殿下を敵にしたくはないって言っていたじゃない?本当に私と婚約解消をして、この令嬢と?
立ち上がって、アルディス王子を探す。
食堂に入って来るアルディス王子を見つけた。
アルディス王子に走り寄って、
「私と婚約解消するのですか?アルディス様。マリリーア様と婚約を?」
アルディス王子はレリアに向かって、
「ジリア王妃様の命令だ。私にふさわしい名門公爵家に婿に行けと。仮にも王族なのだからと」
「あああっ。わ、私は貴方の事を」
「申し訳ない」
アルディス王子はマリリーアの傍に行き、その手を取って、
「正式に婚約の申し込みを、近いうちに伺いたい」
「まぁ嬉しいですわ」
「マリリーア嬢。よろしく頼むよ」
マリリーアの手の甲にキスを落とすアルディス王子。
どうしてなんで?
この二月、二人でデートをした。
夕陽の見える丘の上で、キラキラ光る王都を見つめながら、話を沢山した。
アルディス王子は、
「私はこの王国が好きだ。私に力があったら、もっと王国を良くするために働きたかった。でも、私は側妃の息子。あまり力を持つ事は許されない。それがちょっと悲しくてね」
「我がユッテル伯爵家に婿に来ることは本意ではないのですね?」
「でも、君と結婚出来る事はとても嬉しく思っているよ。私は君に恋をした。君と話をしているととても楽しい」
そう言って、抱き締めてくれた。
耳元で囁かれた。
「キスをしたいけれども、それは結婚式までお預けだね」
「そ、そうですね」
胸がドキドキする。なんて幸せなんでしょう。
そう思っていたのに‥‥‥
彼の腕の中にいるのはマリリーア・リセル公爵令嬢。
あの腕の中にいるのは私だったのに。
涙が止まらない。
背を向けてその場を後にした。
それからの王立学園は地獄だった。
他の令嬢達からは、
「婚約解消されたんですって。あんな地味なレリアなんて似合わないと思ったのよ」
「そうね。いい気味だわ」
「それにしても、何故、リセル公爵令嬢?王妃様に睨まれている令嬢でしょう?」
「何でも王妃様の命令で婚約ですって。何故かしら?」
マリリーアはこれ見よがしに、アルディス王子とイチャイチャと腕を組んで歩き、
わざわざレリアの前に来て言うのだ。
「貴方より、わたくしの方が似合っているわ。美しいアルディス殿下。それに比べて貴方はなんて地味な。いくら優秀とはいえ、似合わないと思っていたのよ」
涙が零れる。
私だって美人に生まれたかった。公爵家に生まれたかった。
アルディス様と結婚したかった。
アルディス王子はマリリーアの手を取って、
「あちらに行こう。庭の花が綺麗に咲いている。一緒に楽しもう」
こちらの方を見る事もなく、アルディス王子はマリリーアと共に行ってしまった。
胸が痛い……
生徒会の仕事もやめることになった。
アルディス王子の方から断ってきたのだ。
元婚約者と一緒に仕事をする訳にはいかないと。
王立学園に来たくはない。
そんな中、新たな婚約者が決まった。
エール伯爵家の次男のファルドだ。
家格も同じで、政略的にも互いに旨味がある婚約である。
両家共に乗り気で決まった話だ。
ファルド・エール伯爵令息は同い年、クラスも一緒で顔は知っているが、あまり交流がなかった。女生徒からは無視されて、男子生徒からは関心を持たれていない現状。
ファルドは黒髪碧眼の美男だったから、女生徒達はまた、レリアの悪口を言った。
「またあんな素敵な婚約者を?」
「レリアは冴えない容姿なのにどうして婚約者は美しいんでしょう」
ファルドは先日、両親と共に挨拶に来てくれたのだ。
「同じクラスで君が辛い目にあっているのは知っている。でも、婚約者のいる君を庇うのはよくないと見て見ぬふりをしたんだ。でも、私の婚約者となったからには、大事にする。庇うよ」
そう言ってくれたのだ。
嬉しかった。
「本当に貴方は味方をしてくれるの?私はまだ、アルディス様が好き‥‥‥そんな私の味方を?」
そう言ったら、ファルドは、
「私達は政略だけれども、互いの心も大事にしたい。前の婚約者の事、すぐには忘れられないよね?アルディス殿下は素晴らしい方だったから。すぐに忘れなくてもいいよ。私の事を少しでも好きになってくれたら嬉しいかな」
ニコニコしてそう言ってくれたのだ。
だから、クラスで女生徒達が悪口を言っていたら、ファルドは立ち上がって、
「君達。悪口は良くない。私は正式にレリアの婚約者になった。君達だってこれから婚約者探しをするのだろう?その事で悪口を言われたら傷つくと思わないか?」
と、令嬢達はバツが悪そうに、
「確かにそうですわね」
「ごめんなさい。レリア。謝るわ」
