第1.5章「幕間・回想」 ──はじまりの教室
白い天井、無機質な光、黙りこくった同年代の生徒たち。
そこは、ソレイト中央学校の特別選抜課程だった。
教官が扉を開けて入ってくると、教室全体に緊張が走る。
その女は威圧的でも声が大きいわけでもない。ただ、その背筋の伸びた立ち姿が「こちら側の人間ではない」ことを無言で示していた。
「――お前たちはこれより兵士として選別される。人間のままでいることを望むなら、今日限りで教室を出ろ。代わりに清掃作業員の職が用意されている」
無言。
誰も動かなかった。
誰もがそれが“試し”であると知っていた。
教官の名はユスティナ・ヴェルガ。
その後、生体改造の適合率確認が行われ、正式に蓮禍たちは軍へと入った。
その日の午後、蓮禍は彼女に個別に呼び出される。
「破澄蓮禍。適合率98.6%。強化施術の対象部位は最低限に留める。理由はわかるか?」
「…性能に対して、過剰投資になるからです」
「いい答えだが、もう一つある。君は…いや、まだ言わないでおこう。」
「了解しました。」
ヴェルガは少しだけ表情を動かした。それが笑みなのか、憐憫なのかは当時の蓮禍にはわからなかった。
「さて、軍に入った以上理解しているだろうが、命令で動くなら、いつか命令が君を殺す」
「問題ありません」
「はは、いい覚悟だな。」
彼女は乾いた笑みを浮かべた。
まるで私の将来を案じるような。
ただの一兵器に過ぎない私にそんな顔を浮かべる理由がわからなかった。
そして数週間後。
再編訓練中、同じ適合兵候補のひとりが蓮禍に声をかけてきた。
「君、さっきの模擬戦。頭使いすぎて手を抜いたろ?」
黒髪を長く伸ばした、飄々とした少年。
名前はサフィ・エルレイン。
「抜いてない。最適化しただけだ」
「そーゆーの、軍じゃ嫌われるよ?」
「あなたも適合兵候補でしょ?」
「うん、でも俺は落ちこぼれさ。ver.6系が限界だから」
そう言って彼は笑った。
「ま、俺が死ぬ時は面白く死んでやるよ。だから君、死ぬ時は笑ってくれよ?」
蓮禍は答えなかった。
だがその日以降、サフィは勝手に蓮禍の隣に座り、言葉をかけてくるようになった。
言葉は軽く、態度も適当だったが、不思議と居心地の悪さはなかった。
章と章の間にはちょくちょく間幕を挟むつもりです。