口々に謝ってくれた。
この人たちはあまり好きになれないけれども、同じ家格の伯爵家の令嬢だ。
だから、にこやかに、
「いえ、貴方達も良き縁があるといいわね」
と言っておいた。
ファルドはレリアに対して、
「ユッテル伯爵家に婿に行くのだから、ユッテル伯爵家の事を良く知りたい。頻繁にそちらに行って勉強したい」
と伯爵家に対して興味を持ってくれた。
アルディス王子とは違う。
彼はもっと大きな事をしたがっている風だった。
心が温かくなる。
自分にふさわしいのはファルドなのだ。
アルディス王子への想いを忘れないと、封印しないと。そう思えた。
しかし、マリリーアが、アルディス王子を伴って学園で目の前に現れるのだ。
「わたくし、指輪を買って貰ったのですわ。ほら、エメラルドの指輪。貴方なんて貰ったことも無いでしょう」
そう言って見せびらかす。
キラキラした大きな指輪。
たった二月だけの婚約者だったから花束しかもらえなかったわ。
ファルドが隣で、
「あんな大きいな指輪はあげられないけど、私の使える範囲のお金で何か指輪を買ってあげようか?」
と言ってくれた。
優しい人‥‥‥
アルディス王子はマリリーアに、
「さぁ、テラスに行ってお茶でも飲もう」
と優雅にエスコートをして行く。
貴方は私の事なんて忘れてしまったのね。
目の前でマリリーア様が自慢をしていても眉一つ動かさない。
こちらを見もしなかったわ。
何て悲しい。でも、ファルドの優しさが身に染みて。
この人はとても優しい人。
私はこの人と、結婚して生きていくわ。
王立学園を卒業して、レリアはファルドと結婚した。
しばらくたって可愛い娘にも恵まれ、両親ともファルドは上手く交流して、幸せな日々を過ごしていた。
学園卒業後、レリアがファルドと結婚した時期と同時期に、アルディス王子とマリリーアは結婚した。
一年後、男子に恵まれたと風の噂で聞いた。
そして、その後、マリリーアと、リセル公爵夫妻が馬車で出かけている途中で物取りに襲われて、殺されたという衝撃的な話を聞いた。
偶然、アルディスは赤子である息子を連れて、別行動で王宮に出かけていたので災難を逃れたとか。
リセル公爵の爵位はアルディスが継いで、いずれその息子が継ぐだろう。
皆、ジリア王妃様はやはり、可愛がっていた姪が、マリリーアに酷い目にあったのを許せなかったのではないかと、王妃の陰謀だと噂した。ただ、証拠はなかったので、物盗りに殺されたという事で騎士団は捜査を打ち切っている。
レリアはふいに王都のあの丘で夕陽が見たくなった。
アルディスと共に見たあの煌めく夕陽。
夕陽に照らされた王都は美しかった。
一人であの丘に行ったら、アルディスがやはり来ていた。
アルディスはぼんやりと夕陽を眺めながら、
「二年前の今日、君と夕陽を眺めたね。あの日は特別の日だった」
「そうですね。私の誕生日だったから」
「王妃様に頼まれた。リセル公爵家を乗っ取るように‥‥‥私は断る事が出来ない立場だ。王国の為にもっと役に立ちたいと言っていたけれども、私は君と結婚してユッテル伯爵家の為に役立ちたかったよ。好きでもない女を抱いて、子を作って、王妃様が後添えを紹介してくれるそうだ。私は自由に生きる事も出来ない。ああっ。自由に生きたかった。君と結婚したかった。私は今でも君の事を。君も私の事を愛しているのだろう?だからここへ来た」
「私は貴方と結婚しなくてよかったと思っています。だって、夫は私の事をとても大事にしてくれます。子供も愛してくれます。ただ、初恋にお別れしたかったの。あまりにも辛い初恋だったから。さようなら。アルディス様。夫が迎えに来ていますわ」
ファルドが背後から現れた。
「気がすんだかい?帰ろうか」
「ええ、貴方、帰りましょう」
胸が痛い。
貴方の事を愛していたわ。
背にアルディスの視線を感じる。
そして彼は呟いた。
「幸せに。レリア。そしてごめん。本当に君を傷つけてすまなかった」
もう、いいの‥‥‥そんなに謝らなくても。
過ぎた事よ。
今は、夫の事が好き。
優しくて、私の事を甘やかしてくれて。
だから、何も聞かずに、ここへ来させてくれた。
レリアはアルディスへの想いを封印した。
それから、アルディスが王妃様が紹介した、令嬢と再婚したと聞いた。
彼女の実家、ギュルダン公爵家親戚の令嬢である。
リセル公爵家はジリア王妃の思うままにこれから先、なるだろう。
レリアは幸せだ。愛する夫と、可愛い娘。
それでも時々思い出す。
キラキラと夕陽が煌めくような日に。
苦い初恋を。
夕陽に煌めく恋…‥アルディス様。愛していたわ。




